セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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夏~秋の間
一味違うミミックの舌料理 #1


真昼を過ぎ、強い陽射しも和らいだ時間帯。

昼営業を終えようかという時に、聖女マルガレータは料理屋テーベを訪れていた。

 

変わった食材を持ち込み、料理してもらおうと考えていたのだ。

 

「なんだこれ……」

 

給仕のダニエルが思わずつぶやく。

マルガレータが持ち込んだ食材に目を丸くしている。

原形を留めていないし無理もない。

マルガレータは心中でそう考えながら、ダニエルの問いに答えた。

 

「ミミックよ」

 

ドンと机の上に置かれているのは乱雑に積み重ねられた木材の束。

そしてその真横にはてらてらとして赤い、巨大な舌。

 

「ミミックって、あの宝箱に擬態する?」

「そうそう。箱型の。今日ダンジョンに潜ってたら遭遇したんだけれど、反射的に倒したらこうなっちゃった」

「相変わらず規格外ですね……」

 

ダニエルの呆れた声に、マルガレータは肩を竦める。

ダンジョンに転がる宝箱。

その中にはこういう擬態したミミックが混ざり、場合によっては冒険者も食われて容易に命を落とす。

決して危険度の低い魔物ではないのだが、マルガレータにとってはそれほど危険なものではなかった。

 

(生命探知が出来れば見抜ける程度の擬態だしね)

 

ミミックの擬態。これを見抜けない者はダンジョンで宝箱を開けるべきではないのだ。

 

「それで、セリーヌ。どう?」

「うーん……」

 

食材としてこれらが運ばれてきたときから黙り込んでいたセリーヌだが、その手をあちこちに当てては考え込んでいた。

やがて口を開き、マルガレータに質問をする。

 

「ミミックを食用にした例ってあるんですか?」

「聞いたことがないわね。なんだかんだ結構レアなモンスターではあるし。出会わないほうが良い相手だし、対処できない冒険者はそもそも近づこうともしないしね」

 

討伐記録だって珍しい以上、わざわざ食用にしようと持ち帰る者もあまり居ないでしょう。

マルガレータは苦笑とともに、そう言った。

 

「けどまあ、この箱……だったものはともかく。舌の方は食べられる気がして。どうかしら? わかる?」

「多分……食べられますね。調理法も思い浮かびましたし、毒もないようです」

「おっ!」

 

マルガレータは喜色をあらわにした。

その素直な様子にセリーヌもまた軽く笑いながら、つんつんとミミックの舌を突く。

 

「ただちょっと時間をください。レアな食材とのことですし、その場で簡単な調理をするのは勿体ないです」

「ということは?」

「そうですね。今日の夜でもちょっと早いので、明日来てください。特別メニューをご用意します」

 

セリーヌの自信有りげな様子を見て、マルガレータは満足げに頷いた。

これならばきっと明日には、また未知の美食に出会えるだろう。

 

「流石ね。じゃあ、楽しみにしてるわ! ……あ。箱だった部分は持って帰ったほうが良い?」

「あぁ、いえ。それも置いていってもらえますか? 使えそうなんで」

「へぇ……。じゃあそうさせてもらうわ」

 

これは楽しみね。

マルガレータは明日を待ち遠しく思った。

 

※ ※ ※

 

明くる日。マルガレータはワクワクしながら料理屋「テーベ」に向かった。

ミミックの舌など初めて食べる。

それだけじゃなく、もしかするとあの箱の部分も何か使っているかもしれない。

そう思えば、好奇心が疼くのも無理はなかった。

 

「いらっしゃいませ」

「ミミックを食べに来たわ」

「お待ちしていました」

 

ダニエルがいつも通り迎え、そして苦笑している。

マルガレータは小声で彼に問うてみた。

 

「どういう料理か、見た?」

「いえ。仕込みをしている様子は見ましたが、僕も実際にどういう料理かは見ていないんです」

 

やはり初めて食べるのは、持ち込んだマルガレータ様が良いだろうということで。

ダニエルはそう言って、席へと案内した。

 

「他のご注文は無しで宜しいですよね?」

「えぇ、まずはミミック料理から。楽しませてもらおうかしら」

 

マルガレータはクスリと笑った。

ここの料理はどれも美味しいが、まずは気になるものから。

実際にどういうものが出てくるかわからない以上、まずはそれを見てから決めたほうが良いだろう。

 

暫くすると、ダニエルが一つの深皿を持ってきた。

 

「お待たせしました。ミミックのタンシチューです」

「わ、そう来たか」

 

マルガレータは驚いた。確かにミミックの『舌』という。

実際に箱の中は口として機能しているかわからない以上、あくまでそれは呼称だけで、『舌』としての機能を果たしているかは怪しいもので、実際には触手のようなものだと誰かが語っていたのを聞いたことがある。

だが確かに見た目も、そしてあの弾力性のある感触も。

ちょっとよく考えるとグロテスクなところも含めて、牛のタンに近しいものだとは思えなくもない。

 

牛タン。それは魅惑の食材で、上流階級で食されるものだ。

そもそも牛を食材として扱うこと自体が庶民には縁がないし、ましてや内臓はある種の珍味で、独占的な扱いをする領地もあると聞く。

マルガレータも食べたことがない訳では無いが、滅多に食べられるものではなかったし、勿論街中で出会えるものではなかった。

 

ミミックのタンと牛のタン。

さて、その間にはどれほどの違いがあるというのだろうか。

 

マルガレータはワクワクしながら、スープに匙を入れてみた。

ブラウン色のシチューの中にはタンと思しき肉の塊がゴロゴロと入れられている。

一つ持ち上げ、配膳してくれたダニエルに聞いてみる。

 

「これ、全部……?」

「はい、ミミックの舌だそうです」

「凄いわねえ……」

 

よく考えてみると。

マルガレータがどんな食材を持ち込んでも、食べられるものなら料理の形にしてくれている。

それどころか、その食材も殆ど無駄にしていないことが察せられるのだ。

マルガレータは料理に詳しい訳では無い。だが、未知の食材を扱って失敗しない訳がないのだ。

もし、それをうまく調理するまでの試行錯誤の過程で食材を消費しすぎたなら。

こうして惜しむことなく食材を使うことは出来ないに違いない。

 

失敗を殆どしない――彼女の持つ祝福(ギフト)のおかげか、その知識や経験によるものか。

それは分からないが、こうして贅沢なほどに素材を使った料理を食べられるのも、ここの持ち味の一つだと思っている。

 

「では……」

 

もう待ちきれない。

意気揚々として、マルガレータはその『舌』を口の中に運んだ――

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