セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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パキッと割れるチョリソーとバカラオの濃厚トマト煮

小料理屋「テーベ」。夜も更けて普段であれば店を閉めている時間。

一人の功労者が憂さを晴らすようにお酒を飲んでいた。

 

「大変だった、大変だったよセリーヌぅ……!」

「はは……お疲れ様でした」

 

魔導具技師イザベル。

彼女は先日、大量の吸熱箱をギルドに卸してきたらしい。

 

セリーヌも父、レオナールから仔細は聞いていたが、どうやら随分と大きな話になり、負担をかけてしまったらしい。

セリーヌも普段お世話になっている相手であるし、この機会に愚痴を吐き出してもらうことに苦は感じなかった。

 

「魔導具って繊細なのよ……? それをもっと頑丈にして欲しいだとか。もっとサイズ違いが欲しいだとか……。魔石の交換が楽になるようにしてほしいとか。もう、大変」

「あはは、そればかりは普段私も大分無茶を言ってますし、人のことは言えませんねえ」

「セリーヌは良いのよ。それだけの付き合いもあるし、無茶を言った分恩に着てくれるでしょ?」

 

イザベルはそう冗談めかして言って、肴として出されたチョリソー*1を新たにつまみ、その後にグイとワインを飲み干す。

 

「んー、美味しい。このパキッッ!ていう食感とじゅわぁって肉汁がたまらないわよね。それに凄くスパイシーな味で、辛口の赤ワインに良く合うぅ」

「実はチョリソーは赤ワインとも合うんですよね。ビールも勿論合うんですけれど」

「焼き加減というか脂の乗り具合も絶妙! マルクさんのところでたまーにあたしも買うんだけど、こうはならないのよね。炙るだけでも美味しいけど、調理の妙よね……」

 

しみじみと、チョリソーの断面を見て恍惚の笑みを浮かべるイザベルに、セリーヌは苦笑した。

 

「結局さ。良いお金にはなったけれど、その分年上の職人とか相手に教えたり、協働したり大変だったからなんともよね」

「何人か人手を増やしたんですっけ」

「そうそう。それがまたねえ……」

 

イザベルは遠い目をした。

父に聞く限りでは、どうも無茶ぶりに応えすぎてきたのと、ここ最近の魔女や聖女との付き合いで彼女の技術はより洗練されたものになっていたとかで、それで色々あったとは耳にしているが。

 

「最初はさあ、設計図とちょっとしたレクチャーをして後はお任せ、って予定だったのよ。それが全体全部作るの無理って人が多くて分業してもらうことになって、最後にはなんか工房長とか呼ばれるようになって」

 

まさか私が人を雇う立場になるとはねえ。

その声にはどこか哀愁が漂っていた。

 

「臨時の稼働体制だったと耳にしてましたが、結局何人かは残って今も一緒に仕事されてるんでしたか」

「そうそう。またどうせ忙しくなるから、っていう話でね。それはまあ理解も出来るから良いんだけれど、なんだか慣れない状況だから神経磨り減るわー……」

 

悪いことではないんだけれどさ。

ぐびりとワインを飲み干す。

 

「この数ヶ月、大分色々あったみたいですからね。こちらもお客さんが凄く増えてきていて、有り難いのですが行列が出来るようになってしまいましたし」

「今お店を広げる工事をしているんだっけ?」

「はい。あとオーナー(高貴なお二方)から料理人の派遣も増員頂くことになり……この様子だと、もう一つ店を構えるみたいな話も出るんじゃないか、と」

「なるほどねえ……」

 

セリーヌとしてはこの場所で料理屋ができていれば良いのだが、明らかに都市の冒険者が増え始めているという話が出ていた。

レオナールも当然、この都市の有力者としてもり立てるため、様々な手を商人仲間と相談してきていたらしい。

その結果、希望者に店を構えてもらうため、まずセリーヌの店で修行してみてもらう――その立候補者を王女アンヌ=マリーの伝手で送ってもらうという話になったのだった。

 

料理屋「テーベ」としては店の規模を広げることで解決する予定だが、ダンジョン都市「ペアリス」としてはそこから溢れる客の受け皿となる料理屋を幾つか設けたい。

そういう話になっているのだ。

 

――そして、それらの料理屋は当然今までのような宿屋の延長で料理を提供するレベルではいけない。であるから、セリーヌの料理技術を勉強させて、少なからず評判を呼べる店を新たに作る。そういう流れだった。

 

「でもセリーヌのような料理が他の人に作れるの?」

「手間暇かければ少なくとも、再現できるとは思いますよ。魔導具は必要かもしれませんが……それもメニューを限定すれば、最低限で出来るでしょう。私の祝福(ギフト)ありきでやっている部分や、お父様の商会経由で仕入れているような海産物みたいな珍しい食材は諦めてもらう必要はありますが」

「そうよねえ」

 

イザベルは納得したように頷いた。

 

「あ、チョリソーが切れそうですね。次の肴は要りますか?」

「出来れば。悪いわね、こんな時間に」

「良いんですよ。お仕事だったのでしょうし、付き合います」

「うーん、出来た子ねえ……」

 

しみじみとしたイザベルの声に、セリーヌは軽く頭を振って厨房に戻った。

そういえば折よく仕込んでいた料理があったな、とそれに軽く火を入れて味を整え、盛り付ける。

 

「お待たせしました。バカラオ(塩漬け干し鱈)のトマト煮です」

「わ、赤い。これ野菜……?」

「はい、トマトですね。バカラオもそうですが、パス兄のお陰で仕入れられた食材です」

 

セリーヌはえへん、と我がことのように胸をはった。

 

「ふーん……。リンゴみたいな赤さだけど、特徴的な香りがするわね」

「これがまた、美味しいんですよ。酸味と甘味があって。あぁ、魚ですし、これは多分白の方が合いますね。こちらのワインをどうぞ」

 

本当は明日出す予定のメニューの一つだったんですが、特別に少し出してみました。

そう悪戯めいた笑みを浮かべたセリーヌに、イザベルは肩をすくめる。

彼女も中々最近こちらに来れていなかった。だからこそ、こういうちょっと凝ったものも出してあげたかったのだ。

とはいえ量が多すぎては食べられないだろうから、お酒のアテとする程度にしていた。

 

「では早速……あむ」

 

イザベルが料理を口にする。

この瞬間は、何度経験してもドキドキするし、ワクワクする。

自分の料理を誰かが食べるというのはセリーヌにとっては何とも面白く、そしてやめられないライフワークになっていた。

 

イザベルは一瞬目を瞑り、その後何度か目を瞬かせた。

未知の味に遭遇して咀嚼し、それを頭の中で整理している。それが目に見て取れるような仕草だった。

やがて、感想を言おうと言葉を絞り出した。

 

「これは……なんとも……」

「いかがです?」

「とても美味しい。いつもスープが美味しいのだけれど、今回はまた更に違った味わいね。干し鱈だっけ。その魚の味が凄くよく出ているし、トマトとかいう野菜の独特な酸味がまた面白くて後を引くわ。それに――」

 

イザベルはこくん、と白ワインを一口含んだ。

 

「うん、やっぱり。この複雑な味わいとのハーモニーはえもいわれぬ良いものね。干し魚をスープに入れるだけでこんなに美味しくなるのね」

「まあ、ちょっと塩気が強いので、そこは処理が必要ですけれどね」

「そこは腕かあ」

 

イザベルは苦笑する。

そして遠い目をして、ぽつりぽつりと語る。

 

「魔導具製作もそんなところがあるのよね。わかり切っていることなのに、雑なことをすると一発で全てがおじゃんになったりするし。ちょっとした工夫一つで全く違う結果になったりもするし。発想一つで世の中が変わったりもする」

 

そこでスッと。酔いの醒めたような目でセリーヌを見つめた。

 

「セリーヌ。貴女には感謝してる。あたしの人生は多分貴女のお陰で変わりそう。……貴女も、また。きっとこの結果は予想外だったでしょうね」

「……はい。正直なところ、ここまで大騒ぎになるとは思いませんでした」

 

二人、見つめ合う。

開店前から数えれば、一年と半年以上。

長いとは言えなくとも、短くない付き合いだ。

 

たったそれだけの時間で、二人の環境を取り巻くものは随分と変わっていった。

 

「……実は結構、いろんな勧誘の話もあったんだけれど」

「はい」

「全部蹴ったわ。理由は何だと思う?」

「……?」

 

イザベルの問いに、セリーヌは考え込む。

 

「ホーク商会と、……こういうと自意識過剰ですが、私に恩義があるから?」

「そうね。でも、それだけじゃない。まあ、単純なことよ」

 

ワインを再び一口。

そして、柔らかくなった人参を一口。口の中でほろりと崩れてくれたのだろう、イザベルの唇が緩んだ。

 

「この料理屋があるうちは。ここが私のホーム。それだけよ」

 

もちろん、貴女と一緒に居ればまだまだいろんな事ができそう。

そういう打算もあるけれどね。

 

勝ち気な笑みを浮かべたイザベル。

その言葉にセリーヌはじんわりと暖かなものが胸中に広がっていくことを感じた。

 

「……これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ、よ。ぜひとも」

 

二人はガッチリと強く互いの手を握りしめるようにして、握手をした。

*1
元々はスペイン・イベリア半島のソーセージ。パプリカや香辛料が使われるのが特徴。辛口のイメージがあるが、中南米に渡った際に唐辛子を使うようになった為で、更にそれが日本に入って今のイメージに繋がっている




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