セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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ピリリと痺れる旨辛煮 #2

セリーヌが深鍋を手に現れるまで、それほど間はあかなかった。

下準備はしっかりしていて、後は具材を調理するだけだったらしい。

 

「おまたせしました!」

「待っていたよ」

 

嘘ではない。あまりにも良い香りがずっと漂っていて、お腹が空いて仕方なかったのだ。

元より空の旅から帰ってきた直後だ。

程よい疲労感と同時に空腹感を持て余してもいた。

そこにきてこの期待感と香りは中々暴力的なものだったといえるだろう。

 

「香りからして、あまり食べたことのないもののような気がしましたが……」

「ふふふ、パス兄はわかるよね?」

「あぁ。……まさかセリーヌがこれを作るとは思わなかったが」

 

マルク殿の疑問も当然だ。

吸熱箱の中身もそうだが、そもそもアレを使った料理はこっちじゃまず見ない。

大陸の各地を旅するパスカルだから知る味だ。

 

「それに鍋が2つ?」

「正直、慣れていないと食べられないかもしれないものでして。2パターン作ってみました」

「なるほど」

「ではオープン!」

 

鍋のフタが開けられ、更に強い香りが広がっていく。

あぁ、この刺激的な香りはやはり。

 

「片方の鍋は赤い……。そして両方に入っているのが、さっき見せてもらった」

「はい、魚と貝。海の幸ってやつです」

「トウガラシに魚介類、どちらもこの辺じゃ食べられないやつだね」

「パス兄のお陰で出来るようになった料理ですよ」

 

嬉しそうに笑うその姿に、パスカルは少し嬉しくなる。

自分の仕事が認められた達成感とでもいうべきだろうか。

或いは良く知っている娘の喜ぶ顔が見れたからだろうか。

それに……。

 

「トウガラシ、というのは辛いのだったか」

「えぇ、南の方では良く食べられているんですが、慣れないと中々食べづらいもので」

「辛さは控えめにはしてみましたけれど、お口に合わなかったらもう一つの方を食べてくださいね」

「あぁ、そうさせてもらうよ」

 

マルク殿には悪いが、自分は結構好きな料理なのだ。

以前にセリーヌに話したことがある。だから用意してくれたのだろうか。

 

「もう一つは塩味で整えた魚介の旨味たっぷりのスープです。貝はこちらに多めに入れています」

「見た目もすごく良いね」

「ふふふ、味も抜群ですよ」

「では失礼して」

 

パスカルは赤い料理から、マルク殿は透明なスープから食べることにした。

 

「ん!……これはたまらないな」

 

取皿に盛り付けてもらい、白身魚とスープをともに口に運ぶ。

魚は例の吸熱箱に入れた結果、不思議なことに凍っていたものだ。

そのお陰かどうかわからないが、普通なら臭くて食べられないはずの魚が港で食べた味と遜色ないモノとなっていた。

いや、どのように調理したかはわからないがセリーヌの手腕によってそれ以上にも感じられる。

彼女のよくいう出汁(フォン)の差だろうか……?

 

「この街でこうして魚が食べられるとは……それにこのピリリとした刺激」

 

パスカルにとっては食べ慣れた味の一つだ。

現地の人間はもっと辛い、見ただけでもはや痛いものも食べているというが、パスカル自身の好みとしてはこの少し辛いぐらいの塩梅で十分ちょうど良かった。

 

恐らくできるだけ辛さは控えめにしているのだろう。パスカルが持ち込んだ香辛料をふんだんに使えば、より辛くすることも十分可能なのだから、意図的なものなはずだ。

マルク殿でも食べられなくはない範囲に、という心遣いなのではないだろうか。

 

文句なく、旨い。パスカルをしても、今まで食べた魚料理で一番と称して異論がないほどに。

 

「流石だな、セリーヌ」

「ふふ、そう言って頂けると嬉しいです」

 

得意げな彼女の顔を横目に匙を進める。

スープが旨い。魚の身もこれほど柔らかいのにグズグズになっていない。

これは間違いなく卓越した料理の腕が成り立たせているバランスで、美味さだろう。

 

「それに、貝もこれほどに汁気に旨味があるものなのだな」

 

港町でも、貝は通の食べ物として知られている。

海魚は良く獲れるし食べられるが、貝はそのついで程度のものでしかないのだ。

漁民の中でも一部のもの好きだけが好むものとして知られ、そしてパスカルもご相伴に預かったことがあるのは数度だった。

 

焼いた貝は悪くなかったが、どうしても新鮮でないと臭みを感じるし、場合によっては腹を下す食べ物だからだ。

それをセリーヌが吸熱箱に入れて持ってきて欲しいと言ってきた際には驚いたものだったが……。

 

こうして食べると、やはり臭みが抜けていてあの独特な味が強調されている。

それだけでなく、コリコリとした食感が面白いものがあればジュワッと柔らかいものまであり、その何れもがスープをふんだんに吸って美味さを倍増させているのだ。

 

感嘆する他になかった。

これなら幾らでも食べられてしまいそうだ。

 

ふと、横目を見ると。マルク殿が唸るようにして感じ入った仕草をしていた。

そちらも旨いのだろう……。

 

「これが煮魚……、といっていいのかな。それに……」

「マルク殿は初めてで?」

「いや、自分も経験を積むために行商の旅に出た経験がある。扱う食材の味を知らずして商人は務まらないからな、港で魚を食べたこともあるが……こんな味だったかな、と思ってな」

「普段食べる魚料理なんて塩漬け魚ぐらいですしねえ、舌が覚えていないのも無理はないです」

 

この辺りじゃ魚を食べるなら、塩漬けにしたものが定番だ。

干したり燻製にしたり、でも食べ飽きた味。

保存性こそ優れているし味も悪くない。だが、それでもそればかりというのはまぁ飽きる。

つまりは、こうした旨みたっぷりの煮魚などまずお目にかかれない。

 

「いや、それもあるが……」

「?」

「食べてみたほうが早いと思う。次は互いに違う鍋から盛り付けてもらおう」

「良いでしょう」

 

自分はちょっと少なめで、とマルク殿が申告しつつ辛い鍋から料理を盛り付けてもらった後に、パスカルはもう一つの塩味の鍋から盛り付けてもらう。

 

そして口にする。

 

「……!ほう、これは」

 

口内に、海が広がった。そして鼻に香りが広がる。

パスカルの脳裏に自分の旅の軌跡、海の傍を歩いて浴びた潮風の香り。

無論、この海の香りは魚介類から煮出されたものであることはわかっている。

先程食べた旨辛煮も素晴らしいものだった。

だが、これはまたそれとも違う味わいだ。

 

ここまで濃い海の味。これはいったい。

 

「魚介の旨味たっぷりの潮汁です。最高でしょう?」

「あ、あぁ。だがこれはいったい」

「貝出汁も勿論なんですが、やっぱりパス兄のお陰です。海藻とか、以前から持ってきてもらってたでしょう」

「あれか……」

 

海藻は、食べないわけではない。だが、揚げて食べるのが一般的で、このようなスープに入れるのは聞いたことがなかった。

吸熱箱が出来る以前から、セリーヌは不思議と乾燥した海藻を欲しがった。それなら遠方からでも運べるからと。

 

「海藻から得られる出汁は、非常に魅力的なんです。そして魚介出汁とも相性がいい。色々やっててちょっと味は濃いかもしれないけれど、美味しいでしょう?」

「あぁ……この旨辛煮というのも含めて、凄いな」

 

これほどまでの海の味をここで食べられるとなったら。

また評判になるだろう。塩漬けの魚しか知らない人間からしてみたら、価値観が変わるほどの味ではないだろうか。

 

(しかしこうなると)

 

パスカルは脳内で考える。旦那様にも報告が必要な案件が一つ増えた。

元より、自分の役割はここへの食材供給と。セリーヌの様子を見守ることなのだ。

彼女が作る料理で気になることがあれば報告してほしいと頼まれている。

 

初めは大げさだと思っていたが、今なら頷ける。

彼女の料理は商売の種になるし、場合によっては騒動の種にもなるだろう。

魚料理の概念を変えかねない吸熱箱という発明と、これらの汁料理。

 

ただ美味いと感嘆できるものではなくなっていた。

だがまぁ……。

 

「もう一度旨辛煮を貰えるかな? どちらも強烈だが、やはりアレはクセになる刺激だ」

 

今はただ、美味いものをただ楽しもう。

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