生徒に嫌悪感()と激重感情抱いてクソ重自己嫌悪を起こしているメンタル激弱系先生 作:大住先生
プロローグ1-1
壁掛け時計の秒針。
窓の外を吹き抜ける風。
カリカリと書面の表面を掻く筆先。
毎夜、この音を聞いている。日々山積する書類に追われて寝る間もなく、いつしか夜こそが私の活動すべき時間なのではないかと錯覚する程になった。
白色蛍光灯に照らされる室内。
無駄に広く、そこにぽつんと座りながら書類整理に追われている己の姿を客観的に見てしまうと、そこはかとない虚しさのようなものを感じてしまう。
時間を無駄にしている、そんな錯覚に陥る。
夢を実現する手だても未だ見えず、日々を惰性に貪っているように思えてしまうこの苛立ちを理解してくれる者は、このキヴォトスにはそう多くない。
「……はぁ」
「先生、どうしたの。深い溜め息だけど」
深い深い溜め息に、空崎ヒナが反応する。淹れたコーヒーがまずかったのか、そんな心配が顔に色濃く浮かんでいるのが分かる。
心做しか頭上のヘイローが素早く回転しているように見えた。
風紀委員長として名が知られ、キヴォトスにおいて最強の生徒は誰かという論争で度々名前の上がる彼女もこうしてやり取りをしていると年相応の女の子なのだと痛感させられる。
「なんでもない」
シャーレの先生に就任して最初に出会った生徒、空崎ヒナ。
私のことを支えてくれて、任務になれば冷静な判断力と極めて高い戦闘能力で瞬く間に任務を遂行する、頼れる生徒。
彼女を心配させたくなくて、悲しませたくなくて、私は質問に対しての回答として成立しない言葉を吐いて見た。
ヒナからは問い掛けるような視線が変わらず向けられる。
「いや、美味しい珈琲だと思ったらつい、ね……」
「ウソね。本当ならそんな暗い顔しないわ」
ごまかしも試みたけど無駄だった。もう長い付き合いになる彼女の目を誤魔化せはしない。分かり切っていることだ。
しかし、よく私のことを見ているものだ。表情筋なんてほとんど死んでいるようなものなのに、何故わかるのか。
私の視線がヒナの得物、鈍器としても充分過ぎるほどの効果を発揮してしまいそうなゴツゴツしい見た目のガトリングガン?マシンガン?に向く。
ここでは不必要だからと言ってはいるのだが、過去の色々なゴタゴタのせいで携帯するのを辞めない。
女子高生たちがバカスカ銃を撃ちまくるイカれた土地で先生なんて役割を始めて、もうそれなりに長い時が経った。
銀行強盗企てたり、店爆破したり、ミサイルブッパしてきたり……私の知る女子高生とはかけ離れた、それでいて可愛い大切な生徒たち。
彼女たちとの関係もかなり長く深いものになったとはいえ、生憎と護身用に持ち歩いている銃以外にてんで興味が湧かないものだから、特に長い付き合いになるヒナの得物のカテゴリーすらピンと来ない有り様だ。
「……私は、
「知っているわ」
私には娘がいる。お転婆で制止なんかまるで受け付けない、でも笑顔が眩しくて……目に入れても痛くない、そんな娘だった。
私には夫がいる。妹の性格の大元になったと思われる、妹に実によく似た性格をしていた……大好きだった、そんな夫だった。
でも、娘と夫は死んだ。銃撃戦に巻き込まれて、あっけなくその命を落とした。
何事もなく過ごしていれば娘は、ヒナと同じくらいの年頃だ。
「そして、
私は、生徒に面と向かって『嫌い』と言っている。
銃があるのが当たり前の生活をしてきたのだから仕方ないとはいえ、それでもやはり我慢がならない。
人殺しの道具を楽しげに扱う姿には気色悪さを、人を撃つ姿には嫌悪感を隠しきれない。
でも、それでも彼女たちは私の可愛い生徒である。
嫌いでも、守りたい。生徒に向ける『嫌い』という言葉には、『好き』という意味が内包されている。
「それも知っている」
ヒナは、私のことを理解してくれている。嫌いと言われてもその言葉が内包する意味を理解し、受け止めてくれている。
「そんな嫌いなお前たちに頼り切りな自分を思うと……お前たちを好きになる為の夢を果たせない無力な自分を思うと……苛立ってな」
私は弱い。娘一人守れず、夫一人守れず、好きな人を失う恐怖に支配されている。
人を好きになれない。なったとしても、それを素直に表に出せない。
表に出すのは憎悪だけ。銃という、私の大切な家族を奪い去った人殺しの道具に対する憎悪だけ。
生徒たちは好きだけど、銃を振り回す姿を見る度に言い表しようのない憎悪が湧き上がってくる。
それが銃に向けられているものなのか、銃を振り回す生徒たちに向けられているのか……長いこと考えてきたが、それでも答えは出せない。
そんな答えを見つけられずに生き続ける私に対しても、私は憎悪を覚える。許されるのならば、この手でこの首を絞め殺してしまいたいほどに憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
夢を実現する為だと己に言い聞かせ、己を殺すのを取り止める理由を見付け出し、憎い銃を手に取るという選択肢を選んでしまった己が憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
「私の夢は……絵空事なのかもしれない。それでも叶えたいと、そう願っているのに叶わない……」
使えるものは何でも使う。
騙す必要が有るのならば騙し通してやる。
殺す必要があるのならば、殺すことだって厭わない。
『キヴォトスから銃を、兵器を、人殺ししか能の無い無能なガラクタ共を廃絶する』
その夢を叶えたいのに、叶わない。死んでしまった娘と歳の近い子たちが平和に暮らせる土地にしたいと願っていながら、その願いを叶える手立てすら思い浮かばなくて、ただただ惰性に生きて時間を食い潰し、憎い銃を手に取る歳下の子供に甘え倒して、己も憎い武器に頼って……
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!
何をのうのうと足踏みしているんだこの馬鹿女は!
歩み出せ! 探し回れ! たとえ死んででも、手足が千切れ落ちようとも、私の
それが出来ないのならば死ね!
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!
「先生、そこまで」
激しい自己嫌悪が波濤のように押し寄せて思考を塗り潰していたが、それを助けてくれるのは決まってヒナか今日は非番のもう一人と決まっている。
ぽすっと、私のお腹を軽く押してくれる。無意識のうちに喉を掻き破らん勢いで掻き毟っていた手を掴み、私よりも明らかに小さい手で優しく包み込んでくれる。
「自分を苦しめるのは、やめて」
私を見つめるその目には、怒りはない。
生徒に面と向かって大嫌いと言いながら、内心では大好きでたまらないという矛盾した感情を理解してくれている、優しい目。
私の顔を見上げながら、顔をお腹に押し当ててくる。ふわふわの白い髪の毛から優しい香りが香ってくる。
「貴女は……頑張っているわ。私たちが平和に暮らせるように奔走してくれているのも、知っている。だから、大丈夫。自分を責めないであげて」
「……ヒナ、ヒナぁ」
情けない。自分の娘と同い年くらいの子供に止められて、認められて、慰められて、それに喜んでしまっている自分が情けない。
声は震えていた。体も震えていた。もうすぐ40になろうかという、若々しさとは無縁と言えそうな有り様の手が勝手に動いて、ヒナの背中に回り込む。
「ゆっくりで良いのよ。焦ったって結果が出る訳が無い。それで自分を責めるのはあまりに無意味だわ」
そして今度は諭されて…これももう何度目か。
分かってはいる。焦ったところで求める結果なんて出る訳がないなんて、長々と生きてきた中で何度も経験してきた。
それなのに、私はこうも繰り返す。愚かしく、夢を叶えられないことに焦って、己を責める。
学んでいるはずなのに繰り返して、ヒナに迷惑をかけて、慰められて諭される。
そんな自分がまた嫌いになって、それでもヒナに甘えられることを覚えてしまったから繰り返す。
「大丈夫。先生には皆がいるわ。私も居るし、彼女と一緒に支えてあげる……ほら、もう遅い時間だわ。仕事はここまでにして寝ましょう?」
「ヒナぁぁ……ヒナああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!!」
優しいその声に、私を見上げる微笑みに、慈愛を感じさせる瞳に、私は吠えるように泣いた。
膝から崩れ落ち、膝立ちになりながら抱き締めて、彼女の首筋に顔を埋めて泣き喚いた。
耳の近くで泣き喚かれて五月蝿いだろうにヒナは振り払いもせず、抱き締めてくれた。
歳のせいか、それとも精神的に追い詰められているのか、ここ最近の夜は泣きっぱなしだ。
大の大人だというのに情けないと思いながらも、止められはしなかった。
私が落ち着くまで、ヒナは抱き締めてくれた。
その小さな手と細い腕で私を包んで、日が昇るまでずっと付き合ってくれた。
ずっと耳元で、『私が傍にいるわ』と囁きながら。