セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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なめらかテリーヌと晩餐会

アンヌ=マリー専属のシェフであるギーは、悩んでいた。

雇い主が突飛な発想をしたり国外の文化を取り入れるのはもう慣れたものであったし、自身もまた料理の道を探究する身として刺激を受けていた。

とはいえ、目の前の少女についてはどう捉えれば良いか掴みかねている。

 

尊敬すべき料理人だ――アンヌ=マリー様にそう言ったのは嘘ではない。

まるで魔法のような腕と発想――驚嘆すべきで、不思議なことだ。どう見てとってもあまりにも若い。あれほど洗練された味を引き出す腕を、この歳で持っているのか。

手紙を通して知った相手だ――だが、目の前にすると、やはり信じがたい部分がある。

 

セリーヌ・ホーク。線の細い、料理人というよりは令嬢のような容姿の少女だ。

その彼女はどこか緊張したように周りを見渡していた。

 

「……そう警戒しなくて良いぞ。ここは確かにアンヌ=マリー様が特別に誂えた厨房だが、ここの料理長である俺はただの平民だ。だから気兼ねなく話して欲しい」

「は、はぁ……」

「まぁ無理もないが、俺としてはドンと構えていて欲しいところだな。うちの雇い主が君を助っ人に呼んだ理由、わかるか?」

「スープストックの活用について教えてあげて欲しい、というようなことは伺いました」

「そのとおりだ。まぁ、実際のところは君の技術を出来るだけ盗んでこいって言われてるんだがな」

 

軽く、牽制のように言って笑いかける。

主が言うには、引き抜きに応じず自分の店を持ち続けることを希望したという。

権力志向ではないということだが、それにしてはあまりにも技術に対する意識がオープンだ。

今回の申し出を受けたこともそう。手紙を通じて文面で教えてくれるのもそう。

 

自分がどれほどの殿上人に影響を与えてしまっているのか。或いはその影響がどれほど広いものなのか。

理解していないように思える。

ここまで直球で言われても彼女は困惑顔を隠さず、そのままなんと言えばよいか言葉を探しているぐらいだ。

 

――危なっかしいな。

 

ギーの素直な感想だった。

全く危機感がないわけでもないだろうし、自覚がないわけでもないのだろう。

だが、少しばかり世界を優しく見積もりすぎている。

 

「まぁ、なんというかな。個人的には是非仲良くしてもらいたい。それは恐らくこの厨房の料理人の総意だろう。ここに居るのはあの雇い主が選びぬいた料理バカだけだからな」

「そう言ってもらえるのは光栄です。えっと、ギーさん?」

「おう。こっちはセリーヌと呼んでも?」

「はい、勿論です」

 

握手をする。

……なるほど。

 

「……?」

「おっと。すまない。手を握ったままだったな。いや、改めて尊敬できる料理人だと思ったところだ」

「はぁ……」

 

単純な姿外見に惑わされてはいけない、ということだ。

握手することでそれがより良くわかった。

 

(あれは確かに料理人の手だ。女性であるし手入れはしているのだろうが、肌に伝わる皮膚の硬さや状態、そして包丁ダコは嘘をつかない……)

 

「さて、君に任せたい料理と仕事について打ち合わせよう。俺も教えを請う立場になるが、宮廷料理というのはそれ相応の流儀がある。流石にメインを全面的に任せるわけにはいかないからな」

「勿論です。私もそこまで出しゃばるつもりはありません。寧ろ学ばせてください」

 

好ましい態度だ。だが少し謙遜が過ぎる。

ギーは肩を竦めた。

 

「そう謙遜しないで良い。寧ろ学んでいってもらえることがあるかどうか……。何せあのスープストックを作り出せる料理人だ」

「いえ、そんな……」

「我々は皆驚嘆したものだよ。発想としては理解できる。だが、実際にそんなことを試そうとするかどうかは話が別だ」

 

彼女が作るスープやソースの素(フォンやブイヨン)

それはある種、狂気的な過程を経て作られるものだった。

貴族に仕える料理人ならばまだ理解もしよう。だが、アレほどまでに食材ごとに複雑な味わいを求めて、何時間も、下手をすれば日を開けてまで用意する手法と執念。

それだけではない。その為だけに魔導具の開発まで依頼し、実際に用いているのだという。

 

――感嘆以外に何があるだろうか。

 

※ ※ ※

 

ラルカンジュ子爵はその晩餐会には常にない何かを感じた。

元より、アンヌ=マリー王女の開く会というのは、常にない刺激があるものである。

だがそれにしてもなんというか、屋敷全体の雰囲気が少し違う気がした。

 

(気のせいかもしれないが……)

 

かの王女は美食家であり、このような会を頻繁に開く。

それはご自慢の料理人や料理を自慢するためともいわれ、半分は実際にそうだろう。

もう半分は、王族たるものの振る舞いとして、臣下や派閥の者に気前の良いところを見せるという面もある。

 

無論、彼女は王族ではなくなる。少年領主シリル・ド・ローランに嫁ぐ予定だと噂されている。

とはいえ、まだ年若い同士であるから性急な話ではない。

あまりに軽い扱いも出来ぬから、あと暫く先のことにはなるだろう。

だが、それは彼女自身の価値を減じるものではない。

 

彼女の覚えが良ければ、王族への繋ぎを請け負ってくれるだろう。或いは、他の貴族でも。

平民にも理解が有り、妙に顔が広い。率直に言って物好きというべきであるが、それは有事の際に役立つかもしれない。

事実、領の特産品を使った料理を考案してくれまいか。そのように頼み込んだ貴族が居たそうで、それが実際に流行ったことがある。

無論、その貴族は潤ったであろうし恩に着たわけで、それはまた王女の実績と権威、そして力となる。

 

そして何よりここで振る舞われる料理は興味深く、面白く――格別に美味しい。

流行りの最先端、或いは流行りが生まれる場なのだ。

 

出席しない理由は殆どなく、そしてそれは他の人物も同様で。それが益々、この場の重要性とそれを開ける王女の価値を高めていく。

 

「まずは鶏レバーのテリーヌでございます」

 

そういえば、とラルカンジュ子爵ははたと思う。

このアンヌ=マリー王女が開く宴会では、最近一品ずつ料理を出すようになった。

昔は伝統に倣って大皿で、ただ他で見られる宴とは違って何品も並べられて、取り分けられる……というような塩梅であったが。

 

いつ頃からだろうか。

小分けにされた料理が何品も、それも順番も凝らして用意されるようになったのは。

 

そんなことを考えながらもテリーヌを頂く。

保存食のようなものであるし、よく見る料理であるからまあ、それなりに美味というところであろう――

と思ったのだが。

 

「……む?」

 

これほどまでに滑らかで、コクのあるものだっただろうか。

いや、それよりも常、食べるものよりも遥かに臭みが抑えられており、食べやすい。

普段食べる時はそれが味なのだ、家畜の風味なのだ、と考え、寧ろ歓迎していたのだが。

こうして食べてみると、驚くほどこの臭みのない方が、美味しく感じられる。

鶏のレバーの風味(臭み)だけでなく、混ぜられている香味野菜やスパイスの味わいもクリアに、そして味わい深く感じられるのだ。

 

食べやすく味わい深い。なんと美味なことか。

 

――これは、先程の直感が正しいのかもしれぬ。

 

ラルカンジュ子爵はこの味を覚え、家の者に語るべく、気を引き締めて食卓に向かい直した。

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