よくあるナーロッパ世界の片隅にあるかもしれない一コマ。
あるいはプロット作りに詰まると鬱々とした話を描きたくなる病な
あと『ユミアのアトリエ』プレイ動画視聴の衝撃(ry
長いです。そしてとにかく暗いです。
でも
「―――ほれ、今日の分だ」
じゃらり、と。
一掴み程の銅貨が、年季の滲むカウンターの上に小山を作った。
「…………」
ちゃり、ちゃり、と。
小さな指が小銭を均していく音が鳴る。
いつも通りどこかぎこちなく動いていた薄汚れた手は、重なりが無くなるように銭を並べ終えたところで、何かに気付いたようにはたと止まった。
「…………」
「……何だ?」
口は堅く閉じたまま、伸び放題の髪の下から見上げてくる一対の瞳。
面倒だと思いながらも問いかけてみれば、その指は丸く並べた銭の外周をなぞった。
「…………」
「……ちっ、そういうことかよ」
どうやら並べた銅貨の大きさを、以前のそれと比べたらしい。
見立てを外されたことへの理解が頭を巡り、気付いたときには舌打ちが漏れていた。
「ほれ、これで満足か?」
「……っ」
懐から取り出した一層薄汚れた小袋へ、最低価値の硬貨を一枚ずつ、ゆっくりと。
「……よく飽きないもんだな、なあ『草摘み』よ?」
「……?」
気の紛らわしに一言呼び掛けてみれば、返ってきたのは軽く傾げられた疑問の表情。
どうも本当に心当たりの無さそうなその顔を指差し、
「お前さんのことだよ。毎朝森で薬草を採っている子供……『草摘み』ってな」
たった今、そいつが売りに来た薬草の束を指差してそう言ってやれば得心が行ったのだろう。
瞳を隠した髪の向こうから、微かな吐息が聞こえた。
―――街の大通り……の裏っかわに建つ小さな薬屋。……もう三十年来になる我が居城。
若い時分、ここから成り上がってやるぞと息巻いて、そのまま栄えも衰えもせずに根を降ろし、とっくのとうにそんな意気も擦り減り涸れちまった男の根城。それがこの店だ。
そんなこの店ではひと昔前から、持ち込まれる薬草の買い取りをやっている。
大概の薬草を買い取ると謳ってはいるが、高値がつくようなそれを売りに来る輩などはいない。まあ、特に高値で買い取るとも言っていないのだから当然だがな。
何故と問われれば答えは単純、他の店と価格競争をする気などないからだ。
競り合ったところでこんな寂れた店が勝てる相手などいないし、よしんば勝ったとしても大した旨味などない。無駄に敵を増やすだけだ。馬鹿馬鹿しい。
そもそも儂自身が野山で薬草を採ってくるのが厳しい齢になってきたゆえに、楽をしたいという思いで始めただけのこと。
そしてそんな高い薬草を使うような薬など、そもそもはじめから扱ってはいない。
むしろ、そんなもん売り込まれても困る。儂なんぞの手には余るだけだからな。
その点だけで考えれば、この『草摘み』のような人間こそが一番ありがたい客、になるか。
こいつが毎朝持ち込んでくるのは、それこそ子供でもちょいと外出すれば拾ってこれるような、材料としては最低の薬草だけなのだから。
出来上がる薬も擦り傷の痛みを少々黙らせる程度。
それでも素材の安さから薬自体も安価になり、結果需要は無くなりはしない。
その一方で誰しもが簡単に拾える草をわざわざ扱う商人などそうはおらず、使う側は往々にして自力で採ってこなければならなくなるというわけだ。
それでも若い内はこれ幸いと野山を這いずり回ったものだが、今となっては難しい。
どこぞに依頼しようにも、物が物だけに報酬に色を付けるわけにもいかん。たちまち昔の自分が「誰が受けるんだこんな依頼?」と馬鹿にしてきたクズ依頼の完成というわけだ。
成程、世の中こうなっていたのかと妙な感心を覚えた日が懐かしい。
そんな老人の嘆き―――そんな大層なものでもない―――を先日から解消してくれているのが、この『草摘み』というわけだ。……そう呼び始めたのは儂ではないが。
さておき長年常備していた腰痛の薬の消費が減ったのが、こいつのおかげなのは間違いない。
……だからと言って優遇などしてやる気は一片たりともないがな。
別にこの薬草にしても、無いなら無いで構わない。需要は無くならんが供給もまた然りだ。
……そこで、こうも小汚いガキなら数の概念すら曖昧だろう、なんて引っ掛けてやろうと企んで物の見事に躱されたという次第だが。儂には詐欺師の才能すら無かったらしい。
毎度銅貨を几帳面に並べて数えていたのはそういうことだったか。無い知恵を回しよるわ。
「……そいつでパンでも食うのか?」
「っ……」
買い取りでこいつが得る金は大体、安いパンを一つ買えるかどうかという額だ。
そう思って何となく口をついた問いだったが、そいつは小さく首を振った。
これまでにも気紛れにちょっとした話題を振ってやることはあった。
尋常ではなく無口なこいつから真面な答えが返ってくることなどなかったが。
だからこそ、今回も特にこれ以上の返答はないだろうと、目を離したときだった。
「―――ためて、る」
……その声に振り返ったときには、店を出ていく背中が見えただけだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――かしこまりました。では『市民証』の確認をさせていただきます」
「ああ、はいよ」
きっちりと背筋を伸ばした職員に促され、懐から手の平程のカードを取り出す。
……今更こんなやり取りが必要かとも思うが、まあ規則は規則か。
「……はい、確かにお受け取りしました。またよろしくお願いします」
「ああ」
納品した薬が職員の手で奥へと運ばれていくのを見届けつつ、その代金と共に返されたカードを何となしに見つめる。
市民証、という名のこいつは、この街の住民であることを簡易に保証する物だ。
持ってなければ即浮浪者、というわけでもないが、これを所持している限りはこの街に敷かれた法の下に身の保証を受けられるという代物。
盗み等の被害に遭えば補填を受けられるし、加害者は罰則の対象となる。
先の納品にしても、所持を確認したという事実があれば、万に一つ薬に問題があったとしても、その責は取引をした職員にはないという判断がされるらしい。
もう二十数年の取引になるのだからいちいち確認しなくてもいいだろうとも思うが、規則通りに対応していなければ、あの職員が叱責されることになるのだろう。
……いや、それでなくとも彼女は特に几帳面さで通っている職員だったか。
新人の頃の初々しい姿を知っているジジイとしては中々どうして感慨深いものがあるな。
「―――で、こっちの依頼でどうだ?」
「おいおい、またあの森に入るのか? 面倒くせえな」
「実入りがいいんだからしょうがねえだろ」
ぼそぼそと、数人の若者が相談する声が聞こえてきた。
声の近くにあるのは───ああ、依頼書を集めた掲示板だな。
儂自身がわざわざ依頼にしなきゃならん問題を抱えることなどついぞなかったが、どんな願いがそこに集まってくるかぐらいは知っている。
概ね力か体力を要する骨折り仕事。あの若者達はその報酬を日々の糊口にしている連中だろう。
しがない薬屋の儂としては、むしろああいう若造どもの方が太い客ということにはなるか。
高いがよく効く薬、よりは痛みを誤魔化せる程度の安い物、を好む連中。
この齢まで特に波風もなく食っていけたのは彼らのおかげとも言える。
「それよりこっちにしねえか? ちょいと安いが森に行くより楽だぞ」
「あー……実はその、飲みのツケを払う約束でよお」
「お前、またそんな飲み方してやがったのか……知らねえぞ」
…………まあ、そういう後先考えない性質に利を得てる身としては、何とも言えん。
せいぜい身体が動くうちに稼いでくれと、老体引き摺って祈ってやるぐらいだな。
「しょうがねえな……ほれ、俺も一緒に受けてやるよ」
「へへへ……悪いな。今度まとまった金が入ったら奢るからな」
「それ前にも聞いたぞ。まったく、いつになるやらなあ」
───おお、存外仲は良いらしいな。
冗談を言い合いながらも掲示板より剥がした依頼書を手に、さっきの職員が待つカウンターへと向かっていく彼らをぼんやり眺めつつ、そんなことを思う。
儂にも若さに任せてバカをやる友人が居ればあんな道も……いや、性に合わんかったろうな。
「……かしこまりました。では市民証の確認をさせていただきます」
「あいよ」
「はいはい」
「ええっと……ああ、あったあった」
ここでも市民証の提示を求められるのか。まあ、浮浪者かどうかも定かでない人間に依頼しようとは誰も思わんか。
そして彼らのような連中でもアレをしっかりと持って……それはそうか。取得しておくだけなら大した手間は必要ないものな。
この街で産まれてくれば勿論、他所からやって来た場合でも、此処のような施設でちょっとした手続きと、既定の金額を払えば誰でも発行してもらえる代物だ。
かくいう儂も既に記憶の彼方にだが、この街に来た日に手続きを行ったことを覚えている。
たしかあの時は……軽く倫理観を問うような質問をニ、三されたのだったか。
前科が無いか、あるいは即座に罪を犯すような者でないかだけ確認しているのだろう。数十年経った今も変わってなければだが。
「……お、そうだ。丁度近くを通るし、あれも回収しとこうぜ」
「ん? ……ああ、あれか。大した稼ぎにゃならねえが……まあ、いいか」
「ああ、折角だしな」
……何やら依頼とは別に稼ぎの当てがあるらしい。結構なことだ。
こうして見かけた縁に、彼らの健闘と健康を適当に祈っておくとしよう。飯の種としてな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――今日は随分と遅かったじゃないか」
その日『草摘み』が顔を見せたのは、もう日が落ちようかという時間だった。
普段は真上から傾きだす頃だというのに、珍しいこともあったものだ。
「じかん、かかった」
「……そうかい。量は……いつも通りか」
珍しく発言、しかし常の域を超えない簡素な返答を聞きつつ、持ち込まれた薬草を検めていく。
しかしこれまたいつもの事だが、もう確認を省いて良いかと思うほどにいつも通りな成果だな。
擦れた
勿論、違う草が混じっていないか等の確認は必要なわけで、本当に省けるはずもないのだが……もしかするとこいつ、なかなかに鋭敏な感覚を持っているのではないか?
……そんな考えが浮かんだところで、一つの疑問が頭をもたげた。
「別に問題があるわけではないんだが……何でいつもこの量なんだ?」
儂からこいつに指定した覚えなどないし、多かろうが少なかろうが構わない。
こうもきっちり量を合わせられるなら、見つけただけ採っているはずもない。
さらに言えば、この薬草は繁殖力も旺盛で、少々の範囲を採り尽くした程度で生えなくなることなどないし、そもそもこんな子供に採り尽せるような生え方はしていない。
先日聞こえたこいつの目的―――貯めてる、というのが冗談の類ではないならば、なるべく多く採ってくるものではないのか。そう思って尋ねてみれば。
「…………むり」
返ってきた言葉は非常に端的だった。
そこに込められた意味を考え、思考を巡らせる。
―――袋の容量の限界……には、まだ遠いか。
―――時間的な限界……は、今日はともかく普段は余裕があるはず。
―――持てる量……あの細腕で抱えられる重さの限界か?
改めて見れば『草摘み』の四肢は針金かと言いたくなるほど細い。
どこぞで拾ってきたのか、大きめのローブを纏っているため胴回りは不明だが、布に隠れた部分だけ恰幅が良いはずもあるまい。
「……ふむ」
銅貨を並べる姿を眺めながら、ぼんやりと考える。
肩入れしてやる理由などないし、助けてやろうなどとは思わない。
ただ、まあ……多少なり店の利益を求めてもおかしくはあるまい。
「これを見ろ、『草摘み』」
「……?」
カウンターの上へ、とある薬草を取り出す。
儂が見せた
「こっちと同じような生え方をするから、見覚えはあるだろう。僅かにだがこちらより希少性があって、買い取り額にも色が付く」
「…………」
「持ってきたなら、これも買い取ってやろう」
「…………」
「…………まあ、こんなもの買い取るのはこの店ぐらいだろうがな」
「……そう」
あまりにも反応が薄いせいで余計なことまで言った気がするが、嘘ではない。
先の薬草同様に隙間のような需要を持つ草で、常に取り扱う店は多くないのだ。
儂もこればかり採ってこられては困るが、だからといって周りに生えたいつもの薬草をこいつが無視することはないだろう。
「……また、くる」
「…………おお!? あ、ああ、また来いよ」
銅貨を収め終わったところで、そんな一言が聞こえて。
一瞬、空耳じゃないかと疑って、反応が遅れた。
「ありがとう」
……戸を閉める音に紛れたそれは、今度こそ幻覚だったのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――まったく、どこでちょろまかしてくるんだか」
「人聞きが悪いなあ。ちゃんと売れよお」
「分かってらあ。……仕方ねえな、まったく」
通りを歩いていて、そんなやり取りが聞こえてきた。
そちらに目を遣れば、湯気の立つ屋台を前に、にやにやと笑う少年の姿がある。
「あちち……へへっ、これこれ」
「ふん……美味いか?」
「ん、全然?」
「っ!? てめえっ!」
「だって美味かったら、もっと人が並んでるはずだろ?」
「…………」
少年の言葉に黙り込んでしまうあたり、店主にも自覚はあったようだ。
たしかにこの時間の飲食品を扱う屋台にしては致命的に人気がないな。
「んぐ……それに、美味かったらおれが食えるような値段にしてないだろ?」
「……そうなんだよなあ。いったい何がそんなに悪いのか……」
「別にいいじゃんか。おれみたいに大事に銅貨握りしめた奴が食いにくるんだし」
「…………そうなんだよなあ」
……何やら飲食店版の儂の店に見えてきた。おそらく客層にも違いはあるまい。
先達として、そこは意外と安定した土台だぞと、心中でエールを送っておこう。
いや、飲食物と薬では話が違うか? ……まあ、頑張ってくれとしか言えんな。うむ。
「しっかし幾ら安いったって、毎日のように食える小遣いなんかもらえないだろう? なんだ? 薬草摘みでもしてるのか?」
「おいおい、おれがそんな泥臭いことすると思うのか?」
「……だよなあ」
泥臭い、か。……うん、泥臭いな。
儂は若い頃やってたが。嬉々として。
少なくともあの時分のガキが、好き好んでやることではないのはそうだろうとも。
「上手い稼ぎ方なんて、ちょっと頭を使えば幾らでも転がってるってことさ」
「稼ぎ方ねえ……俺も出来るならもっと楽に稼ぎてえもんだがなあ」
「じゃあ、おっさんもやってみるか? おれの稼ぎ方」
「…………いや、俺はこの腕で大きくなってやるって決めたんだよ」
……ますます若い頃の儂だな。あの店主。
傍から見る立場になって思うのは、大言はもう少し腕を磨いてきてから吐けよ、だがな。
「へー……この腕で?」
「…………」
やめてやれ、少年。
……いや、言ってやれ、少年。
お主のような輩がいたならば、もう少し早く諦められたかもしれん。
そうすれば違う道もあったのだろう。今となっては詮無いが。
…………さて、今日は大通りの店で美味い飯でも食うか。
気の向いたときに多少なり奮発できる程度の懐の余裕はあるからな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――うむ……この量なら、この額になるな」
持ち込まれた薬草の確認を終え、カウンターに
「だが……この薬草はこれ以上買い取れん。これで向こう数年分になるんでな」
やや予想外の事態に小さくない頭痛を感じながら、ようやくそう言った。
「言いたいことはあるだろうが、分かって欲しい」
そう言い放った儂に、そいつは残念そうな顔を隠さずに、こう言った。
「ちぇっ、いい稼ぎ場になると思ったのによお」
そう言って不満を隠さない男を、傍らの二人が宥めに入る。
「いいじゃないか。たいして苦労したわけでもないんだし」
「一度だけでもいい稼ぎになっただろ。……で、奢りの件だがな―――」
とある誰かに教えた、ほんの少し珍しい薬草の束を前にして。
儂の耳はいつの間にか、男達のやり取りを閉め出していた。
「―――無事だったのか!?」
「……?」
「あ……ああ、いや、何でもない」
「……??」
儂の想像を裏切り、『草摘み』は今日も現れた。
時間としては普段より少し遅く、前回よりは少し早い。
「……ん」
「あ、ああ、買い取りだな? ……っ」
首を傾げるそいつからいつもの袋を受け取り、いつもの重みに息を呑む。
広げて確認してみれば疑うまでもなく、いつも通りの成果がそこにあった。
「……いつもの薬草、だな。昨日見せた薬草は採らなかったのか?」
「…………」
儂の問いに『草摘み』は僅かの沈黙の後―――ほんの少し口角を上げ、答えた。
「……まえより、らくだった。ありがとう」
…………何を言われているのか、分からなかった。
だが事の次第は、その構図は、おぼろげながら目に浮かんできていた。
「……昨日もか」
「?」
「遅くなった理由は、あいつらに奪われたからだな?」
「…………」
否定しない『草摘み』を前に、怒り、とも言い辛い感覚が腹の底に渦巻いた。
こいつを殊更気に掛けているわけでもないが……あの若造共はこんな子供を相手に恥ずかしくはないのだろうか、と。
…………先にこいつを『喰いモノ』にしようとしたのは儂では? という想いには首を振って。
「……お前も盗られたまま黙っていてどうする。脅されたというなら尚更然るべき場所に―――」
「
その一言に、思考が一度止まった。
そして、思い出す。
被害に遭って補償を受けられるのも、加害者に罰を与えられるのも、この街の住民であることが前提だということを。
「……だれも」
呆けた儂に、そいつは続ける。
「だれも、わるいこと、してない」
―――盗難も、恐喝も、住民が相手でなければ、
理屈の上ではたしかに、そうなる。……そう、なるが。
「『草摘み』……貯めてる、というのは……その為か?」
市民証発行にかかる、僅かな金額。
儂の記憶が定かなら、その当時のままならば―――銀貨数枚。
今頃は男達の酒代と消えているだろう、こいつが受け取っていたはずのもの。
「…………ん。ためてる」
否定は、なかった。
「……あの薬草だが、当分うちでは買い取れん。あいつらにもそう言っておいた」
「……そう」
言外に稼ぐ機会ごと奪われたと伝えても、そいつは興味薄げに頷くだけだった。
視線を持ち込んだ薬草に向け、ただただ普段通りの対価を待っている。
「…………ほれ」
「……!」
だから儂はお望み通りに銅貨を積み―――そこに一枚、銀貨を紛れ込ませた。
「……???」
「お前の分だ。……そいつは、お前の取り分なんだよ」
「いみが―――」
「分からなくてもいいから受け取れ。何度も言わせるな」
いつになく大きく傾げられた首に、語気を強めてそう促す。
何かしら言わんとする声も遮ってひたすら押し通せば、そいつは何度もこちらを振り返りつつ、最終的には全てを受け取って店を出ていった。
「…………ありがとう」
今度こそ、聞こえた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――またうちに食いに来たな、坊主。今日は結構いい感じにだな……」
「や、今日はもっといいとこで食ってきたからいらねえ」
「…………へっ?」
聞き覚えのある声、見覚えのあるやり取り。
目を向けてみれば想像通りの姿が映り、何となしに歩みを緩めた。
「も、もっといいとこって……お前、そんな金どこで……」
「だからぁ、稼ごうと思えば幾らでも方法はあるんだって」
膨れた腹をさすってニヤつく少年に、愕然と佇む店主。
……別に他に客の当てがないでもあるまいに、動揺しすぎだろう。
「……どこで……どうやって、稼いでるんだ?」
「お、やる? おっさんもやっちゃう?」
「い、一応、聞いておこうかと思ってな」
「簡単さ。いいか―――」
先日の大言はどうした。聞いてどうするというのだ。
何やら今日は稼ぎが良かったらしいが、普段は銅貨数枚と知っているだろうに。
店を開こうと言う大人が、
「市民証持ってない奴から
足が止まった。
「それはお前……あれ、問題ねえ? いや、だがそんな奴どこにいるんだよ」
「へへ、そりゃ自分で探してもらわねえと」
「……いや、しかし危ねえぞ。浮浪者でも本気で怒らせたら……」
「大人には手え出さねえよ。おれより小せえ奴だけさ」
「……それこそ本当にそんな奴いるのか?」
「それがいるんだよ。いつも銅貨ばっかだけど、今日はなんと銀貨持ってたんだ」
耳に言葉が入るごとに、背筋が凍っていくようだった。
「で、全部は回収せずにちょっと残してやるんだ。また増やしてこれるようにさ」
「増やすって……そいつはどうやって増やしてるんだよ」
「……さあ? どっかでちょろまかしてきてるんじゃねえ?」
「……それもそうか。なら良いのか……良いのか?」
「そうそう、盗まれた誰かの金をおれが取り返してやってんだよ」
「それでお前が食っちまったら結局同じだろうが」
少年と店主が、けらけらと笑い合う声を背中に。
自分でも気付かないうちに、殆ど走るような勢いでその場を離れていた。
これ以上一言も、声を聞きたくなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――昨日、何を言いかけてたか、聞いてもいいか?」
「……?」
「……銀貨を渡したときだ。お前は、儂に何を言おうとしていた?」
明くる日も、『草摘み』は儂の前にやってきた。
あの時間から今日この場まで、何事もなかったとでもいうように。
「
その問いにも、ただ淡々と答えが返ってくる。
今になって、こいつに対し抱いていた疑問は殆ど氷解していた。
こいつがその手に得るものは儂が知る限りで二か所……下手をすればもっと多くの場所で、その都度
儂のところで多少色を付けたところで、その前後の者が少々の得をするのみ。
それこそ『草摘み』当人にとっては、
最後にこいつの手元に残るのは、果たしてどの程度なのだろうか。
貯めている、というなら少なくともゼロにはなっていないのだろうが。
「目標まで、あとどれぐらいなんだ?」
そう聞いてから、少しばかり不安になる。
今も銅貨を並べて確認しているこいつ……果たして数は理解できているのだろうか?
とはいえ具体的な金額を聞ければ、不足分ぐらいは教えてやれる。
……というよりは、そうだな。どうせ暇はあるんだ。手習いの真似事ぐらい───
「丁度、あと半分」
……聴こえた声は、涼やかに。
いつしか見た目不相応に理知を湛えた瞳が、儂の顔を射貫いていた。
「……『弱さ』でも、身を守ることは出来る」
呆気にとられる儂に、そいつは愚者の仮面を剥いで告げた。
「例えばそう。適当な言葉で言い包められる相手と思わせておけば」
そいつを侮り、引っ掛けようとした自分の行いが脳裏に蘇る。
「少なくとも暴力を振るおうという考えにはならないでしょう?」
叩けば崩れそうなほど、細い己の身体を抱いて、そいつは昏く笑った。
「…………すまん」
「きにしないで」
居た堪れなくなった儂の謝罪に、返ってきた言葉は元の声音で。
「わすれないから」
「……本当に、すまん」
浮かべていたのは年相応の、少女の微笑みだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
以降、儂が『草摘み』―――少女に大きな干渉をすることはなかった。
ただ少女が求めるままに、場末の薬屋と『草摘み』の関係を続けるのみ。
時折二言三言、進捗を訪ねる程度の付き合いであった。
食事の一つも奢ろうか、という申し出には悩む素振りすらなく首を振られた。
肩入れしていると見られれば忽ち食い物にされると言われて、たしかにその通りになるだろうと頷くしかなかったからだ。
儂の店を出た直後、件の少年に回収される現場も目の当たりにした。
人の店の前で気分の悪いことをするなと追い払ったが、まあ大した意味はないだろう。
例の若造達が薬を求めて来た日には軟膏と偽って毒でも売りつけてやろうかと思ったが、これも意味はないなと諦めた。
某店主が酒場で潰れている姿を見かけた日には、秘密の調味料だと言って下剤を売ってやろうかなんてことも考えはしたが、意味はないなと思い直した。
儂ひとりが何かをしたところで。
儂が見た範囲にいる誰かに儂なりの罰を与えたところで、それに意味などない。
少なくともあの少女の得にはならん。……八つ当たりの捌け口にでもなるのがオチだ。
少女が『住民』になったとき。
ただ理不尽に回収されるだけの立場でなくなったときに。
あの時の、年相応の―――おそらくは本来の、微笑みを見せられる場所を作ってやれれば。
その程度のことで十分だ、と───儂は
「―――だめ、だった」
その日現れた少女は、何も手に持っていなかった。
「……またあの若造どもか」
あれからも奴らは気が向いたら、という風情で少女の成果をかすめ取っている。
どこか悄然と立ち尽くす少女に溜息を吐き―――だが疑問が沸いた。
それでも、こいつが手ぶらでやってきたことなどあったろうか、と。
常ならば
今日に限ってそれも出来なかった? いや、まだ日は落ちてすらいない。
「ちがう。とれなかった」
「……ああ、そんなこともあるか」
薬草そのものが見つからなかったのか。
まあ、何処にでも生えている草とはいえ、群生地過疎地ぐらいはあるのだから、何日かに一度はそういうことも有り得るか。
「
「…………は?」
……誰かに採取を妨害されたのか? 誰だそんなことをする暇人は。
こいつが何処へ採りに行ってたかは知らないが、誰にそんな権利があって―――
「それをはんだんするけんりがある、と」
……ん?
「しんようできるにんげんじゃない、と」
何を、言ってる?
「おかねだけ……用意してきても無駄だ、と」
「職員として、お前に市民証を取らせるわけにはいかないと判断した、と」
……少女が懐から薄汚れた小袋を取り出し、ひっくり返す。
「金だけ、とられた」
チャリン、と。
一枚だけ残った銅貨が、カウンターの上を転がり、倒れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――何もかも、意味がなかった、なんて思わない」
「これでは駄目だ、ということが分かった」
「これで、他の手段を探す契機になる。だから―――」
その日を最後に、儂が少女の姿を見ることはなかった。
あいつが店に来ていた前後の時間に街中をぶらついてみて、とある少年と似た顔を浮かべている人間を何人か見かけたぐらいだ。
この街の『住民』になること。
少女が諦めたのは、その一点だけだ。
それにより彼らに回収される側にあり続けることも、店に『草摘み』としてやってくる理由も、全て無くなってしまった。ただそれだけのことなのだ。
「……そうか」
手の中に一枚の銅貨を握りしめ、誰に聞かせるでもなく呟く。
あのとき少女がカウンターに放り出して、そのまま持っていかなかった物だ。
持っていったところで、街を離れるまでに誰かに奪われる。
だから置いて行っても同じだと、そういうことだったのだろう。
少女は目標を持っていた。
それほど具体的かはともかく、何かしら見据えている『先』があったのだろう。
そうでなければあんな思いをした直後に、次の手段を探す、などとは言えまい。
……いつか少女は、その目標に辿り着くのだろうか。
それともどこかで、それそのものを諦める日がくるのだろうか。
掲げた夢を諦め、いつの間にか踏み固めていた地盤の上で生きる儂のように。
「……そうだな」
そうして、思う。
願わくば少女が、望む場所へと辿り着けるように。
でなくとも、そこそこの土台の上で生きていけるように。
悪意とも呼ばれない悪意に晒されるところから逃れられるように、と。
「ぜひ、忘れんでくれ」
儂も覚えている。
否、忘れられん。
こうして銅貨を握れば今も、去り際の言葉が耳に蘇るのだから。
『―――
善意を描くのは難しい。
悪意を描くのもやっぱり難しい。
具体的な設定は考えてません。
ぼんやり設定でも好きに世界を描ける、ああ素晴らしきナーロッパ。