新暦0065年 春
後にジュエルシード事件またはPT事件と呼ばれることになる物語が幕を開けてから少し経った頃、月で言えば5月の初め。
「彼女がアリシア……いや、フェイトと言うべきなのかな」
巨大なモニターに映し出されるのは第97管理外世界『地球』その極東に位置する島国、日本──にある街、海鳴市──プレシア・テスタロッサが撃墜した次元航行船、それに積まれていたロストロギア ジュエルシードの落ちた場所である──で起きた二人の少女の戦闘。
──この少女はプレシアの求めていた愛娘、アリシアではない。生みの親であるプレシアがそう断じたのであれば、彼女はアリシア・テスタロッサではなく、アリシアのクローン……プレシアが便宜上付けた名はフェイト。
プロジェクトFの名を冠する金色の少女。
名前は自分自身を世界に位置付けるために親が与えるものではあるが、個人的な意見としては名前などあればなんでもいい。
私の名が最高評議会に名付けられたものであるように(何を思って名付けたのかは知らないが)、娘たちの名前が番号であるように。
私は“ドクター”であり、ナンバーズは私の“娘”である。
だから、プレシアが彼女をフェイトと名付けたのならば、その名で呼ぶべきだろう。
たとえどんな名であろうとフェイトはプレシアの生み出した作品であり、アリシアの血肉を分けた人間であることに違いはない。
「……時空管理局も動いている。彼らと接触するのは得策ではないな」
今回任に就くチンクとセインを含め、娘たちの存在は管理局に知れてはいない。
私の我が儘で、娘たちまで管理局に追われる存在になどしてたまるものか。
となればやはり鍵はフェイト。フェイトが時の庭園に転移するのを待つか、或いはプレシアがフェイトへ接触するのを待つしかない。
「しかしこの様子ではね……」
管理局の介入から数日。
フェイトとジュエルシードを廻って争っていた少女(民間協力者。平均魔力発揮値が127万という才女)は管理局に協力するため管理局の艦に乗艦。
対するフェイトは使い魔と共に現地に潜伏しながらジュエルシードの探索を続けているようだ……この状況ではフェイトは時の庭園に戻ることはないだろう。転移の際に管理局に補足されるとも限らないのだから。
「──やはり、チンクとセインを現地に送るしかないか」
できるなら時の庭園に直接送り込み、すぐ帰って来るようにしたかったんだが……。
◇◆◇◆
「今回の任務の目的はプレシアとの接触。チンクとセインにはフェイト・テスタロッサを探索、発見後はフェイト、管理局双方に見つからないように監視を続けてほしい──必ずプレシアに辿り着くはずだからね」
「はい」
「了解っ」
大丈夫、彼女たちにとっては難しい任務じゃない。
だが、この不安はなんだ……?
ただ単純に娘を外の世界に送ることに対するものなのか?
「セインちゃん、いつもみたいなうっかりしちゃダメよ?」
「大丈夫だよっ。何たってドクターが直々にあたしを指名してくれたんだからね」
(……やっぱり、人間味なんて邪魔なだけね。こんなだからいつも任務に失敗するのよ)
……私が娘を信頼しなくてどうする。
大丈夫。私の娘はそれぞれ個性的だが、優秀であるということは共通だ──多少、親馬鹿が入ったかもしれない。
「チンク、セインのことを頼んだぞ」
「ああ。だがそんなに心配せずとも、セインはちゃんとやってくれるさ」
「だといいがな……」
そら、チンクは妹を信頼しているじゃないか。
トーレ、大丈夫。セインはできる子なんだから。
「私もついて行きたいけど、私の武装は隠密にはあんまり向かないから……頑張ってね」
「おねーちゃんに任せとけっ!」
むむむ、私としてはヘヴィバレル自体がディエチには向いていないと思うんだが……女の子にあんな物騒なもの持ってほしくはないよ。
「──それでは行って参ります、ドクター」
「行ってきます、ドクター」
「ああ。気をつけて」
……娘を嫁に出すというのは、こんな感じなのだろうかっ?
作業記録 新暦 0065年 5月2日
No.5とNo.6は任務のため、第97管理外世界『地球』へ。
ドクターは新たなナンバーズの製作、“ゆりかご”の機械兵器の研究を並行して継続。
No.2は────
「クアットロに教えられることは全て教えた──とは言えないけど、足手まといにはならないはずよ」
「そう……予定通り、No.5とNo.6が任務から帰還次第、あなたには聖王教会に潜入、聖王の遺伝子を入手してもらうわ」
「親父も所詮は人の子。地位や名声、金や女、必ず欲望を秘めているもの──すぐに盗って戻って来ることにするわね」
──潜入準備はほぼ完了し、後は時期を待つだけ。
「ドクターの、私たちの夢のためにも────妹たちのためにも、ね」
「時間を掛けすぎると、妹たちも戦闘機人とはいえあなたの顔を忘れてしまうかもしれないわね」
「あらあら。ならなおのこと急がなくちゃ……クアットロにも、妹たちを大事にするってことを教えなきゃいけないし」
優しげな表情でそう言う彼女はただの人間の姉のように見えてくる。
「──いけないいけない。偽りの仮面を持つ私としたことが、仮面を付け忘れていましたわ」
私の視線に気づき、ドゥーエはそう言って悪戯な笑みを浮かべたのだった。
「ドクターや姉妹たちの前で仮面をつけるのは失礼よ。気をつけなさい」
……何故、私はこんなことを言っているのだろうか。
「うふふ、そうね」
ほら、ドゥーエが楽しげに笑ってしまった。
……まったく、ドクターが私たちに優しくし過ぎるのがいけない。
だから御側にいる私まで、姉妹たちを愛しく思ってしまう。
──戦闘機人とは思えない思考の異常さに、私は気づくことはなかった。
それが当然のように思えてしまっていたのだから。