セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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閑話 #1 ダニエルとの試食会(1)

セリーヌは日々自分のアイデアを形にし、メニューに追加していっている。

だがその過程で一つだけ外せないものがある。

 

「トンテキにジビエシチュー、洋風おでん! おまちどう!」

「配膳なら僕がしますのに……」

「良いの良いの、いつも働いてくれてるんだから」

「もう……」

 

給仕のダニエルとの試食会だ。

セリーヌが持つ舌の基準は実は曖昧な部分がある。

鋭敏な舌を持ってこそいるが、彼女だけが持つ記憶のせいで、この世界(・・・・)の人間と異なる基準になってしまうのだ。

ある程度自覚的に寄せることは可能だが、やはり細かいところで自分の舌に信用が置けなくなるというのは、中々悩ましいことだった。

他の知人にも良く試作を振る舞う理由の一つに、そういった様々な舌に試してもらうという意図もあるのだ。

 

その上でダニエルの出番だ。幼い頃から自分とともに育ち、自分の料理を知ってくれているが、自分のように本来ない記憶によるノイズがない意見が聞ける。

 

勿論彼の舌とて全幅の信頼をおける訳では無い。年齢も変われば人種まで変わる店の客たち全てに美味しい料理を提供するためには、考えるべきことは数多い。

だが信頼できる基準の1つにはなる。だからこそ、積極的にこうした機会を持つようにしているのだった。

 

「それじゃ、トンテキから……」

「食べ慣れてるメニューだものね。ちょっと改良してみたから改めて食べてみて」

 

こくり、と頷き、肉を口にするダニエル。

すると、暫く味わった後、深く何度か頷いた。

 

「流石ですね。より柔らかく、美味しく仕上がっている。それに野菜の香りかなにかが付けられてる?」

「パス兄が見つけてきてくれた食材の中に、玉ねぎに近いものがあったの。それを摩り下ろして漬けてみたのよね。やっぱりこっちのほうが美味しいかな?」

「えぇ、甘みも増している気がします」

「そっか。じゃあできるだけこっちを出すようにしたいね。パス兄に相談してみる」

 

自分の舌と知識、経験から。多分こちらの方が美味しいだろう、というのはわかっている。

それでも、自分でなく他人(ダニエル)の口から聞くことに意味があるのだ。

こういってはなんだが、適度に素人の人間の舌を参考にすべきことは多い。客の大多数はそれに該当するからだ。

 

(できるだけ美味しいものを。そう思っても、逆に馴染みがなさすぎて美味しくない……なんて最悪だものね)

 

セリーヌは痛感している。人の味覚とは、文化や歴史、地域性といったものに支配される。

セリーヌが美味しいと感じるものは他の人も美味しいと感じてくれることが多い。だが絶対ではないのだ。

自分の記憶から「こういう味は美味しい」と思っていても、それが他人からみるとただの未知な刺激でしかない。そんなことは幾らでも起こりうることで、避けるべき事故だった。

 

「それにしても、良くこれほど柔らかく肉汁を含んだローストを作れますね」

「以前も言ったけど、茹でて焼いてないからね」

「確か、肉汁が逃げてしまうし、茹で方によっては硬くなる……でしたか?」

「そうそう」

 

セリーヌがこっちで最初に驚いたことの一つだった、と遠い目をする。

知識としてはどこかで聞いたことがあった気がする。かつて遠い異国で、一時代には「茹でる」ことが洗練された技法として信じられ、ただ「焼く」ことは野蛮とされたことがあったと。

 

その結果、この辺りの炙り焼き(ロースト)というのは、どうにもセリーヌからするとイマイチだったのだ。

勿論茹でることが全て悪い訳では無い。下茹でという工程を踏むべき料理もあるし、肉を茹でてから焼くにしても、茹で方を工夫すればまた変わってくるだろう。

工夫すれば悪くないものは十分作れたろうが、そもそも適切に焼いてしまうのが一番良いのだ。

 

茹でる工程を必要とする調理法や食材を選択するなら、無論別だが。

 

「柔らかいものが良い、とは限らないみたいだけれど。ことお肉に関してはジューシーさがあることも手伝ってか好評なのよね」

「そうですね。ちょっと歯ごたえが物足りないという意見もあるかもしれませんが、これについては味が良いですから」

 

客から聞いた意見の一つに、血の味がしないというものがあった。その時も驚いたものだったが、どうやら茹肉の味気なさを解消するためにか、意図的に鶏などの血を塗りたくって焼く技法があるらしいのだ。

これはこれで面白い話だとは思う。

だが、セリーヌとしては美味しくなるとはあまり思えなかったので、採用はしなかった。

 

おそらくは、血抜きをしない肉や鮮度が落ちた肉の臭みを誤魔化すのにスパイス代わりに用いるのだろう。

だがセリーヌは、可能な限り血を抜くようにしているし臭みを感じさせないために幾多もの工夫を重ねている。

それと逆の技法は、取りづらいというのもあった。

 

(もしかすると、肉の鮮度や臭みの問題で癖があるから、それを取り除くために茹でるという工程があるのかしら。だとしたら、場合によっては有効なのかもしれないのね……)

 

「良いものを作れば良い、とはいうけど難しいものよね」

「そうですね、お嬢様の作るものでしたら大体美味しいと思いますが、偶についていけないこともありますから……」

 

悩ましいが、料理好きとしてはそうして悩むことも嫌いではなかった。

ただまぁ、考えるところが多くなるのも仕方ない。そんな話だ。

 

「シチューとおでんもとても良いと思います。寒い時期ですし、温かい煮込みやスープは重宝されるかと」

「そう、良かった。味が変ってことはない?」

「この深い味わいは初めてですが……不思議と美味しいです」

「良かった……この様子なら出汁の概念は通用しそうね。魔導コンロを作ってもらった甲斐もある」

 

ホッと胸を撫で下ろす。セリーヌが抱いていたもう一つの不満が、煮込み料理が素朴過ぎることだった。

折角料理屋で提供するのだから、少し凝った物を出したい。

そんな欲が出てきたのは否めないが、それ以上に自分が出汁の効いた食べ物を食べたかったのだ。

 

大鷹ライダーのパスカル――パス兄のお陰で、海藻などを用いた出汁も目処は立っているが、この辺りの料理様式に合わせるなら西洋風の出汁を用いるのが適切だろう、と考えていた。

ジビエシチューの為にウサギ肉と香味野菜を炒めてから煮出した褐色のフォン・ド・ジビエ。

洋風おでんの為に野菜と鶏肉から煮出したブイヨン。

 

まだまだ試行錯誤の中で出来たものだが、セリーヌが見た限りこの世界では刺激が強すぎる懸念があった。

 

素材の味が溶け出したスープを有難がるのは、西洋では近世~近代に生まれた概念だ。

セリーヌが知るのは庶民の料理でしかないが、仮に宮廷では親しまれてるとしても最新を行くものであることは間違いなかった。

 

「パンに浸しても美味しいでしょう?」

「はい、文句なく。これは人気が出るでしょうね……」

 

セリーヌはダニエルの反応に手応えを感じた。

これならいける。

それに、もし問題があったらその時考えれば良い。

その試行錯誤こそが楽しいのだから。

 

「いつかはコンソメとかも出してみたいものね」

「コンソメ、ですか?」

「そう。透き通った琥珀色の、芸術的なスープよ」

「このおでんのスープが綺麗になった感じですかね?」

「ま、そんなところ」

 

流石に手間がかかりすぎるから、何か方法を考えるかここぞという時に作ってみるか。

それしかないけれど。

でもまぁ、あれこれと作りたいものを考える時間というのは幸せなものだった。

 

「さ、午後の営業も頑張るわよ」

「はい!」

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