セリーヌの『神の手』料理譚   作:雪月/Yukiduki

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魅惑のオレンジシャーベット#2

「おまたせしました。オレンジシャーベットです!」

 

イザベルと魔法談義に興じて待っていたところ、それほど時間をかけずにセリーヌが調理場から現れた。

その手には2つのオレンジ色の何かが乗ったお皿。

 

「オレンジシャーベット……シャルバートとは違うのかしら?」

 

雪に果汁をかけたり、或いは果汁と水を混ぜて冷やしたものならば知っている。

だが、そうして甘味を食べるのは基本的には貴族や富裕層の楽しみで、庶民にはあまり縁がないものだ。

ルイーズは旅の中で天然氷や雪を特産品とする街に滞在した経験があるが、そうでもなければあまり口に入るものではないだろう。

 

「あぁ、そういえば冷たい飲み物全般をシャルバートと呼ぶのでしたっけ……。そうですね、もう少し違いますが冷たいモノという意味では似たようなものです」

「ふうん……確かに、どちらかというと雪みたいな見た目よね」

 

ルイーズは皿を興味深げに眺める。

雪にシロップをかけたわけではなく、色の付いた雪のような見た目。

オレンジシャーベットと称するからには先程の凍ったオレンジを使っているのだろう。

氷のようなオレンジが雪のようなオレンジになった、ということだろうか……?

 

「是非食べてみてください。私が何故果物を凍らせたがったか、分かると思います」

「それなら早速……」

「あたしも頂くわね」

 

イザベルと共に皿の中に匙を差し入れる。

するとシャクっと心地よい音と共にオレンジ色の雪が崩れ、掬うことが出来た。

 

「柔らかい……。やっぱり雪みたいねえ」

「本当ね。これはかなり贅沢なものなんじゃないかしら……」

 

2人で顔を見合わせる。

セリーヌの作るものが絶品であること、また今まで見たこともないものも多くあることは良く知っているが、これはその中でもまた格別のものではないか。

そんな予感と期待感が胸に宿った。

 

そしてそんな2人の様子をセリーヌは楽しそうに見つめている。

 

「……食べてみましょうか」

「そうね……」

 

何故か少しだけドキドキするが、何はともあれ食べなければ始まらない。

そう思い、口に含めば――

 

「冷たっ!?」

「~~~~~~!」

 

想像していた以上の衝撃が口の中を襲い、思わず口元を抑えてしまう。

突然の刺激に2人は目を白黒させ、この刺激の正体はなんなのかを考える。

冷たい、甘い、冷たい。そして少し酸っぱい。

ルイーズがかつて飲んだシャルバートも冷たくて甘い素晴らしいモノだったが、これはそれの遥か上を行くものだった。

なにせ一瞬、自分が何を食べたかわからなくなるほどの衝撃だ。

冷たくて甘いものを食べたのだと実感したのは遅れてからのことで、それもとてつもなく濃厚で爽やかな甘味だった。

 

「天上の美味とはこのことね……」

 

イザベルが呆然とした様子でつぶやく。

無理もないと思う。

ルイーズ自身、言葉が出ないのだ。

 

今一度シャクリと口に含めばスッと溶けていくのに濃厚な味というギャップに混乱する。

そしてこのヒンヤリとした冷たさがどうしてか心地よい。

もし、太陽の日差しが降り注ぐ夏にこれが楽しめたなら。それはなんと贅沢なことだろうか。

そして、それは自分とイザベルが作り出した吸熱箱を使えば実現できるのだ。

 

「多分ベースはあの凍らせた果実なのでしょうけれど……それだけじゃないわよね?」

 

凝り性なセリーヌのことだ、趣向を凝らしているに違いない。

そう思いながら問えば、セリーヌは嬉しそうに答えた。

 

「そのまま素直なシャーベットでも充分美味しいと思いますが、砂糖に牛乳、赤ワインを入れて調整していますよ。酸味が強い果実でしたのでより食べやすく、より味わいやすくしたいと思いまして」

「牛乳って……牛の乳?チーズにしないでそのまま混ぜたの?獣臭くない?」

「確かにチーズにするのが主流ですけれど、実はそのままでも優れた食材なんです。まあ、確かにうまく使えるようにするのはかなり大変でしたが。……なんで牛乳を飲む文化がないのよ……困る……」

 

最後の方の言葉はボソッとした独り言のようで聞こえなかったが。

ともあれ衝撃的な話だった。言われてみれば少しそれらしい、独特な香りがする気がする。

でも嫌味なほどじゃなく寧ろ風味を引き立てるエッセンスのようで、セリーヌの腕には脱帽する他ない。

それに高級品の砂糖まで!この天上の美味を生み出すためなら理解は出来るが、やはり彼女の料理への拘りは尋常ではないのだなと思わされる。

 

「実は今までも料理に入れたりしてたんです」

「そうなの?」

「隠し味として良く入れますね。先程のミートパイにも実は入ってたりね」

「そんな……気づかなかった……」

 

セリーヌは得意げに胸を張った。

これは完敗だ。唸る他にないだろう。

 

「それにしても、あっという間になくなってしまったわ」

 

気づけば皿の中は空っぽになっていた。

少しだけ溶け出した分が水たまりのようになっているが、流石にそれを舐め取るというのははしたないだろう。

名残惜しいひとときだったが、仕方ない。

 

「流石にこれのお土産は……」

「溶けちゃいますしね。それに量もまだ出せないので」

「そうよねえ……」

 

ううむ。先程のミートパイも最高だったが、これはより格別なモノだった。

これこそ皆に共有したいものだけれど。

 

「今のところは私達の秘密、ってことにしておいてください。吸熱箱ももう少し改良をお願いしたいですし、それが落ち着いたら店にも出せるんじゃないかなと」

「そうよねえ。改良点について聞きましょうか」

「はい、イザベルさん。まずは大型にして頂きたいのと、水が氷にならない程度にまで冷気を弱くした箱を別に作ってほしくて――」

 

早速魔導具の改良について話を進める店主のセリーヌと魔導技師のイザベル。

2人の熱心な会話を何となしに聞き流していたルイーズは先程食べたシャーベットについて何となしに考えていた。

 

これは、今まで氷か雪ぐらいでしか冷たいものを食べたことがない人間の価値観を変える代物だろうなと。

それにこのサッパリとした、それでいて濃厚な不思議な味わい。極上の甘味とも言えるだろう。

これ以上の甘味はきっと宮廷にいる青い血の方々だって――

そこまで考えてルイーズはハッとした。

 

慌てて口を挟む。

 

「ね、ねえ2人とも?」

「ん?」

「はい?」

 

振り返る2人にどう説明したものか考える。

多分イザベルは魔導具について考えるので頭がいっぱいで、セリーヌは常識が抜け落ちているところがある(だからこそ常識ハズレの料理を次々に作り出すのだろうが……)

だから深く考えていないのだろうが、これはよく考えると重要なことだ。

 

「このシャーベットも吸熱箱も、そのまま店に出すのはマズイかも……」

「へ?」

「……あ。もしかして、ヤバい?」

 

そしてセリーヌは呆けた声を。イザベルはようやくこれが持つ価値について気がついたように。

それぞれの反応を示すのだった。

 

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