セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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王女と鶏のつくね焼き

「かの魔導具の小型化に大型化、それに量産……」

 

王女アンヌ=マリーは自らの書斎で思考に耽っていた。

背もたれにもたれかかると、キィと軋む音。

 

「やり取りを重ねて確信出来た。アレは間違いなく世界を変える。食料品を保存できれば飢饉への備えになるし、流通も変わる」

 

瞼を落とし、暫しの黙考。

 

(それだけじゃない。うちの料理人も興奮していたけれど、あの子の作り出すスープやソースは特別なもの。出来ることなら彼らにも学ばせてあげたい。……機会を作るべきですわね)

 

何かいい機会はなかったか、考え込んで直ぐに思い当たった。

 

(ちょうど大きな晩餐会が近くにある。その手伝いを要請して、そのついでにお願いして……報酬はどうしようかしらね……)

 

セリーヌ・ホーク。不思議な子。

あまりにもその料理は異質で、素晴らしい。

その割にとんと欲がなく、家族や地元、そのお店を大事にしているようだった。

その彼女に報酬として支払えるものは、やはり限られている。

既に与えたものは、店と環境を守るための名義貸しと紋章を刻む許可。

無論、店の所有権を買い取るにあたってはそれなりの金銭も支払っている。

 

貴族社会においてはそれだけでも、忠節をもって仕えるに足るものかもしれないが……。

彼女はきっと、それらの重さを真には理解しまい。

だからこそ、もう少し何か釣り合いを持たせておきたいし、彼女のもつ価値を考えればこれはすべき投資というものだった。

 

(そもそも、技術を教えて欲しいということそのものの価値を考えれば、相応のものを取引の材料とすべき、か)

 

彼女自身が恩義に感じるような、何か。欲するもの……。

 

そこまで考えて、アンヌ=マリーはパチリと目を開き、軽い伸びをした。

 

「……希望を聞いてみるのが一番ですわね。こういうのは視点の差ですれ違いが起こるものですし。彼女自身が拒否するようなら、関係を崩してまで強行も出来ませんし」

 

幾つか提案を用意しておく分には良いであろうが、押し付けるのは危険だ。

そう判断したアンヌ=マリーは羊皮紙に先程までの考えと、提案すべき内容を整理して文章として書き出し始めた。

 

※ ※ ※

 

近頃は夕食が更に楽しくなった。

アンヌ=マリーはそう考えている。

 

料理人も刺激を受けて、試行錯誤を重ねて趣向を凝らすようになってきたし、何より。

 

「このスープストックというのはまさしく魔法のタネのようなものですね……」

「そうね。このソースもそれから作ったのでしょう?」

 

定期的に送ってきてくれている冷凍のスープ。

火にかけるだけでも一品になるが、それだけでなく、あらゆる食材のソースの元になる。

そう料理長から聞いた時、アンヌ=マリーはこの概念だけでも料理の歴史が変わる、ということをひしひしと感じた。

 

(シリル様にも度々お話を入れてはいるけれど……。(わたくし)たちの個人的な楽しみとするのも限度があるのよね)

 

たかが料理と侮るものも居るかも知れない。だが、されど料理なのだ。

アンヌ=マリーは単なる好事家と自認しているが、同時に王族教育を少なからず受けた王女でもある。

その王女として培われた常識と感性が、価値を見誤るなと警鐘を鳴らしていた。

 

文化とは、静かなる武器であるのだから。

 

「このスープにも種類があるようでして、野菜だけからとったものと肉から取ったもの、その肉も種類によって特性が違うようで……正直、研究のしがいがあります」

「恐らくあの子はそれらも適切に使いこなすのでしょうね」

「おそらくは。ですが、我々ではまだ持て余している、というのが正直なところです」

 

眼の前の料理を見やる。

ミンチにした鶏肉と卵を混ぜ合わせたつくねを焼き上げ、それに味わい深いソースがかけられている。

スープをただスープとして使うのではなく、ソースのもととする。

その事自体はセリーヌが手紙で教えてくれたことで、今もなおアンヌ=マリーの専属料理人たちは試行錯誤を重ねている。

 

つくねをフォークで切り分け、口にいれる。

柔らかな鶏肉とソースの味わいがうまく絡んでいるようには思うが、やはり……少し物足りない。

アンヌ=マリーの鋭敏な舌は、かつて食べた料理と比べても肉の下処理に差があることや、ソースの味付けなどに微量な違いがあることを察してしまう。

 

味は日々良くなっているように思うし、この味を知らなかった頃には戻れないほどには洗練されてきたと思うが、一度だけ食べた彼女の料理を思い起こせば、まだその完成度に差があることは否めなかった。

 

(よくやってくれては居ると思うし、他の人間がこの料理を食べれば感動のあまり料理人を連れ帰ろうとするでしょうけれど……)

 

一度贅沢を知った己の舌は、無意識な比較をしてしまう。なんと罪深いことか。

 

「料理長。今度の晩餐会で、彼女を助っ人として呼ぶのはどう思う?」

「今度の晩餐会ですか。……そうですね、宮廷としてではなく、アンヌ様主催の晩餐会であれば良いでしょう。我々であれば、尊敬すべき料理人であることを理解していますから、上手くやれると思います」

 

流石。アンヌ=マリーの思惑と懸念を直ぐに汲み取った返答だ。

 

「そうね。まずはそこで、試してみましょう。私も彼女が実際に料理をしている様子までは見ていないの。学べるところを是非学んでみて頂戴」

「かしこまりました」

 

手紙に書くことが決まった瞬間だった。

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