セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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パリパリ皮の鯛のポワレ #1

元教皇候補で現ただの信徒なマルガレータがなんとなしにダンジョン都市ペアリスを散策していたときのこと。

ここで聞こえるはずのない声が耳に届いた。

 

「ですから、ギルドの場所を知りたいのですが……」

「いや、ギルドは門の近くだから門衛に聞いてみなって。ちょっとここからじゃ遠いよ」

「ううむ、なるほど。門ってどちらでしたっけ?」

「あんた、方向音痴なのかい……?」

 

ゆったりとした服を着ていても、なお線の細い印象を受けるシルエット。

遠目からでも幼気に見える童顔。

人々に柔らかな印象を与える、言い換えれば侮られやすい柔和な雰囲気を持つその男は、ここに居るはずがない存在だった。

 

「ニコライ?」

「あ、マルガレータ様!」

 

声をかければやはり、その男は知った相手だったようで。

ぱぁ、と地獄の中で神でも見出したように表情を明るくした。

 

「こんなところで様付けしないの」

「おや、聖女様のお知り合いですか?」

 

嗜めると、道を聞かれていたのであろう婦人が、マルガレータのことを聖女と呼んだ。

マルガレータは思わず顔を顰めそうになりつつも軽く頷いた。

 

「えぇ、知り合いだけど。聖女様?」

「? はい、教会で良く子どもたちと遊んであげてくださっていますよね?それに、神父様も聖都から来た偉い聖女様だと」

「あー、うん。今はそうでもないんだけれど、状況はわかったわ。ありがとう」

「はぁ」

 

聖都から来たのは確かだし、それなりの立場に居たのも確かだ。

だが今は違うはずで、神父にもそのことは言っていたはずなのだが。

思わず頭を抱えそうになるが、何とか堪えてニコライに視線を向ける。

 

「それで、あなたはなんでこんなところに居るのよ」

「なにってマルガレータ様を探しに……」

「うーん?」

 

マルガレータは首を傾げた。

きちんと置き手紙もしてきていたし、聖都とはその後も手紙でやり取りはしていたはずだ。

そうして一時的な自由を得たと思っていた自分としては、こうして探しに来られることは想定していなかった。

 

「まぁ良いか。マダム、そういうことみたいですので」

「えぇ、探しびとが見つかって良かったわね」

 

手を軽く振りつつ、その場をニコライと共に後にする。

そのまま歩きながら話を促す。

 

「それで?なんで追ってきたの」

「なんでって、あんな置き手紙一枚で出てっちゃって。心配したんですよ」

「わたしを?あなたが?」

 

いけないな、と自覚しながら少しばかり声色に棘が混じった。

軽く静心の加護を自分にかけて、一つため息をついてからマルガレータは口にした。

 

「ま、そうして追ってきてくれるのは悪い気はしないけれどさ。後輩くん」

「……懐かしい呼び名ですね。先輩が指導役になってくださった頃はそう呼んでくれてましたっけ」

「はぁ~~~~~~」

 

別に、聖都が嫌いなわけでもない。

教会の組織に思うところがないとはいわないし、法力主義も行き過ぎだとは思っているが、マルガレータ自身はそれなりに信仰もあるし、教会に所属していること自体を否定する気もない。

だが、少しばかり疲れたというか。糸が切れたというのが正直なところだったのだ。

 

そんなところで、自分を慕う後輩などが現れては、どうにも心が揺れてしまう。

 

「ま、いいわ。詳しい話は落ち着いたところでしましょう。ニコライ、お腹は減ってる?」

「え、えぇ。まあ。つい先程こちらに来たばかりで、まだ宿も決めかねているところです」

 

ならちょうどよいか。

 

「そ。なら付いてきなさい。良い食事処を教えてあげる」

「食事処、ですか。宿ではなくて?」

「そう、食事専門の良い店があるのよ。折角なんだし、付き合いなさい」

「ぜ、ぜひ!」

 

※ ※ ※

 

「いらっしゃいませ」

「2人だけどあいてる?」

「えぇ、大丈夫です。こちらへどうぞ」

 

案内に従って席に向かう。

その後ろでニコライが辺りを見回して感嘆のため息をついているのを感じられた。

日中でもそれなりに人が入っているし内装もきれいだから、確かにあまり見ない光景かもしれない。

この辺りはダンジョン都市ということもあり、冒険者がひと仕事する前、或いはその息抜きでここに訪れるようにもなってきたようだ。

肉体労働者は夜だけでなく昼もそれなりに詰め込まなきゃ身体が動かないからねえ、と魔女のパウリーネも言っていたし、自分もまたギルドで薦められたのだ。

他にも同様に薦められたり、そこから同様に広がっていくのも容易に想像がついた。

 

「さて、と。まずは注文からしましょうかねえ」

「はい。メニュー、色々ありますね」

「そうねえ、あなた、こんな店来たことないんじゃない?」

「そうですね、いつも宿でそのまま……というか、こういう店がある街があることを今知りましたよ」

 

それはそうだろうな、とマルガレータは苦笑した。

それを差し引いてもこの店は特殊ではあるが。

 

「あれ?」

「ん、何かあった?」

 

何かに気づいたように、ニコライが声を上げた。

その声はどこか興奮したように上ずっている。

 

「海鮮なんてあるんですか? 海なんてこの辺ないですよね?」

「あぁ。そういえば何故かあるのよねえ。食べたいの?」

「僕、港町の出身なんですよ」

 

へえ。マルガレータは思わず、そんな相槌の声を出した。

そういえば、そんなことを過去に言っていたかもしれない。

聖都は、というより教会に来る人間はかなり多種多様だ。

その理由は、先天的にせよ、後天的にせよ法力に目覚めるかどうかは血筋や能力に由来しないからだとされている。

突如法力に目覚めた人間が、頼りとして身を寄せる場所。その中心となるのが聖都であり。

そして聖都から派遣された人間たちが運営する教会なのであった。

 

だからこそ、この後輩くんがどこの出身であってもおかしくはないし、それ自体にそこまで強い興味はなかったというのも本音だった。

 

「マルガレータ様、好きなものを頼んでも?」

「別に構わないわ。無理にわたしに合わせる必要はないし」

 

ニコライの言葉に対し、マルガレータは肩を竦めた。

別に、いきいきと目を輝かせ始めた後輩の姿に絆されたわけではない。

元々互いに好きなものを頼めば良いと思っていたし――ここの料理ならそう外れもないだろうという信頼もあったからだ。

 

「この鯛のポワレが気になります。焼き魚みたいですが、パリパリ皮とか……」

「面白そうね。んー、私はニシンのマリネにしようかしら」

「え、ニシンですか? 食べ飽きてません?」

 

確かに塩漬けニシンは保存もきいて、内陸でも食べられる食卓の定番だが。

これはそれともまた違うみたいだし。

少しサッパリとしたものが食べたい気分でもあるのだ。

 

「そんなことないわよ? 塩漬けニシンじゃないみたいだし、マリネって要は酢漬けのことみたいだしね」

「なら良いんですけど……」

 

給仕を呼び寄せ、早速注文をする。

メインはその2品。そしてもう1品、魚介のスープがあるとのことなのでそれを頼んだ。

 

かつて世話をした後輩とここで食事を摂ることになるとは。

予想外のことというのは起こるものだな、とマルガレータは苦笑した。

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