冒険者とか臭そうだから、ハーレムとか遠慮しときたい 作:頑張って生きてる人
異世界転生した。正直しんどい。
クロノ・ダイフク。それが今世での名前。
中世ヨーロッパ風の街並みに、剣と魔法が存在する所謂ナーロッパ。転生先はモンスターだとか冒険者だとか、もはやテンプレートとばかりに擦られた世界観であった。ファンタジーと言えば胸踊らせる人々もいるであろうが、それが俺を苦しませている要因となっていたのだ。
一言で表すと、文明レベルが極めて低い。これに尽きる。
何よりも、この世界には入浴……どころか水浴びの文化が無かったのだ。
現代日本で生まれ育った人間にとって、風呂に入らないなどというのは言語道断である。毎日身体の汚れを洗い流すなどというのは至極当然の行為であり、日課とすら言えない人間の営みであった。
しかし、この世界ではどうか。
躰の垢や汚れは濡らした布で拭うばかりで、水の中で洗い流したり、お湯に浸かって清めたりすることはない。その頻度も二日に一回、三日に一回と人によってまちまちであった。
だから、どうにも“臭そう”だと思った。
実際問題、
しかし聞くところによると、貴族ですら風呂に入ることは無く、臭いが気になれば香水を惜しげも無く使うのだと耳にしている。悪臭の上から、香水で上塗り。こんなの、絶対臭いに決まっているのだ。
古代ローマですらテルマエがあったというのに、どうして入浴文化が発展することもなく劫を経ているのか。
それは、そもそも水が貴重だという点にある。
──前述の通り、この世界には魔法が存在する。
火、草、土……そして水。
ここまで見ると普通の四大魔法属性のようであるが、その実、水属性だけは希少属性という位置付けになっていたのだ。
魔法属性においてオーソドックスに行くならば、火・水・草の三竦みとなることが多いだろう。火は草を燃やし〜というやつである。
しかし、この世界では別であった。
火は草を燃やし、草は土に根を張り、土は火を掻き乱す。
これが、この世界の三竦み。
そして、それら全ての上をいくのが水属性である──。
火炎を消し、植物を腐らせ、大地を弛ませる。
全てを封殺する属性、それが水属性。
だからか、水属性を有している人間というのは稀であり、多くがその他三属性となる。かく言う俺も、火属性などという外れ属性を引いていた。これが水属性ならば、今頃苦労はしていなかっただろう。非常に残念である。
まあ、貴重な水属性人材達は、生まれた時点で貴族連中のお抱えとなり、農耕地に雨を降らせるだとか水不足解決に駆り出されるらしいのだが。これも、入浴文化が生まれなかった要因なのだと思う。
庶民は貴重な水を入浴なんかに使うわけにもいかず、飲み水や料理、農作に使う。河川や井戸のような水源こそあれど、それを大量に消費しようなどという贅沢は許されないのだ。川から運び込もうにも、モンスターに襲われる危険性や労力からして、その量は限られているだろう。
完全に詰みである。もはや入浴文化が生まれる要素はないだろう。
だから俺は「なんだかなぁ……」と世界に嘆きながら、鬱々とした日々を過ごすしかなかったのだ。
***
生を受けたからには、絶望しているだけでは生きていけない。人間は働かないといけないのである。
そうなった時、俺が選んだのは冒険者という道だった。
冒険者──。汗水流してモンスターと戦ったり、数日野営して依頼をこなしたりする職業。時に仲間達と酒をかっ食らったり、熟練とばかりに同じ装備を身に着け続けたりする人種。
こんなの絶対、臭いに決まっている。
けれど、『臭そうだから辞めます』と辞めるわけにもいかないのが世知辛い。
なぜなら、俺は結構腕の立つ方みたいで、実力主義の冒険者とは相性が良かったのだ。強ければ強いだけ金を稼げる。楽に得た金銭の味を、誰が忘れられるものか。つまりは、周りの臭いよりも金を選んだ。結局のところ、生きていくには金が必要なのだから間違ってはいないはずである。
とは言え、冒険者ってのはどうしてこうも臭そうなのか。
やって来たのは、冒険者ギルド。
辺りを見回して、顔を顰める。ガチムチの男達が屯していたのだ。堪らず、首に巻いた大きめのマフラーで鼻元までを覆い隠して、せめてもの外殻を構築した。これが俺の基本スタイルだった。
そして、歩みを進めて窓口にて依頼を受ける。選り好みはしない。少ない呼吸でこの場を立ち去ることだけが最優先事項だったのだ。
「今日はどういった御用件ですか?」
気さくに話しかけてくる女。胡桃色の髪をポニーテールにしており、身なりはそれなりに整っている。この世界の人間でなければ良い匂いがしたのかも知れないが、入浴文化がない時点で論外だった。
受付嬢は出来る限り顔馴染みの人間を選ぶ。事をスムーズに運ぶ為には、それが良かった。要するに、この女と俺はある程度の面識があったのだ。
「討伐依頼で頼む。良さそうなのを見繕ってくれ」
そうして、銀貨を一枚彼女に手渡した。依頼の質を向上させる為のチップだ。
「毎度ありがとうございます♪ やっぱりA級冒険者ともなると羽振りが良いですね!」
彼女は、にこりと破顔して俺を褒め称えた。受付嬢としての対人スキルなのかも知れないが、存外気分は悪くなかった。やはり金。金は全てを解決する。
「任せてください! 不肖ハトラ、選りすぐりのを持ってきますから」
そのように言い残すと、彼女はそそくさと裏に引っ込んでいった。この間に一息ついておこう。そう思い立ち、予め香付けしておいたマフラーに顔を埋めると、香草の香りがした。キツくは無く、自然由来の優しい匂い。気分爽快。リフレッシュされる。
「こちらなんていかがですか? ブラッドオーガの討伐依頼です」
受付嬢は数分ほどすると、依頼が描かれた木札を片手に帰って来た。提示された依頼はブラッドオーガ。近頃生活圏を拡大させているようで、目撃情報が相次いでいるらしい。非常に獰猛で、野蛮。只人が出会せば致命傷は免れないだろう。最悪の場合には死に至る。早急な対応が求められていた。
「あぁ、これで構わない」
別に善心が働いたわけではない。危険で難易度の高い依頼というのは、誰もやりたがらない為、その分報酬も高いのだ。金は有れば有るだけいい。いつか稼いだ金で、風呂付き住宅を拵え、隠居する。夢の為なら多少の危険は厭わなかった。ただただ三十代くらいには人生上がりたい、そういう想いだけが先行していたのだ。
「それじゃあ、そういう手筈で進めておきますね……」
受付嬢の手によって、木札に俺の名前が刻まれる。これで依頼の発注は完了だった。
「──それより、クロノさん! 今度ご飯行きませんか? 私、A級冒険者の恩恵に与りたいなと……!」
そう言い放つと、彼女は此方に身を乗り出してくる。俺は反射的に、思わず後退りした。
危なかった。彼女の臭いが俺の嗅覚に届く前に、離れることができた。彼女には悪いことをしてしまったが仕方がない。だって、臭そうだったし。
「……悪い。飯には行けない。またにしてくれ」
申し訳ないとは思いつつも、断りを入れる。誘ってくれるのは嬉しいが、俺は基本ソロを心掛けていた。この世界では、その方が気楽だった。
「そ、そうですよね! 出過ぎた真似をしてしまいました! ……それではクロノさん、いってらっしゃいませ」
「……あぁ」
軽く頷き、立ち去る。何よりも、早くこの場から逃げたいという気持ちが勝っていたのだ。
どうして俺が背中を向けて、ビクビク逃げ惑うような真似をしなければならないのか。
あぁ、異世界転生……鬱々……。
***
失敗してしまった。受付嬢ハトラの心中では、そればかりがグルグルと支配していた。
胸が痛くて気持ち悪くて、堪らない。悪魔に躰の中を掻き乱されているかのようで、落ち着きを取り戻す迄には、まだ時間が掛かりそうだった。
事の発端は……そう。ハトラ自身の過ちにあった。
ハトラは若くして、冒険者ギルドの受付嬢という役職に就いた少女であった。それ故に、多感な時期でありながら生と死に近い場所にいたのだ。
信じて送り出した冒険者が〜、なんてのはこの世界では珍しく無いことだ。ハトラも解っていた、解っていたはずだったのに……いざ問題に直面すると、心はぐじゅぐじゅと腐り落ちた果実みたいに堕ちていった。
『冒険者に入れ込んではいけない。受付嬢なんて何の手助けも出来ないのだから』
多くの先輩方がハトラをそのように諭したが、本当に自分に出来ることはないのか、自分がしてやれたことがあったのではないか。想いを切り離すことは出来ずに、どろどろと後ろ向きな気持ちが溢れ出して、義心溢れていた彼女は、荒んでいくばかりであった。
率直に言うと、ハトラには冒険者ギルドの受付嬢なんて仕事は向いていなかったのだ。
そんな時、一人の新人冒険者を担当することになった。
大きなマフラーを首に巻き、顔の下半分を覆い隠している少年。歳はハトラと同じか、少し上といった様子だった。此処に来るまでに苦労して来たのだろう。彼には後がないのだ。光の無い黒い瞳は、そう思わせるには十分な判断材料であった。
少し、今の自分と似ている。ダメだとは思いつつも、ハトラは眼前の少年と自分の境遇を重ねてしまっていた。
これが、ハトラとクロノ・ダイフクと名乗る冒険者の出会いだったのだ。
それからのクロノの活躍は、目まぐるしいほどだった。メキメキと階級を上げ、依頼達成率は驚異の十割。ボロボロになりながらも、必ず生きて帰って来る姿にハトラは心底入れ込んだ。夢中になった。魅了された。
しかし同時に、失った時のことが脳裏を過ぎってしまうのだ。
だから、クロノがC級冒険者ながらにしてレッドドラゴンと接敵したとの報を受けた時、ハトラは生きた心地がしなかった。彼女は早まる鼓動に言い聞かせて、ただ無事ばかりを祈っていた。
「うぅ、龍の血ってのはどうしてこうも臭うんだ……」
いつものように陰気くさい顔をしながら、事も無げに帰還したクロノ。手には男の躰の半分はある龍の首を引っ提げていた。滴り落ちる赤黒い血は、クロノの躰からでは無く、確かに龍の首の切断面から流れていた。
その日、ハトラの英雄は若くして【
***
きっかけが有れば、ハトラがクロノに惚れるのは案外早かった。
気付けば目で追っていたし、クロノと接する態度は彼女自身解るほどに他の冒険者のそれとは異なっていたのだ。
男を意識し始めた少女は、身なりに気を遣い、持ってもいなかった全身鏡を大枚叩いて部屋に置いた。全ては好いた人に好かれる為。
そうした年相応の振る舞いをし始めた彼女を、同僚達は揶揄って、クロノが来た時にはハトラに回してやろうという風潮が出来上がったのだった。
そして今日も、二人はいつものように冒険者と受付嬢として会話をしたのだが……ハトラは此処で大きな過ちを犯してしまったのだ。
「……どうしてあんなに、踏み込んじゃったんだろう」
ハトラとて、クロノが他人との交流を避けていることは気付いていた。でなければ、今の今まで単独で依頼を受けているのは不自然なことである。だから、彼は気難しい人か他者との繋がりを自ら絶っている。ハトラはそう推測していた。これは当たらずとも遠からずであったが、ハトラがクロノの真意を知る由は無かったのだ。
しかし、クロノはハトラから依頼を発注する際、決まって銀貨を手渡していた。決して少なくない金額だった。
これがいけなかった。これがハトラの誤解を招いていた。
彼はすっかり自分には心の扉を開きかけているのではないか。それならば、自分が強引にでも歩み寄ってしまおう。ハトラはそう考えたのだった。
そうして、今に至る。
「失敗した──!!」
少女は嘆き、絶叫する。醜行など気にもせず、整えて来た胡桃色の髪を掻き乱した。
頭に浮かぶのは、眉を八の字に歪め、露骨に嫌そうな顔をするクロノの姿だった。ハトラを避けるように後退った時の表情は、信じられないものでも見たかのようであった。
良い関係性を構築出来ていたと思っていたハトラにとって、その現実は痛いほど突き刺さったのだ。
「……なにも逃げることないじゃないですか」
寝床の上で一頻り自分の躰を慰めると、心も落ち着いていく。ハトラは、以前迄のように抱え込まないで、発散方法を覚えていた。これもクロノと出会ったからこそであった。
「絶対惚れさせてやりますからね!? クロノさん!」
決意を新たにするハトラ。
けれど、クロノが“臭そう”な人間は眼中に無いということを知る術は無いのだった。
後に男の娘を出したいと思っているので、ボーイズラブタグをつけています。無理な人は逃げてください。
最初は冒険者が臭そうって話で進めようと思っていたのですが、今の形に落ち着きました。その為、世界観や設定は多少無理のあるものとなっていますが、そんなには真面目な作品ではないので許してください。
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