その後給仕のダニエルが運んできたのは野菜炒めとややくすんだ黄色のポタージュだった。
野菜炒めは人参の鮮やかな色味と、コロコロと転がる栗が目を惹いて、ポタージュは香り高く湯気を発している。
ポタージュの上にはクルトンが幾つか浮いており、更に何やらパウダーが振りかけられている。
相変わらず、エルフが食べられる食材だけでよくもまあ美味しそうに作る。
ユーフェは感心しながらまずはポタージュを口にした。
「わ、濃厚……」
トロリとした粘度のあるスープで、滑らかな口当たり。
口に含んだ瞬間に感じられるのは栗の濃厚な旨み。ほんのりと感じる甘みと塩味のバランスが心地よい。
上にかけられたパウダー。これも口にしてみて正体がわかった。
(この香りはシナモンか)
刺激の強い個性的な香りだが、不思議と合う。
後を引く味と香りで、スープを掬う手が止まらない。
浮いているクルトンもまたアクセントだ。
香ばしく舌を楽しませてくれる。
ここならば安心して食べられるのも有り難い。
バターではなく、純粋に植物油だけで仕上げられているのが舌でわかる。
「普段頂く野菜ベースのスープとはまた異なる味わいね……」
栗の香りと独特な甘み。
存分にそのポテンシャルを引き出した料理は、普段とはまた趣の違うもので満足感がある。
ほう、と息を吐くと苦笑い。
まだ他にもメニューがあるのだ。これで満足して帰っては後悔するだろう。
「で、野菜炒めか……」
栗を加熱したことがないわけではない。
火を通してやるとほっくりとして美味しかったように記憶している。
だが、このように野菜と合わせて炒め物に使ったことはなかった。
折角であるし、人参や玉ねぎと一緒に食してみよう。
そう思い、ユーフェは同時に口に入れてみた。
すると。
(思ったよりも……!)
しんなりとした人参と玉ねぎの甘みが口に広がる。
だが、それとはまた異なるコロコロと硬い栗がその中に混じると、また違った印象を受ける。
それぞれの風味の違いを楽しめながらも、ホクホクとした栗が一際に美味しい。
こうしてみると、炒め物の中に入っているというのに嫌な甘さではなく、寧ろ独特な食感が加えられることでまた別物の魅力ある料理に仕上がっているように思われた。
芋に比べても小ぶりで硬質、しかしながら食べづらさを感じず、また違った甘み。
まさに秋の味覚。この時期にしか食べられない栗の味わいに何度も頷いてしまうような味だった。
周りを見渡してみれば、鶏肉と野菜とともに炒められた栗もあったし、パスタの中に入っているのも見受けられた。
マロンフェアとは良くいったもので、趣向を凝らした料理の数々で大量の栗を使ってみせようという気概が感じられる。
その後もユーフェが食べ進め、皿が空になった頃合い。
ダニエルがちょうどよく「デザートです」、と2つの品を運んできた。
「マロンガレットとマロングラッセです」
「……片方は、渋皮煮とか甘露煮と似ているけれど」
ガレットは良い。
デザートとして出てくることに少しばかり疑問はあるが、砂糖を使っているのだろう。
甘い香りがしているし、上に載せられた栗もまた美味しそうだ。
もう片方のマロングラッセが気になる。
先程出てきた渋皮煮や甘露煮も十分な甘さであったが、わざわざこれがデザートとして出てくる意味は何か?
それらとの違いはあるのか。
見た目には少し色味が違うぐらいで、艷やかな見た目はそっくりである。
「先の2品は内側の皮を剥くかどうかで異なる、ということはお話したかと思います」
「えぇ、聞いたわ。あの色が濃い方が皮を剥いてないほうよね」
マロングラッセの方を見ると、それよりは少し淡い色合いに見える。
「当店のマロングラッセは皮を剥いており、甘露煮に近い形なのですが、調理工程が異なるとのことです。シロップで煮て冷まし、砂糖を加えながらそれを繰り返す。ダンジョンの異常事態を聞いてから直ぐに仕込み始めたとのことで、ようやく少しずつ出せるようになったとか」
「へえぇ……」
より手間をかけている、ということだろうか。
ユーフェは感心の声をあげた。
「実のところ、もっと時間をかけて仕込んでいくそうなので。また後日いらしていただければより時間をかけたものが頂けると思います」
「それはまた」
何とも贅沢な話だ。
セリーヌの拘りと熱意が伝わると同時にそこまでするのか、という思いを抱く。
そしてまたこの店に来ることが楽しみに感じられる。その要素が一つ増えたわけだ。
「味はどう違うの?」
「出来るだけ大粒の栗を使っているとのことです。なのでホロリと崩れる食感が強く感じられます。それだけでなく、砂糖の層がある為、独特な食感です。これは食べてみて感じていただければと。また、シロップに長く浸けておりますのでより強い甘みが特徴的ですね」
「なるほどね。デザートにより適しているってわけ」
「そういうことですね」
ダニエルは深くうなずき、「ではご賞味いただければ幸いです」と言い残して去っていった。
その背を見送ってから、ユーフェは再び残った2品に目を向ける。
「栗そのものの味を楽しめる煮物2つに、ポタージュに野菜炒め。最後にガレットと栗のシロップ煮か……」
くりクリ栗と食べてきたが、どれもまた食べたいと思える料理であった。
そしてユーフェはマロングラッセと呼ばれた料理に手を伸ばす。
こうしてみると艶のある栗がどこか上品で、気品あるようにみえるから不思議だ。
それに、ダニエルが説明したことを踏まえるならそれほどまでに手間暇をかけた料理であるわけで、シンプルな見た目に反してその一粒一粒を味わうべきものだろう。
そのギャップというべきものに面白さを感じながら、恐る恐る口に含む。
シャリッ。
「……!」
あまりの驚きに口に手を当てる。
軽く歯を当てたらその瞬間に、感じた食感。その正体は直ぐにわかった。
砂糖だ。砂糖の結晶に歯が当たったのだ。
ダニエルの説明を思い出す。確かに砂糖の層により独特な食感があると言っていた。
これがそうだ、と認識した直後にはホロリと栗が崩れていく。
しっとりとした砂糖の濃密な甘みと大粒の栗がもたらすほっくりとした優しい甘みが溶け合う。
数回噛んで飲みこむ。
そして思わず残りの一粒一粒をじっと見つめた。
手間暇をかけて磨き上げられた、味覚の宝石。
これほどのものはここ以外で決して食べられないだろうと確信できてしまう。
(調理法を知らないということもあるけれど、そもそもそれだけの時間と手間をかける、ということに執念を感じるわ……)
もう一口。今度は噛まずに舌で転がしてみる。
すると、やはりシロップの強い甘みがじんわりと感じられて、幸福な気持ちになる。
コロコロと転がしているうちに栗の風味も立ち上り、なんとも贅沢な楽しみ方だ。
そして最後に噛みしめれば、その中心から栗とシロップの味わいがまたしみ出すように溢れていって、後味まで残る力強さにほう、と息を吐いてしまう。
このまま全て食べつくしてはいけない、と今度はガレットに手を伸ばす。
硬い生地の上にかけられたソース――以前キャラメルソースと紹介されたことがあったそれを口にすればやはり、また幸せな甘さとサクサクして香ばしい生地が最高のハーモニーをもたらしてくれる。
その上に転がる栗も一緒に口にすればそれはもう、得も言われぬ味わいだった。
栗がなくとも美味しい逸品だが、確かに栗があることでより強烈な体験を生み出してくれる。そんな品物だった。
「マロンフェア……恐るべし、ね……」
まだまだ暫くは続くという。
それにマロングラッセももっと時間をかけて仕込んだものを出すともいう。
暫くこの街はあちこちで栗尽くしとなるであろうが、少なくともこの「テーベ」でそれに飽きることはないだろうなと。
ユーフェは再びマロングラッセを口にしつつ、そう思った。
「お土産に、揚げ栗なんて如何です? シンプルで素朴なものですが美味しいんですよー」
「買うわ。……塩もついているのね」
「えぇ、少し振りかけてお食べください」
「わかった」