セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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すみません、若干投稿が遅れました。


さっぱりつるつるスープひやむぎ

「いやー、まったく。大分暑くなってきたな……」

 

暑い暑い、と大鷹ライダーのパスカルはボヤいた。

こんな暑い日は小料理屋「テーベ」で何か冷たいものでも飲み食いするに限る。

仕入れた品を渡すついでに、何かないかとセリーヌに頼んでみたのだ。

 

「そうですよね……。空を飛んでてもやっぱり暑いものですか?」

「風は気持ちいいんだが、太陽の日差しが強いのは変わりないからね……」

「あぁ……なるほど」

 

水を持ってきたダニエルの問いに、パスカルは苦笑した。

確かに歩き通しで居るよりは遥かにマシだろうが、それはそれとして暑いものは暑い。

寧ろジリジリと焼いてくる陽の光は空のほうが強く感じるのではないか。

そんな風にも思っている。

 

「風を突っ切るのは気持ちいいけれども、とはいえずっとトップスピードでいられるわけでもないしね……時々休憩で止まることもあるし、こうして外を飛び回る仕事という意味では、中々俺も暑さに苦しめられてる方だと思うよ」

 

それだけじゃない。

水を一口飲み、パスカルは更にボヤく。

 

「地域によって天気が違うし、なんなら気温も大分変わる。寒暖差が激しいと身体の調子が狂いやすいからね……。気をつけないと」

「なるほど、大陸を飛び回るライダーならではの悩みということですね」

「まあね」

 

パスカルは肩を竦める。

 

「そんなわけだから、せめて暑さにやられないように何か冷たくて食べやすい料理でもと頼んだんだけれど。さて、何が出てくるかな」

「多分僕らと一緒ですよ」

「ほう?」

「先程僕らもまかないで食べたものがあるので、同じものが出てくるんじゃないかなと」

「ふうん……?」

 

なんだろうか。少し気になる。

まぁ、パスカルとしてはまかないでもなんでも、ここの料理は美味しいと分かっているし気にしないのだが。

寧ろセリーヌは少しぐらい手を抜いても良いと思っている。

 

凝り性なのは昔から変わらないが、忙しくなってきたと聞いているし、無理はしてほしくない。

 

「今度お土産に、何か癒やされるものでも買ってくるかな……」

「お待たせしました!」

 

ニコニコと笑うセリーヌが、元気よく料理を運んでくる。

 

「忙しいと聞いてるけど身体は大丈夫か?いつもすまないな」

「あはは、まだまだ大丈夫。人手も増えたしね」

「それなら良いんだが」

「それに、好きで作ってるんだし。今回はちょっとまかないが上手くいってたからそれなんだけど良いですか?」

「もちろん。セリーヌの料理なら歓迎だ」

 

そしてコトリと置かれた深皿には、何やらスープが入っていた。

それだけではない。

スープの中には麺があり、更には……。

 

(氷……?)

 

なんとも贅沢なことだ。幾ら吸熱箱があるからといっても、わざわざ氷を浮かべるなんて。

パスカルとしては有り難いが、少し気後れしてしまう。

 

「ひんやり冷たいスープひやむぎです!」

「氷が乗ってるってことは冷たいのかい?」

「はい。それだけじゃないんですよ。これ、パスタじゃなくてひやむぎなんです」

「ひやむぎ?」

 

パスカルは首を傾げた。

入ってる麺が少し違うのだろうか?

 

「作り方と粉がね、少し違うんです。実は試作というか、単に私が食べたくて作っただけなんだけれど……」

「そうなのか」

 

わざわざセリーヌが食べたくて作った、と聞くと。

どうもそれだけで期待してしまう自分が居る。

 

「頂いても?」

「もちろんです!」

 

パスカルはフォークで絡めて麺を掬った。

 

「随分と細い麺だなあ。カッペリーニみたいだ」

「あはは、そうかもしれませんね。でもちょっと違いますよ」

「へえ、それは楽しみ……おっと」

 

麺を口に入れる。

冷たいスープに入れられていたから、とてもひんやりとした食感が舌にあたり、なんとも心地よい。

それだけじゃない。麺を口に入れてみると、確かに普段食べるパスタとなにか違う。

 

具体的にどう違うか、というのは難しいのだが香りからして異なるし、麺の弾力や歯触りもまた異なる。

これはこれで……。

 

「悪くない、というか美味しい」

「良かったです!」

 

もちろんスープも絶品だ。深い味わいで冷たいのになんとも満足感がある。

相変わらず澄んだ色のスープなのにこれほど複雑な味わいが出るというのはどうにも不思議だ。

それに、肉は入っていないようなのになぜだか野菜だけじゃない旨みを感じる。

 

「これはどういうスープなのかな」

「鶏から出汁を取ったものがベースです。それに幾つかのスープをかけあわせて調整しました」

「なるほど……相変わらず凝り性だね」

 

試作で、しかもまかないで振る舞っている料理だというのに、手の込んでいる。

そのお陰でこうして美味い料理にありつけるわけだから、文句はいえないが……。

 

「忙しい時は楽をして良いんだからね」

「大丈夫ですよ。まあ、気をつけます」

 

えへへ、と頬を掻くセリーヌになんだかなあ、と苦笑する。

 

「セリーヌは熱中すると止まらないタイプだからね。ダニエルも大変だろう?」

「えぇ、いつも言っているんですが……。まぁ、本当に無茶な時は止めます」

「頼んだよ。旦那様(レオナール)も心配するからな」

「違いありません」

 

ダニエルと互いに顔を見合わせ苦笑する。

 

「それにしても、氷が入っているというのに味が薄くならないな」

「あぁ、スープを凍らせているんです。こうすると味の変化が緩やかになりますから」

 

この氷のスープが溶け込んで常温に近づいても丁度いいぐらいの味になるようにしてあります。

そう、こともなげにいうセリーヌに、やはりパスカルは感心すると同時にやはり危うさを感じてしまう。

これは心配しすぎなのだろうか?

 

客に出す料理も同じぐらいか、より繊細に気を使っているはずだ。

これほど見事な料理を作り続けることは大変であろうことは想像がつく。

単に繁盛して生まれる忙しさだけでなく、こうした凝り性な部分が、彼女の負担に繋がらないかは少し心配だった。

 

「ん……ごちそうさま。あっという間に食べてしまったよ」

 

冷たいからだろうか。暑さにあれほど辟易していたというのに、するりと食べられてしまった。

そして身体の火照りも見事に冷やされて、活力が漲っていくのを感じる。

 

やはり食事は大事だな……。

 

パスカルは強く実感するとともに、セリーヌの様子はもう少し注視しなければなるまいと心中で一人頷いたのだった。

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