武練亡者録   作:流々毎々

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使いの走狗・下

 

 使走颯(つかいはしりはやて)は数多い天狗の中でも古参の白狼天狗(はくろうてんぐ)である。妖怪の山自体がゆうに千年以上の歴史を誇る場所であるが、颯はそれに劣らぬほどの年限をこの山で過ごして来た。

 

 年齢だけに限れば彼女は射命丸文(しゃめいまるあや)より上である。

 

 しかし既に大妖怪に成り上がってもおかしくない程の格を有してある颯であったが、彼女は未だに白狼天狗のままであった。

 それは彼女が白狼天狗の役目の一つである使走りと言う事柄に拘っていたからだ。

 

 使走りの役目とは上役(天魔)の言葉を下部組織(他の天狗)に伝える伝令役である。取り分け"雰囲気を真似る"程度の能力を持ち合わせていた颯は天狗のトップである天魔やその幹部の大天狗たちに重宝されていた。

 

 上下関係が特に厳しい天狗社会において、組織のトップ→白狼天狗→い鴉天狗(からすてんぐ)などと言う図式での情報伝達は時にトラブルを引き起こす事があった。

 

 鴉天狗からすればいくら上役の命令と言えど下っ端の白狼天狗にあれこれと指図されるのは面白くないし、白狼天狗からすれば真面目に取り扱ってくれない上司には困る。

 

 さらに何かミスがあれば自分たちのせいにされるのでたまったものではなかった。

 

 かと言って天魔たちが直接鴉天狗たちに命令するのは余程の緊急事態に限る。日々の瑣末事を気軽に言って接する様では、上に立つものとしての沽券に関わる。

 

 古くを尊とぶ程に仰々しさは増すもの。例え二度手間になる様な組織形態だとしても建前は必要なのだ。

 

 鴉天狗自体が伝令役を引き受けてくれるならばこの様な面倒ごとにはならずにすむのだが、彼らはこう言った雑事を嫌がる傾向にあった。

 

 相手が誰であれ、忙しなく動き回る伝令役は下っ端のやることだと言う認識が彼らにはあったのだろう。

 

 さらに明確な上下関係のある妖怪の山ではあるが鴉天狗にまで上り詰めた彼等は中々に強かだ。

 

 結果、のらりくらりと嫌な仕事をいなし続ける鴉天狗の皺寄せが下っ端である白狼天狗に降りかかる。

 

 そんな悪循環に置いて颯は打ってつけの人材であった。白狼天狗とは言え千年以上生きる古参の妖怪で大抵の鴉天狗たちより年上。さらには颯の有する能力は伝令の役目と相性が良かった。

 

 "雰囲気を真似る"程度の能力。これにより颯は言葉を伝える時に限り天魔や大天狗達の武威や威圧感を再現する事が出来たからだ。

 

 模倣と言えど自分を超える覇を纏う颯の物言いを鴉天狗たちは無下に出来ず、颯は格が上の妖怪が素直に自身の言葉に従いまた天魔たちからの覚えが良くなることで自尊心を満たせた。

 

 颯にとって使走りの役目とは誇りのある仕事であったのだ。

 少なくともとっくに妖怪としての格を上げれるのにも関わらず、白狼天狗として居続ける事を選ぶ程に。

 

 その様に過ごす颯は妖怪の山では一目を置かれていたし、白狼天狗の中では実質的なリーダーであった。

 

 そんな颯の醇風な生活に陰りが見え始めたのはいつの頃であったか。

 

 妖怪の王。怪力の代名詞。最強種族である鬼の侵略。

 奴等が何故妖怪の山に踏み入ったのかは分からない。存外、自分たちの目に入ったからと言う下らない理由であったかもしれない。

 

 唯我独尊を極める鬼と言う妖怪は本来ならば群れない。だがどうゆう事か、妖怪の山に侵略して来た奴らは強靭な四体の鬼を筆頭に百余りの集団となって天狗の縄張りに雪崩れ込んできた。

 

 さしもの天魔も自分と同等以上のリーダー格の鬼たちには勝てず、妖怪の山はその日から鬼の天下となった。

 

 颯の受難が始まったのはこの時からだ。

 

 鬼達は兎に角騒ぐのが好きな妖怪だ。連日連夜行なわれる宴会は止む気配を見せない。

 また鬼は天狗を酷くこき使った。

 

 やれ面白い事をしろだの酒が切れただの誰それを呼んで来いだの、その大半は下らないものであった。

 颯もその例に漏れず、むしろ普段から伝令の役目で慣れがあったためか仕事が早く余計に酷使された。

 

 必然的に自分の役目を軽んじられる日々に彼女が不満を抱くのは無理のない事であった。

 そんな颯の姿を面白がった鬼の一体がある時こう言った。

 

『今日から鬼の命令には必ずお前の力を使い、鬼を真似る様に』、と厳命したのだ。

 

 颯の"雰囲気を真似る"程度の能力は本人の努力もあり、その再現度の高さは指折りである。

 厳格な者であればその雰囲気をそっくり真似て威厳のある佇まいを作り出す事が出来る。

 

 しかし逆に言ってしまえば、年中酒が抜けない様な酔っ払いの間抜けな姿だって再現出来てしまうのだ。

 

 いくら力強い言葉を発しようとも、顔を赤らめ焦点が合わず呂律が回らない酒気を感じさせる姿の何処に威厳を感じろと言うのか。

 

 酒を飲んでもいないのに酔っ払う颯のその滑稽な姿は鬼たちの笑いのツボを大いに刺激した。

 それ以来、颯はますます鬼から雑用を強要されるようになる。

 

 どんどんと転げ落ちて行く颯の有り様はいつしか身内である他の天狗たちにも嘲笑される様になり、このように嘯かれはじめる。

 

『使いっ走りのパシリさん』、と。

 

 この軽んじられたあだ名は鬼が山を去って幾月時が立とうとも未だに消え失せない。

 流石に表立って風潮する天狗はほとんどいないが、かつては白狼天狗の筆頭と呼べる彼女の姿は今は見る影もない。

 

 射命丸文からは侮られ、同僚の白狼天狗からも軽んじられる。日々の仕事も山の落ち葉の掃き掃除などの半人前がする業務ばかりだ。

 

 そんな状態が続けば自然と颯の中にあった仕事に対する誇りややり甲斐と言ったものも失せていく。

 かと言って射命丸が言っていたような妖怪としての格を上げる踏ん切りも付かなかった。

 

 颯ほどの長寿の妖怪がその気になればあるいは大天狗になる事も夢ではなかった。そうすれば少なくとも今の様な侮られ続ける生活から脱する事が出来だろう。

 

 だが彼女はその選択肢を選べなかった。

 

 端的に言って颯は忘れられないのだ。自分の輝かしかった時代を。過去の栄光を。皆が颯に一目置いていた使走りの姿を。

 

 故に颯は何時迄も踏ん切りが付かずに鬱々とした日々を今日も過ごす。

 

 どどのつまり、使走颯の妖生は半ば詰んでいるようなものであった。

 

ーーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「と言うわけでして!おれ様・・・わ、わたしが争ったのは不気味な野郎だったんです!?」

「そう・・・」

 

 射命丸より件の仙人某の調査を命じられた颯は業務を他の天狗に変わってもらい、早速妖怪の山の周辺を虱潰しに探し始めた。

 そして運が良かったのか、太陽が空の真上に来る頃に赤茶色の体毛に覆われた騙り猿(妖怪)を見つけた。

 

 顔に大きな損傷を受けた騙り猿を見てもしやと思った颯は調査の手掛かりを得るべくかの妖怪に声を掛けたのだ。

 

「本当に不気味な奴でして。何の気配もしないと思ったら瞬く間に殴られてしまいまして」

「なるほどね。それで?」

「て、天狗様に言えた事じゃ無いんですが奴は只者じゃないかと・・・」

「私がそいつに接触するのは危険だと言いたいのか?」

「いえ!そ、そんな事は」

「お前程度の木端の物差しなど何の当てにもならん。くだらない事を言わないで」

「そ、そうでしたね。申し訳ありません。へ、へへ」

「それでその者はまだ遠くには行っていないのだな?」

「へ、へい。拠点を移していないらあの山の麓にまだ居るはずだ、です」

 

 騙り猿から得られた情報はそれなりに有益なものであった。と言うか、状況的にほぼほぼ件の人物であろう。射命丸のお使いが割と早くすみそうな事に颯は内心で安堵した。

 

 射命丸は期限を数日中にと言っていたが気分屋の彼女なら今晩にも訪ねて来てもおかしくなかったからだ。

 

 そして返って落ち着かないのがこの騙り猿だ。タケルからほうほうの体で逃げ出した騙り猿は顔に負った傷を癒す為に隠れる様に人目に付かぬ場所で身を潜めていた。

 

 そんな折にいきなり颯に声を掛けられてあれやこれやとタケルとの会合を聞き出されたのだ。

 無論、騙り猿に拒否権など勿論ない。

 

 騙り猿は颯の機嫌を損ねぬ様、歯抜けで空気が通る口を必死に動かしてかのしの詰問に答えていた。

 

 白狼天狗である颯は確かに妖怪の山では下っ端であるが、それはあくまでも天狗社会での話。

 

 特定の縄張り持たない騙り猿の様な下級の妖怪からすれば白狼天狗とは雲の上の存在だ。

 

 鬼が鬼であると言う理由だけで力強い様に、天狗とはそれだけで妖怪として上位種族なのだ。

 そんな存在に目を付けられるなど騙り猿からすれば正に晴天の霹靂。現在も不況を買わない様に慣れぬ言葉遣いで必死に颯へ媚を売っていた。

 

(クソ、厄日だ!何で天狗何ぞに目をつけられなきゃいけねぇんだよ!?・・・いや、待て。考え方次第じゃこれは有りかぁ?)

 

 タケルに返り討ちあった騙り猿ではあるがその実、復讐を諦めてはいなかった。流石に真正面からやり返す気はないが何かしらの機会が訪れれば嫌がらせくらいはするつもりであった。

 

 そのチャンスが今、目の前に転がって来たのである。

 

 上手くこの天狗とあの生意気な人間をぶつける事が出来ればあるは・・・

 

 自身を一蹴したタケルとて流石に天狗にはかなうまい。騙り猿はその様に考えていた。

 

「もう他に話はないかしら?」

「あ、いえ。その」

「何だ。言いたい事があるなら早く話しなさい」

(考えろッおれ様!この天狗をその気にできりゃあ、あのクソ人間に復讐が出来る。何とかそれっぽい言葉をひり出せ!)

 

 騙り猿は普段使わない頭を回して知恵を搾る。成功すれば憎き仇であるタケルにやり返せるのだから騙り猿も必死だ。

 

 そんな忙しなく表情を変える騙り猿を、颯はどこか冷めた目で見下ろしていた。

 

「じ、実はあの野郎。妖怪と戦う事が目的らしくて。退治屋ってやつみたいでして!」

「そう。それで?」

「中でも特に天狗様を目の敵にしてる様なんでさぁ!自分の実力を試すだの何だとか!」

「それが事実で有るならば随分と身の程知らずね。そいつは」

(良し!食いついたぞ)

 

 騙り猿は思わず自分の話術の上手さに顔がニヤけそうになるのを堪える。

 それに図に乗った騙り猿はさらに颯を乗せる為に口を回す。彼女が腰に下げた山刀の柄に手を添えるのを気付かぬままに。

 

「そうなんですよ!あのクソ人間。本当に生意気な奴でして!」

「・・・」

「これはもう是非天狗様の手で直接天誅をですね!」

「もういい。黙れ」

「へ?」

「不愉快だ。お前の息は臭すぎる」

 

 颯は腰の山刀を抜き放つ。瞬いたその銀線は騙り猿がそれを認識する前にスルリとその体を通り抜けた。

 

 一拍の後。ぼとりと騙り猿の左腕が地面に落ちた。

 

「あ?ーーッ、痛っでぇ!?う、腕が、おれ様の腕がぁ・・・」

「何をするのかと話を合わせてやれば下らん浅知恵を働かせて。そんなものに私が引っかかると本気でおもったの?」

「ひ、ひぃぃ」

「一部、有益な情報があったので腕一本で済ませたが次はないぞ」

 

 そう言葉をいい終えた颯は刀身に付着した血糊を振って落とすと抜き放った山刀を鞘へ戻す。そしてそのままふわりと浮くと震えてうずくまる騙り猿を無視して、先程騙り猿が指し示した山へと飛んで行った。

 

「・・・ちくしょう」

 

 颯が飛び去った後。痛みに震えながら切られた腕を押さえてうずくまる騙り猿の呟きは誰にも聞かれる事なく消えていった。

 

ーーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 騙り猿と別れた颯は寄り道する事なく真っ直ぐに件の人物がいるかもしれない山を目指す。

 実を言えば颯は騙り猿の具体的な狙いは分かっていなかった。

 

 ただ騙り猿の纏う雰囲気から何となしに此方を利用しようとする気配を感じた。

 

 それが癪に触った彼女は騙り猿に制裁を加えたのだ。

 

 とは言え、それは半ば八つ当たりでもあった。妖怪の山で軽んじられる生活が長い颯は常日頃からかなりの鬱憤が溜まっている。だが天狗社会ではそれを発散出来る機会に中々巡り会えない。

 

 そんな時に策とも言うにはあまりに稚拙な知略を騙り猿が仕掛けてくるものだからつい切ってしまったのだ。

 

 切られた後のあの間抜けな姿を見て少し胸が空いた颯であったが、またぞろ別の問題が浮上して来ていた。

 

(あの木端妖怪は確かに言っていた。クソ人間(・・・・)、と)

 

 颯はその言葉を思い出してつい眉間に皺を寄せた。なんて事はない。自分が探し求めている存在が仙人でも何でもない唯の人間である可能性が出て来たからだ。

 

 勿論、騙り猿がニュアンスの違いや会話の勢いでその様に評したのかも知れない。

 

 しかしーー

 

「格下の妖怪に舐めた真似をされ、同僚に嫌な目で見られてながら下げたくもない頭を下げて仕事を変わってもらい、そこら中を探し回ったのにも関わらず件の相手が仙人でも縄張りを移した妖怪でもない唯の人間かも知れないですって?」

 

 それは一体、どんな笑い話だと言うのか。

 

 もし。もしもここ迄の労力をかけた末の探し人がただ木端妖怪を退けられるだけの只人であったのならば・・・

 

「ふふふ。その時はどうしてくれようか?」

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