セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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冷めても美味しい豚のビール揚げ #1

その冒険者は不運だった。

彼は斥候役として隊列の前を先導する役目を持っていた。

だが、敵の不意打ちによって分断され、更には動揺によって続けざまに崩落の罠にかかってしまい、数層も下に落下。

仲間とはぐれた上に構造を把握していないフロアでさまよう羽目に陥っている。

 

幸い、周囲への索敵能力と隠形能力に長けているから生き残ることそのものは可能な自信はあったが……。

 

(……不味いな。上に戻るための道を探るのに、どうやっても時間がかかる)

 

尻もちをついた男が立ち上がり、周囲を見渡す。

すると鬱蒼とした木々に囲まれているのが目に見えた。

ここは地下であるのに何故か日差しが差し込んでいるかのようにもみえるが、ここはダンジョン。このような不思議な光景は日常茶飯事だ。

 

「身を隠しやすい構造なのは助かるな。これで開けた場所だったらどうにもならんところだった」

 

その分、逆に言えば上に行くための道を見つけるのも苦労するということだが。

そう内心で考え、苦笑する。

こればかりはトレードオフだ。仕方ない。今回の事故に関しては、正直生き延びる可能性が高いほうが助かる。

 

「あの状況だと恐らく分断されたのは俺一人だし、他のやつらは大丈夫だろう。今頃一旦脱出を試みているはずだ」

 

こういう状況下ではぐれた仲間を探すというのは、自殺行為だ。

大抵の場合消耗した状況下であるし、今回の場合もそれにあてはまる。

一度脱出を優先し、ギルドに知らせ、救助隊を組んでもらう。それがセオリーといえた。

 

「こういうときの為に組合費も納めてるんだ。働いてもらわないとな……っと」

 

周囲を探る。

いくらか荷物を落としてしまっていたのを拾い集め、最後に一つ、箱型のものを見つけた。

 

「これが俺の手元にあったのは幸運だったかもな……。これなら……」

 

その手にあったのは、一つの魔導具。

状況を簡単に打開できるものではないが、男が生き残る確率を跳ね上げてくれる代物だった。

 

「まさかこんな時の為に買ったわけじゃあなかったが。役に立ちそうだぜ」

 

ただ単に箱の中で冷気を発するだけの魔導具。

それが妙に心強く感じられることに、少しだけ、おかしさを感じた男だった。

 

※ ※ ※

 

「……といった具合で、それから1週間後に男は発見され、救助されました」

「彼は無事だったと?」

「はい。それどころか、健康状態も良好で、数日後に一党(パーティ)での活動に復帰したようです」

「ふうむ……」

 

ダンジョン都市「ペアリス」。

門扉の近くに建てられている冒険者ギルドの建物内、会議室。

そこではある一つの事例について、報告があげられていた。

 

ギルドに勤める受付嬢の一人であるフラヴィは自身で纏めた報告書を読み上げ、この場に揃うお歴々に軽く頭を下げて着席した。

 

ギルドマスターの男は深く頷きを返し、端的に結論を纏めた。

 

「なるほどな。一週間という期間は、迷宮においては決して短くない時間だ。安全領域(セーフゾーン)が確立されていればいざしらず、この一党が潜っていたダンジョンは未踏破ダンジョンだった。であれば、場合によっては命を落としていたかもしれぬし、それほど良い状態を保てなかっただろうと判断する」

「俺も同意見だ。それにその男は斥候役だったという。なら、魔物からは隠れて生存できるよう行動していたはずだ。それは報告からもわかる」

 

冒険者側からの意見を聞くために呼ばれた、ベテランの男は顎髭をさすりながらそう相槌を返した。

この会議場にも剣を持ち込み、周囲をギラついた目で見回す男はギルドでも有数の実力者で何かと頼りにされている。

フラヴィも良く彼の応対をしていたので、その実力の程は良く知っている。

最近時たま魔物素材を卸すためだけに出入りする――その割にギルドには未所属なのだが――聖女や魔女といった規格外を除けば、この都市のギルドで主戦力といえる存在だろう。

 

「遠方の都市で起こった事故とはいえ、他山の石とすべき案件だな。それで、今回被害が軽かった理由とされた魔導具についてだが――」

 

冒険者の男がその鋭い目つきを横に向けた。

そこに座るのは、『強面』レオナール。

 

例の魔導具、吸熱箱(・・・)を専売している豪商だった。

フラヴィも彼のことはよく知っていた。

ギルドとも何かと付き合いのある商人であるし、彼の娘の料理屋にも何度か通ったものだった。

 

――そういえば、マリエルもスムージー目当てで通い詰めてたわね

 

以前出会った時に、息を切らしてまで全力疾走して店に向かっていたあのムードメーカーのことを思いだし、フラヴィはクスリと笑った。

 

「御存知の通り、吸熱箱は私の『ホーク商会』で専売させていただいております。ギルドからも材料の魔石で大変お世話になっていますね」

「この街の冒険者でかの魔導具を知らぬものは居ないだろうな。手が出ない者も多いようだが、俺の一党でも愛用している」

「ありがとうございます」

 

ニコリともせず、しかし柔らかな商人らしい立ちふるまい。

されど、並大抵のものならば萎縮してしまうであろう冒険者の鋭い目つきにまるで動じないその様子。

 

流石は豪商といったところね。フラヴィは内心で感心した。

 

「それで、件の男が生き残った要因の一つとして、食料に困らなかったことが挙げられると言っていたな?」

「はい、その通りです」

 

フラヴィは男の質問に肯定の言葉を返した。

遠方の都市の事故事例が何故このギルドに共有されたか。その理由の一つでもあった。

 

――有用な魔導具によって一人の冒険者が救われた。その開発が行われた都市に、お礼と報告をしておきたい。

 

そういった意図で送られてきた手紙と報告書。

それらをフラヴィはつぶさに確認し、何度か質問を含めたやり取りを担当した。

その結果、わかったことと整理できたことを目の前の報告書に纏めているのだ。

 

「彼の一党は数ヶ月前に、このギルドでの活動履歴がありました。その時に一つだけ購入していたものだったようです。一党の一人が有用性を説いて共有資金から買ったとか」

「なるほど。それで、それを偶々持っていたことが功を奏したと」

「そのとおりです。中に保存していた食品群だけでなく、ダンジョン内で得られる食材を魔導具で保存しながら食いつないでいたそうです。野草などもそうですが、何より魔物同士の縄張り争いによって、魔物肉も確保できていたのが大きかったみたいです。腐敗しないよう保存しながら、暫く食べられる量が確保できたのは幸運だったと話していたそうですよ」

 

フラヴィの補足にギルドマスターの男と冒険者の男が一様に唸った。

 

「冷気は保てていたのか?」

「それも魔物の死体から魔石を確保できたことで何とか出来たと。魔石の交換手順は購入時にレクチャーされるそうですからね」

「はい、当商会ではアフターフォローとして、購入者と希望される方全員に、使い方についてはレクチャーするよう指導しています」

「あぁ、そういえば仲間がそんなことを言っていたな」

 

俺も一度教わりにいったほうが良さそうだ。

そう言った冒険者の男にレオナールが「ぜひとも。お待ちしております」と返した。

 

「本当は精製された魔石でないとあまり保たないものなのですが、非常時用に原石でも使えるようにしていたと、技師からは聞いています」

「優秀だな」

「えぇ、いつも助けられています」

 

それから暫く状況の確認と意見の交換を行っていく。

結論としてはやはり、「吸熱箱」の有用性はたしかであろうこと。

そうなると、今後出来るだけ冒険者たちの間で持っておきたいとギルドマスターが考えていること。

それに対して反対の意見がみられないことなどが確かめられていく。

 

そして、そうなると問題となるのは「吸熱箱の値段と確保できる数量」だった。

だが、それは同時に「専売」という特権についてや「生産体制」についても話さねばならない。

外堀を埋めていくようにギルドマスターが話を進めているのがよくわかり、まだ本題に切り込むには時間を要しそうだった。

 

時間を要していることに、ギルドマスターが申し訳無さそうに言った。

 

「レオナール殿。もう暫し相談するための時間を頂きたい」

「構いませんとも。……ですが、そろそろ一度休憩をとっては如何です?」

 

レオナールの提案に、ギルドマスターも頷いた。

 

「あぁ、確かに。食事でも一緒にどうかね?」

「もし宜しければ、私どものほうで用意したものがあるのですが……」

「おぉ、それは良いな。……件の料理屋のものかね?」

「はい。冷めても美味しいもの、ということで作ってもらったのです」

 

レオナールは自信ありげにそういった。

やがて、従者が幾つかの箱を手にやってきた。

 

「皆さまに一つずつ用意しております。どうぞ」

「有り難い」

 

先程までの会議の雰囲気は霧散し、用意されたという食事に対して皆関心が向き始めた。

冒険者の男もまた、その目つきは変わらないものの、僅かに表情が緩んだことがフラヴィにはわかった。

 

自分もまた楽しみに感じている。

このレオナールの娘は稀代の料理上手で、もはや街中に評判が広がりつつあるのだ。

期待しない理由などなかった。

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