『聖王の再生は成ったか』
「ああ。データにある翡翠と紅玉の瞳、それに無意識に発する虹色の魔力光、間違いなく成功だよ」
『ならば良い。貴様はナンバーズの完成を急げ』
「言われずともやっているさ。心配せずともそう時間は掛からない」
『……』
無言で最高評議会の方から通信は切られた。
時間が掛からないとは言ったがその後素直にヴィヴィオを渡すとは言ってないがね!
家族が揃い、ゼストを治し、メガーヌの目を覚ましたらゆりかごの力を使って何処か遠くの世界に転移でもするつもりだし。まあそれまでは彼らに付き合ってあげるとしよう。
◇◆◇◆
いつものようにスカリエッティが高笑いを上げている頃。
「ふぇー、立派になったねえ」
「ああ。ガジェットに撃墜され、復帰してからまた一段と伸びた。彼女も、フェイトも」
「ふぇー」
「初めて見たときから6年……すごいね。こら、ヴィヴィオ、セインの真似しないの」
4人はラボの一室に集まり、とある映像を見ていた。
チンクは感慨深げに少女を見て、セインは感心したように溜め息を吐き、ディエチは懐かしむように眺めつつ、膝に乗せたヴィヴィオを窘める。
「えー?」「えー?」
それに対してセインとヴィヴィオは互いに顔を見合わせ、示し合わしたようにディエチに向かって首を傾げた。それを見たディエチは呆れたように額を押さえる。けれど同時に思う。彼女たちは変わった。だが自分たちも同じぐらい変わった──いや成長した、と。
「あのおねーちゃん、みんなの知り合いなの?」
「そーだよー。まあ向こう知らないだろうけどね」
「私たちも直接会ったことはない。一方的に知っているだけだよ」
チンクとセインの言葉にヴィヴィオは首を傾げる。そんなヴィヴィオを優しく抱きしめながらディエチが言葉を続けた。
「私にとっては……目標、かな」
「そうなのか?」
それに反応したのはチンクだ。少し驚いたように聞き返した。
「……うん」
少し恥ずかしげにディエチは頷く。
「私はあの子と違って……トーレ姉やクアットロと違って、あの時、動けなかったから」
「ふっふーん、そりゃそうだよ。私たちでも出来なかったのに、あの時末っ子だったディエチに出来たら私たちが困っちゃうって」
「そうだな。それに私たちもあの時とは違う」
頭上で繰り広げられる会話に、しかしあの時のことを知らないヴィヴィオは首を傾げるしかない。
「あの時?」
「あー! その話はなしで! 覚えておきなよーヴィヴィオ、女の子には一つや二つ秘密があるものだからっ!」
「えー! ずるいずるい! セイン、仲間はずれ、や!」
「い、いやね、ヴィヴィオ? 誰にでも言えないことの一つや二つあるんだよ? そういうのは聞かないのが大人のレディなんだよっ?」
「ヴィヴィオ大人じゃないもん!」
「仰る通りです、はい……でもこの話は勘弁してほしいなあ……」
一向に話そうとしないセインをじっと見つめるヴィヴィオだったが、やがてその瞳が潤み始める。ほとんど手の掛からない子供だったルーテシアと違い、ヴィヴィオは良くも悪くも普通の子供だった。
『チンク姉、ディエチ! ヘルプ!』
子供の涙には弱い(ナンバーズ全員)セインはデータリンクによって念話で二人に助けを求める。セインにとっては何年経とうと、いや何年も経って変わったからこそ、あの時、PT事件の話は黒歴史なのだ。
「うー……」
今にも泣きだしそうなヴィヴィオと泣き出しそうなセインの念話に二人は苦笑し、助け舟を出す。
「ほらヴィヴィオ、セインが困っているぞ」
「うぅ……!」
「困ったお姉ちゃんだけど、困らしちゃ駄目だよ」
「でもぉ……」
ディエチの膝に座るヴィヴィオの目線まで下がり、チンクが微笑む。
「ヴィヴィオはセインを困らせたいわけじゃないだろう?」
「……うん」
『流石チンク姉……! ルーテシアの育児担当リーダーなだけあって達人的なオーラが……!』
『セインもお嬢様を一緒に育てたでしょ……』
「ならいつかセインが話してくれるのをいい子で待っていよう。いい子で待っていたらきっといつかセインも話してくれる。出来るか?」
「……うん」
「良し。流石ヴィヴィオだ。姉は嬉しいぞ。それにドクタ──―パパもヴィヴィオがいい子で嬉しいだろう」
「パパも……?」
「勿論だとも。ヴィヴィオがいい子でいればパパも笑って褒めてくれるぞ」
そのパパが現在も高笑い中であることなど二人が知る由もなかった。
「……ならヴィヴィオ、いい子で待ってる」
「うむ。偉いぞ」
頭を撫でるチンクの手を嬉しそうに受け入れ、ヴィヴィオは笑う。生み出された少女は健やかに成長していた。
◇◆◇◆
「ふぅ……ん?」
いつものように訓練に励んでいた三女、トーレ。姉妹の中でも一際優れた肉体と感覚を持つ彼女は扉の開閉音に気付き、一旦訓練を中断した。
「トーレー!」
開かれた扉から姿を現したのはチンクたちと別れたヴィヴィオとその後に続くドゥーエ。ヴィヴィオの手にはタオルが、ドゥーエの手にはドリンク剤が握られている。
「ヴィヴィオ」
トーレがヴィヴィオの方を向いて名を呼ぶと、嬉しそうにヴィヴィオはトーレに向かって駆け出した。
「む、待てヴィヴィオ。その辺りは訓練の余波で──」
トーレの激しい訓練の為に床が陥没していたり、壁に罅が入っている、などというのはいつものことだ。そのことに注意しようと口を開いたトーレだったが時既に遅く、案の定というべきかヴィヴィオは躓いてしまう。
「あぅっ」
ISライドインパルスを使って抱き留めようと考えたが、すぐそばにドゥーエが居ることもありそれをしなかったトーレだが、しかしドゥーエはヴィヴィオが転んでも手を出さなかった。どころかヴィヴィオを置いてトーレのそばまで歩いて、何事もなかったように手に持ったドリンクを渡した。
「……」
そのことに無言で視線を送るトーレだが、ドゥーエは軽く笑った。
「そんな怖い顔しないでちょうだい。大丈夫よ、この訓練スペースは訓練中の事故で怪我しないようにドクターが設計したものですもの。それに綺麗な転び方だったから、怪我はないわ」
「そういうことではないだろう。ヴィヴィオはまだ幼いんだ」
呆れたように手渡されたドリンク剤を突き返し、トーレは転んだままのヴィヴィオを助け起こそうと足を一歩進めた──が、すぐに後方に飛び退いた。
踏み出した先、頭の位置にドゥーエのピアっシングネイルが突き出されたからだ。
「待ちなさい」
「……どういうつもりだ」
剣呑な眼差しでドゥーエを睨み付けるが、ドゥーエはそれを受け流しヴィヴィオの方を向いた。
「ヴィヴィオ」
「うっ……ドゥーエ……?」
「ええ、そうよ。ほらヴィヴィオ、トーレにタオルを届けてあげるんでしょう? トーレは此処よ? ほら、おいで」
「ふぇ……」
ドゥーエの呼ぶ声に顔を上げたヴィヴィオだが、既にその瞳には涙が浮かんでいた。
「ほら、おいで」
「う、ふぇ……!」
次の瞬間には大声を上げて泣き出しそうなヴィヴィオに、今度こそトーレは歩を進めた。
「あら……」
それを困ったようにドゥーエは見送る。
「大丈夫か、ヴィヴィオ」
「うっ、ふっ……トーレ……?」
「ああ……これを持ってきてくれたのか。助かる」
ヴィヴィオを立ち上がらせ、投げ出されていたタオルを手に取って礼を言う。表情こそいつものように寡黙なものだったが、その声色は優しいものだった。
「うん……」
「次からは気を付けることだ。ヴィヴィオが怪我をすればドクター……いや、父も悲しむだろう」
「パパが……?」
「ああ」
「トーレも……?」
「ああ。それにドゥーエやウーノ、他の者もな」
「うん……ごめんなさい」
涙を拭いながら謝るヴィヴィオに、今度はドゥーエが近づく。
「全く、トーレは少し甘いわね」
「……お前は少し厳しすぎる。我々と違ってこの子は普通の人間だ」
「あらあら。ヴィヴィオ、今度は頑張りましょうね? ドクターも私も、頑張ってるヴィヴィオが好きだから」
「うん……」
ヴィヴィオからタオルを、そしてドゥーエから改めてドリンクを受け取り、トーレは変わったものだ、と心の中で思う。
「……まさか私が甘いと言われるとはな」
「事実だもの」
相変わらずの笑みを浮かべるドゥーエにトーレは嘆息した。
「無根だ」
◇◆◇◆
ゆりかご ダイニングルーム
「まだドクターは通信中なんスか?」
「いいえ。ここしばらくはこの子の調整の関係で休息をあまり取られていなかったところに最高評議会からの通信が重なったから、それが終わり次第すぐに休んでもらったわ。せめて後3時間は休息を取ってもらわないと」
「ありゃありゃ、確かにドクターってば評議会の人たちと話した後はいつにも増して疲れた感じっスもんねえ」
「パパ? お疲れなの?」
「そうみたいっス。でも大丈夫っスよっ、ヴィヴィオが元気ならきっとドクター……いやパパりんもすぐ元気になるっス! ってウー姉睨まないでっ」
パパりんという呼称にウーノはウェンディをジロリと睨む。その視線に慌てて謝る。冷や汗が止まらなかった。
「全く、あなたを残らせたのは失敗だったかしら」
「いやいや大成功っスよ。ヴィヴィオもウェンディお姉さんと一緒のご飯で嬉しいっスよねー?」
残らせた、というのは今食卓を囲むヴィヴィオを含めた4人と別室で食事をしているゼスト、それに付き添っているルーテシア(「ゼスト……一人は寂しい、から」という心優しいルーテシアの気遣い)とアギト(「旦那! 飯ならあたしも付き合うぜ!」という心優しいアギトの気遣い)、それに休息を取っているドクター(「ドクター、少しお休みください。食事は目覚めたらすぐにお持ちします」というウーノの心優しい気遣い)以外のメンバーは全員、街へと繰り出しているからだ。ヴィヴィオはもう少し経ってから、家族全員で出かける約束をドクターとした為に残っている。
「うん! ウーノもウェンディも、ノーヴェも好き!」
そしてウーノとウェンディ、ノーヴェはそんなヴィヴィオを見守る為に残った、というよりウーノが残るように指示したのだ。基本的にウーノは街には出ない。ゆりかごのシステムとデータリンクしているというのもあるが、ドクターの傍に居ることが何より優先すべきことだと考えているからだ。勿論、前回のように例外はあるが。ノーヴェとウェンディはウーノの指示で今回は居残り組である。この居残りは基本的にローテーション制であり、今回はこの赤毛の二人だった。
「……」
そしてそんなヴィヴィオの無邪気な言葉に無言で食事を進めていたノーヴェの動きが止まる。
「ほらほらヴィヴィオがこう言ってるっスよ~?」
「……だったらなんだよ」
「そりゃあたしもヴィヴィオのことだーい好き! って返してあげなきゃ!」
「誰がそんなこと言うか!」
「そう言わないとしても、その仏頂面は何かしら、ノーヴェ」
「何って……別に」
「へえ、そう。私の作る食事はそんな仏頂面でしか食べれないようなものなのかしら。だったら次からは作らない方がいい?」
「って、ちょ! なんでそうなるんだよウー姉!」
「集めたデータを観察してみた結果、食事というのは雰囲気も重要なの。ドクターにより良い物を食べていただく為にも必要なことならなんでもするわ。あなたの食事の席をなくすこともね」
「わ、わー! ウー姉! このオムライスすっげー美味いよ! あたしだーい好きだなぁ!」
冗談も嘘も言う次女と違い、嘘は言わない長女の言葉にノーヴェは大きく口を開けてオムライスを運ぶと、満面の笑みで手料理を褒め称えた。
「わー、情けない姉っス……」
「何か言ったか妹!」
「べっつにー? なーんも言ってないっスよー……って、あれ?」
ノーヴェをからかっていたウェンディが何かに気付いた。
「ああ?」
つられてノーヴェもウェンディの視線を追う。
「……」
ウェンディの視線の先にあったのはノーヴェとウェンディの間に座るヴィヴィオの、その目の前に置かれた料理。
「あーヴィヴィオ、駄目っスよー、ピーマン残しちゃ」
「うー……苦いのきらーい!」
「いや! 美味しいぞヴィヴィオ! 何たってウー姉の手作り料理だからな! な! ウェンディ!」
「そうっスよ。それに好き嫌いが多いとあたしたちみたいな美人になれないっスよー?」
「うぅ……」
「ほ、ほらウェンディもこう言ってるし、ドクター、おとーさんだっていつも残さず食べてるだろっ?」
「うー……」
必死に食べさせようとするノーヴェとは裏腹に、ウーノは優しくヴィヴィオを見守っていた。二十分掛けてヴィヴィオが食べ終えるまで、微笑みながら。
(何故かしら、こんなことを思ってしまうなんて。戦闘機人である私が、こんな光景を見て……幸せだ、なんて)
「うっ、うぅ……!」
「……アギト、好き嫌いは駄目」
「で、でもよぉルールー……このにっがいのがどうも苦手で……なぁ、旦那もそう思うだろ?」
「……食事を共にしたいと言ったのはお前だ。俺の、いやルーテシアの前で食事を残すことは許さん」
「うっ……そうだ! 旦那とユニゾンして旦那が食べればそれはあたしが食べたのと同じこと! 旦那!」
「ズルも、駄目」
◇◆◇◆
「この人形なんていいんじゃないかしら? こういうのお子様ってだーい好きでしょう? まあ私には全く理解できない趣味ですけどぉ」
「そうね。確かにこれならヴィヴィオも気に入りそう。流石ね、クアットロ」
「と、当然ですわ、ドゥーエ姉様! 私もオットーちゃんとディードちゃんの教育係なんですものっ。ヴィヴィオちゃんの好みぐらいちゃんと把握してますわ!」
「うむ。クアットロはルーテシアにも懐かれていたからな。やはり姉としてのスキルはまだまだクアットロの方が上なのかもしれない」
「子供は敏感らしいからねえ。ルーテシアもヴィヴィオもやっぱり分かっちゃうんじゃない? うちの素直じゃないメガ姉のこと」
「はい。クア姉様は私とオットーにも良くして下さいますから」
「僕のこの服もクア姉様が選んでくれたものですし」
「ふふ、クアットロも変わらないように見えるけど、やっぱりみんな変わってるんだね」
以上になります。