冒険者とか臭そうだから、ハーレムとか遠慮しときたい 作:頑張って生きてる人
ブラッドオーガ討伐完了──。
敵はなかなか手強かったものの、無事に依頼を達成することが出来た。勝ったもん勝ち。最後に立っていた奴が偉いのだ。
モンスターの血に塗れた臭う躰に堪えながら、ギルドに帰還する。魔物は臭くて敵わない。けれど、臭いと解っているものを前にするのと、臭くないと思っているものが臭いのとでは勝手が違う。つまりは、今世の俺はモンスターよりも人間こそが忌避すべき対象となってしまっているのだ。まぁ、自分から行うゴミ掃除と不意打ちでやって来る悪臭とでは別問題だという話である。
しかしブラッドオーガは倒せたものの、奴の体表は硬く、使っていた剣に罅が入ってしまった。元々そこまで高い物ではなかったが、こうバカスカ消費物のように使い捨てていては出費が嵩むばかりだ。今日はこれから武器屋に寄って、いつもより少しだけ奮発しようと思った。
そうと決まれば、近くに流れている川で汚れを洗い流そう。このままでは臭って仕方ない。男の身嗜みは、入浴から始まるのである。
***
さっぱりした躰が風に吹かれれば、どこまでも清々しい気分になった。汗まみれのままでは、こうはならなかっただろう。やはり水で洗い流すだけでも変わってくる。今や俺の躰は精神衛生的にも癒されていた。
と、思っていたのだが……。
訪れたのは鍛冶工房だった。長いこと此処を利用し続けているが未だに慣れないのが切ない。理由は明白。鍛冶工房なんてのは臭いに決まっているからである。
むわむわと熱のこもった房内。一心不乱に鉄を打ち続ける職人達。流れる汗も気に留めないで、寝食さえも忘れて作業に取り組むその共通した精神性。
こんなの絶対、臭そうなのだ。
俺は堪らず鼻を覆い、臭気を手で掻き分けながら進んでいく。そして工房の中で目的の人物を見つけると、声を発した。
「ルリーナ、剣を打ってくれ」
「んー? 誰だい?」
ルリーナ・ルチアーナ・ルゥティン──。
小学生ほどの小さな背からは考えられない力で鉄槌を振るう少女。短く纏めた蜜柑色の髪の上から白いバンダナを巻いた、いかにも職人だという出で立ちで、頬は煤で黒く汚れていた。
俺はその腕を認めているが、どうにも不恰好だと思ってしまう。職人のくせに、上半身を露出し過ぎている点もマイナスイメージだった。
「おわっ! 旦那じゃないか!」
目の前の少女は、その小動物のような丸く大きな瞳を見開いた。工房内に侵入したのは悪かったが、そんなに驚く必要はないだろうと思う。
「まさか旦那、
ルリーナは怪訝な表情をして、俺を見つめた。また、と言われるのは人聞きが悪いが心当たりしかないので黙って肯首する。
「あれだけ雑には扱ってくれるなよ、って釘刺したじゃねぇか……!」
彼女は怒りを露わにして、俺に詰め寄って来た。いざ足先がぶつかり合うほどに近付かれると、その小ささを実感する。
そう。ルリーナは、ドワーフだった。小さな体躯でありながら力強さを誇る種族であり、ドワーフの女性は誰も彼もが乳房がでかかった。それに加えて、彼女は職人でありながらチューブトップみたいな露出の激しい衣類を身に纏い、惜しげもなく半球を晒していた。
職人、ドワーフ、巨乳……こんなの絶対臭いに決まっているのだ。
俺は反射的にルリーナから距離を取っていた。
「あっ! 逃げんじゃねぇ!」
逃げたと勘違いされたのは不服であるが、俺を追おうとして此方に近寄るルリーナに待ったをかける。
「……悪かった。ブラッドオーガの討伐依頼でこの前の剣に罅が入ってしまったんだ」
「ブラッドオーガ〜?」
彼女は間の抜けた声を漏らして、疑問符を浮かべていた。だから俺は、証明のために採れたてほやほやのブラッドオーガの角を彼女に投げて渡した。
「わっわっ! こ、これホントにブラッドオーガの角じゃねぇか! 私でもホントのを見るのは初めてだ……」
モンスターを倒した時、その個体の最も魔力に満ちた部位が残る。ブラッドオーガの多くはこのように角が残るのだ。これが討伐依頼の証明となっている。仕様としては猪の報奨金を得る際に尻尾を切り落とすのと同じだ。けれど、尻尾と違ってモンスターの部位は素材になるということ。
この辺りはゲーム脳にとってはテンプレなので、転生してからもすんなり対応することができた。入浴文化がない事と違って、な……。
「旦那ってホントに実力者なんだな……。やっぱり、私のじゃあ不釣り合いだよな……」
「今日はそれで来たんだ」
職人特有のネガティブは後にしていただきたい。俺だって、この場にいることを我慢しているのだ。事が長引いては困ってしまう。
「今までは少し……そう、少しケチりすぎた。剣なら何でも良いと思っていたが、どうやらそうではないらしい」
剣の違いなんて解らなかった俺は、とにかく安いものを選んでいた。そんな時、まだ駆け出しだったルリーナの武器は安く済んで手頃だったのだ。まるで、マ◯クスバリュだった。
……いや、これはちょっと比喩表現として不適切かもしれない。
「次のは少々値が張っても構わない。頼むルリーナ。キミのとっておきを打ってくれないか?」
最初からこうすべきだったのだ。高い金を払って、生涯現役武器を作ってもらう。こうしておけば、工房ともおさらばであり、買いに来る手間も省けるというものである。
「これはチップだ。素材は惜しまなくていい。材料費から手数料まで諸々キッチリ払おう。出来上がったら教えてくれ、期待してる」
「こ、こんなに……」
金貨三枚を弾いて渡した。商売を始められるくらいの金額だ。気難しい職人のご機嫌窺いは基本だった。パフォーマンスは向上させられるものである。馬鹿と鋏、そして金は使い様だ。
「……ホント期待してくれてんだな。わかった。私の全てを賭して究極の品を完成させてやんよ!」
ルリーナは息巻いている様子であるし、どうやら俺は正解を引けたようだった。
「それじゃあ、頼んだ」
「ふふん、任せとけって。ルリーナ・ルチアーナ・ルゥティンは旦那の専属だからよ!」
彼女が納得してくれたようで、なによりだ。燃えに燃えている状態の職人は恐い。そそくさと退散しよう。
俺は新鮮な空気を求めて、足早にその場を後にしたのだった。
あぁ、異世界転生……鬱々……。
***
ルリーナ・ルチアーナ・ルゥティンは昔ながらの職人だった。
出来こそが全てであり、見栄えのする装飾や造形は必要がないと切り捨ててきた。
しかし、無常。駆け出しの鍛治師が打った不細工な武器は、人々の目に留まることはなかったのだ。腕は確かにあるものの、価格は下がりに下がり、ルリーナの作品は武器屋の隅の方へと追いやられていった。それでも彼女は大衆に媚びたような打ち物を作ることはなかったのだ。すべては自分自身を信じていたから。
けれど、買い手の現れない武器を量産する鍛冶師を誰が評価しようものか。とうとうルリーナの武器がワゴンセールの如く売り出された時、購入者が現れた。
ルリーナは自惚れはしなかった。それどころか、相手はよっぽどの好き者だと決めつけた。或いは安くなっているから買われただけ、そう思っていた。低価格なのだから、手に取りやすいのは当然だ。手元には子供の駄賃程度の収益が入ってきた。初めて売れたというのに、『こんなもんか』と彼女は驚きもしなかった。
しかし、それからもルリーナの武器は売れに売れた。彼女の製造ペースよりも早い売れ行きだった。
さすがに気になったルリーナは、武器屋に購入者を尋ねた。すると彼女が考えもしなかった答えが返ってきたのだった。“購入者は一人しかいない”、と。
『この剣を打った奴のが欲しい』
購入者の男は近頃、ルリーナ自身を名指しして武器を買っているようだった。とんだ好き者だ、彼女は鼻で笑い飛ばす。けれど、頭の隅には「やっと自分を評価してくれる人間が現れた」という浮ついた気持ちが無いわけではなかったのだ。
どんな男か見定めてやろう。しかし、ルリーナがそう画策している間に、男の方から彼女を訪ねてやって来た。
「この剣を打ったのは、アンタか?」
男の手には、確かにルリーナが世に送り出した武器があった。けれど状態は最悪だった。刃はぼろぼろで、今にも砕け散りそうなほど摩耗していたのだ。これでは炊事場の包丁にも劣るだろう。
自分の作った剣がこのような状態になるとは。ルリーナ自身驚いていた。耐久性において、それなりの自信はあったが見事に打ち砕かれた。だから、同時に考えた。購入者の男は自分に苦情でも言いに来たのだ、と。
「最近は武器屋には卸していないのか?」
「え……? あ、いや……その……」
男は冷静な口調で話しかけた。ルリーナはそれに対応できず、たじたじになってしまう。どうやら苦情の類いではない様子だった。
「最近は、作れてないんだ……」
ルリーナは素直に答えた。自分の不甲斐なさに憤る。顧客を待たせてしまっていることを恥じたのだ。
「……幾らあったら作れるんだ?」
「は、え……?」
またも、彼女の口からは情けない声が漏れ出る。
「アンタに発注したい。テキトーなので構わない」
──発注。私自身を態々指名してくれている。漸く自分の腕を認めてくれる人物が現れた。ルリーナはそれが嬉しくて堪らない。胸中で感情が弾け、動き回っているかのような、心が揺れていた。けれど、自分が浮かれている。その事に気づいたルリーナは、ぐっと心を押し殺すしかなかったのだった。
そんなこんなで、内心てんてこまいな彼女は、男の起こした行動に反応が遅れてしまう。
「これは……?」
男の手によって投げ渡された銀貨四枚。偽物ではない。ルリーナの給金の何倍もある金銭が乱暴に渡されたのだ。
「“チップ”だ」
「チップ……?」
ルリーナはその言葉に心当たりがなかった。巷で流行っている言葉なのか。残念ながら、彼女は流行どころか俗世に疎かった。だから、男の放った言葉を勝手に解釈してしまう。
『なるほど、これは前金なのか』、と。
「こ、これだけあればとっておきのを作ってやれるよ!」
「……? ……そうか?」
悲しきかな、男も勘違いに気付くことはなかった。ドワーフの職人はチップを受け取って、モチベーションアップしたのだろう。やはりパフォーマンスは金によって向上させるに限る。そう思っていた。
転生者の男は、異世界を海外と同じくらいにしか捉えていなかったものだから、この世界にチップ文化が無いなどとは考えもしなかったのだ。
「それじゃあ、そういうことで……」
「待ってくれッ!」
踵を返した男を、ルリーナは引き留めた。
「……アンタの名前はなんていうんだ?」
「俺の名前はクロノ・ダイフクだ」
「……そっか。……クロノ……クロノ・ダイフク。じゃあこれから宜しくな、
燻っていた蕾が、花開いたかのような晴れ晴れとした笑顔。
これが、ドワーフの鍛治師ルリーナ・ルチアーナ・ルゥティンと冒険者クロノ・ダイフクの出会いであった。
***
そして時は流れ、クロノがA級冒険者になり、ルリーナも彼の注文を受けるうちに、メキメキと実力を伸ばしていた。
彼女には元々才能があったのだ。ただ、その腕を振るう機会に恵まれていなかっただけ。作っては壊され、作っては壊されしていくうちに、嫌でも力はついていった。費用はクロノが十分すぎる額を出してくれたものだから、次々に新たな素材に手を伸ばすことができ、研究するかの如く経験を積んだ。
結果は、ルリーナは今や半分、クロノの専属鍛治師となっていた。
けれど、ルリーナは現状に満足していた。それはもう、大満足だったのだ。
「ふふっ……。私の武器が、旦那の力になるんだ」
自分の作った剣が、時に彼を守り、時に彼を生かす。自分が助力となっているのだ。ルリーナはそれが幸せだと感じていた。
ドワーフは力強い種族だから、それが通例かのように職人になる。だからルリーナも何も考えないで、鍛治師となった。
しかし、今は違う。彼女は確かに鍛治師としての喜びを享受していたのだ。
味わうように、噛み締めるように。
クロノの事を想いながら作業に臨むと、自然と頬が綻んだ。
「旦那、待っててくれよな……!」
ルリーナが手にしたのはクロノから渡された金貨三枚だった。
彼がチップと思って手渡した金を、彼女は前金だと思っている。
男が出来上がりの際に支払う金を、女は人件費だと思っている。
だからクロノは安いと思う。だからルリーナは大切にされていると思う。
クロノが臭そうと避けるのを、ルリーナは彼の照れ隠しなのだと微笑んだ。
そして今日も、二者の間で勘違いが加速する。
特になし。