武練亡者録   作:流々毎々

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出て来る妖怪の性格は基本的に嫌味な感じになっています。


使いの走狗・中

 

『なぁるほど、なるほど。つまり其方のご子息様が考え足らずに馬鹿な真似をして妖怪に襲われた所をその仙人様に助けて貰ったと!』

『いやー運が大変よろしいですね坊ちゃん。無力な子供が妖怪と出会えば普通なら頭からバクッですよ?それがたまたま居合わせた仙人様に救われたまたま此方に協力的な質だったお陰でお父様と無事再会出来るなんて今世の運を全て使い切ったのではないですか』

『あやや、中々に興味深いお話でした。特に考えたらずな間抜けな子供を迎えに行く為に決死の覚悟をなさるお父様やそのご友人たちの気持ちを思うと失笑もので・・・もとい涙無しには語れませんね!おや?何か言いたそうですね。どうしましたか?他に伝えたい事があるならどうぞご遠慮なさらず!忌憚なき意見を(すべから)く聞き届けるのもジャーナリズムと言うもの・・・、え?何でもないって?それは残念』

『どうやらもう皆様から得られそうな有益な情報は無さふそうなのでここらで失礼しますね。私の時間は凡骨の皆様と違って貴重ですので!ではでは最後にこの射命丸文(しゃめいまるあや)発行の文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)の方を是非よろしくお願いします。おたっしゃでー!』

 

 以上が権蔵(ごんぞう)たちに絡んで来た鴉天狗(からすてんぐ)の妖怪。射命丸文の言い分である。自分が知りたい事を聞き出し一方的に喋って風と共に去って行ってしまった。

 

 しかし元より権蔵たちに抵抗する意思はなくまた反論を許さぬ高圧的なもの言いをされようが、目の前から此方を歯牙にも掛けない強力な妖怪がいなくなった安堵の方が大きかった。

 

「嵐に遭遇したみたいだったな。これだから天狗の連中は・・・」

「よせ、大介(だいすけ)。またぞろいらん事を言って(なにがし)かの興味を引きたくねぇ」

「そ、そうだな権蔵さん。すまない」

 

 圧倒的強者との気まぐれな邂逅は権蔵たちの精神を大いに疲弊させた。権蔵たちと話す時に取材などと射命丸は称していたが、あれはもはや一方的な尋問である。

 

 しかもこちらに隠し事や虚偽を一切許さぬ徹底振り。

 

 言葉を飾らずに言うのであれば『私が優しく聞いてやってるんだから素直に答えろよ。黙秘権?有るわけねぇだろ。舐めてんのか』である。

 

 文字通り、人間なぞ指先一つで蹴散らせる妖怪の機嫌を損なわないように受け答えするのは只人には荷が重すぎる行為であった。

 

 頼みの博麗印のお札も恐らく大した効果は無いだろう。元より身に付けるだけで並程度の妖怪から身を隠せるはずの力が通じない時点で、彼等からすれば退路が無い悪夢も同義である。

 

 あれでまだ射命丸は妖怪の中では人間に対して友好的だと言うのが笑えぬ話だ。

 

「兎に角、今度こそもう帰るぞ」

「賛成だ。もう家に帰って寝たいよ、俺は」

 

 こうして権蔵たちはまた妖怪に出会わぬ事を祈りながら、足早に人里へと帰って行くのであった。

 

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ーーーーー

ーーー

 

「ふむふむ。それなりにネタが集まって来ましたね」

 

 権蔵たちから取材を終えた射命丸は今、空を利用して帰路についていた。風を纏い高速で飛翔しながらも、器用に自分が仕入れた情報を懐にしまっていた㊙︎メモ帳に書き上げていく。

 

「ただ今一つパンチに欠けるものばかりですなぁ」

 

 射命丸の取材方法はシンプルだ。人々や活気のある場所から流れて来る噂話を風に乗せて拾い上げ、興味の引くものがあればそれを突き詰めて行く。

 

 それを上空を飛び回りながら行うのであるから彼女の活動範囲は割と広い。

 閉鎖的な価値観がある天狗と言う種族の中で彼女は少し変わり者なのだ。

 

 アホ臭い陰謀論に始まり浮気によって嫁に捨てられたしょうもない亭主。詐欺に恐喝や妖怪同士の喧嘩まで。彼女が新聞で取り上げるものは幅広い。

 

 だがしかし射命丸自身、折角新聞で取り扱うのであればたびたび幻想郷で起きる異変の様なビッグな一大イベントを載せたいと考えていた。

 

 文屋(ぶんや)であれば誰しも持つ願望である。

 

 今、彼女は独自ルートから仕入れた特ダネの調査の真っ最中であったがそれはそれとして小ネタに使えそうな話題も同時進行で集めているところであった。

 

「隠居然とした仙人が突如として妖怪に襲いかかった!その狙いとは一体!?・・・、中々悪く無い見出しですね」

 

 ーーまああくまでこの話が本当ならばですが。射命丸は声に出さずその言葉を口の中で転がす。

 

 彼女自身。先程人間の集団から仕入れた情報の事なぞ話半分にしか信じていなかった。証言者は一人しかおらず、また追い詰められた子供の言葉など錯乱した大人より信憑性が低い。

 

 その様な不確かな情報を鵜呑みにする程、射命丸は間抜けでは無かった。

 

 彼女が書く新聞の内容のほとんどが自分好みに勝手に誇張したゴシップ記事同然であるが、それでも全て事実を元に書いている。

 

 事実であるからこそ新聞には臨場感が出る。それが射命丸文の記者としての守るべきスタンスなのだ。

 

 故に例え姿形の欠片も無くなってしまった内容だったとしても、まったく嘘の出鱈目な記事では彼女は満足できない。

 

「うーん。今抱えている案件が無ければ私が直接真偽を確かめに行くのですが」

 

 射命丸は悩む。自分が今追っている確かな筋から仕入れた特ダネと程良いが事実が不明瞭なネタ。

 こう言った場合どちらかを諦める選択肢は彼女の中には無い。

 

 射命丸に限らず取れるのならば取れるだけ、気になるのならば満足行くまで己の欲を優先するのが妖怪の生き方である。

 

「仕方ありません。質が落ちるかも知れませんがどっかの暇そうな奴に調べさせますか!」

 

 手が足りぬならば下っ端に丸投げする。拒否権は勿論無い。成果は自分のもの。失敗すればそいつのせい。

 古来よりある強力な縦社会が生む縮図である。

 

 考えをまとめた射命丸は自分が根城にしている妖怪の山へと飛んで行くのであった。

 

ーーーーーーーーーー

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ーーー

 

 ここは数多の天狗が住まう妖怪の山。幻想郷を代表する勢力の一角。その麓。そこには一体の妖怪が山刀を腰に引っ掛け、盾を背負いながら箒を片手に落ち葉を集めていた。

 

 彼女の名前は使走颯(つかいばしりはやて)

 妖怪の山に多く居る白狼天狗(はくろうてんぐ)の一人である。彼女は鴉天狗とは真逆の白い髪を短くまとめ、赤い目を眠たげに半開きにしながら無言で箒を動かし続ける。

 

 白狼天狗は天狗社会の中ではそれほど格が高い妖怪ではなく、戦闘力のある下っ端という見方を身内からされていた。

 

 彼等の主な役割は妖怪の山の見回りや侵入者を防ぐ為の監視役である。だが白狼天狗の全体がその様な仕事に順次している訳ではない。

 

 手が空いたものは休息を取ったり、警備からあぶれたものが持ち回りで様々な雑事を日々こなしているのだ。

 

 彼女の行動もその一つで、今現在は山道に散った落ち葉を集める清掃に勤しんでいた。

 

 正直に言えば地味で退屈な仕事である。その証拠に掃き掃除をする彼女の表情は酷くつまらなさそうであった。

 だがそれも、もう時期に終わる。

 

 そうすれば後は集めた落ち葉に火を付け暖を取るなり、芋を焼いて腹を満たすなどで残りの時間を潰す事が出来る。

 

 雑用に於ける憩いの瞬間(ボーナスタイム)である。

 

 とその時。魚を焼くか芋を蒸すかで悩んでいる颯の周りを一陣の風が吹く。何かを察した彼女は慌てて集めた落ち葉を上から押さえ付けようとするも一手遅く、宙に舞う花弁の如く集めた枯葉が四方に飛び散ってしまった。

 

 そしてそれと入れ変わる様に一体の妖怪が舞い降りた。鴉天狗こと射命丸文である。

 

 彼女は呆れるほど爽やかな笑顔を顔に貼り付けながら、唖然としてこちらを見る颯に声を掛けた。

 

「やーどうもどうも颯さん。相変わらずしけた(つら)をしていますねぇ。何か嫌な事でもありましたか?」

「・・・、これは生まれ付きの顔でございます。射命丸様」

「あや?そうだったのですか。それはそれで可哀想な気もしますが。もし悩み事があるならいつでも相談して下さい。酒の肴になるよう話ならいくらでも聞いて上げますので!」

「お気遣い、感謝致します」

 

 無論、詭弁である。射命丸が下っ端の相談なぞ真面目に聞く気なんて皆無であるし、颯は酒の席で笑い飛ばす気満々の彼女に自分の悩みを打ち明けるつもりはない。

 

「今日はお早いお帰りですね。もう遊び回り(記事のネタ探し)は終えたのですか?」

「おっとそうでした!その事で貴女に頼みたい事があるのですよ」

 

 射命丸のにんまりとイヤらしく笑う口元を見て颯は藪蛇であった事を悟り、眉間に皺が寄りそうになるのを何とか堪えた。

 

「いや、ね?今私が持ち合わせている記事予定のネタの出所を見つけてくれる方を探していたんですよ。私自ら調べても良かったのですが生憎忙しくて。なら穀潰し同然の暇そうな奴に私の仕事を手伝って貰おうと思ったんです」

「そうですか・・・」

「適当な木端天狗に任せようかと思っていたんですが、ちょうど颯さんが見つかって良かったです。貴女は他の連中と違ってまだ使える方ですからねぇ。どうせやる事とかないでしょ?なら頼み事しても良いですよね!」

「・・・」

 

 ちゃんと仕事してるはボケ。頭沸いてんじゃねーぞ、この放浪鴉が!颯は頭によぎったその言葉をギリギリで飲み込んだ。

 

 思うは自由とは言え、射命丸と颯の間には覆し用の無い力の差があった。その思いを口に出せば瞬く間に颯は物理的に地に伏す事になるだろう。

 

「それでは颯さん。頼まれてくれますね」

「いえ、恐縮ですが私にはまだ仕事がーー」

「は?断るんですか。お前風情が私の頼みを」

 

 俄かに射命丸の圧が増す。先程までのニコニコした笑顔から一変。颯が息苦しささえ感じる程に射命丸の妖気が豹変する。

 

「私は鴉天狗でお前は白狼天狗。妖怪としての格も立場も私が上。どちらの意思が尊ばれるかなんて言うまでも無いですよね」

「し、しかし私にも日々の業務が。射命丸様のお手伝いをしながらとなりますと、とてもではありませんが時間が足りません」

「そんなもの、無い知恵を絞って工夫するなりしてどうにかなさい。お前が私に答えて良いのは"はい"か"分かりました"だけだ」

 

 妖怪とは常にマウントを取ろうとする種族だ。格上相手には要領良く顔色を伺い、格下相手には自分の我を押し通す。

 取り分け縦社会を形成する天狗たちはこの傾向が強かった。

 

 射命丸が意味もなく風で己より下の相手にちょっかいを出すのもそれの一環だ。

 

 何か真面目な事やってんな、よし暇だし邪魔してやろう。

 

 これによって相手が反抗して来なかった場合はそれだけで自分が有利な立場にいると確信出来る妖怪独自の間合いの測り方なのだ。

 

 これは他者を見下し自分を尊ぶ妖怪の本能である。

 

「それでお返事は?颯さん」

「・・・承りました」

「受けて頂けますか!いやー助かります。てか初めからそう言ってくださいよ。手間でしょ颯さん」

 

 結局、颯は射命丸の命令に折れる他なかった。そんな彼女の姿を見た射命丸は最初の会話の雰囲気を再現するかの様に、ニコニコと柔らかく笑い出した。

 

 こちらを圧迫していた妖気はいつの間にか霧散していた。

 

「それで私は何をすればよいのですか?」

「我々の住む妖怪の山に隣接する山々の何処かに仙人が現れたらしいのですよ」

「仙人が?この近くにですか」

 

 颯は射命丸よりもたらされた情報に疑問の声を上げる。いくら仙人と言えどもその身は人からの成り上がりに過ぎない。

 むしろ只人より上等な肉体になった分、より妖怪に狙われやすくなる。

 

 隠居然としたものが多い仙人ではあるが、流石に妖怪の数が他と比べて多いこの場所の付近を根城するとは考えずらかったからだ。

 

「あくまで目撃情報です。ぶっちゃけ今の段階だと余所から流れて来たかも分かりません。颯さんにはその人物が本当に仙人なのか全く別の存在なのかを調べて欲しいのです」

「分かりました。特徴などはあるのでしょうか?」

「さあ?ただ直近で妖怪とやりあったそうですからその痕跡を追えば辿り着くと思いますよ」

(またいい加減な)

 

 完全な統率が取れている天狗社会と違って、その縄張りの外では木端妖怪の小競り合いなどしょっちゅう起きている。

 

 なので妖怪が争った形跡を辿った所でその仙人にたどり着けるかは分からない。真面目に探した所で見つかるかは五分以下の運次第となるだろう。

 

 颯は溜め息を吐きたくなるのを抑えて、下手に利口な手段を取らずその仙人某を虱潰しに探す事を覚悟する。

 

 そんな風に意気込む颯に射命丸はさらりと毒を吐いた。

 

「ではその仮定仙人の調査をお願いしますよ。パシリ(・・・)さん♪」

「ッその名で呼ぶのはおやめ下さい!!」

「あや、何故です?使い走りのパシリさん。貴女にぴったりなあだ名だと思うんですがねぇ」

「射命丸様!」

 

 射命丸が口にしたその呼び方は颯にとって耐え難い蔑称である。少なくとも、彼女はそう捉えていた。

 

 でなければ従順だった姿勢を捨てて思わず射命丸を睨み付ける事も無かったであろう。

 

「生意気な目ですね。文句があるならとっとと妖怪としての格を上げなさいな。でなければいつまでも負け犬の遠吠え以下よ」

「ぐっ」

「貴女が使走(つかいばし)りとしての本来の役目(・・・・・)を誇りに思っているのは知っています。でもそのお役目が形骸化して久しい。いつまで未練がましく、それにしがみ付いているのですか?」

「・・・」

「貴女がそんな有様だから古株のくせに同格の他の白狼天狗(同僚)にも舐められるのよ。それが嫌なら早くこちら側に来なさいな。貴女はそれだけのものを既に積んでいるでしょう」

「・・・。貴女には分かりません。ただ自由に飛び回るだけの貴女には誇りあるお役目の自負など、分かるはずがありません!」

 

 射命丸は颯のその言葉に思わず肩を竦める。気まぐれではあるが彼女は彼女なりに颯に対して真面目なアドバイスを送ったつもりであったのだ。

 

 しかし風の様に縛られる生き方を嫌う射命丸の言葉は、型にハマった自分を良しとする颯には逆効果であった。

 

「あらそう。貴女がそれで満足なら良いんじゃないかしら。とりあえず、ちゃんと調べて置いてね。何日かしたら結果を聞きにくるわ」

「かしこまりました。射命丸様」

 

 傅く颯を背に射命丸は今日集めた情報をまとめる為に自宅へと飛び立つのであった。

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