生徒に嫌悪感()と激重感情抱いてクソ重自己嫌悪を起こしているメンタル激弱系先生   作:大住先生

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ver.0.5


 連邦生徒会長の人選センスはどうなっているのか、と七神リンは目の前に立っている女性を見て眉を潜めた。

 

 書類には『夫と子がいたが銃撃事件で死別』だの『銃に対する極めて強度の憎悪が認められる』だのとしか記載がなく、人物像に関する情報がほとんど欠落していた。

 女性であること、子供がいることから少なくとも若いとは言えない年齢であること、軍人だった夫により鍛えられていたこと……それくらいしかリンは推測出来なかった。

 

「……」

「あ、あの……先生?」

 

 顔写真なんてものもなく、どんな人なのだろうと不安なのか期待なのか原因不明な鼓動の高鳴りを抱えながら、迎えた今日という日。

 いざ対面してみれば『見られただけで切り裂かれるのでは』という意味不明な錯覚を引き起こすほどに鋭利で恐ろしい目付き、光を全て飲み込むように真っ黒な瞳、長年の付き合いになるであろうクマ等…誰がどう見ても、まともとは呼べない風貌を先生は醸し出していた。

 

 身長もかなり高い。180cmはあるだろうか。

 スーツの上からでも分かる鍛えられた肉体と長身が生み出す威圧感は、リンですら気を抜けば怯んでしまいそうなものだった。

 

 そこに拍車をかける無言。対面してから既に数十分経過しているが、2人は一言も言葉を交わしていない。

 固く閉ざされた先生の口は吐息一つ聞こえさせず、極めて精巧な作りの仮面を付けているようにしかリンには思えなかった。

 

「……はぁ」

 

 こんな人に、果たして先生が務まるのか。

 

 外部から来訪した大人など、ここキヴォトスでは希少も希少。それがこんな有り様では生徒たちはコミュニケーションは愚か、挨拶すらままならないのではないかという不安がリンの脳裏を過ぎり、溜め息として表れた。

 

「……すまない」

 

「…え?」

 

 エレベーターの駆動音しか聞こえない密閉空間の中に、突如として混ざる謝罪の声。

 女性の声にしては低めで、一瞬ではあるが『エレベーターの立てた異音か?』と勘違うような声。

 

 驚いたリンが視線を向けた先生の顔は先程と殆ど変わらないものの、少しばかりの申し訳なさが宿されていた。

 

 そんな顔も出来るのか……いや、母親として生きていた時期もあるなら出来て普通か…

 

 あまりに予想外過ぎて、リンは言葉が出ずに頭の中で文章を組み立てるのが精一杯だった。

 

「私は、どうも口数が少なくてね。よく旦那にも、それでは誤解されるとか相手を怯えさせるとか言われていたんだ。直そう……とも思ったんだがどうにも、な」

 

 子供相手に怯えさせて、情けない。

 

 そう呟く顔には申し訳なさと同時に、自分に対する嫌悪感のようなものが含まれていることをリンは見逃さなかった。

 書類にも記載があった。『銃に対するものと同等、あるいはそれ以上の己に対する嫌悪感を抱いている』と。

 

 それを覚えていながら、こうして初対面の数十分後にはその自己嫌悪を再発させてしまった。

 やってしまった、とリンは顔色を曇らせる。

「申し訳ありません、先生。配慮が欠けていました」

 

「いや…これは、私の問題だから。貴女が謝る事じゃない」

 

 頭を下げたリンに投げかけられる声は優しくて、暖かいもの。

 包容感があって、こちらの全てを受け止めてくれるような……彼女も思えば久しく聞いていない、母親のような声。

 

 顔を上げたリンに向けられている表情は柔らかいようにも、少し困っているようにも見えた。

 伸びてきた手が頭頂部に触れ、優しく撫でられる。髪の毛を痛めまいと気遣うような優しい手つき。

 

「ごめんね……娘と歳の近い子に、要らない怯えを与えてしまって」

 

 嗚呼、成程。そういうことか。

 

 母親のようだと思った理由に、リンは至った。

 そもそも論にはなるが、目の前にいる女性は一児の母だった人物だ。母親としての立ち居振る舞いも雰囲気も、纏っている方が普通なのだ。

 

 そして、自分を見る目に含まれる慈愛の感情。

 記録では『10数年前に銃撃事件で子と夫を亡くした』とあり、それならば死亡している子供が生きていたと仮定すればリンと歳は近いことになる。

 

 先生と生徒という関係ではなく、母親と子供という関係としてこの人は自分を見ている。

 だから母親のようだと思わされたのだと、頭を撫でられて恥ずかしいやら嬉しいやらで混乱気味なリンでも理解出来た。

 

「そ、その……恥ずかしいので、やめて欲しいです。頭を撫でてもらうような歳では…」

 

「……そう」

 

 嬉しいけど、やはり恥ずかしさの方が勝る。誰かが見ているとか見ていないとか、そんなもの関係ないくらいにリンの中では羞恥心が勝っていた。

 

 とはいえ、羞恥心を引き起こす原因となっていた先生の手は頭から離れてくれた。

 気を取り直し、先生という人物像を少しでも知ることが出来て気が楽になったリンが話をしようと口を開き、先生の顔を見て固まった。

 

「…先生? 泣いているのですか?」

 

 暗くて深い、深淵のような瞳から流れ落ちる大粒の涙。

 

 恐ろしさを残しつつも、初対面の時と比べて遥かに柔和になったと言える雰囲気を纏っていた先生の双眸は、次から次へと大粒の涙を生産しては垂れ流していく。

 

 当の本人も少し意外だったらしく目元に手を当て、その手を濡らす涙に触れて、困ったように笑った。

 

「娘が生きていたら…あの事件が無くて、或いは有っても無事に乗り越えられていたら…撫でられるのは恥ずかしいからやめてって、そんな風に言われた未来もあるのかなって思ったら……」

 

 ガサツというかズボラというか、ハンカチではなくスーツの上に羽織っているコートの袖で涙を拭いながら先生は笑っていた。

 

「娘は、まだ反抗期すら来ていなかった。お父さんと結婚するって言って旦那を困らせて、気分屋でやりたいことがコロコロ変わって私を振り回して……でも、素直でいい子だった」

 

 ゲームが好きだったの。それも格闘ゲームとかアクションゲームとか……特撮とかも好きだった。女の子なのに、少し変わってるでしょ?

 

 懐かしむような言葉を放つ度に、先生の双眸からはとめどなく涙が溢れ出て流れ去っていく。

 

 ギュッと締め付けられるような、心の痛みがリンを襲う。

 

「あの子が生きていたらって、いつも考えてしまうんだ。そんなこと考えたところで、何も変わりはしないのに……でも、母親ってそう言う生き物なんだよ」

 

 呆れているようで、受け入れているようにも見える。

 

 未だに経験のない母親という立場にたっている人物の姿に、何も言葉が出ない。

 伴侶と子を得て、亡くし、2人を奪った存在に激しい憎悪を募らせ、それでも赤の他人であるはずの自分にすら優しい顔を見せてくれる。

 

 それは大人という存在にのみ許された幸福であり、子供の身では決して経験し得ない苦痛。

 どれほど幸せだったかなんて、辛かったかなんて、大人びた容姿をしているとはいえ未だに子供であるリンには理解も推測も叶わない。

 

 苦しみ、もがき、嘆き……心が折れてしまいそうな経験をしても尚、それすら受け入れ、生きることを諦めないその姿は痛ましくも見えるし、気高くも見える。

 キヴォトスにも大人はいるが、リンが今まで見てきたどんな大人とも明らかに異なるその姿は彼女の目に鮮明に焼き付いていた。

 

 心酔とまではいかずとも、支えてあげたいくらいには思えていた。

 初対面の自分にすら優しくしてくれたこの人が、この先キヴォトスで先生としてやっていけるように支えてあげたい。

 

「……リン。私は、夫と子を銃のせいで亡くした。私だけじゃない、銃に大切な人を奪われた人は数え切れないほど居る。人間は弱いから疑心暗鬼に駆られて怯え、その怯えを誤魔化そうと銃を取り、他者を疑心暗鬼に陥れて怯えさせ、その他者にも銃を握らせる。この負のループを断ち切ろうと色々やったけど、私一人の手では断ち切れなかった」

 

 そう思えてきていたリンの耳が拾った先生の声は、先程までの優しさをかなぐり捨てていた。

 

 低くて、心の底から震え上がらせてくるような怒りと恐怖を感じさせる声。

 

 先程の心の痛みが可愛らしく思えてしまうような、心を握り潰そうとするような痛みに思わず歯を食いしばりながら、リンは先生を見て、

 

「ひっ…!」

 

 短い、悲鳴を上げた。

 

 何か、少なくともリンではない何かを睨み付けるような恐ろしい眼光を放つ瞳を、直視してしまった。

 

「私はね、絶望したんだ。嗚呼、私はなんて無力なんだろうって。嗚呼、あの世界はもうダメだって。人間はもう、銃を手放せない」

 

 そう言うのと共にコートの内側へ手を入れ、取り出したのは古ぼけた一丁の拳銃。

 トリガーに指をかけるでもなく、グリップを掴むでもなく、先生は拳銃の銃身を握り締めた。

 

「文明も言葉も意志も魂も、何もかもが絶滅し尽くさない限り銃を手放すことは無いって……悲しかったよ。失望もしたよ。自殺だって、何度試そうとしたか……」

 

 拳銃を握る手に血管が浮き上がる。

 

 ミシリ、ギシリと拳銃が軋む音が鳴り始め、その拳銃を見下ろす先生の瞳が血涙を流しながら大きく見開かれる。

 

「でも、キヴォトスなら違う。この土地は私がいた所よりも狭くて、それでいて私にはシャーレという強力な後ろ盾と先生という力がある。なら、それなら、この土地くらいは変えられる」

 

 抑揚の無い声は不気味でありながら、気色悪いほどにすんなりとリンの心の中に入ってくる。

 

 コロコロと纏う雰囲気が変容していく異質性が齎す恐怖と、そんな異質性を獲得するに至ってしまった悲痛な過去に対する憐憫が混在する。

 

 それでも、支えてあげたいという気持ちが変わらない。恐れているのに、それを自覚しているのに、支えてあげないと自壊してしまいそうな危うさを無視出来ない。

 

 足が震えている。そこから先の動きが出来ない。

 一歩踏み出して近寄ることも、一歩退いて距離をとることも、リンには出来なかった。

 

「私はこの土地を変える。体が頑丈だからって銃をバカスカ撃ち合うような土地から銃を廃絶する。銃の代わりにミサイルが出てくるのならミサイルも、戦車が出てくるのなら戦車も廃絶する。人を傷付けることしか能の無い無能な産物共を、この土地から消し去ってやる」

 

「そしてこの土地に生きる生徒たちに、安全な暮らしを堪能してもらいたい。命を奪い得る武器を携帯する必要の無い、私がいた土地の子供たちと変わらない、笑って暮らせる生活を堪能してもらいたい」

 

「その為ならどんな手も使う。この体を壊し尽くしてでも歩みを続ける。この命を支払ってでも成し遂げる。それが、私に残された人生で成すべき夢なんだ」

 

 四十路近いのに夢を語るなんて、まだまだ私も若いな

 

 そう言って、先生は握り締めていた拳銃を握り潰した。夫と子の命を奪った拳銃が、その後に持ち主であった銃撃犯の命すら奪った拳銃が、粉々になり床に転がる。

 

 割れた破片が手のひらを切り裂き、突き破り鮮血が流れ落ちているのに、先生は顔色一つ変えずに笑っていた。

 目付きも変えず、口角も上げず、ただ口を開いて乾いた笑いを放っていた。

 

 

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