分身メガネ君に転生しました。魔法はそこそこに田舎でスローライフします。 作:黒つ羽
気が付いた時には地面にしゃがみ込み、枝葉をのっそりのっそり移動する芋虫のような何かをじっと見つめていた。僕の最後の記憶は赤信号を止まり切れなかった大型トラックに自転車ごと車体の下に飲み込まれた光景だった。ふと、今の僕と前の僕との記憶が混ざっていることに…あぁ、これ転生か?
現状の把握に努める。まずは自分の名前…前のは覚えていないが、今世はラン坊と呼ばれている。自然豊かな農村で暮らしていて、両親は死んだらしい。親代わりの爺さんがそう言っていた。兄弟もいない。村の幼い子供は自分一人くらいで、あとは爺さん婆さんといった限界集落。
魔法もある。いかにも魔女ですという格好の婆さんが畑から収穫した大量の芋を宙に浮かべながら運んでいたし、2級魔法使いという資格を持っている。
それと、かつてこの世界は魔王の侵略に怯えていたらしい。何十年も前に勇者一行が倒しているけれど、その勇者も20年近く前に亡くなったという。
…?
魔法使いの婆さんに頼んで、勇者一行の話を聞いてみた。勇者ヒンメル、僧侶ハイター、戦士アイゼン、そして魔法使いフリーレン。
マジか、葬送のフリーレンだ。
まあ、そんなこんなで現在、婆さんに頼んで魔法を教えて貰っている。昔は帝都で魔法の研究に携わっていたらしく、その内容は腐敗の賢老クヴァ-ルが開発した
今年90歳を迎える婆さんはそれはもう意気揚々と魔法を教えてくれた。婆さんは
それはそうと対抗手段を研究していたというだけあって、防御魔法以外に興味がそそられる魔法があった。婆さんが言うには幻影と実像を両立した、いわゆる分身を作り出すことで、本体への被弾を減らすための魔法だと言っていた。
婆さんの考えとしては限りなく本物に近い自身を囮にし、意識外から攻撃することも目標としていたが、いかんせん、魔法を使うには魔力が漏れるため、魔力探知に長ける魔族相手には意味がないとして研究はとん挫したらしい。あと、複数の分身を操ること自体、かなり難易度が高い。
そこまで聞いて気が付く。先ほどからラン坊と呼んでくる婆さんに自分の名前を確認する。
「おばあちゃん」
「ラン坊もだいぶ、魔法について理解が…何だい?」
「僕の名前ってランボーなの?」
「うん?あぁ、すまんのう。爺さんがラン坊と言うから私もつられてな。ラントじゃ、ラント」
「ラント…分かった、ありがとう」
「じゃあ、今日はこれくらいにしようかね。また、明日来なさい」
「わかった。またね、おばあちゃん」
…衝撃の事実だった。僕は分身リモートメガネ君だったらしい。
ひとまず、魔法の鍛錬は続けることにした。ついでに婆さんからは分身を作り出す魔法を教えてもらうことにした。因みに開発途中の魔法であったためか、魔法の名前は決まっていないらしい。まあ、魔法に必ず名前が必要かというとそうでもないらしいので、とりあえず横に置いておく。
魔法の才能は結構あったらしく、分身を作り出す魔法もほどなく習得できた。今は一体だけだが、今後、原作メガネ君のように数を増やせるよう頑張ることにした。
◇
まあまあな年月が過ぎたころ、育て親の爺さんも魔法使いの婆さんも寿命でぽっくり逝った。最後に見た顔は安らかであったため、そう悪くない老後だったんじゃないだろうか。婆さんにはもう教えることは何もないと言われていたし、つい先日3級魔法使いの資格も取れた。さすがに史上最年少とはいかなかったが、リモートで受けた魔法使いとしては初だったのではないだろうか。
ここ数年で村の人数がだいぶ減った。それに反比例するように僕の分身は増え続けており、今では10人の分身を同時に操っている。身寄りのない爺さん婆さんの介護や畑仕事、魔法使いとしての仕事、魔法の鍛錬、家事、休憩、散歩、買い出し、日曜大工、予備と用途も増えてきている。
分身の扱いについて前世の知識が結構役に立っている。さらに魔法のある世界だ。分身を操るための魔法なんかも開発できた。今後は活動範囲をさらに広げるため、魔法の改良も続けていく。
現在の目標は神話の時代の魔法使い、ゼーリエがいる魔法都市オイサーストまで活動範囲を広げる事。…今のところ、分身は王都あたりにまで行けた。というか、勇者一行の像を初めて見た。故郷は田舎の中の田舎だったらしい。…ここから魔法都市まで距離を延ばすのは無茶じゃないか?
閑話休題
せっかく、王都まで来たので冒険者の仕事を請け負いながら、王立図書館で魔法の研究に没頭する。蔵書に関しては文句無しだが、魔道書の類はそこまで多くない。
司書に確認すると重要度や危険度、貴重性の高い図書は持ち出し禁止の書庫や王城で管理しているらしい。あと、魔道書は資格を持つ魔法使いのみが売買を許可されているため、図書館よりも市井を巡って買った方が掘り出し物があるとのこと。
うーん、まあ、魔法関係の論文は充実してるからそこは別に良いのだけど。論文関係は借りられ…あ、だめ、館内のみですか。筆写は大丈夫?じゃあ、それで。
論文の筆写とか地獄でしかないが仕方ない。館内は魔法禁止だし、地道にやるか。
分身魔法に成果があった。ただし、図書館で研究していた成果ではなく、冒険者としての依頼の中で出た成果だ。
先日、魔族の討伐依頼があり、ちょろっとこなしたところ、発見があった。魔族は死ぬと塵のように消えて無くなる。人のように肉体が残らない。それはつまり、肉体が魔法的な要素によって組み上げられているからでは?そのような仮説を立てた。
それからというもの、魔族を見つけたら積極的に殺し、その死後の状態を観測した。生け捕りも行い、死なないよう解体しながら中身もつぶさに観察した。
結果、判明したのは人間に兎に角似ている構造をしていること。おそらく、人間の内臓と魔族の内臓を比べたら多少の違いはあれど、見分けがつかないのではないだろうか。
しかし、やっぱり人間とは違うらしい、明らかに死ぬような状態でも生きているし、平気で話もしている。やはり、魔力で肉体が構成されているためだろうか。
そこでひとつのひらめきを得た。分身を作り出すときは魔族の肉体構成を参考にすれば良いのではないかと。
結果はデメリットもあるが成功した。
まず、実体を取り繕う際に今まで様々な魔法を組み合わせており、お世辞にも効率は良くなかった。しかし、魔族の肉体構成を参考に実体を作る魔法を開発することで、本体と遜色ない肉体をシンプルな魔法で作れるようになった。
デメリットは精度が高いために、通常の人間のような生理現象までも再現してしまっていること。この魔法で作られた分身は腹が減るし、眠くもなる。
しかし、分身を操れる範囲は精度の高い分身を起点に大幅に拡がったため、魔法都市オイサーストへ向かうことも可能になった。さらに、この精度の高い分身から遠隔で実体のある幻影を複数作り出せるようにもなった。
もともと実体のある幻影は余程の実力者でない限り、見破られることはない。例え見破られたとしても精度の高い分身を見て、こちらが本物だと思うだろう。
さらにさらに、これは本当に完全に副産物的なものだが、この精度の高い分身は生理現象を再現しているため、食べ物が食べられる上、それを共有できるようになった。
実体のある幻影はあくまでも只の分身。飲食をするふりしかできない。正直、視覚と聴覚の共有が限界だと思っていた。まさか、五感全てをちゃんと共有できるようになるとは思わなかった。これで、遠方の美味しい料理を食べられるようになった。素直に嬉しい。
さて、性能確認のため、丁度良く実施される2級の試験を受験してみた。合格した。
別に実体のある幻影でも行けた感があるな、あれ。…1級試験は2年後か。そういえば、ユーベルもこの時期に2級試験を受けていたんだったか?
うーん、単純に受けた場所が違うのか、それとも記憶違いだったか。まあ、いいか。さて、そろそろオイサーストへ行ってもいいかもしれない。
そういえば、原作はとっくに始まっているのか。勇者ヒンメルが亡くなってから27年目ってギルドの受付嬢が言っていたし…あれ?もしかしてクヴァール死ぬのって今年か?まじか!?
…とりあえず、ひとり旅だし早めに出るか。もしかしたらフリーレン一行にエンカウントするかもしれないしな。
◇
風の噂で断頭台のアウラが死んだと聞いた。どうやら、グラナト領は無事魔の手から逃れたらしい。このことから、フリーレン一行がまあまあ先にいることも分かった。そして、僕はちょいちょい襲い掛かってくる魔族に辟易していた。
こいつらマジで、虫のように湧いてくるから面倒くさい。一回わざと死んだふりをしてみたが、幻影であることに気が付かずに虚空にかじりついていた。そのまま、背後からゾルトラったら間抜け面をさらして消えていった。
よし、面倒だから道中は姿を消そう。幸い幻影魔法で認識をごまかすことは容易い。魔族も研究材料としてはもう十分すぎるほどにサンプルを確保した。今後はよほどのことがない限り、無視でいいだろう。
そんな矢先、魔族に襲われている村を見つけた。生き残っている村人を幻影魔法で逃がした後、適切に魔族を処理する。北部に近づくほど、魔族の動きが活発になってきているのがわかる。勇者が死んでから魔族が調子に乗っているという話は事実のようだ。
…うん、分身を周辺の魔族殲滅に出そう。害虫駆除だ。
そんなこんなで、1年ほど魔族殲滅に力を注いだ。最北端の最前線は北部魔法隊が戦線を張っているため、手出しはしなかったが、点々とした村を中心に魔族の反応を探知し、襲撃が起こる前に駆除する。手遅れや襲撃の真最中だった場合は分身であることを良いことに釣りや囮で魔族を誘導し、各個撃破する。
この周辺はヤバいと魔族の間で噂になる程度には無法を働き、1級試験まで残り一か月と少しというところで、魔族は完全に鳴りを潜めた。その間に順調にオイサーストへ向かっていた分身の一体も無事、大陸魔法協会の北部支部へ到着した。
既にフリーレン一行が到着していることを確認した。フリーレンとフェルンは図書館で、シュタルクは都市の子どもたちと遊んでいるのを見かけた。
さて、受験の申込をするのは良いが、残り一か月をどのように過ごすか。まあ、オイサーストの図書館に知らない本があればそれを読んでいればいいか…それまで、ゆっくり過ごそう。
村の畑仕事や離れた町への買い出し、爺さん婆さんの介護、ティータイム、墓掃除とお参り、移住希望者の対応、魔法使いとしての仕事、魔法の鍛錬、自宅のリフォーム、魔法の研究、読書とこなしていたらあっという間に第一次試験当日となった。
会場には様々な地方から来たであろう魔法使いたちがいた。最近、分身の眼鏡に仕込んだ解析魔法で周囲の様子を観察する。おー、いるいる。熟練の魔法使いのような魔力をしたエルフに、壁際にいるのは一級魔法使い達だろう。多くの受験者とは違い、かなり落ち着いた魔力をしている。
さっそく、第一次試験の概要とチーム分けについて説明を受ける。腕輪の導きで二人の少女と合流した。特に変化はないらしい。フェルンとユーベルだった。見てくれは普通に可愛いな。
試験会場についた。ゼーリエが張ったというこの結界…凄まじいな神話の魔法使いは、それを解析して破壊するフリーレンも凄いと思う。しかし、助かった。この結界は強力な対物理結界であるためか、分身との繋がりに一切影響がない。
首尾よく、フェルンが
いや、今上空を飛んでいる凶悪なやつも拘束可能ってことは…むしろ積極的に襲ってくる鳥型の魔物を狩るのが主目的だった?
「ひとまず、他のパーティーに見つからないよう、潜伏してやり過ごそうか」
「えー、つまんないよ。魔法使いなら堂々と戦わないと」
「必要のない戦闘は避けるべきだよ。それよりも…」
地面に手を付けながら、眼鏡の解析魔法によって枯れた川であることを確認し、結界が一週間以上前から張られていた事実を算出する。
「どうされたのですか?」
「道のように見えるけど、これは枯れた川だね」
「ッ!?」
その言葉にフェルンは驚いた表情を浮かべる。流石だ、今の一言で気が付いたみたいだ。
「それは…よくありませんね」
「ああ、結界は一週間以上前から構築されていたみたいだ」
「メガネ君」
「どうした」
「水なくなっちゃった」
ユーベルに視線を向けると水筒を逆さにして空っぽであることをアピールしていた。
「
空気中の水蒸気を集めて水筒を満たす程度の水球を作り出す。逆さにしている水筒を手に取り、飲み口から水を注いでいく。
「これで良いな。大事に飲めよ」
「おー、ありがとうメガネ君」
「…水を創り出したのですか?」
「いや、操る魔法。空気中の目に見えない水を集めた。創造系は費用対効果が良くないからね」
と、簡単に言ってみるが実際のところイメージの問題だ。前世の知識と常識から空気中には当然のように水があると分かっている。創造系となると僕自身とはいまいち相性が悪い。
「さて、それよりも拙いことになったな」
「はい、ラント様のおかげで私達の水については問題ないのですが…」
「
「ッ!?」
複数の一般攻撃魔法が飛んでくる。それをフェルンが
僕も何年も魔法の研鑽を積んできたが、ここまでの速さには至っていない。まあ、分身を囮にする都合でそこを鍛える必要性が高くなかったこともあるが…それにしたって速い。
そこまで思考を巡らせたところで、ユーベルが突撃して距離を詰め、一般攻撃魔法を放った下手人へ杖を突き付けるが、相手側も全員がそろい踏みで杖を構える。場の緊張感が一気に高まり、膠着状態に陥った。
「マジか、面倒臭ぇな。直前で気付かれたとはいえ、一人で全部防ぐのかよ…まあ、いいや。
「嫌だって言ったら?」
「なら言葉「待った。ユーベルも待ってくれ」は…なんだ?」
「あんた、北部魔法隊隊長のヴィアベルだろ?」
「あん? 俺のこと知ってるのかよ。なら話は早ぇな、俺のこと知ってんなら…」
「悪いんだけどその要求は飲めない…が、提案がある」
「提案だぁ?」
「ああ、双方血を流さない平和的な提案だよ。ヴィアベル、あんた
ヴィアベルは僕の言葉に顔をしかめ、続きを促すように顎をしゃくる。
「その前に、ユーベル戻ってこい。いつまでも杖を構えてたら話し合いも何もないだろ」
「え~、メガネ君。せっかくの対人戦だよ、まどろっこしいのは好きじゃないんだけど?」
「いいから、戻ってきなさい」
「…はーい」
ユーベルが渋々といった様子でこちらへ戻ってくる。そのまま隣へ来るがジトっとした視線をこちらに向けて口をとがらせている。
「おい、時間がねぇんだ。さっさとその提案とやらを話せ」
「ああ、まあ、簡単な話だけど探すのを手伝うよ。そっちは見つけられないだけなんだろ? 単純に探す目が倍になるし、中央に向かえば他のチームもいるだろうけど、今の状況なら6人で固まれば他から狙われづらい。何より無駄に戦わずに済む。せっかくの受験者同士なんだし、協力していこう」
「…試しに聞いてみりゃなんだそりゃ。はっきり言ってこっちのメリットが薄い。なにより、そっちが俺たちに協力するのにリスクしかねぇだろ。ボランティアのつもりか?」
「そうだよメガネ君。その提案じゃ、日没までに見つからなかったら、後ろから撃たれるよ」
「まあ、そうだね」
「おいおい…はぁ、無駄に時間食っちまった。エーレは長髪、シャルフはメガネをやれ。俺は…っ!?」
その瞬間、ヴィアベルたちは湖がある中央付近へと目を向ける。わざわざ探知範囲を広げずとも感じ取れるほどの大きな魔力反応。第2パーティー…フリーレンたちが湖を氷漬けにしていた。
「この魔力、第2パーティーの奴らだな…何考えて「ヴィアベル!前!」やが、今度はなんだ!?」
視線を戻すと朧気になっていく第4パーティー、ラント達は既にその場にはおらず、残った幻影が晴れ始めの霧のように徐々にかすれていく。
「エーレ、いつからだ」
「分からない。私は一度も目を離さなかった」
「シャルフ」
「ごめん、全然分からなかった!」
「…完全に逃げられたな。仕方ねぇ、日没まで粘るしかねぇか。急ぐぞ」
そう言って
完全にいなくなったことを確認すると
「あの、今の魔法は何だったのですか。幻影魔法?いえ、それとはまた…本当に魔法だったのですか?」
「秘密。それよりもさっさと隠れられる場所へ行こう」
「あーあ、せっかく殺し合いができると思ったのに…残念」
「…」
それから、しばらく歩いていると、ちょうど良さそうな洞窟を見つけたため、日没までそこに潜伏することになった。歩いている途中、地面が揺れビル何階分だろうと思うような崖ができたり、空中で魔法合戦を繰り広げる二人の魔法使いの姿を観測したりとイベントが盛り沢山だった。
「凄かった、あれが勇者一行の魔法使いか。あ、結界が破れ…でっけぇ水球」
うーん、お手本のような物質による圧倒的な
「メガネ君、何見てるの?」
「もう終わったけど、デンケン二級魔法使いとエルフの魔法使いフリーレンの指導試合…は、さすがに失礼だな。まあ、勉強になる魔法合戦だったよ」
フリーレンも凄かったが、デンケンの魔法の
「フーン、そういえばあのエルフ、
「フリーレン様ですから、あの結界を解除するために解析していたみたいですね」
「へ~、すごいじゃん。でも戦闘で使ってた魔法は一般攻撃魔法と防御魔法だけだったね。あんたは他にも魔法使うの?」
「いえ、私も戦闘では一般攻撃魔法と防御魔法だけで戦います。戦闘以外なら他にも色々と魔法を使いますよ」
「つまんなそうな戦い方だね。…他にどんな魔法が使えるの?」
「えーと、服が透けて見える魔法とか…使いませんよ」
分かってたのに思わず手で隠してしまった…服が透けて見える魔法か。何で服だけ透けて見えるのだろうか?透視の魔法ということなら肉体も透けて見えてもおかしくないが…ちょっと気になるな。
いや、別に僕が男だからとかじゃなくて、単純に原理が…僕は誰に何を言い訳してんだ。
「…メガネ君のえっち」
「流石に言いがかりが過ぎる」
ユーベル、君はそんなキャラだったか?何で頬を染めているんだ。フェルンさん、ゴミでもみるかのように冷たい目は止めてくれないか。僕は何もしていない!
◇
第一次試験は無事終了し、魔法都市オイサーストへと戻ってきた。ふう、別に肉体的に疲れたわけではないが、精神を結構削ったような気がする。
まあ、次の試験まで時間あるし、ゆっくりするか…とりあえず飯でも食うか。
そういえば合格者は原作と変わらずのメンバーだった。ヴィアベルたちもあの後、無事
「メガネ君」
「ユーベル、
「…うーん?」
ユーベルが小首をかしげてこちらを見ている。やがて、キスでもするんじゃないかというほど顔を近づけてこちらを観察してくる。
いや、ちっか、パーソナルスペースおかしくないか?君は露出多いからドギマギするんだけど?
「えい」
腕を組んできた。
「え、なに」
「やっぱり…メガネ君。
素直に驚いた。もしかしてバレるかなとは思っていたが、正直分身の精度には自信があった。それこそ原作のラント以上の精度…実際の精度はどの程度かは知らないが、バレることはないだろうと心のどこかでそう思っている自分がいた。
「よく分かったね」
「え、うそ。ホントに分身だった?」
カマかけだった。
「もういいや、歩きながらで良いなら、話に付き合うよ」
「そう?じゃあ、メガネ君のこと教えてほしいな」
「僕のこと、ね。改めて聞かれると返答に困るな。質問を返すようで悪いけど、何で気になったか聞いてもいいかな」
ユーベルはキョトンとした顔でこちらを見ている…が、だいぶ密着している事実に今更ながら戦慄が走る。結構がっつり腕組んでくるな…なんか、こう、なんだろ、なんでこうなってんだ。
「うーん、そうだね。私は共感したいの」
柔らかい胸の感触が
「実は私って共感することで他の人が使う魔法を使えるようになるんだ。逆に共感できなければ魔法は使えないけど、今はメガネ君に共感したいって思ってる。君の分身は本人と何一つ変わらない、全く同一の機能を持つ完璧な複製だ。それがすごく気になった…君は何を思ってどんな人生を歩んできたの?教えてよ」
「共感することで相手の魔法が使えるようになる…か。魔法はイメージだというけど、原理や理屈をすっ飛ばして、感覚で魔法を収得するのは相当なセンスだよね。うーん、精神操作によって新たに魔法を習得するアプローチはやっぱり間違っていないか?
「ねぇ、質問に答えてほしいんだけど」
おっと、現状から目を逸らして別の考えに耽ってしまった。
「別に答えても良いんだけど…その前に一緒に食事でもどうかな?話はそれからでも遅くないと思うけど」
「…そうだね、私もお腹すいちゃったし、君も思ったより話をしてくれる。どこに行くつもりだったの?」
「この街で一番美味しいって評判の店。何を隠そう僕は美味しいものに目がなくてね。それにユーベルみたいな可愛い女の子と一緒ならもっと美味しくなると思うよ」
「…」
「どうした?」
「いや、何でもない。君という人間が少しわかった気がする。ちょっとイメージと違ったけど…もっと知りたくなったな」
その後、ユーベルと夕食を共にした。フリーレン一行やデンケンたちもいたが、料理が美味しかったし、ユーベルとも楽しく話していたから、全く気にならなかった。
◇
「それでは第二次試験の詳細を説明する」
一級魔法使いのゼンゼが第二次試験である
さて、行動方針はもう決まっているが、他の受験者たちをどう誘導するか。そこが問題だ。
それにしても、このレルネン一級魔法使い謹製のゴーレムが入った小瓶は凄いな。ガワは複製できても中身まで同じものを複製するのは相当時間がかかる。解析結果から察するにこの世界の戦士たちと対等に戦える程度には強い。
零落の王墓もこのゴーレムをある程度数をそろえて人海戦術でマッピングすれば攻略は楽だろう。言うなれば死を恐れない無数のシュタルクの軍勢か…ああ、なるほど、だからここが試験会場に選ばれたのか。いつでも攻略可能な
「ねぇ、メガネ君。今回の試験はどうするの?」
「…この手の
「ふーん…じゃあ、あれは止めなくて良いの?」
ユーベルが指した方向に目を向ければデンケンと一人の若い魔法使い…確かトーンだったか?が、協力するしないで話をしている。おっと、ボーっとしてる場合じゃないな。
「ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃーい」
ユラユラと手を振られて見送られる。ユーベルと結構仲が良くなったと思うが、名前呼びだけはしてくれない。別にメガネが本体だと言うつもりはないが、他にメガネがいたらどうするつもりなのだろうか。
「いざというときは捨て石にされるリスクまである。特に…」
「横から失礼。そのリスクを負ってでも徒党を組むメリットがあるならどうする?」
「なに?」
「お前は…」
「僕は二級魔法使いのラントです。すみませんね、話の途中で割って入ってしまって」
「いや、かまわん。デンケンだ」
「…トーンだ」
こちらを冷静に見極める眼をしたデンケンに怪訝そうな顔をしているトーン。デンケンのほうは問題ないが、トーンのほうをなんとかしないとだな。仮に一人で潜ったとして、死にはしないだろうが、せっかくこれだけの人数がいるのだ協力しない手はないだろう。
「それで、そのメリットとはなんだ」
「話が早くて助かります。と、その前に他にも協力してほしい人が何人か…ちょっと待ってもらえます?」
「…早くしてくれ」
トーンの不機嫌そうな返答に相槌で応えると踵を返してフリーレンとフェルンの元へと向かう。二人はこちらの様子を最初から窺っていたためか、直ぐにこちらに気づき、フェルンが応対してくれた。
「やあ、この間はお世話になりました。今日はパーティーを組んでいるわけではないけど協力してほしくて…話だけでも付き合ってくれない?」
「私は構いませんが…」
チラリと隣に目を向けたフェルンに呼応するようにエルフの魔法使いが立ち上がる。
「二級魔法使いのラントです。勇者一行のフリーレン…お噂はかねがね。実は貴方の経験を当てにしていてね。勇者ヒンメルの
「私もかまわないよ。フリーレンだ、よろしく」
「よかった、じゃあ、次は…ん?」
もう一人の目的の人物へ目を向けるとこちらへ向かって歩いてくる二人組が見えた。こっちのアクションに反応した感じだろうか。手間が省けて助かる。
「フリーレンも協力する感じだよな。私たちも入れてくれよ」
「ラヴィーネ、カンネも」
「やっほー、フリーレン、フェルン。私たちも協力したいな。良いでしょ?」
「歓迎するよ。勿論、君たちにも声をかけるつもりだったんだ。ラヴィーネ三級魔法使いにカンネ三級魔法使い。僕はラントだ」
二人はギョッとしたように目を見開き、こちらを警戒した目で見てくる。うん、名乗る前だからだね、特にラヴィーネのなんで知ってんだてめぇという鋭い視線が刺さってしょうがない。
「どうやら自己紹介はいらないみたいだな?」
「試験対策で受験生の名前は把握しているんだ。気を悪くしたならすまない」
「…いや、いい。あんたが音頭をとってんだろ?丁度話したいこともあったし、渡りに船だ」
「それは助かるよ。じゃあ、デンケンたちの元へ行こうか」
そのまま、四人を引き連れてデンケンの元へと戻るが、さっきよりも人数が増えている。ユーベルもいつの間にかその輪に加わっているし、この場にいる受験生全員が集合したらしい。
「よう、メガネ。第一次試験じゃ世話になったな」
「ヴィアベルか。僕はラントだ。メガネじゃない」
「そうかラント。また、面白いことしてるみたいだからな、話だけでも聞いてやるよ」
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる若作りの中年魔法使い。その後ろにはエーレとシャルフもいる。すっかり仲良しらしい。と、そこへユーベルが隣に陣取ってスルリと自然に腕を組んでくる。その様子を見てエーレがヴィアベルの腕を凝視している…まあ、うん、ノーコメントで。
「メガネ君。お疲れ様、みんな協力するかは知らないけどメリットだけは聞くって」
「あ、そう。まあ、いいけど…トーンはどこ行った?」
「奴なら一人で行くといって既に零落の王墓へ潜ってしまったぞ」
「…最初から話を聞く気はなかったか。しょうがない、時間がもったいないし、さっさと進めよう。さて、僕から提示するメリットは二つある。まず一つ目は…フリーレン、ちょっといいかな」
背後にいるフリーレンを呼び、前へ出てくるよう促す。ちょっとやる気のない顔をしているが、かまわないと言っていたのだから存分に脛をかじってやろう。
「彼女はフリーレン。知っている人もいるだろうけど、かの有名な勇者一行のエルフの魔法使いだ。彼女は歴史上最も多くの
全員の視線がフリーレンに集まる。フリーレンは顔をショボショボにして、若干諦めたような雰囲気を漂わせている。すまんな、これは試験なんだ。協力してもらおう。
「ふむ、フリーレンについては分かった。それで二つ目はなんだ?」
「二つ目は、ラヴィーネ三級魔法使い」
「…なんだよ」
「君の話が聞きたい。正確には君のお兄さんの話だけど」
お兄さんといったところでラヴィーネが物凄い渋い顔をして、こちらを射殺さんばかりに睨みつけてくる。すまんな、これは試験なんだ。協力してもらおう。(二回目)
「キッショいな、どこで知ったんだよ…はあ、まあ、もともと話すつもりだったからな。いいぜ、話してやるよ」
ラヴィーネの長兄について、具体的にはこの零落の王墓攻略の先遣隊の話。神話の時代の魔物、
「なるほど、これは儂等だけじゃったら、攻略は不可能じゃな。武闘派魔法使いの複製体に遭遇しておったら相性次第ではあっさりやられておるのう」
「エーデル二級魔法使いが言うように相性は重要ですね。魔法使い同士の戦いは手数が無数にあり、極めて複雑ですが、ジャンケンのようなものですから…皆さんで協力すれば攻略も容易いでしょう」
「ゼンゼが試験官としてついてくる話だったな。ということはあいつの複製体の相手もしなければいけないのか。おいおい、試験官がいるせいで難度が上がってるぞ」
「そりゃ、うまくねぇな。だが、そんなこと言っててもしょうがねぇ、どうすんだラント?」
「悪いけど僕は仕切らないよ。そもそも、協力を最初に言及したのはデンケンだ。ここはデンケンに任せるよ」
「だってよ、デンケン。生意気なラント君はあんたにリーダーを押し付けたいらしい」
「ここまでお膳立てされたんだ。そのくらいは構わん。さて、この場にいる全員で協力するで構わないのだな。…よし、フリーレン、先導は任せる。さっさと攻略しよう」
「分かった。じゃあ皆、こっちから行こうか」
◇
全員が入り口から中へ侵入した後、複数の人影が現れる。何を隠そう
「全員入ったな」
「うまく誘導できたな、正直あと一つ二つはパーティーが分かれるかと思ったけど」
「エーデルたちはともかく、ヴィアベルたちも最初から協力してくれるなんてラッキーだ」
「トーンはどうしようもなかったな、まあ、原作でも終盤まで粘れる程度には実力はあるし、問題ないでしょ」
「これから僕たちも探索するわけだから
「なあ、急いだほうがいいんじゃないか?協力プレイなわけだし、攻略速度は上がるんじゃ…」
「問題ないでしょ、だってフリーレンがいるんだから」
「「「「「それな」」」」」
そういうわけで、複数の…一組6名の7パーティー、計42名の分身パーティーで行われる人海戦術での
1パーティーの内訳は高精度の分身1名をリーダーとして、他は通常の分身たちで構成している。
因みに魔力は問題ない。魔力足りない問題については王都にいた頃にすでに解決済みだ。なんせ魔族を研究対象としていたのだ。その副産物は何も分身の精度向上だけには留まらない。さて…
「ひとまず今回の主目的である
「攻略自体はしなくて良いんだよな?」
「どうせフリーレンたちは虱潰しでマッピングするだろ。むしろかち合わないようにパーティーの内2名は探知専門で動いてくれ。宝物関係は余裕があれば回収しよう。他に確認事項はあるか?」
ラント達はお互いの顔を見合わせる。全員が一斉に頷き、ここまで話をまとめていたラントへ視線を戻す。
「よし、では零落の王墓、攻略開始だ」
◇
「妙だな」
「変ですね」
「気味が悪いのう」
探知に優れるデンケンとメトーデはここまで攻略を進めながら、遭遇した複製体の少なさや探知できる複製体が特定の方向に向かうことに違和感を覚えていた。
エーデルは精神魔法の使い手というだけあって人の心理にも精通している。この迷宮における罠の嫌らしさや隠し部屋の位置など古代の人々から読み取れる悪辣さや心情などを感じ取れるが、それにしては
「ゼンゼ、質問がある」
「何かな?一応、言っておくけど、攻略に関わる質問には答えられないよ」
「そんなくだらんことではない。一つ確認だが、ここの攻略を行っているのは現在儂らだけだな」
「そうだね、一人で潜ったトーンを除けば、零落の王墓にいるのはここにいるので全員だ、それは間違いない。他の試験官や冒険者がいるということは決してない」
「そうか…ところで、フリーレンは?」
「まだミミックに飲み込まれていますね」
「…そうか」
彼らの後ろではミミックに上半身を飲み込まれたエルフの姿があった。その間抜けなエルフの弟子や水を操る三級魔法使いの少女が何とか助けだそうと足を掴んで綱引きをしているが、引っ張るたびにミミックの中から痛みを訴える悲鳴が虚しく響く。
それを表面上は無感情に眺めるが、心の中では名シーンだと少し感動するメガネの魔法使いの姿もある。その隣にいる露出多めの切り裂き少女は彼のその姿を見てわき腹を抓っていた。
「痛いんだけど、なに」
「メガネ君。ここで何してるの?」
「何してるって、あれを見てミミックに飲み込まれる人って本当にいるんだって感動してたところだよ…蹴るなよ」
ユーベルはげしっとラントの足を蹴りつけ、察しの悪い陰険メガネにジトっとした視線を向ける。
「質問を変えるよ。メガネ君
「
「…ま、今はそれでいいよ、ここの攻略が終わったら改めて聞くから」
「ああ、そうしてくれ。…面白いな、ホントにミミックの方から吐き出した。あの箱の姿でえずくって中々興味深い」
「メガネ君って変なところに興味持つね」
「魔法使いは何かしら変なもんだろ」
「…今のは聞かなかったことにするよ」
◇
そんなこんなで零落の王墓を無事攻略した。最後は原作通り、障害となっていたフリーレンの複製体をフリーレンとフェルンの二人が撃破し、
収穫は微妙なところだ。やはり、複製体よりも
因みに第二次試験は受験者
ゼンゼは今頃ゼーリエにお叱りを受けている頃だろうか、ちょっと悪いことしたかな。だが、反省も後悔もしていない。そう、これはいわゆる、コラテラル・ダメージに過ぎない。僕の研究目的のための、致し方ない犠牲だ。
さて、第三次試験は神話の大魔法使いゼーリエによる面接…うーん、今回結構暴れたからなぁ。苦言の一つや二つありそうだ。
◇
「さて、私がここまで出向いた理由は分かっているな、ゼンゼ」
神話の魔法使いゼーリエ、彼女は第二次試験についてゼンゼに問いかけていた。しかし、それは咎めるようなものではなく、今回の試験におけるイレギュラーに言及していた。
「全員協力型の試験は大いに結構、今の一級魔法使いは協調性がない。そういう意味では今回の試験内容は大変有意義なものだったと思う。お前たちも協力することの優位性が学べたことだろう」
椅子の座面に胡坐をかきながら、ゼーリエは所感を述べる。周りの一級魔法使いたちは協調性のない自分たちについて言外にお前たちもっと仲良くしなさいと言われていることに気づき、心の中でごめんなさい、でも自分以外が悪いんですと反省した。
「受験者全員が合格…18名か、異例中の異例だ。これも全て逸脱した実力者がいたせいだろう」
「…フリーレン様ですね」
「…まあ、そうだな。おかげで実力に見合わない者まで合格した。協力型の悪い面が出たが、こればかりは責められん。ゼンゼも謝る必要はない。フリーレンが悪い」
「どうされますか、ゼーリエ様」
「レルネン、次の試験担当はお前だったな。このままでは無駄死にが増える。それは受験者を慮って試験を用意したゼンゼの思いを踏みにじることになる」
レルネンは得心がいったように神妙な顔つきで続きの言葉を待った。ゼーリエはその様子に満足げな視線を投げかけ、周りの弟子たちへ宣言する。
「異例には異例を。第三次試験は私が担当する。平和的に選別してやる。異論はないな」
「はい、全てはゼーリエ様の御心のままに…」
◇
「…驚いたな、
「…」
「これはどういう原理だ?途方もない時を過ごしてきたが、こんなイかれた魔法…類似するものは幾つか知っているが、あれは魔族の領域だったはずだ」
ゼーリエはこちらに歩み寄り、僕の体をペタペタと触りながら、興味深そうに観察している。耳がピコピコと動いているのを見るに本当に珍しいものを見たといった感じだ。
「合格か不合格か、聞きたいんだけど?」
「まあ、待て。少し話に付き合え、何のために直前の受験者をユーベルにしたと思っている」
ユーベル…君はゼーリエに嫌われてるから一瞬で面接が終わったんだなと思っていたんだけど、どうやら別の思惑もあったようだ。
「なるほど、これも一応は分身なのか。面白いな本体の魂を分身に置換しているのか。ここまでイかれた分身魔法を見るのは久方振りだ」
「その話、興味あるな。以前にも見たことが?」
「お前の足元にも及ばない程度のものだよ。…魔族の魔法だったが、死ぬと同時に肉体を再構成して全く同一個体に蘇生するものだった。まあ、それも回数を経るごとに徐々に劣化していき、最終的に朽ちたがな」
「…それは何回殺して?」
「100から先は数えていない」
「…」
それは何回も殺すから、精神のほうが耐えられなかっただけでは?ボブは訝しんだ。やがてゼーリエは満足したのか、僕から手を放して花畑の周りを歩きながら話し始める。
「本体のお前は故郷か?覗いただけでは分らんな、直接目にすれば看破も可能だろうが…今は何人いる」
「さてね、僕も総数は把握していない。四桁はとっくに超えていると思うけど…何年か前に自律式の分身を確立してからは分身が勝手に分身を増やしているみたいだからね…見分けをつけるのは僕自身にもほぼ不可能になった」
「ほぼ不可能…か」
「一応、確実に見分けがつく方法はあるんだけどそれを試すのは色々と気が引けるし、まだそんな年齢でもないしね。まあ、ゼーリエになら見分けられるでしょ」
「他人任せか、生意気な奴め。…まさか、ユーベルを口説いていたのはそれが目的か?」
「あれはユーベルから寄ってきたからノーカウントでしょ。まあ、ノーコメントってことで」
ゼーリエは呆れたような視線をこちらに向けた後、背を向けてしゃがみ、花を愛でながら今回の試験内容について総評を述べるように答え合わせを始める。
「ラント、今回の試験ではだいぶ好き勝手に過ごしていたな」
「まあ、そうですね。いろいろな魔法使いと交流できたのでよかったなと思います」
「…第一次試験では幾人かの分身で他の受験者の監視や手助けをしていたな。おかげで死者はいない。ゲナウが驚いていたぞ」
「まあ、
「
「ただの実験ですよ。僕の分身で一級魔法使いの目を誤魔化せるかの…結果はご存じのとおり。ヴィアベルは試験終了直前にやっとツキが回ってきたと愚痴ってたけど、まあ、あんな都合よく
僕はゼーリエに笑いかけながら第一次試験の経緯を振り返る。僕の判断基準で死亡したと思われる受験者には死を偽装させてもらった。これも
おかげでその魔法の完成度はだいぶ向上し、次の実験段階に移れる程度には研究を進めることができた。
「第二次試験は他の受験者も薄々違和感を感じ取っていたようだが…最終的に
「まあ、最初は調整が上手くいかなかったから、ハラハラしたけど…最終局面には何とか間に合ったからよかった。ただ、フリーレンの複製体も確保したかったけどさすがにリスクが高すぎたから諦めた」
「
「それはもう!」
満面の笑みを浮かべてゼーリエに応える。神話の魔法使いも思わずといった感じにニヤリと笑みを浮かべ…真顔になった。
「おい、いい加減、ジロジロ見るのをやめろ。変態め」
「これは失礼…解析が一向に進まないな、抑えているとはいえ、魔力が大きすぎて
その発言にゼーリエは勢いよく振り返り、僕を睨みつける。あ、ヤッベ。
「おい、お前まさか…」
「あー…ノーコメントで」
「…実にいい度胸だ。その出来の良い分身を一体置いていけ、弟子にしてやる。断ったら不合格だ」
「普通に脅すじゃん。まあ、いいけど」
合格した。
◇
それから庭園を出れば落ち込んでいるラヴィーネとカンネの二人組に、エーレとシャルフに励ましの言葉をかけるヴィアベル、フリーレンにお礼を言うデンケン、エトセトラ、エトセトラ…それらを尻目にユーベルと駄弁りながら夕食を共にして、その日は終わった。
次の日、デンケンたちのお茶会に上手いこと遭遇してご相伴に与ったり、ヴィアベルの勇者ヒンメルの憧れについて聞き耳を立てたり、各イベントを消化した。余は満足じゃ。
そしていよいよ、特権授与の時間だ。欲しい魔法は既に決まっている。ちょっと、いや、かなりワクワクしている。
「それで、お前の望む魔法は何だ?」
「正式な名前は知らないけど…世界の外へ至る魔法が欲しい」
「…なに?」
短い一言が、重く響いた。この場にいる全員が息を呑んでいるのがわかる。
「世界の外へ至る魔法。そのままの意味です。この世界ではない別の世界へ行ける魔法が欲しい」
ゼーリエの顔に微かな変化があった。それは驚きか、それとも呆れか。彼女の瞳が僕の内面を暴くかのように細められ、その言葉の真意を探る。僕はワクワクしながら、期待に胸を膨らませた。
世界の外へ至る魔法は言葉のとおり、この世界とは別の世界へ渡る魔法。異世界から異世界へ、遍く僕が待ち望む唯一の魔法。
僕は確信している。生ける魔導書と称されるゼーリエであればその魔法を
「…世界の外、か」
ゼーリエは呟くように繰り返すと、眉間に手を当て、しばし考え込む。やがて彼女は深く息を吐き、肩をわずかにすくめた。
「なるほど。お前の言うことは理解した。だが、その望みがどれだけ無謀か、わかっているのか?」
「わかっています。それでも、この魔法が欲しい。神話の時代から生きる大魔法使いであれば…使わずとも習得はしているのでは?」
ゼーリエはその答えに、もう一度短く息を吐いた。そして、ゆっくりと手を掲げる。彼女の指先に魔力が宿り、空中に小さな光の粒が現れ始め、次第に集束していく。
「………
長く重苦しいため息とともに彼女は静かにその魔法を口にした。掲げた片手には見たこともない文字が刻まれた一冊の魔導書が生み出されていた。
「正式な魔法の名前は
つまらなそうな顔でその魔法について淡々とゼーリエは語った。やっぱり、あったなこの魔法。なんせ時間遡行を可能とする女神の魔法があるのだから、次元を渡る魔法がないわけがない。
「…なるほど、そういうことか」
彼女の声には微かな感嘆の響きがあった。その反応に僕は心の中で小さく笑いながら、深く頷いた。
「ええ、そういうことです」
「はあ…特権の授与はこれで終わりだ。次」
彼女の冷たい声が響くと同時に、僕はその魔導書をしっかりと受け取った。手の中に感じるその重みに僕たちは歓喜した。
◇
ここは魔法都市オイサーストから遠く離れた田舎のとある村…ラントの故郷だ。数年前までは限界集落といった感じの村だったが、今は小奇麗な家が建ち並び、外で元気よく走り回る子どもたちの姿が見える。
僕は村の茶畑で採れたお茶っ葉を煮出し、砂糖をたっぷり加えてティーカップに注ぐ。それを魔法都市オイサーストから遥々やって来た来訪者の前にお茶菓子と一緒に置いた。
「ユーベル、よく来たね。歓迎するよ」
彼女は受け取ったカップに口をつけてホッと一息。
「久しぶりだね、メガネ君。元気そうで何よりだ」
「そっちこそ、相変わらずのようでよかったよ。それにしても、ずいぶん時間がかかったな。空を飛べばもう少し早く着いたんじゃないか?徒歩で来るのは大変だっただろう?」
特権の授与が終わった後、ユーベルが僕の故郷に行ってみたいと言い出したので、それを快諾した。道案内に分身の一人をつけようとしたが、彼女はそれを断り、場所だけ聞いて一人でここまでやって来た。
「私も探し物があったからね。ここに来る途中、寄り道してきたんだ」
「探し物…ね。まあ、無事ならいいんだ」
ティーカップを軽く揺らし、その香りを楽しむ。小皿に盛ったクッキーを口に運び、渇いた喉を潤すようにお茶を一口含む。うーん、これぞ至福…
「メガネ君」
「なんだ?」
「今のメガネ君って
「そうだよ、第一次試験の後、街中で初めて君と会って、それ以降ずっと君を口説いていた本人だ」
そう、あの時、第一次試験終了後、魔法都市オイサーストにある一番美味しい料理の店へ僕自身が行きたくて、ティータイムの合間を縫ってあの場所に本人として立っていた。
魂の置換は結構シームレスに行えるが、実のところ距離が空くほど精神疲労の割合が増える。まあ、気疲れ程度のものだが…普段は本人の魂を故郷へ留まらせ、遠隔で分身に指示を出している。
本人が積極的に動いたのは本当に久しぶりだった。あの時、思わず魂を反復横跳びさせてしまい、余計に疲れてしまったため、その後の試験期間中はもうしょうがないとずっと本人が受験者として動いていた。
第二次試験中は自分の目でイベントを楽しむことができたが、その分指示が甘くなり、デンケンたちに不信感を持たせてしまっていた。まあ、それも過ぎ去った過去だ。結果よければすべてよし。
それに原作に直接かかわるチャンスでもあったので、それはそれで楽しかった。
「この村、メガネ君が何人か居たけど…混乱しない?」
「この村の住人はとっくに慣れてるから…旅人が来たときは兄弟で誤魔化してるよ」
「門番担当や村長担当、他には教師、魔法店、宿屋、村の相談役…色々いるね。因みにメガネ君は?」
「僕はスローライフ担当だよ。こののどかな村でそこそこの魔法を使って便利にゆったり過ごすのが僕の役目…前は休憩担当なんて揶揄してたっけ」
懐かしいなぁ、分身を作り出してからというもの、暇な分身が何人かいて、休憩役として暇人枠を作って笑ってたっけ…自分のことながら最悪なことしてたな。
いや、別にごく潰しというわけではないよ?一応、暇だからリーダー役でもあるし…あ、ユーベルから生暖かい目を向けられている気がする。
「…そういえば、特権で貰った魔法は使った?」
「ああ、
「へ~、メガネ君自身は使わないの?」
「使わないよ」
「どうして?」
「君を口説いている最中だからだよ。ユーベル」
「…いいね、もっと口説いてよ。ラント」
「あ、初め「リーダー居るか!?」て名前を…」
個人的には良い雰囲気に持って行けていたと思うが、思わぬ邪魔が入った。王都とこの街を行き来している
「大陸魔法協会でゼーリエの
「アハハ!すごい、魔法使いじゃなくて戦士のメガネ君だ!そんな分身もいるんだ!?」
「ユーベル…まあいいや、チャンスはいくらでもある」
冒険者担当が持ってきた任務通知に、ラントは興味を示しつつも少し面倒そうな表情を浮かべた。ティーカップを持つ手を少しだけ止め、ユーベルに視線を送る。
彼女は、分身の登場を面白がっている様子で笑いをこらえながら肩を揺らしていた。
「そんなにおかしい?」
「だって、メガネ君の分身なのに筋肉凄いし、話し方も雰囲気も全然違う、新鮮だよ。冒険者担当ってことは、戦闘ばっかりしてるの?」
ユーベルが興味津々で問いかけると、冒険者担当は肩をすくめて答えた。
「ま、そんなところだな。たまに村の防衛や護衛もするけど、主に討伐や情報収集が仕事だ。この村は平和だけど、完全に安全ってわけじゃないからな」
「なるほどね。じゃあ、村を守るために駆け回ってるわけだ」
「そういうことになるね。…とりあえず任務内容見せて」
「これだ」
冒険者担当が懐から取り出した手紙をラントに渡す。中身は大陸魔法協会からの正式な命令書で、ユーベルとラントの二人で組むように指示がされていた。
ラントはその内容を確認し、軽く背伸びをすると、ユーベルに視線を向けた。
「ユーベル。結構面倒そうな任務だ。今回は僕本人が出る。裏工作がしたいから早めに出ようと思うけど…いけるか?」
「もちろん。それと、口説き文句がどうなるか楽しみにしてるから、ちゃんと頑張ってよ、ラント」
彼女の無邪気な返答に、ラントは苦笑しつつもどこか嬉しそうにうなずいた。
皆さん、おはこんばんにちは!黒つ羽と申します。
まず、ここまで私の作品を読んでいただき誠にありがとうございます。
無事、この作品を最後まで書くことができました。
これも皆さんのおかげです!
これで完結とさせていただきますが、気が向いたら続きを書くかもしれません。
その時は改めてよろしくお願いします。
あと、感想もお待ちしております。返信するのが意外と楽しいです。
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続きとか設定とかそういうの読みたいと思う?
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たとえ1年かかっても待ちます!
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たとえ5年かかっても待ちます!
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一生、期待しないで待てます!