「...話し過ぎたね。...よいしょっ。」
古臭い...年寄りみたいな声を出して、立ち上がる。
「あ...」
後ろからの声で振り返る。
少し寂しそうな感じがしたから。...本当にそうなら、嬉しいな。
「...その...話、聞いてくれたの......嬉しかった。でも学校...もう行かないとだから...」
「行くんですか?どうして...」
「それは......わかんない。学校は...行かないといけないでしょ?だから、それだけ。」
重い体と見えない片目にも慣れてきた私は、そのまま歩いて古書館の扉に手をかける。
「...待ってください!」
「んぎあっ...!?...どう、したの?」
一瞬だけ手を握り潰されたような錯覚に襲われたけど、平静を装って振り向く。
「あ...痛かったですか...?」
「いいや全然...!」
「痛かったですよね?」
「ぜんっぜん...!」
「涙目になってますよ。」
「気の所為、だからっ...」
「実は少し強く握りました。」
「アレで少しぃ!?」
「痛かったんですね。」
「ハッ!?」
引っ掛けられた!
「まあ...そんなことは置いておきましょう。タマヨちゃん、あなたは残念ながら学校に行くことは出来ません。」
「...えっ...」
突然の宣告に固まる私。
さっきの話を聞いていたのかと言いたくなったけど、ウイさんから放たれた言葉で開きかけた口を、しっかり閉じきった。
「前に貸した子の貸出期限...過ぎてます...今持っていないようでしたら、今から取りに行ってください。」
「.........そうなの?」
「とっくの前に。」
「......ワカリマシタ...」
このままじゃ学校間に合わない!だとかを考えはした。
でもそれを考えると、どういう訳か憑き物が落ちたような...心が軽くなるような音がした。
「...あれ...?」
まだ人がほとんどいない、電車に揺られて差し込む朝日を手で覆い隠している時に気が付いた。
「期限、もう少しあったよね...?」
私が間違えていたか、ウイさんが間違えていたか...でも、ウイさんが本の管理で誤りがあるとは思えないし...
ただ無益に外の景色を眺める。
太陽がその身を半分だけ地平線から出してこっちを見ている。完全でない太陽も、綺麗だった。
もうアレを両の目で見ることは叶わないのかもしれない。
今、目の前が顕著な不便さは無い。
それよりも、ただ恐ろしい。
開いた眼が今ここでオレンジの半球を眺めているように、塞がれている眼はまだあの教室に残されたままだ。
敵意を露にした三つの銃口、嘲笑する十あまりの口、嫌悪を示す十四の瞳。
全て止まった時間の中で、GIFのようにデジャヴのように無限に繰り返される。
決まって最後は薄っすらと開けた視界を、鈍い銅色の光を放つ弾丸が埋め尽くしてループが終わり、始まる。
ちゅぶんという小気味のよい、水の粒が潰れるような音。
赤く染まった天井。嘲笑。
腹の底で煮えたぎる憎悪を忘れることは無いだろう。
私の心が救われないとしても、叶うなら...
キィーーッ!
「んぶあっ。」
甲高い音と、体に精一杯かかる慣性で目を覚ました。
その勢いのままシートに倒れた私を気遣うことは無く、すぐに扉が開く。
「...寝てた...?」
重い体を起こして電車を、改札にカードをかざして駅の外に出る。
全身を出した大陽にじりじりと皮膚を熱される。さっきまでの寝ぼけた太陽はどこかに行ってしまったようだ。
歩く。
見慣れた道のりを、いつもよりゆったりとした足取りで。
私の住んでいる賃貸は、この駅までものの数分で着く。こういうのなんだっけ...駅近?
電車に乗っているよりも、学校に向かっているときよりも...家から駅に向かっているときの方が早いんだよね。
立地の良さに感謝しながら歩く。
...そんなことを考えているうちに、もう見えてきた。
「...はぁ。」
誰も居なくなった古書館で、ウイは肩甲骨を下げて息を吐いた。
今彼女の思考を支配する陰りは、耳と尻尾を携えた少女の形をしていた。
「タマヨちゃんには...悪いことをしてしまいました...期限は、もう数日あるのに...」
その陰りを抱えたまま、ここにいない人への謝罪をする。
失明しかけているのにもかかわらず、その元凶となった人物がいる所へ向かおうとするものだからとっさについてしまった嘘。
今自分がしていることは、部外者による不要な問題の引き伸ばし...むしろ自分のせいで悪化するかもしれないのだ。
それでも気にかけるのはウイ自身の性根か、はたまた......友達だから、だろうか...?
生憎と今まで友人と呼べるような存在は居なかった人間が、友人との距離感を上手く調整できるはずもなかった。
それだけの話なのかもしれない。
少なくとも、今のウイにはあの少女に手を差し伸べてやりたいという思いが湧き出ていた。
「...さて、せっかく記録簿を出したことですし、他の子達の期限も確認しましょうか...」
それでもまずは自分のするべきことを蔑ろにする気は毛頭なかった。
「...あ...この子まだ帰ってきていない...この子も...それと、この子に.........纏めてお返し頂かないと...!」
人があまり来ないと言うだけで、来ない訳では無い。
毎日十数人はここを訪れているし、それと同じくらいの書籍も貸し出されている。参考書が主だが...
トリニティの生徒だけあって表面上は真面目に学生をしているようにも思えるね?
「......ふう、少し...休憩にしましょう。」
古書の翻訳の休憩に古書を読み始めるウイ。
今更ながらに、趣味と実益を兼ねている図書委員という立場は、彼女にとてもよく合っている。まるで産まれる前からそう決められていたかのように。
「......」
黙々と読書に務める。
どれだけ周りから奇異の目で見られようと、その世界に入り込む感覚が好きだった。
好きだったし、声を掛けられても気付かなかったりその気ならずっと読んでいられるほどの集中力があった。
ただ今はそれも失われつつある。
理由は...
ぎい...
「!」
「持ってきたよー......お、お邪魔、しちゃった...?」
半開きの扉から本を片手に、気まずそうににへらと笑う少女のせいだろうね。
「持ってきましたか...?」
「うん。あとハンカチ...ありがとう。」
ぱたりと本を閉じて聞いてくるウイさんに本とウイさんのハンカチを渡す。
「...はい、これで大丈夫です。わざわざありがとうございました。」
「司書さんがわざわざとか言ったら駄目じゃない?」
「それも、そうかもしれませんね。」
「...なにそれ。くすっ.........いや何その顔!?」
「えぁっ、い、いえ、少し、驚いただけ...です。」
少し笑っただけなのに、どうしてそんな『鳩に豆鉄砲撃ったら全部食べられた人』みたいな顔されないといけないの?
失礼された?
「...私...ずっと、考えていたんです。」
ウイさんが立ち上がって歩き出す。
「?...なにを?」
「どうしたら、あなたの力になれるのか。」
私のそばを通る古書の匂いと、口の端を固く結んだウイさんの顔。
「もう十分助かってるよ?」
「いえ...まだです。全然、あなたを助けられていません。」
「...ねえ、いきなりどうしたの?なんか変だよ?」
ピタリと止まって私を振り返ったのは出入口の前だった。
そんなところに立ってどうしたのだろうか。そんなことを考えていると、直後にぱちり、というパズルのピースがピッタリ噛み合うような音がした。
「...ぱちり?」
疑問を露わにする私へとやってくる『ごめんなさい。』という謝罪の言葉。
「私には、この方法しか思いつきませんでした...」
「いやいや、え?なにを...」
「鍵を...かけました。あなたはしばらく安静に、外からの害意を遮断したここに...居てもらいます。」
鍵をポケットにしまって呆けている私に話しかける。
私の意見など知ったことでは無いと言うふうに、強引に。
「.........監禁!?」
「安心して...ください。食事の時などは外に出ますよ。私は出たくありませんが...仕方ないですよね...」
「軟禁だった!!」
「...」
「えっえっ、私なんかしちゃった?心当たりが無くて...」
「本当にですか?」
じろりと紫の瞳が私を睨みつける。
「......」
「あるみたい、ですね。ふう...なら尚更ここに居てください。あなたは怪我人なんですから...」
何も言い返せない私を見て、安堵の息を吐いた。
...いや私はなんにも安堵出来ないんだけど?
いくらウイさんでも私の自由を縛り付けるなんてことは...
「...あ、ここにいる間は好きに見て良いですよ。禁書コーナーはやめて欲しいですが...」
...ちょっといいかも。
「今、『ちょっといいかも』って思いましたね?」
「...」
「...」
「......」
「......」
長い沈黙。
初めて私が声をかけた時を思い出すけど、あの時とは反対に今度は私が困らされている。
「.........えへ。」
悩んだ末に出た言葉は、なんともくだらなかった。
あとがき
おっかしいな...0章はもっと早く、さっと終わらせて次移る予定だったのに...
ずっとイチャイチャしてんなコイツら...(ピキピキ)
もうちょっと(数話)だけ続くんじゃ(絶望)
この作品に足りないものとは...
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このままでいいんじゃね知らんけど
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銃撃戦が少ねぇ!
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タマ虐
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ガチ百合回
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R-じゅうはt(銃声)