エピソード・アーデン~羅刹の刃~   作:織姫ミグル

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第五章

 

 

 

朝の屋敷が慌ただしい音が響く。

 

ここは蟲柱である“胡蝶しのぶ”の私邸であり、彼女の意向により柱に与えられる邸宅を負傷した隊士の治療所として開放している、所謂診療所だ。

 

患者を乗せた担架を運んでいる背に『隠』の字の描かれた黒子装束を纏っているのが特徴的な者達が汗水垂らして急いで運んでいる。

 

目元以外が隠れていて素顔は全く見えないが、複数の隠隊員がそれを身長に運ぶように取り囲みながら進み、ガタンガタンと揺れていた担架は屋敷の中へ。担架を運ぶ手が一人の女性へバトンタッチされ、乗せられていた男性“冨岡義勇”は虫の息のまま治療室へと入っていく。

 

それから数時間後。

 

 

「何とか無事に終わりました。無意識に回復の呼吸を使っていたおかげで傷もすぐに塞がりました。その内に目覚めるでしょう」

 

 

治療室から出てきた美人な女性、薄紫色に染まった毛先と後頭部に着用した蝶の髪飾りが特徴的な方が隠の一人にそう言った。

 

早朝、普段なら診療所は静かなもので小鳥のさえずりも聞こえてくる。

 

だが現在、朝早くから複数の忍者のような格好をした人影達が屋敷の廊下を埋め尽くしていた。普通、隠の役割は鬼を滅する鬼殺隊と違って、生存者の救出と保護に遺族への対応や、戦闘区域が明確な場合は周辺住民への対応や避難誘導などが主な仕事だ。

 

そして。

 

今回みたいに重傷で動けなくなった鬼殺隊士への応急処置と搬送や、身に着けている隊服の縫合など様々な裏方仕事を現場でこなす事もしている。

 

そうやって彼らは鬼殺隊を支えている。

 

彼らは皆動揺しており、診察をして治療を施した胡蝶しのぶのその報告を聞いて安堵する。

 

 

「大雑把に言って絶対安静、といった所でしょうね。全身打撲に脳震盪、肩と右手首の間接が脱臼、それに肋が折れて内蔵まで圧迫されていて重傷です」

 

「······あの水柱様がそこまでの重傷を負うなんて······ッ!!」

 

「相手はどんな鬼だったんだよ·······」

 

「もしかして十二鬼月、それも上弦とか?」

 

「何にしても、尋常じゃない奴と戦ったんだろ」

 

 

誰がどの台詞を言ったのかわからないくらい声が飛び交っていたが、しのぶは重たい息を吐いた。

 

 

「何にしても、今の彼の体力レベル的にも覚醒する様子はないですし、後はこちらが引き継ぎます。皆さん、お疲れさまでした」

 

 

しのぶは裏の感情を隠すような感じで笑みを浮かべながら、そう言って治療室へと戻っていく。

 

隠達も、自分達の役割を果たしたことを自覚し、これ以上は付き添う必要はないと感じ、後の事は蝶屋敷の皆様に任せて、こっちは別の任務に当たろうと屋敷を出ていった。

 

蝶屋敷の主、胡蝶しのぶはボロボロになった冨岡義勇を怪訝そうな顔で見つめる。

 

 

(あの冨岡さんがここまでになるなんて······本当に鬼の仕業なのでしょうか? そもそも、仮に鬼だとしても柱である冨岡さんを殺さなかった理由は何故なんでしょうか? 日輪刀も持ってなかったし、相手の目的がよくわからない)

 

 

眉間に皺を寄せるしのぶだったが、すぐに首を横に振った。これ以上は考えても無駄だ、と判断したらしい。部屋の外で隠達が慌ただしく出ていく中、この空間だけが静寂に包まれている。

 

しのぶは無言でこう思った。

 

 

(何にせよ、本人が起きてからじゃないとわかりませんよね)

 

 

何があったのかなんて、すぐにわかる。

 

何せ彼は、鬼殺隊士の最高位に立つ剣士達の一人なのだから。

 

すぐ目覚めるなんて、朝飯前だ。

 

 

 

□■□■□

 

 

 

夜の浅草は帝都の娯楽の中心で、興行街であり、そして歓楽街を形成していた。

 

花屋敷をはじめとして多くの娯楽施設があり、活動写真館や劇場があり、浅草公園や花屋敷には各種の大道芸が揃い、休日には兵隊や丁稚が、平日でもおのぼりさんたちが多く集まっている。

 

また、芸能の流行も浅草が発信地となることも少なくなく、多くの著名人が訪れ、特に文化人には浅草浸りになる者も多くいたらしい。

 

そして、この浅草でもっとも目立つのは、凌雲閣。

 

明治時代に東京と大阪に建てられた眺望用の高層建築物である。名称は『雲を凌ぐほど高い』ことを意味し、日本初の電動式エレベーターを備え『浅草十二階』、あるいは単に『十二階』という名でも知られている。

 

当時の日本で最も高い建築物であったが、

 

 

「う~ん·······ここどこだろう」

 

 

絶賛迷子中の彼には全てが魔境に見えているらしい。

 

先程から目の前を素通りしていく人々の服装はバラバラであり、スーツを着ているものもいれば、袴を着込んでいる人もいる。この国の文化や歴史はどうなってるのか、二千年生きてきたアーデンでも全くわからなかった。

 

 

(なるほど、どうやらどうも俺のいた国、っていうか世界とは違うみたいだねぇ)

 

 

アーデンは周りの景色を楽しみつつ妙に納得した。一方、変わった格好をしているなぁという目線を向けている通行人達はアーデンを見つめているが、彼はそんなことにも気付かずに周囲を見渡している。

 

と、

 

パシュン、と。

 

アーデンはつい先日とある剣士から奪った刀を虚空から取り出して高い位置へとぶん投げた。

 

投げた刀は、見事凌雲閣の屋根の最先端にぶっ刺さり、アーデンの身体はそこへと移される。地面に残った赤い残像を見て驚いている通行人達だったが、次第に消えていったために、ただの蜃気楼、もしくは幻覚でも見たのだろうと、勝手に都合のいい方に解釈して納得してそのままいつも通り歩いていっていた。

 

そうやって屋根の最先端まで上り詰めたアーデンは、眼を凝らし浅草周辺の地形を頭の中に叩きこみ始めた。

 

 

「やっぱり、俺がいたところとは違う国みたいだ。周囲は車に路面電車、そして様々な店か。なんとなく見た目も古いし、どう考えても別世界にやってきたと考えるのが妥当だよね」

 

 

全ての事情を把握したアーデンは立ち上がり、そのまま鳥のように大きく両手を広げて自分の立っている塔の先端から力強く跳躍する。

 

下から吹き上げる風圧を無視し、アーデンは剣を召喚すると、地面に激突する寸前で真下へと放り投げる。シュン! と空気を裂く音。

 

空から落ちてきた、ではなく急に現れた男にどよめく群衆を無視して、アーデンは人混みをかき分けて街中へと消えていく。

 

異世界に来てしまった以上、観光しないまま過ぎ去るのは失礼だ。

 

だからアーデンは、元の世界に帰る方法を探りつつ、この世界の絶景ポイントを見つけるたびに出ることに決めた。

 

 

 

□■□■□

 

 

 

「よかったですねぇ、思ったより早く目覚めることができて。このまま死ぬんじゃないかと思っていました」

 

「······」

 

 

病室の中で、胡蝶しのぶはそんなことを言っていた。

 

 

「水柱ともあろうものがあんな重傷を負うなんて、本気で心配しましたよ~」

 

「······」

 

「······一体、何があったんですか?」

 

 

冨岡義勇はうまく答えられず、ベッドの上で包帯で固められた己の腕へ視線を落とした。

 

この手に握っていた日輪刀。致命傷まで負わせておいて見逃し、自身の愛刀を奪っていったあの男。義勇は急に真剣な顔になったしのぶに答えることもせずにただただ右手を見つめている。

 

鬼とは違う異質で邪悪な気を放っていたアイツだけは、手を出してはいけない気がした。

 

頸を斬っても死なない。

 

その事実が発覚した以上、奴は鬼よりも驚異な存在だ。どこが弱点なのか、どうしたら殺せるのかという次元を越えている。

 

もしかしたら。

 

鬼殺隊の最終目標である『鬼の始祖』を倒すことよりも難しいかもしれない。

 

一度戦ってわかった。あれは鬼よりも厄介な怪物だ。異形な気配がして、さらに少女の前に立っていたからつい頸を刎ね飛ばしてしまったが、無傷で戻ってきた時点で勝ち目はないと無意識の中で悟った。

 

 

「······胡蝶」

 

「はい?」

 

 

義勇は隣に座っているしのぶに声をかけると、ずっと無表情だった彼の顔に真剣さが現れ、こう告げた。

 

 

「お館様にすぐに伝えてほしい。赤いスカーフに指先のない手袋。黒い中折れ帽子を被った赤髪を生やした男には注意してほしい、と」

 

 

それだけを告げると、しのぶは怪訝そうな顔をしながら首を傾げる。

 

しかし、事態は思ったよりも深刻だということを察したしのぶは一度頷くと立ち上がりつつ、

 

 

「わかりました、伝えておきます。それでは、今日の診察はここまで、私は他の患者を当たらないといけないので、今は余計なことは考えないで安静にしていてください」

 

「····················ああ」

 

 

言葉に、義勇はすごい間を空けて小さく頷いた。

 

それから義勇は小さく唇を動かして言う。

 

 

「アイツは────」

 

 

しのぶは、それを黙って聞いていた。

 

 

「アイツは·······鬼よりも厄介な存在かもしれない」

 

「·······そうですか」

 

 

しのぶが病室のドアをくぐる直前にそう言われた。

 

しのぶはそれを聞いて何を思ったのか、こちらからでは表情は見えないが、少し低い声で義勇におやすみなさいとだけ言うと部屋を出ていった。

 

柱が危険視するほどの要注意人物。

 

その話が鬼殺隊全体に広がったとき、彼らの組織はより強くならなければならなくなる。

 

それは鬼の方も同じだ。鬼すらも奴のことを恐れている。

 

互いが互いの命を取り合う中で、そこにわけのわからない第三者が加わったことで事態は大きく変わっていく。

 

そう、新たな争いが始まろうとしていた。

 

鬼と鬼殺隊の正面対立と、第三者による介入。

 

前代未聞の化物が、両者の秩序を崩壊させていく。

 

 

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