DOG DAYS 〜The Demise Hero〜   作:セラフィエル

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今回は姫様視点です。


第23話 終戦

一人一人の鼓動ですら聞こえそうな静寂に包まれた世界。

皆が空を仰ぎ、一点を見つめている。

オミノスや魔物でさえも。

 

その視線の先には空に浮かぶ黒い天使。

片手には禍々しい大剣を携え、その背には一対の翼が世界を覆うように幡めく。

 

天使がゆっくりと目を開ける。

その双眸は紅に輝き、凄まじい殺意が辺りに放たれる。

 

「・・・和・・・斗さん?」

 

私の口から溜息のように彼の名が零れる。

その声が聞こえたかのか、和斗さんがフッとこちらを見てゆっくりと地に降りていく。

 

そして、その爪先が地に触れた瞬間ーーー

 

「「「ッッ⁉︎」」」

 

ーーーその姿が消えた。

 

次に起きた事はほんのコンマ一秒ほどだったろう。

身体を横に傾ける魔物。

剣を振り下ろした状態で魔物の後方に現れる和斗さん。

地に落ちる赤銅色の塊。

 

「イィィッッ・・・アァ・・・アアアァァァァッッ⁉︎⁉︎」

 

そして、魔物の右肩から吹き出す鮮血。

 

斬り落としたのだ。

一瞬の、さらに一瞬で、魔物の右腕を。

 

速い・・・!速過ぎる・・・!

 

「き・・・貴様ァァァァッッ‼︎殺すッッ‼︎殺してやるゥゥゥッッ‼︎」

 

魔物が金切り声を上げ、和斗さんを睨み付ける。

魔物の背後に巨大な紋章が出現し、黒紫色の光球が無数に産み出される。

 

「死ねェェェェッッ‼︎」

 

次々と和斗さんを襲いかかる死の球。

それが動こうとしない和斗さんを直撃し、禍々しい輝力がその威力を爆散させる。

 

濛々と立ち込める煙のせいで和斗さんの姿は見えないが、無事なのだろうか。

 

しかし、そんな心配は杞憂だった。

 

煙を払い、地を裂く漆黒の閃光。

その閃光は猛獣のような雄叫びを轟かせながら、魔物の左腕を両断した。

 

一瞬遅れて、辺りに血飛沫が飛び散った。

 

「ギャァァァァッッ⁉︎⁉︎」

 

悲鳴を上げて、後退りする魔物。

その顔にはあの気持ち悪いニタニタ笑いは消え、恐怖だけが強く刻まれていた。

 

晴れた煙の中から無傷の和斗さんが現れる。

和斗さんは恐怖に狼狽える魔物を見据えると、背中の翼を幡めかせ、空へと昇っていく。

 

「ギャア!ギャアア‼︎」

 

すると、空を覆うオミノスの大群がまるで一体の巨大な生き物のように、集団で和斗さんに襲い掛かった。

 

オミノスの大群はたちまち和斗さんを飲み込み、真っ黒な蠢く球体を形成する。

 

だが、

 

「おおおおォォォォッッッッ‼︎‼︎」

 

雄叫びと共にオミノスの塊が一瞬にして塵と化す。

その余波は空を駆け巡り、残りのオミノス全てを屠った。

 

 

 

 

 

そしてーーー

 

 

 

 

 

渦巻く灰塵の中で突如現れた、天使の描かれた黒い紋章。

 

 

 

世界を飲み込まんとする"十二枚"の翼。

 

 

 

悍ましく輝く真紅の瞳。

 

 

 

抗うことの許されない絶対的存在。

 

 

 

 

身体が動かない。

動かそうとすると、本能が全力でそれを拒絶する。

もしそれに逆らえば、押し潰されてしまいそうな程の覇気。

再び沈黙が世界を支配する。

さっきよりも重く、鋭く。

 

「ヒッ・・・アッ・・・アァァ・・・」

 

魔物が弱々しい声で狼狽える。

その眼球は激しく震え、歯はガチガチと音を鳴らしている。

私達を相手にした時の余裕と威勢は完全に消えていた。

これが私達を苦しめた魔物なのかと疑う程だ。

 

しかし、無理もない。

傍にいる私達でさえ、凄まじい重圧を感じているのだ。

直接、和斗さんの殺意と覇気を受けている魔物の恐怖は計り知れないだろう。

 

和斗さんがゆっくりと、両手で握った大剣を頭上に翳す。

 

「ヒッ・・・ヒィィィィィッッ‼︎」

 

遂に耐えられなくなったのか、魔物が和斗さんに背を向け、逃げ出した。

 

 

曇天が大剣を核に渦巻き始める。

風を吸い込むように、強風が吹き荒れる。

黒い雷光が唸りを上げ、大剣がドロドロの瘴気を纏う。

 

 

「姫様ッ‼︎今の内に‼︎」

 

鋭い声が響いたかと思った途端、身体が持ち上げられ、ブランシールの柔らかな背中に乗せられた。

直後、リゼルがブランシールに飛び乗った。

 

「総員‼︎直ちに離脱しなさいッ‼︎」

 

リゼルの命令によって、唖然としていたメイド達が負傷者をブランシールに乗せ、飛び立っていく。

そして、私達の乗るブランシールもふわりと飛び立つ。

 

 

大剣が瘴気によって、先端が曇天に隠れて見えなくなるほどに巨大化していた。

 

渦巻いていた暗雲が静止する。

風が止み、全ての音が消失する。

 

 

 

嵐の予兆の如き静寂。

 

 

 

刹那ーーー

 

 

 

 

 

 

「ーーー堕ちろ。《終焉天使(ルシファー)》」

 

 

 

 

 

 

破滅を齎す天使の一撃が、地に堕とされた。

 

 

 

 

 

 

巨神の槌が大地を叩くが如き轟音が空間を奔り廻る。

 

煌黒の太陽が世界を照らす。

 

雷雲の中にいるかのような爆風が吹き荒れる。

 

煽られるブランシールに掴まりながら、幽かな断末魔が聞こえたような気がした。

 

 

そして、静寂。

 

 

「う・・・うぅ・・・」

 

バクバクと激しく脈打つ私の心臓をブランシールの暖かな羽毛が落ち着かせていく。

 

「・・・大丈夫ですか?姫様」

 

リゼルが私に声を掛ける。

 

「は・・・はい。何とか・・・」

 

そう言いつつ、目を開ける。

しかし、その視線の先の光景を目の当たりにした瞬間、再び心臓がドクンと跳ね上がった。

 

「こ・・・これは・・・」

 

「なッ・・・⁉︎」

 

そこは谷だった。

 

いや、正確にはほんの数秒前まで草原だった場所だ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

しかし、眼下では草原を遥か向こうまで縦断する巨大な谷が、そこにあった。

消し飛ばしたのだ。

あの恐ろしい一撃で。

 

それだけではない。

さっきまで空を覆っていた分厚い雲が跡形も無く消え、照り輝く太陽の光が私達を照らしていた。

あの一撃は大地だけでなく、大空さえも斬り裂いてしまったのだ。

 

魔物の姿はどこにも無い。

恐らく地面ごと消し飛ばされてしまったのだろう。

 

視線を空へと移す。

 

そこには太陽を背にし、神々しい威厳を放つ十二翼の天使が優雅に浮かんでいた。

 

しかし、直後、その翼や大剣にヒビが入り、儚く砕け散った。

 

そして、重力に従って地面へと真っ逆さま落下する和斗さんの身体。

 

このままでは地面にぶつかると思った時、桜色のセルクルが和斗さんをその背中でキャッチした。

 

「ハーラン!」

 

ハーランは一声鳴くと、私達の乗るブランシールの横についた。

身を乗り出して、ハーランの羽毛を撫で、和斗さんの安否を確認する。

 

細かい傷はあるものの、致命傷になるような傷は無いようだ。

先程の恐ろしい殺気は消え、その顔は穏やかな寝顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後ーーーー

 

リーフ王子率いる聖ハルヴァー王国、レザン王子率いるドラジェ領国の救援隊によって私達は安全にそれぞれの国に帰国した。

 

リーフ王子によると、魔物との戦と聞いて応援に駆け付けようとしたが、急にブランシールやセルクル達が動きを止め、まるで何かに怯えるかのように梃子でも動いてくれなかったらしい。

 

それだけではない。

フロニャルド各地で動物達が一斉に静まり返り、風が息を潜めるようにピタリと止んだりするなどの異常現象が起こった。

 

そして、スキム草原に出現した魔物や謎の赤い輝き、空を貫く程巨大な漆黒の剣。

あれらを数人の国民が目撃し、瞬く間にフロニャルド中に広がった。

そのせいか、国民が不安に煽られ、混乱しているらしい。

しかし、それもアメリタ達による緊急演説の説明により、少し収まってきていると、記者の質問攻めから戻ったアメリタから聞いた。

 

また、手足の骨を折るなどの重傷者は出したものの、不幸中の幸いか、死者は一人もいなかった。さらに、迅速な治療によって後遺症が残る者もいないらしい。

 

 

 

 

 

こうして・・・多くの被害と混乱を招いた対魔物戦は終末を迎えた。

 

 

 

 

 

 

それなのに。

 

 

コンコンとドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

緻密な装飾の施されたドアを開けて入ってきたリゼルは一礼すると、私の下に歩いてきた。

 

「姫様、御気分はいかがですか?」

 

「大分良くなりました。まだ少し痛みますが・・・」

 

そう言って脇腹に触れる。

魔物に与えられた一撃で、肉の一部が切れていたらしい。

痛みはかなり引いたが、動かすと鋭い痛みが走る。

 

「? 姫様、どうかされましたか?浮かぬ顔をしておられますが・・・」

 

リゼルが私の顔を見て、首を傾げる。

どうやら心の中に渦巻くモヤモヤが顔にも出ていたらしい。

 

「リゼル・・・もう全部終わったんですよね・・・?」

 

魔物を倒して、怪我をしつつも皆が一人も欠けることなく帰ってきた。

だから、もう心配する事なんてないのに。

この、心の中の不安は何なのだろうか?

 

「・・・大丈夫ですよ、姫様。もう終わりましたから。」

 

リゼルが微笑みながら答えた。

 

そっと窓から外を眺める。

以前の重々しい曇り空ではなく、どこまでも美しく澄み渡る紫紺の空。

 

少し・・・考え過ぎかもしれない。

 

皆が元気になれば、また楽しい日常が戻ってくる。

なのに、何か起こるんじゃないかと心配するのは無粋だろう。

今は皆が元気になるのを楽しみに待っていよう。

そうすれば、このモヤモヤも消えてくれるに違いない。

 

 

微笑みながら眺めていた窓の外を一羽の鳥が飛んで行った。

どこまでも高く、遠く、美しく。

力一杯その翼を幡めかせながら。




中間考査を挟むため、次の更新は6月に入ってからになります。
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