セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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たまねぎの冷製スープ

その知らせを受け取った時、王女アンヌ=マリー・デュシェフィーヌは書斎で羊皮紙を捲っていた。

 

「アンヌ様、大鷹に乗った殿方がこれを持ってきたそうです」

「あぁ、来たのね。待っていましたわ」

 

手に持っていた本を机に置き、声をかけてきた侍女に視線を向ける。

その両手には銀色の箱のようなものが抱えられていた。

それを確認して、アンヌ=マリーは目を細めた。

 

「……何度見ても、この箱の中に冷気が詰まっているなんて想像できませんわね。魔導具とは、そのようなものではありますが」

「危険なものではないのですよね?」

「えぇ。あまり冷たすぎてもいけないとか聞きましたわ」

 

その辺りは試行錯誤して、しかもセリーヌの店では何種類も用途に合わせて置いているという。

それもそれで興味はあったが、今はひとまず箱の中身のことだ。

アンヌ=マリーは同時に届けられたという手紙に目を通し、その後箱の中身を確認する。

 

「運んできてくれて有難う。ちょっと待っててちょうだいね。料理長に伝言をお願いするから」

「あ、はい」

 

料理長には事前に話をしているが、(わたくし)が市井の店に魅了されたことを伝えると半信半疑なようだった。

無理もない、自分でも食には大分うるさい方だと思うし、私と料理長は互いに宮廷料理の最先端、その文化と流行を作り出しているという自負もあった。

大分色々とお願いすることが常であるし、それに応えてくれる彼の腕のことは心底信頼している。

だがそれでも、彼女とあの店は特異点とでもいうべき存在なのだ。

 

得られるものは貰い、学ぶべきところは学び、盗めるところは盗んで欲しい。

これも権力の悪用というものだろうか。アンヌ=マリーはそんな益体もないことを考えた。

 

※ ※ ※

 

期待に胸が踊り、読書に集中しきれなかった後の昼食。

テーブルの上に少しだけ深いスープ皿が置かれた。

 

「これがそのスープです」

「有難う。貴方は試食されましたか?」

「はい。先に頂くのは恐れ多かったのですが……」

「伝言した通り、気にしなくて良いのです。何より貴方の正直な感想を伺いたかったですし」

 

厨房に髪の毛が落ちるのは嫌なのです。

そう言って、頭を丸めている禿頭の料理人にアンヌ=マリーは意見を求めた。

勿論、自分の舌でも味わって考えるが、実際に手を動かすのは彼であるし、何より彼も専門家(スペシャリスト)だ。

その言は傾聴すべきであると、アンヌ=マリーは考えていた。

 

「正直なところ、キャラメルソース、でしたか。あのソースのレシピを伺った時も、試した時も信じられない思いではありましたが。こうして実際に口にしてみると痛感いたしますね。スープやソースについては、水を大きく空けられているように思いました」

「貴方でもそう思いますか」

「そもそも何か、根本的なところで違いそうです。あまりにも味が洗練されすぎている(・・・・・・・・・)

 

彼が言うにはこうだった。

吸熱箱という技術で冷やして届けられたもの、それをそのまま口にしてもこれほどの差を感じるということは恐らく実際の店で提供されているものは更に洗練されたものであろうと。

それは発想だけでは足りない、何か経験か知識。根幹にある何かが異なっていて、それがない限り再現することは難しいだろうと。

それこそが料理人の技量というものではあるのですが、悔しいながらもこの料理人に自分が及ばぬところがあることは認めざるを得ません、と。

 

「スープやソースでしたら冷蔵や冷凍で送ることもできる、と聞いたので試しに送ってもらいましたが……。貴方からもそのように意見を聞けたのは良かったです」

「自分も嬉しく思います。まだまだ美味な料理は生み出せる。或いはその境地を知るものが、この国に居る。……そう思うと面白く思います」

「ふふ、悔しさだけじゃなくそう思う貴方は、好ましく思います。そんな貴方だからこそ、きっとこの交流から得られるものも多大なものであるはず。何かあれば私に言いなさい。うまくやっていきましょう」

「有難うございます!」

 

勿論、セリーヌにとっても利のある形にはせねばならないだろう。

あの娘が望むもの、それは安定であるはずだが、それ以外に何か望むものがあれば協力したいと思う。

レシピなどに興味を示すかは分からないが……食材など集めてやれば喜ぶだろうか?

 

「そういえば、今回のスープは冷たいとか」

「はい。冷たいスープ、など考えたこともありませんでしたが……これが想像以上のものでした。温度が違うと味の感じ方が違うはずなのですが、これはこの温度で食べることを計算されている」

「なるほど。塩気が抑えられている?」

「はい、丁度いい塩梅になっておりましたよ。それに少し、指示どおり軽く黒胡椒をかけました」

 

スープを改めて見やる。

湯気が立っていない、それも具も見えない、白いスープ。

それは、新奇性を好むアンヌ=マリーをしても不思議な料理だった。

 

匙を入れれば、スープには少しばかり粘性があるように思える。

 

(ですが、料理長も絶賛したものです。美味しいはず)

 

「はむ……」

 

口に入れてみると、やはり少し冷たく。その温度に驚かされる。

冷めきった食べ物とかではなく、そもそも少し冷やされた食べ物。それもスープである。

新たな食体験として、これほど面白いものもなかった。

 

「具はないけれど……すごくまろやかで味が濃い……」

 

具がただ煮込まれて溶けたわけではないだろう。それにしては味に雑味がなさすぎる。

あまりに澄んだ味、野菜の美味しいところだけを掬い取ったような甘味。

それにこの味は、恐らく牛の乳だ。

牛の乳というのはこのようにして食べるものなのか。

チーズの印象ばかりが先行しているが、考えを改める必要がありそうだった。

 

「黒胡椒も良いわね。アクセントとして散らすのは正解。その塩梅は流石ね」

「有難うございます。とはいえ、このスープを作った本人の功績に比べれば、1割にも満たぬ仕事でしょう」

「けれど、失敗しては……或いはスパイスだからと使いすぎる考えの者であれば、このような繊細な料理の仕上げは出来ないでしょう。常識に固執してスープを温め直しさえしたかもしれない。そう思えば、今ここで私に料理を提供した貴方自身にも、功績は十分ありますとも」

「恐縮です」

「複雑かもしれないけれどね」

 

くすり、とアンヌ=マリーは笑みを浮かべる。

スープを改めて口にすると、元となった野菜について思いが向く。

 

「この香りと甘味が玉ねぎから生まれているのね……」

「牛の乳と玉ねぎ、ですか。その組み合わせからこのような料理になるのですね」

「全く、不思議なこと」

 

これは手紙で聞きたいことが増えたかな。

そう、アンヌ=マリーは考えた。

 

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