セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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柔らかジューシーハンバーグ #1

「この前の冬に出来た料理屋が何やら美味いらしい」

 

そんな噂と評判は、都市を守る衛兵たちにも流れており、ジョンもまた耳にはしていた。

ジョンはダンジョン都市「ペアリス」に住まう市民であるが、それほど裕福ではない家庭で生まれた。

今もまた、一人衛兵の仕事を勤めつつ、家族を養うために懸命に働いている。

 

「とはいえ、あのでかい店が並ぶ商売通りにあるんだろ?俺たちには縁がないんじゃないか?」

「それがよ、怖いもの知らずの同僚が行ってみたら、意外とこれぐらいで行けたみたいだぜ」

 

そう言って示された額はそれなりの宿に泊まれるペアリス銀貨1枚。

ジョンのような家庭なら数日は暮らしていける額だ。

決して安いとはいい難い。だが、全く手が出ないわけでもない。

偶になら捻出して贅沢とするには悪くない。そんな金額だった。

 

「ふうん……」

 

それから、偶に同僚が行っては土産話をもってくる。

そのどれもが絶賛で、ジョンもまた興味を唆られた。

 

曰く、ドロドロでなく深い味わいが楽しめるスープ。

曰く、臭みもなく、柔らかく旨味のある豚の炙り焼き(ロースト)

曰く、とんでもなく美味なソースがかけられ、素材の味も楽しめるサラダ。

曰く、ここらじゃ絶対に食べられないであろう海の幸やスパイスが効いた料理。

曰く、お高いが、食事を抜いてでも食べる価値のある甘く冷たいフルーツデザート。

エトセトラエトセトラ。

 

幾ら物珍しい料理屋といえど、この街でそんなものが出てくるというのか。

どこか胡乱な目を向けてしまうが、だが同僚たちは興奮したように話し、自分と同じく疑いの目を向けていた者たちも、そこに行ったが最後、目をキラキラとさせて語り始める。

 

ジョンとしても、一度は行ってみねばなるまい。

そう思っていた。

 

※ ※ ※

 

機会が訪れたのは春が過ぎた頃だった。

給料をやりくりし、一息つけてふと浮いたお金の使い道を考えた時に、真っ先に思い浮かんだのがその店だったのだ。

 

同僚から店の場所は飽きるほどに聞いていたし、ならば今夜は贅沢をしてしまおう。

そう決めたのだった。

 

家族を連れて行くかは迷ったのだが、まだ小さい弟妹も居ることと、その店が建つエリアを考えるとあまり騒がしくするのも良くないだろうと見送った。

もし連れてきても良さそうな雰囲気なら今度連れて行くのも良いし、そうでなければ食べ物を持ち帰れないか考えればよいと思っていた。

 

通りを行くと、普段来ない区画だからかどうにもドキドキとする。

すれ違う人たちから奇異の視線を浴びていないか、何となく不安になってしまう。

だが同僚たちもああやって食べてきたのだ。問題はないはず。

ジョンはそう自分に言い聞かせながら、この春から目印になったという片翼のペガサスを見つけ、急いで店の中に潜り込んだ。

 

「いらっしゃいませ」

「1人なんだが……入っても大丈夫か?」

「勿論でございます」

 

出迎えたのは給仕であろう少年であった。

その物腰の柔らかさに気圧されながらも、彼の問いに頷いた。

同時に、どうしても不安だったので確認しておく。

 

「ええと、同僚から話を聞いてきたのだが、この店は銀貨1枚から2枚あれば食事はできると……」

「はい、メニューにもよりますが可能ですよ。宜しければどのような料理があるか、メニューを代読させていただきますが……」

「良いのか?助かるな」

「一先ず席までご案内いたします。こちらへどうぞ」

 

給仕に案内され、席につく。

すると、言っていた通り彼はメニューを手に取った。

 

確かにそこには幾つもの文字が並んでいて、この店のメニューが豊富であることを示していた。

 

(あいつらが言っていたのは本当だったっぽいな……)

 

そもそもそんなにメニューがあるのか、というところから疑っていたのだ。無理もない。

 

「今日はどのような料理を食べたいなどご要望はありますか?」

「あー……そうだな」

 

ジョンは考える。色々と、気になることはあるのだが。

ジョンのお腹は随分と減っている。

健康な成人男性として、出来ることなら食べごたえのあるものが口にしたかった。

そうすると――肉料理などが良さそうだ。

あまり高くなければ、だが。

 

「さっき言った予算でお薦めの肉料理があればそれが良い。できれば食べごたえがあるとベストだな」

「なるほど、かしこまりました。それでしたら……ハンバーグなどは如何でしょう? ミンチにした肉を使った料理ですが、ソースも含めて大変美味ですよ」

「値段は?」

「このような感じで……問題ないかと」

 

告げられた値段は予算内のもの。

ジョンは一も二もなく頷いた。

店員がお薦めという料理なのだ。ハズレは出てこまい。

 

そういう計算も、彼にはあった。

 

「では少々お待ちくださいませ。料理ができあがり次第お持ちいたします」

「あぁ、わかった」

 

そうして給仕の彼は一度下がっていき、また洗練された物腰で何やらコップを手にしてきた。

 

「サービスの水です。無料ですので是非どうぞ」

「……ここではタダで水がもらえるのか? ありがたいな」

 

こういうところの店はやはり違うな。

給仕の様子やサービス、メニューや内装の整い方、そして周りを見渡せばその客層まで。

少し気圧されはするし、その違いに驚きもするが、だが誰もジョンのことを気にしてはいなかった。

 

(なるほど……料理に集中して、味わう。そういう店……ってことなのかね?)

 

店を構える商店なんかはお高くとまっているもの。

客を選んできやがるのもよくあることで、だからこそ縁が遠いものだと思っていたが。

少なくとも給仕のあの恭しい態度を見るに、そういう区別はしていないようだった。

 

(あいつらが気に入ったのもわかる気がしなくはないな……)

 

これで料理が旨ければ、俺も嬉しそうに語っていたあいつらの仲間入りか。

そう思えば、少しだけおかしく、水を呷ったのだった。

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