生徒に嫌悪感()と激重感情抱いてクソ重自己嫌悪を起こしているメンタル激弱系先生   作:大住先生

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プロローグ1-2 空崎ヒナ

 日が昇った。私の小さな体に抱きついて大声で泣き叫んでいた先生も次第に静かになり、窓から差し込む陽射しを顔に受けながら眠りに落ちたみたい。

 

 泣くって行為はあまり経験がないけど、かなりの疲労感を伴う行為だっていうのは理解している。あれだけ声を張り上げるのだから、疲れない方がむしろおかしい。

 

「…よいしょっ、と。軽いわね」

 

 私よりも明らかに高身長なのに細身で、身長の割りに軽く感じる体を持ち上げる。それなりに使い込まれて少しの草臥れが感じられるソファーに寝かせた。

 アンダーリムのメガネを外し、メガネクリーナーで拭いてあげた。私の首筋にレンズが擦れたのか皮脂と、涙が乾いた跡で結構酷く汚れていたからね。

 

 スーツのボタンを外し、ズボンのベルトを緩めてあげる。いくら私でも、下半身の衣類交換は出来ないわ……まだ恥ずかしいもの。

 スーツとワイシャツを脱がすと、やや筋肉質な上半身があらわになった。

 私たちとは違って弾丸一発でも致命傷になり得る脆弱な体だけど、よく鍛えられているのがわかる。触れてみれば女性的な滑らかな素肌の下に、硬い筋肉の鎧があるのが伝わってくる。

 

 先生は必要性を感じると、前線に出てきてしまうことがある。ブラックマーケットから押収したっていう名目で保有しているアサルトライフルを片手に。

 不安を感じることは無いけど、この体が傷付いてしまうのではないかと思うと少し悲しくもなる。辞めてと言っても辞めてくれないから、もう諦めているけど。

 

 過酷な日々を送っているのだから、せめて安楽に寝て貰えるようにパジャマに着せ替えてあげる。

 これで少しは寝やすくなると良いんだけど……不眠症だってボヤいていたしね。

 

「フフッ……全く、世話がやける先生ね」

 

 先生との出会いも、もうかなり長い。

 シャーレから行われた召集に応じて、私と先生は出会った。

 

 初めて会った時の第一声は、あまりに衝撃的過ぎたからとてもよく覚えている。

 

『私は、お前たちが嫌いだ』

 

 面と向かって嫌いと言われるのも、風紀委員長という立場に居る身としては何も珍しいことじゃない。温泉開発部とか美食研究会とか便利屋68とか……私が活動の障壁になっている面々から嫌われるのも分かる。

 

 でも初対面の人にいきなり嫌いと言われて、びっくりするなって言う方が無理だと思うの。実際、私も驚いて少し硬直したし。

 

「……人生って分からないものね、先生。初対面での印象最悪だった私たちが、こうして朝日を共に迎える仲になるなんて」

 

 別に、好かれようと思ったわけじゃない。なんで嫌いなのか根掘り葉掘り聞いた訳でも無い。

 

 ビックリしながらも風紀委員長としてのプライドや積んできた経験のおかげなのか、冷静さが残っていた私は気付いていたから。

 先生の目は私を見ているようで、そうではなかった。私が持っている得物を、銃を、睨んでいたんだって。

 

 銃を見る目と、私を見る目が似て非なるものなんだって。

 憐れむような、悲しむような、そんな目で私を見ていた。

 

「良い朝ね…」

 

 日が昇ったことに喜ぶように聞こえてくる小鳥のさえずりを聞きながら、私は呟いた。

 これが寝起きに聞けたのなら心地よい寝起きなんだろうけど、私は悪い子だから夜更かしをしてしまった。アコに後で怒られるかな、なんて考えていると耳は先生の寝息を拾う。

 

「……くぅ…すぅ……」

 

 毎晩遅くまで立て込む激務が作らせたクマに、そっと指をはわせる。

 自分は大人だからって無理をして、私たちよりもやわな体でありながら私たちが心配になるくらいの業務をこなしている。

 

 その傍らで各校と連絡を取り合い、連携を深め、学校間のいざこざを解決しようとキヴォトス全土を駆けずり回って、必要となれば私たちよりも遥かに脆い体で私たちと共に前線に立って指揮を執る。

 

 私たちが考えもしなかった大それた夢を、このキヴォトスから銃やミサイルといった兵器を完全に廃絶するという夢を叶える為に。

 

「……本当、分からないものだわ。開口一番嫌いって言ってきた相手に、惚れるなんてね」

 

 私は、先生に惚れている。

 

 私が嫌いと言われてもその言葉のうちに潜むものを、私たち生徒に対する友愛とも親愛とも取れるポジティブで暖かい熱を帯びる感情を見抜いていると、この人も見抜いていたみたい。

 

 自然と言葉を交わすようになった。好きな物は何かとか、苦手なものは何かとか、他愛のない話が続くようになった。

 やがてお互いにオススメの眠気解消法やコーヒーを紹介し合ったり、書類整理に煮詰まれば気分転換で散歩に行ったり、2人で居る時間が増えた。

 

 趣味として、ピアノを弾いていると聞かされた時はビックリしたわ。

 キャラじゃないわね、なんて言ったら珍しく不貞腐れてそっぽを向かれてしまって機嫌をとるのが大変だった。

 そしてその後、仕返しだとピアノをみっちり教え込まれてしまったわ。

 

 そんな日々を楽しいと、心の底から思った。風紀委員の皆と居る時とは違う……なんていうのかな。

 頼れる大人に信頼してもらえて、肩を並べられる事に対する嬉しさ……なのかな。承認欲求を満たして貰えた、というのが最適なのかもしれない。

 

 自然と甘えられるようになって、泣き言を受け止めて貰えて、じゃれ付いても笑ってくれて、『嗚呼、この人は私を受け入れてくれる。受け止めてくれる』って思えた。

 

 惚れるなっていう方が無理な話だよ。私だって欠片程度の乙女心はあるんだし、歳頃の女の子なんだから。

 頼れる大人にここまで親身にされたら、惚れるしかなかった。

 

「先生、好きよ」

 

 目元にキスを落とす。少し強く吸い上げて、虫刺されみたいな痕を付ける。

 

 私を受け入れてくれる、受け止めてくれるこの人を誰にも渡したくない。そんな想いが、私らしくもない行為を私に強いる。

 

 悪い気分はしない、むしろ良い気分だ。隠す術のないキスマークを指でなぞり、閉じられている瞼に触れる。

 この裏に、先生の瞳がある。私という人間の持っている本質を見抜いて、我慢しなくて良いって言ってくれた愛しい人の瞳。

 

「好き。好き。大好き。その目も、声も、髪も、匂いも、唇も、お腹も、指も手も、腕も肩もおしりも、全部好き」

 

 言葉にすると想いはとめどなく溢れ出る。どれだけ言葉にしても足りないくらいで、瞼に触れていた手が自然と体へ向かっていく。

 

「大好きよ、先生」

 

 どれだけ言葉にしても足りなくて、それでいて言葉にしてしまうとまだ言い足りないと言わんばかりに口が勝手に想いを列挙し始める。

 

 大好き

 大好き

 大好き

 大好き

 

 意識して、何とか4回目で止めた。惚れてしまうというのは難儀なものね、自分の口なのに止めるのが大変になるんだから。

 

「先生。私、悪い子になっちゃったの。先生が欲しい……」

 

 私はこの人の為なら、喜んで死ねる。

 私を『ゲヘナ学園風紀委員長としての空崎ヒナ』ではなく『ただの女の子の空崎ヒナ』として見てくれるこの人に、私たち生徒が悲しまないで生きられる平穏な世界を作るために尽力するこの人に、私は喜んで全てを捧げる。

 

 そう決めたのに……でも、やっぱりダメ。

 捧げるだけの愛じゃ、私はもう満たされない。心が乾いて仕方ないの、この人の全てが欲しいって魂が喧しいくらいに騒いでいるの。

 

 手が柔肌を這ってパジャマの中に入って行って、女性の象徴たる胸に触れる。大きいとはいえないけど貧乳とも違う、程よい大きさと柔らかさの胸。

 何度も味わった。好意を伝えに伝えて押し切って結ばれて、この胸の上で何度夜を越したか数えられないくらいに味わい尽くしたのに尚まだ満たされない。

 

「ねぇ、先生……私は悪い子よ。貴女が葛藤する姿に、凄く唆られるの」

 

 忘れもしない、あの夜。私の初めてを貰ってもらったあの夜、先生が初めて見せた葛藤の顔に私は撃ち抜かれた。

 

 銃等の兵器を憎むようになった要因である娘さんが生きれていれば同い年くらいになる私に手を出す事に対する葛藤。

 

 生徒に手を出してなるものかという理性と、求める私を欲してしまう人間としての欲望に板挟みにされて悶える姿に、私の心は激しく踊った。

 

 そして1度一線を超えてしまったからには、もう歯止めなんて聞かない。

 毎週のように求める私を、先生は葛藤しながらも受け入れてくれる。その姿がまたたまらなく私を興奮させて、先生への無尽の愛を自覚させる。

 

「こんな私を嫌いにならないで、先生。貴女が苦しむ姿に悦ぶ私を、嫌いにならないで」

 

 苦しみながら、自分を責め立てながらも歩みを止めない先生が私は好き。

 

 時には苦しみ過ぎて動けなくなって、私に泣き付く先生も私は好きなの。

 

 こういうのを……たしか、曇らせとか言うのよね。よく分からないけど、多分これで合っていると思う。

 

「全部差し出と言われたら、私は喜んで全部差し出すわ。私の全部で、貴女を支えてあげるわ。だから…」

 

 そこまで口にして、ピクリと先生の眉が動いたのを見て慌てて口を閉じる。

 これ以上はいけない。このままだったら私はいくらでも独り言を言えてしまう気がしたし、溢れ出る想いに押されて先生を襲っていたかもしれない。

 

 それ自体は別に問題では無いけど、私にも今日の業務があるわ。

 あまり長くゲヘナ学園を留守にするわけにも行かない。私が居ないとなれば、それを良い事に暴れ出す生徒がわんさかいるから……私が卒業したらどうなるのかと不安になる。

 

 先生は大切だけど、それと同じくらいにゲヘナ学園も大事だ。疎かには出来ないし、したくない。

 先生が淹れてくれたコーヒーのおかげか、寝ずに一夜を越したのに頭は冴えている。眠気も感じない。

 

「もう行くわね、先生。また明日」

 

 眠っている先生に一旦の別れを告げる。

 

 今晩の担当は小鳥遊ホシノ。唯一、私以外に先生と肌を重ねた女。

 彼女のことは信頼している。同じ人を愛した者同士、バチバチにいがみ合うことになるかとも最初は思っていたけど…まさか一緒に買い物に行くような仲になるとは思わなかったわ。

 

 ほんと、人生って分からないものね。

 

「行ってきます……っ」

 

 そっと、ソファーで眠る先生の顔の近くでしゃがみ込んで、顔を寄せる。

 

 唇に私の唇を押し当てた。今は、これくらい。

 

 足りないけど我慢。もっと凄い経験が明日の夜には確約されているんだから、欲張るのは良くないわ。

 携帯の電源を入れてモモトークを起動。昨夜、先生を癒している最中に小鳥遊ホシノへ送信した引き継ぎの連絡を確認して抜けが無いかチェックする。

 

 見直したけど抜けている点は無し。今回の仕事はこれで終わりね。

 部屋のカーテンを閉める。遮光カーテンだから全部閉めると日中なのに部屋の中は真っ暗になった。

 電気も消し、部屋の中を黒一色へ。

 

「お疲れ様、先生。おやすみなさい」

 

 銃に対する憎悪、夢が叶わないことに対する焦燥、それ等が引き起こす自己嫌悪。

 

 先生を苦しめるありとあらゆるものが少しでも癒されれば良いな、そんなことを願いながら私は扉を閉めた。

 

 

 

 

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