セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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なんちゃってトンテキ #2

「お待たせいたしました。なんちゃってトンテキとスープです」

 

ようやく来た。

給仕の少年が、マルクとレオナールのもとに料理を運ぶ。

 

「待っていたよ」

「むう……」

 

木皿に載せられた塊肉を見やる。

熱々の内に運ばれているからだろう、肉からは煙がもうと立ち上っている。

そして、鼻孔をくすぐる甘く香ばしい香り――。

思わず唸らずにはいられない。空腹が刺激されてしまう。

ゴクリと喉を鳴らしながらも、真っ先に手を付けるような失礼な真似はできない。

いい大人としての人生経験が、マルクの理性として働いた。

 

「レオナール。頂いても?」

「もちろんだ」

 

ホストに許可をもらい、そして彼に続いて手を伸ばす。

食べやすいようにだろうか、幾つか刃が入れられているようだ。細かなことだが、こういった配慮は中々出来ることではない。

色味のあるソースがかけられていて、これがこの芳しい香りの一端を担っているのだろう。

付け合せらしき野菜まで横に添えられている。口直しのためだろうか。

 

とてもではないが、町中の料理屋で出すものとしては手が込みすぎている。

 

(まずは一口……)

 

がぶっと食らいつく。やはり肉はかぶりついたほうが美味しい。

 

「これは……!」

 

思わず唸る。なんて濃厚なソース。なんて柔らかい肉。

そして、滴るような肉汁!

マルクはこの都市に店を構える有数の商人だ。その身代は大きく、貴族との商いだってしている。

そんな自分だからこそ断言できる。やはりこれは、こんな場所で食べられる料理ではない。

貴族の宴でメインに饗された、と言われてもうなずけるほどの味わいだ。

 

「むむぅ……」

 

暫し肉を咀嚼しながら考え込む。

この肉はどこから仕入れた? このソースはどうやって作られた?

そもそもこの都市の市場で手に入る豚など程度がしれている。

確かに豚は飼育もしやすく安定して手に入る。

だが近隣の農村から運ばれ、一般に手に入る豚など、都市で売るまでの間に痩せて美味くないのが相場だ。

だから、ここらじゃダンジョンから手に入る魔物肉の方がよほど美味い。そんな風に揶揄されるぐらいで。

マルクが知る中で上等な豚を卸す業者でも、ここまでの肉は取り扱っていない。

 

(豚と偽って何か別の肉を使っているのか……?)

 

だとしても。これほど柔らかく、汁気もたっぷり含む肉とはなんだ?

見当がつかない。調理方法だけでなんとかなる範囲を超えているようにも思われる。

それに仮に何か偽っていたとしても、これほど美味いものが提供されるなら客の殆どは気にしないだろう。

だが、マルクとしてはどうしても解決しなければならない課題だ。

レオナールの話が食材についての相談であるならば、同等の食材を仕入れなければならない。

 

「もう一口……」

 

それにこのソース。甘辛く、妙に後を引く味。

こんなに凝った味付けは初めてだった。

これが「なんちゃってトンテキ」とかいう変わったメニュー名をわざわざ付けた意味なのだろうか。

確かに、これはただの炙り焼き(ロースト)とは区別すべきだろう。これに比べれば、塩胡椒だけで味付けられた肉など、遥かに味気ないものだ。

 

「スープは……おぉ、具がいっぱいだ」

 

根菜が幾つもゴロッと転がったスープ。これは嬉しい。

ドロドロになっておらず、形を保っているのに口に含めば十分に柔らかい。

これはやはり料理人の腕だろう。

味もただの塩味ではない。色味が薄いというのに、濃厚な澄んだ旨味が感じられる。

具材がこれほど入っているのに味に濁りがないというのは驚嘆を禁じえない。

 

「如何ですか?」

 

鈴のような声が耳に響いた。

 

「む? あぁ、セリーヌ嬢か。久しいな」

「えぇ、ご無沙汰しております。おじ様」

 

知らない仲ではない。レオナールが恐らく呼び寄せ、マルクに声をかけさせたのだろう。

しかし、この線の細い少女が目の前の料理を作ったとは。

にわかには信じがたいことだが、なにせ目の前で調理風景を見てしまっている。

信じるしかないし、称賛を送るほかなかった。

 

「想像以上だよ。正直なところ、レオナールの身びいきが過ぎるのではないかと思っていたが、実際に出てきたこの料理は本当に美味い」

「ふふ、有難うございます」

 

柔和な笑みを浮かべる少女に、思わずバツの悪い思いになる。

腕を信じていなかったと言われても、このように応じられてしまっては立場がない。

 

「幾つか聞かせてほしいのだが」

「はい、何でしょう?」

「本気で店をやりたいと?」

 

眼の前の少女は一瞬目を瞬かせたが、問われた意図を汲み取ったようだ。

笑顔で手を叩いて答えた。

 

「はい。実家からは元々私に付いてくれていたダニエルだけ来てもらって、後は私の力で頑張りたいと」

「誰かに料理の師事を?」

「実家の料理長……とだけ言っても納得はしてくれないでしょうね」

「まぁ、正直な」

 

レオナールに招かれて食事を共にしたことは何度もある。

豪商に見合った食事ではあっただろうが、こんな料理は食べたことがなかった。

ホーク商会に雇われているコックの腕が悪い訳では無い。寧ろ、この娘の料理が異質なのだ。

レオナールの話を信じるとしても、祝福(ギフト)だけでここまでになるのか。

 

「私の祝福(ギフト)は『神の手』というものです。食材の状態を最適なものにしたり、適切な調理法を知ることが出来るんです」

 

それだけではありませんが、と微笑む少女。

その手が特別なことは、実際に料理を食べた今なら疑いもない。

 

「その結果生まれた料理の一つがこれと?」

「そう思っていただければ」

「特別な食材を使っているというわけではないんだね?」

「今日市場で仕入れた豚や野菜を、そのまま使ってます。……調味料は、自家製で特別ですが」

 

正直なところ、信じがたい話だ。

だが、それを置いておいても言えることがある。

スープの入った器をテーブルに置き、マルクはため息をついた。

 

「ダニエルというのはこの少年のことだろうが、二人だけでやるというのは不味いな」

「マルク、お前もそう思うか」

「レオナール、他に人は出せないのか?」

 

この娘の料理は『美味しすぎる』。

街で評判を博すのも時間の問題だろう。

そうすれば、子供と言って差し支えない2人だけで切り盛りするのは明らかに無理がある。

高級志向にするなら別だが、この料理を見る限りではそういうことは考えてなさそうだ。それならより高級な食材を使ったものを出したほうが良い。

 

それに、ホーク商会の色が薄くなりすぎるのも問題だ。彼女の料理に価値を認めた人間が、何か良からぬことを企むとも限らない。

 

「何度か言ってるのだがね。いかんせん強情だ」

 

その厳しい顔つきで、困ったように眉を下げるレオナールにマルクは苦笑する。

あの『強面』レオナールも愛娘には敵わないらしい。

もちろん、裏から支援したり彼女を守るぐらいのことは考えているのだろうが。

 

「商会とは別に人を雇う計画はありますが」

「それとて直ぐに、ではないだろう?」

「それは、まあ」

 

困ったように頬に手を当てるセリーヌ嬢に、マルクは苦笑する。

 

「悪いことは言わない。ここは素直に支援を受けておきなさい。私からも、ツテを辿って人を探しておこう」

「……宜しいのですか?」

「もちろんだ。それに、必要な食材についても協力すると約束しよう」

 

大きく頷く。これほどのモノを出されたのだ。

商人としては一枚噛むのは吝かではない。

寧ろ――

 

「レオ」

「おう」

「完敗だ。細かい話を詰めようじゃないか。個人的な感情だけじゃない。商人としてもこの料理に価値を認めないわけにはいかない」

「そうだろう?」

 

くつくつと笑うレオナールに、降参の意を込めて両手を挙げる。

セリーヌ嬢も安心したのだろう、クスクスと控えめに笑い、場の空気が弛緩したものとなったのだった。

 

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