セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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旨みしみ出す絶品ダブル鶏鍋 #4

次にセリーヌはダニエルと名乗る従者の手を借りつつ大鍋を手に運んできた。

 

「あまりコースとしては品数は少ないかと思いますが、次はメインのダブル鶏鍋です。是非召し上がってください」

「鶏鍋、ということでしょうか」

「はい、そう思っていただいて構いません」

「去勢鶏ではないのですよね?」

「流石に手に入れるツテがありませんでした。ご容赦くださいませ。ですが、こちらの鍋には親鶏と若鶏、二種類の鶏が入っております」

 

アンヌ=マリーはなぜだか知らないが、安堵した。

鶏肉は貴族の間でもメジャーな食材だ。恐らく頑張って確保したのだろうが、それでも最高級の肉を用意までは出来なかったらしい。

心の何処かで、これはどこかの貴族が糸を引いているとかで、自分に阿るためにセッティングされていたのでないかなどと、荒唐無稽なことまで考え始めていたからだろう。

もしそうであったなら、ここで手を抜く必要はない。

 

「けれど、親鳥?いわゆる廃鶏のことですわね。固くて食べられないんじゃ……」

 

卵を産めなくなった鶏。

勿体ないと食べる地方があることは知っていたが、それでも硬すぎて食べるのに苦労すると耳にしていた。

あまりに年月が経ちすぎた鶏の肉は非常に硬く、調理できたものではないというのが常識。

それを、彼女はメインの料理に使ったという。

 

「やはりそう思われますか?ですが一度お試しください。もしご期待に沿えなければ、どのような罰でもお受けします」

「……(わたくし)は非公式で来ている身。そのようなことはしませんよ」

 

不敬にも思われた物言いだったが、アンヌ=マリーは流すことにした。

それだけ自信がある、ということであろうし自分がそこまで気にするタイプでもなかったからだ。

それよりも、あのサラダを出したこの料理人が自信をもって提供するメインというものに興味がある。

 

鍋を見ると、中には鶏の骨付き肉と野菜がこれでもかと入れられていた。

それだけではない、何やら茶色く丸いものも浮いてみえる。

スープの色は茶色くそれでいて、澄んだものだ。

これだけ具材を入れて煮込んで、濁っていないのが不思議に思われた。

 

更にはどのようにしているのだろうか、運ばれてきた鍋の下には火の着いた魔導具があり、グツグツと煮えた状態が維持されている。

この熱のある料理というだけでも、間違いなくご馳走の類ではあるだろう。

 

シリル様の喉からゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

無理もない、とアンヌ=マリーは聞かなかったことにする。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

従者の少年から幾つかの具材が取り分けられた小鉢を渡される。

やはり澄んだ色のスープ。そしてクタクタに煮込まれた野菜と香り高い鶏肉。

 

「……」

 

まずは一口。そう思い、スープから口にした。

そして、固まる。

 

「アンヌ様?」

「……」

「アンヌ様……? もしや、毒でも!?」

「あ、あぁ。いや。そうじゃないわ。そうじゃない」

 

そもそも先のサラダもそうだし、きちんと毒見はしてもらっている。

更に連れてきた魔法使いが解毒の魔法を必ず唱えている。最悪の事態は起こりえない。

 

「では、どうされたのです」

「……なんといえばいいか」

 

アンヌ=マリーの鋭敏な舌は今の一瞬で膨大な情報を受け取った。

それ故に、それを言葉にできないことが酷くもどかしい。

 

「シンプルにいえば、『美味しい』と『信じられない』なのですけれど……」

「それほどまでに?」

「それほどまでに」

 

アンヌ=マリーは権力者であり、そして美食家だ。

他国から嫁いだ父から受け継いだ食道楽と食文化への熱意は王族の中でも誰にも負けない自負がある。

だからこそ、お抱えの料理人を重用し、また自身でも文献を紐解き、地方の料理についての情報を集め、趣味については随分と熱意をもって取り組んできた自覚があった。

だからこそ、『信じられなかった』。

説明できない味が、ここに。こんなところにあることに。

 

「……悔しいですわね」

 

その一言に、彼女の思いは集約されていた。

恐らく誰が食べても美味しいと言うだろう。だが、それだけ。

この料理に凝らされた技巧と熱意は恐らく、自分さえも圧倒するもので。

 

ならば自分こそが百の言葉をもってして、言葉にすべきだと言うのに。

それが出来ないことに、気付かされてしまった。

でもわかったことは口にすべきだ。それが料理人への誠意。

 

「……このスープは、鍋から出た味だけではない。予め用意されたベースがある」

「あまりに澄んだ味は丁寧に処理された証。味がボケていないから、舌に届くのは完璧な旨味」

 

続けて、野菜を口にする。

白菜を食べれば味が良くしみていながらも、確かな歯触りがかえってくる。

ネギを食べればとろっとした感触とともに口の中に香りと鍋の味が広がる。

 

「煮崩れしていない。長く煮込めば溶けてしまうような野菜まで形を残している。適切なタイミングで入れて、ただ長く煮込んだわけではない証拠。勿論、味も抜群。特にこのネギは極上ね」

 

骨付きの鶏肉を口にする。

 

「これは若鶏。それであるのに、この濃厚な旨味のあるスープに煮込まれたことで食感だけでなく味わいまで進化している。決して他では食べられない贅沢な味」

 

茶色く丸い、小さくも目立つそれを口にしてみる。

するとどうしたことだろうか。鶏肉の味がブワッと口の中に溢れ出た。

更に柔らかめとはいえ十分に肉肉しい食感と、軟骨が入れられているのか、骨のコリコリした食感が楽しめる。

これは肉をミンチ状にして丸めたものと、アンヌ=マリーは察した。

 

「これは……」

「あ、つみれですね。親鶏をミンチにしたものです。あれだけ硬い肉でもこうすると柔らかく、それでいて味わいも食べごたえも若鶏とは一線を画したものになるでしょう?」

 

ミンチにしたとはいえ、意図的に粗粗しくしているのか。

この肉を食べている、という感覚とそれでいて食べやすいという矛盾はなにか不思議な体験で、それでいて味も抜群だった。

歯を少し立てれば噛み切れる、この食感はなかなかクセになる。

それにこれは――これだけ強い肉の風味は、鍋の味にかなり影響を与えているはずだ。

 

「……これが、親鶏。硬くて食べられない身でもこうすれば食べられる、まさにその通りね。――肉自体が持つ味が若鶏の比じゃないのね。この鍋の味を決めているのはこの食材、か」

「はい。ご慧眼の通りです。若鶏だけではこうはなりません」

 

それだけじゃない。

たっぷりと入れられた具材の中には茸が混ざっており、それらも野趣溢れる風味と共に強く、しかし調和した主張をしている。

すべての具材が僅かに溶け合い、そしてそれらの味が喧嘩せずに昇華されている。

ただ煮込んだだけではない。料理人の腕が光る一品。

 

「ふう……」

 

一通りの具材を口にした後、思わず天を仰ぐ。母に見られたらはしたないと窘められるであろう所作だが、それでも堪えられなかった。

鍋の熱が乗り移ったかのように身体に火照りを感じている。

これは実際に身体が暑いということもあるが、興奮や感動といった情動によるものもあるだろう。

 

具材をよそってくれていたセリーヌは笑みを絶やさない。

まぁ、これほど夢中になって食べたのだ。それを見せてしまったのは恥ずかしくはあるが。

 

シリル様はかのデザートを天の菓子と称されながら献上されたという。

だが、これこそまさに、極上の。天に居るような心地で食せる料理ではないだろうか。

それほどまでに、アンヌ=マリーはこの鶏鍋に魅了されていた。

 

ふっと気がつくと。シリル様に見つめられていることに気がついた。

 

「……シリル様。我を忘れておりました。お恥ずかしいところを」

「いや、アンヌ様。実にこれは美味しいですね。夢中になって食してしまう気持ち、良くわかります」

 

大きく頷きながら、彼もまたつみれを口にする。

 

「それに、あれほど美味しそうに食事をされる様子。こういってはいけないのかもしれませんが……とても愛らしく、可憐に思えました」

「う、本当に恥ずかしい……」

 

アンヌ=マリーはやってしまった、と顔を覆う。

しかし、未来に嫁ぐ相手からそのように言われること自体は嬉しく思うもので、気分の悪いものではなかった。

 

「しかし……去勢鶏よりも強く旨味を感じてしまいますね。信じられない」

「ええ、食感や肉の質感を考えると間違いなく普通の鶏なのだけれど。こうまで上手く調理されると、その差はそれほど大きなモノではないと痛感させられますわね」

 

全ては料理人の腕か。そう内心で独りごちるアンヌ=マリー。

しかし、鶏鍋か……。

 

「シリル様の領地に嫁いだ後、皆がこうして鍋を食べられるようにしていきたいですわね」

「……あぁ、そうだな。流石にこれは美味しすぎるというか、やりすぎだが」

「宮廷料理にも負けない……どころかそういう方向性のものじゃないですものね。勿論この店を除いた話です」

 

苦笑する。

けれど、そう。若鶏でも廃鶏でも良い。

鶏を使った鍋ぐらいは偶の贅沢として食せる。折角領地持ちの貴族に嫁ぐのだ。

それぐらいのことは目標にして(まつりごと)をする、というのは悪くないことだろう。

 

何となく。本当に何となくだが、ふとそう思ってしまったのだ。

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