非単一な短編まとめ   作:非単一三角形

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 暫し二次創作が続いたので今回はオリジナル。テンプレの元祖が一つ、異世界召喚モノで一本。
 やっぱり一回ぐらいは書いておくべきかなーと思ったのです。義務として(?)



"帰還した勇者は旅立ちを望む"

 

 

 ―――こうして、私達の世界は大いなる災厄から逃れることができたのです。

 

 遥かなる異界より訪れし、気高く、美しく、心清らかな一人の少女の手によって―――

 

 

 

「…………大仰、過ぎませんか?」

 

 考えに考えて、わたしの口から漸く絞り出せたのは、その一言でした。

 

 

「……どこかに重大な解釈違いがありましたでしょうか?」

「それは、その……」

 

 けれど至極真面目にそう返されて、泳いでしまった視線がまた手元の紙面に戻ります。

 

 ゆくゆくは多くの人間が手に取れるよう製本する予定だという『それ』。

 また、その表紙になるらしい最初の一枚に踊る文字列が、再び目に飛び込んできました。

 

 

 ───『救世の勇者』

 

 

 異界より訪れし勇者が長き旅路の果てに、世界を脅かす『災厄』を討ち果たすに至った軌跡。

 その剣が心悪しき者を切り裂き、その手が苦しみ喘ぐ者を救い上げていく、その姿を此処に残す―――と、これまた背中がぞわぞわする『あらすじ』が添えられています。

 

 

「その、そういう……そういった方向の問題点は、無いです」

「……そうですか。それは何よりです」

 

 わたしの言葉に憂い顔を晴らしてほっと息を吐く彼に、()()()()()()()()()()()()()()の表現について言い募りたいという意思が、さらさらと消えていきます。

 

 この伝記が書かれた目的は、事実を記録として後々の未来まで残すこと。

 

 その内容の大部分は伝記の筆者でもある『勇者』に同行した人物の視点で展開し、個々の場面で勇者がこぼした言葉やその際の表情など、その人ならではの描写が随所に挿入され、当時の光景を克明に描き出した作品になっていました。

 

 一つ一つの場面は何れも『その地で実際に起きた事』であり、各地の『その後』―――勇者への感謝の印に銅像を建てただとか、その日の事を祝う新たな祭りが生まれただとか―――についても現地に足を運べば、伝記の中のそれと相違無い光景を目の当たりにすることとなるでしょう。

 

 

 ……少しばかり勇者の姿が、というかその振る舞い全般が『盛られて』いるきらいはあるもののその意味では相応しい資料になっているとは、わたしも思うのです。確かに。

 

 そこまで突飛な心理描写が書かれていたわけでもありませんし。

 ……ちょっとばかり賛辞的な形容表現が無駄に多い気がすることを除けば、口を挟む理由なんてほとんど……そう、ほとんど無いのです。

 

 

「―――()()()()()()がそう仰られるなら安心ですな」

 

 

 …………これ以上なく盛大に、とんでもなく大仰に───やたらと神聖に描かれた『自分』に、わたしが割と居たたまれなくなるというだけで。

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ───『その日』までのわたしは少し夢見がちな、何処にでもいる少女だったと思います。

 

 自室でお気に入りの本を読み返していたとき、突然足元から伸びた白い光に包まれて、眩しさに思わず目を閉じ……瞼を開けた途端、滝のように注がれる視線を感じて、はっと息をのみました。

 

 

 如何にもなローブを纏って囲むように立つ人影に、鈍く光る鎧に身を包んだ騎士様達。

 そしてその騎士様に守られるように立ち、わたしを真っ直ぐに見つめている美しい女性。

 

 ……今にして思えば、気付かない内に眠らされて攫われた、等々と考えるべきだったとは思うのですが……当時のわたしの頭は半分ぐらい、読んでいる最中だった本の世界の中にいたらしく。

 丁度挿絵にもそっくりだった光景に、はしたなくも高揚してしまっていたことを覚えています。

 

 

 やがて、心の中でうねる高波を必死に抑え込んでいたわたしに、正面にいた女性が微かに緊張をはらんだ様子で、この状況について説明してくれました。

 

 曰く、この世を苛む『災厄』に対抗すべく、遥か異界から『勇者』を『召喚』した。

 その召喚された『勇者』こそが、わたしであるのだと。

 

 そこから、日々思い描いていた空想と大きくは違わないあれこれを次々に告げられて、わたしは話の途中で頬が緩んでしまうのを、必死に、必死に、堪え続ける羽目になりました。

 ……泰然と構えた様子で聞いているように見えたわたしに、よもや大変な身分の方を攫ってきてしまったのではと、内心では戦々恐々だったと明かされたのは、だいぶ後になってのことです。

 

 

 こちらの世界で『勇者召喚』と呼ばれるそれが実行されたのは初めてではないそうで。

 召喚される人間の傾向といいますか、大体の主義思考は把握済みだったとは耳にしました。

 

 ところが過去に召喚された方々とわたしとでは、価値観が大きく違ったそうで……用意していた資料がまるで役に立たなかったと、苦笑混じりに言われてしまったのも同じ頃。

 尤も、その方々は文化や生活水準の違いに険悪な感情を顕わにされることが多かったとのことでわたしにそうした様子が無いことにはむしろ安堵していたそうです。

 

 ……極端にも思えるほど下に置かない対応に、わたしは恐縮しきりだったのですが……あれでも満足できなかったとなると、その方々に問題があった気がします。実際に会ったわけではないので分かりませんけれども。

 

 

 何はともあれ、『災厄』への対抗策として招かれ、これだけの扱いを受けたとなれば、人として奮起しないわけにはいきませんでした。

 …………いえ、今さら見栄を張るのは止めましょう。わたしは歓待を受ける以前からこの世界で得られる『力』、とりわけ『魔法』というものに、それはもう興味津々でした。はい。

 

 わたしの生まれた世界に『魔法』というものは実在しません。

 空想、妄想あるいは憧れの中にのみ存在し、人々を惹きつけて止まない夢。

 それがあの世界でいうところの『魔法』なのです。

 

 一方、こちらの世界では、わたしの想像するそれらに近いものが一つの技術、常識の一端として確かに存在しているのです。

 おまけに勇者として召喚された者は皆、通常より高い適正や才能を得ているはずとなれば、最早悩むことは何一つありませんでした。

 

 

 興味の赴くまま、想いの迸るままに、次々と『魔法』を習得し。

 そのたびに、まるで今まで読んできた物語の住人になれたような気がして、益々熱を上げて。

 そうして十分な力を得たわたしは、あれよあれよという間に『災厄』との戦いに挑むことに……いえ、習得した魔法の『的』を欲しがった、というのが正確なところだった気がします。

 

 

 『災厄』もまた、わたしの想像する───そういった物語によく出てくる『魔王』や『魔物』とほとんど差異はありませんでした。

 

 現地の人々には抗うにも限度のある、自然災害よりはもう少しだけ劣る『災厄』。

 その対抗手段として、異界の人間への不義理を呑み込んででも『勇者』という一手に縋る判断がされるのも、仕方のないことなのだろうなと感じたのは事実です。

 

 

 ……尤も、その頃のわたしにそんな高尚な考えなんてありませんでしたけども。

 

 ただただ大好きな物語の主人公の如く、或いはお気に入りの冒険活劇の主役の如く異形の魔物を打ち倒し、人々の喝采を受けることに酔いしれていました。

 救った街の数が十を超える頃には流石に落ち着いてきて、使命感の方が強くなっていたとは思うのですが、当時の自分の興奮具合を思い出すと恥ずかしくなる限りです。

 

 …………見返りを求めることも無く救いに奔走する勇者という、今にまで至る評価が固定されてしまったのはこの頃なのでしょうね。

 時々赤面させられる以外に困ることは特に無かったので、別に良いのですけど。

 

 

 国内の被害には大体対応したというところで、遂にわたしは『災厄』本体───要は魔王ですね───の討伐に赴くことになりました。

 道中、幾つか他国の領土を横断する必要があるため、あまり大勢で行動するわけにもいかないと随行員は絞りに絞って僅か三名。

 

 国でも有数の勇士であり、道中通ることになる他国との交渉を担う王子様。

 同じく最高位の魔法使いで、勇者召喚の要でもあった王女様。

 守る戦いにおいて右に出る者はいないと称される、お二人の幼馴染でもある騎士様。

 

 …………もう馴染み深くさえ思えてくる陣容に、こっそり感動していたことは秘密です。

 

 

 とはいえ旅暮らしについては、流石に楽なものではありませんでした。

 

 元の世界でも、長期の外出の経験はほとんど無く、そのため普段の生活との一つ一つの差異に、目を白黒させる毎日。

 見渡す限りの荒野で喉の渇きに苦しみ、静寂に恐ろしさを感じる森の中で夜を明かし……物語と現実の差を一番強く感じたのは、この旅路だったと言えるでしょう。

 

 

 それと同時に、一番の『自由』を感じたのもこの時です。

 屋敷の中で、大事に大事に育てられていたわたしには、一生見ることのなかっただろう世界を、この旅の中で山ほど目にすることができました。

 

 遠い異界の空の下、『生きている』という実感をいっぱいに抱きしめて。

 見上げた夜空へ、この世界に繋がった『縁』へと、あらん限りの感謝を捧げていたものです。

 

 

 ………………思い返すと、本当に自分の事しか考えていませんね、わたし。

 この世界は生きるか死ぬかの瀬戸際だったというのに。猛省しましょう、はい。

 

 

 そんな旅路の果てに魔王……いえ、『災厄』の本体を討ち果たし、帰国したのがひと月ほど前。

 今は召喚されたその日に約束された通り、わたしを元の世界へと『送還』する為の準備が着々と進められているところだそうです。

 その間を縫って、わたしが帰還する前にしておいて欲しいこと、というのが幾らか届いていて、先の伝記の確認もその一つでした。

 

 気恥ずかしさは強いですが……少なくともわたしが目にすることは二度とないわけですし?

 わたしの帰還前に形にするためにと、血反吐を吐く思いで働いたのだろう人達のことを思うと、その程度のことで差し止めをする気にはなれませんよ、ええ。

 

 

 望むならばこの世界に留まっても良いとは言われましたが、丁重にお断りしました。

 ……いえ別に、この手の物語では戦いを終えた勇者が不当な扱いを受けることが多いからとか、この国の方々を疑っているとかではないのですよ。いえ本当に。

 

 

 元の世界に帰ってからやりたいことがある。ただそれだけです。

 勿論、この世界の事も、嫌いではないのですけどね。本当に。

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「―――『救世の勇者』様」

 

 

 ガシャリ、と鎧の音を揃わせて、見渡す限りの騎士様達が臣下の礼を取る姿が見えます。

 いつかのようにローブを着た魔法使い達に囲まれて、わたしは大きな魔方陣の上に立ちました。

 

 あの時との大きな違いは、誰も彼もが晴れやかな顔をしていることでしょうか。

 どれだけ言葉を飾ろうと、あの時の行いは拉致監禁なわけですから、少なくとも前向きな表情で出来る事ではなかったでしょうし。

 対して今回はその逆。さらに抱えていた憂慮は取り払われているのですからひとしおでしょう。

 

 

「私達は決して、この日の感謝を忘れぬと誓いましょう」

 

 ……思い返すと、終始自分の欲のままに行動していた気がするので、忘れていただいても一向に構わないのですが……当然そんなことは口には出さずに、黙って微笑みを浮かべます。

 …………向けられるキラキラとした視線がますます増えた気がしましたが、これで最後と思ってしっかり笑顔のまま乗り切りましょう。ええ。

 

 

「魔術師団、送還を開始せよ! 皆、勇者様に今一度の感謝を!」

 

 指示を受けた魔法使い達が一斉に魔力を動かし、足元の魔法陣が白く光を放ち始めます。

 光に照らされた人の姿が黒い影のように見え始めたところで、軽く手を振ってみました。

 

 

「「「―――……っ!」」」

 

 

 遠くなった人々の声が、千切れんばかりに振り返される沢山の手が微かに見えた瞬間、眩しさがこらえきれないほどになり、瞼を閉じて。

 

 途端、身体をぐいと引っ張られるような感覚に、続けてパチンと弾けるような音。

 

 

 やがて、閉じた瞼の向こうに感じる光が収まって───ゆっくりと目を開けました。

 

 

 

 

 視界に飛び込んできたのは、とても、とても見覚えのある光景。

 毎日毎日、当たり前のように眺めてきた、涙の出そうなほど懐かしい景色で。

 

 

「……帰って、きちゃいました」

 

 

 侯爵家の屋敷の、わたしの部屋。

 読みかけの本、座っていた椅子、淹れてもらうつもりだったお茶の一式までそのままに。

 

 

「……召喚されたその時間の、ほんの数秒後に送還するという話でしたね」

 

 まだどこかふわふわと所在無い気分ですが……とりあえず聞いた通りの状況かどうかを確認するべきでしょう。

 そう思って後ろを振り返り、()()()()()()()呼び掛けます。

 

 

 

「手配をお願いね、智美(さとみ)

 

「はい、シャーロットお嬢様」

 

 

 

 わたしに応えて部屋を後にする智美を見送って、椅子に腰かけ…………あれ?

 今、何か……気になることがあったような?

 

 …………何でしょう? 何かが、頭の片隅にひっかかって―――

 

 

「…………あ、そうです。お茶を淹れましょう」

 

 

 わたしはお茶が大好きなのです。

 

 あちらの世界で旅暮らしを経験するまでは、自分でお茶を淹れたことはなかったのです。

 初めて自分で淹れたお茶は、それはもう苦くて、苦くて、飲めるものではなかったです。

 あの時はいつも美味しいお茶を淹れてくれていたメイド達に心の底から感謝したのです。

 

 今ではもう、そんな失敗はしません。ちゃんと飲める味です。

 …………うん、できました。完璧なのです。

 

 えっと……これです。

 お気に入りのカップに注いで、椅子に座って―――

 

 

 

「………………まだ何か、やるべきことが、残っているような……???」

 

 お茶を飲んでも今一つすっきりしない感覚に、少々戸惑いながら頭を捻ります。

 何でしたっけ? こちらに戻ってすぐにやろうと思っていたことがあったはず───

 

 

「あっ! そうです!」

 

 

 どうしてこんな大事な事を忘れていたんでしょう。

 何は無くとも、一番に確認すべきことがあるじゃないですか。

 

 どきどきと俄かに早鐘を打つ胸を抑えながら。

 わたしは、自分の顔の前に伸ばした右手の平を天井に向けます。

 

 さて、聞いていた話が本当ならば、出来るはず……!

 

 

 

「【浮遊火炎球(フロートファイア)】」

 

 

 

 ……出来ました。

 

 できました、できましたっ、できましたっ!!

 

 今、わたしの目の前に、宙に浮かぶ炎が揺らめいています!

 

 

「…………うふふっ」

 

 

 頬が、口元が緩みます。

 はしたない笑い声が漏れるのが、抑えられません。

 

 

「うふふ、えへっ、えへへっ」

 

 

 『魔法』の存在しないこの世界で。

 物語は『物語』で終わるはずのこちらの世界で。

 

 

 わたしは唯一の、本物の、『魔法使い』なのです!

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「"『災厄』に対抗すべく、この国は異界より『勇者』の召喚を行うことを選んだ。

  召喚された少女は、国が選び同行させた三名の勇士とともに旅立った。

  『災厄』を討ち果たし、この世界を救ってくれた少女を、心から敬愛する"

 

――― 【上書き設定(コンフィング)】 」

 

 

 パチン、と指鳴らしの音がした。

 

 

 立ち止まっていた男達が、三々五々に散っていく。

 ……目の前で行われている()()は、はて何だっただろうか?

 

 そんな疑問が、ふと、心の奥に浮かんだ瞬間だった。

 

 

「―――!? ……っ、ぁ゛!?」

 

 

 もつれる舌が、引きつる喉から、言葉にならない音が捻り出だれた。

 

 ……何だ? これは何だ? 私は今、どうなっている?

 今の今まで、私は何をして───勇者の送還? 馬鹿な。なんだこの記憶は───?

 

 

 

「……『設定更新』に時間をかけ過ぎましたか」

 

 

 そんな声が耳に入って、ぐらつく頭を考えもまとまらないままに動かして。

 滲む視界に映った見慣れぬ姿の子供が、ゆっくりとこちらに振り返る様に焦点が合った。

 

 それは、瞳にどこか辟易に近い感情を宿した、黒髪の少女。

 未だ痺れた様に感覚の鈍い耳朶を叩く呟きに、思考はどうしようもなく鈍く動いて。

 

 

「な…………何者、ですか、あなたはっ」

 

 それでも咄嗟に、精一杯に絞り出したつもりの、誰何の叫び。

 この部屋の外に居るはずの者達―――先程出ていった彼らのような―――にまで届かせるつもりだったそれは、とても思うような声量にはならず。

 

 内心で歯噛みした私に、一方の少女は微かな驚きを示すようにその目を見開いた。

 

 

「……私を、覚えていない? 『設定』が抜けたなら、内に隠した記憶は解放されるはず……」

「何者、なのですかっ」

 

 呟きの意味は分からず、しかし徐々に感覚を取り戻しつつあった身体で今一度声を張り上げる。

 その問いかけは少女の反応こそ引き出せなかったが、もう一つの目的を果たしてくれた。

 

 

「―――何事ですか、王女様!?」

 

 室内に飛び込んできたのは、おそらくたまたま近くに居たのだろう一名の騎士。

 常ならば伺いも無く入室したことを咎めることになるが、今この時に限れば彼の判断は最善だ。

 

 この国の王女である私の部屋から誰何の声が上がるなど、確実に尋常の事態ではないのだから。

 

 

「……半端に解けてしまった? 本番までに基幹箇所の見直しをしないと……」

 

「っ、この者を捕えなさい!」

「はっ! ……は?」

 

 ……謎の少女は未だ意味の分からない呟きを続けていた。

 その様子にはこの上ない不気味さを感じるが、動きを見せないというならばそれでもいい。

 このまま飛び込んできた彼に捕縛させてしまうだけだ。

 

 そう思って、少女を指差し、入ってきた騎士に命令する。

 私の命を受けた彼は、その指差す先に目を向け―――何故か、困惑の表情を浮かべた。

 

 

 

「捕える? …………()()、ですか?」

 

「…………はっ?」

 

 

 

 戸惑いを隠さないその言葉に、思わず開けた顎がかくんと落ちた。

 

 私の視界の中央には未だぶつぶつと、我関せずとばかりに何事かを呟く少女。

 間違いなくそこに目を向けながら、私の命令の意味が分からないとばかりに首を傾げる騎士。

 

 

「……いったい、どうなさったのですか王女様? この部屋には貴方様以外には誰も―――」

「うるさい。【即時設定(コンフィング)】」

 

 パチンと、少女の指が鳴らされた瞬間、彼の言葉は不自然に途切れ。

 一拍の後、くるりと踵を返し、そのまま彼は一言も発することなく部屋の外へと出ていった。

 

 

 後に残されたのは、感情の見えない表情でそれを見送る少女と。

 

 背に氷を突き立てられたように動けなくなった私。

 

 

「……随分と不思議そうね。それは、何に対して?」

「何、に?」

 

 告げられた言葉は、その表情は、まるで本心から私の反応を疑問視しているようで。

 戦慄の只中にある私の頭は碌に働かず、聞こえた音をオウム返しにするのが精一杯で。

 

「……"疑問を、その理由を口に出す"。【追加設定(コンフィング)】」

 

 三度鳴らされた音に、ようやく少女の()()が何らかの魔法であると、思考が辿り着く。

 それほどまでに、突拍子の無い詠唱と、微かにも感じ取れない微弱な魔力。

 

 瞬間、頭の奥底で何かが引っかかるような感覚に、反射的に抵抗を試みて───

 

 

 

「―――突然部屋に現れたこの少女は何者だ。騎士は何故少女が見えないかのように振る舞った。その前に部屋に居た彼らに何をした。何者だ。どこから入り込んだ。これは何だ。私に何をした。何者だ何者だ。何が何を何だ何何何なになになナななナなナナ―――」

 

 

 

 ……その声が、私の口から出ているものだと、理解するには数秒の時を要した。

 

 

 精神魔法の類? 否、ありえない。王族以下、要職に就く人間は必ず、そうした魔法への耐性訓練を受けるのだ。対抗用の魔道具も肌身離さず持っている。今もなお私自身の意識は意外なまでに明瞭で魔法の核と思しき感覚へ抗うべく注力しているのだあり得ないありえるはずがないこんな魔法がこんな無体がこんな疑問がなんだこれは混乱がまたそのまま言葉へと変換され―――

 

 

「もう、いい」

「っ!? か……ぁ……っ」

 

 

 その一言で、私の口はピタリと発声をやめた。

 途端、激しい頭痛と吐き気に襲われ、私の身体は崩れるようにその場に蹲まる。

 

 ……身体が、動かない。

 まるで、全身に巻き付いた紐を、頭の後ろで束ねられてでもいるかのように。

 

 

「……私が何者か、あなたは知っている」

 

 疲労に詰まる喉を押さえながら見上げた少女は、蔑むような瞳で私を見下ろしていた。

 

 

「騎士が何故あのような態度をとるかは、あなたこそが知っているはずだ。……私にはその理由は何も、何一つ、分からなかったのだから」

 

 声音には、隠すつもりの無いのだろう苛立ちを滲ませて。

 

 

「私の力で忘れている、わけじゃない。そんな都合の良い魔法なんて、使えない。持って、ない」

 

 漆黒の輝きを湛えるその双眸に、灼け付くような激情を宿らせて。

 

 

「あなたは、この国は、()()()()は、私を『人』と扱わなかった」

 

「だから私も、そうする。私は、この世界を『舞台』に使う。住民を『演者』に使う」

 

「あなた達は私に与えられた『配役』のまま『彼女』を称えて、私達を送り出せば、それでいい。それ以外には何も、求めない。何も、期待しない」

 

 

 ……少女の言葉は、最早私には向けられていなかった。

 私を越えた向こう、遥か彼方にある何かへと、それは呪詛のように淡々と紡がれて。

 

 

「あ……あなた、は―――」

 

 それでも。

 

 理解の及ばなかったその言葉の端から、私は僅かに端緒を得た。

 

 そして確かに、()()()()()のだ。

 

 

「"『災厄』に対抗すべく、異界より『勇者』の召喚を行った。

  召喚された青髪の少女は、同行させた三名の勇士とともに使命を果たした。

  これよりその少女に対し、元の世界への帰還の手配を行う"」

 

 

 直後続けられた言葉―――私に与えられる『設定』に、()()()()()()()()()()()()()()ことに。

 

 

 ―――ああ、けれど。

 伸ばされた指から、鳴らされた乾いた音に。

 

 

 

「【配役設定(コンフィング)】」

 

 

 

 ()は、呆気なく掻き消された。

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「―――お嬢様?」

「え? ……あっ」

 

 ()()()()()()()()()に、ぼんやりしていたらしい意識を引き戻されました。

 嫌な予感と共に顔を上げると、少し呆れたようにわたしを見つめる智美と目が合います。

 

「……戻ってきたばかりでお疲れのようですし、報告は明日に致しましょうか?」

「い、いえ、大丈夫ですよ」

 

 言葉だけは労わるように、しかしじっとりと眇められた視線に、思わず目を逸らしました。

 ……報告の途中で、別の事に気を取られていたことに気付かれていますね、これは……。

 

 

「…………ああ、こちらでの『魔法』の使い方でも考えていましたか? 上手くすれば、こちらの世界でも『勇者』に―――いえ、『聖女』にでもなれそうですしね」

「う……」

 

 ……た、確かに、その方向も考えたことが無いと言えば嘘になりますけど、わたしだってそこは慎重にいこうと思ってるんですよ?

 この世界には無い『魔法』という力を迂闊に公にするような真似をすれば、色々と大変なことになるのは目に見えていますし。……それはそれで定番ですし。

 

 

「さて、普段からお嬢様の好まれる物語の傾向から察するに、ひそかに理不尽を正し『世直し』を行う『謎の義賊』路線あたりが有力候補でしょうか?」

「…………」

 

 …………智美はわたしの事を理解し過ぎだと思うのです。

 いくら、()()()()()()()()()()()でも、心の声まで盗み聞きしないで欲しいのですよ。

 

「いえ、私はお嬢様の顔を読んでいるだけですよ?」

「……だからそういうところです!」

 

 これぐらい何でもないとばかりの態度の智美に、拗ねるように顔を背けます。

 ……やれやれ、と肩を竦める様子が視界の端にうつり、少々気色ばんでしまいました。

 

「それで、どこまで聞いておいででしたか?」

「えっ、ええと……」

 

 再び彼女に睨まれて冷や汗をかきつつ、耳は通ったはずの記憶を必死に探ります。

 

 あちらへ召喚された時刻から一時間程度のずれがあり、またその間、わたし達が屋敷から消えていたのだろうことに、誰も気付いた様子はなかったこと。

 それから、あちらで過ごすうちに忘れていた、本来の向こう一週間ほどの予定を聞かされた……ような気がします。……ほとんど聞き流していたみたいですけど。

 

 

「…………」

「あ、あの……智美?」

 

 思い出せる限りを口にしたところで、智美の顔をおずおずと見上げます。

 しばらく口を引き締めていた彼女は、やがてふっと息を吐いて表情を緩めました。

 

「……お気持ちはわからないでもありません。突然そのような『力』を手に入れたとあれば誰しもこれまでと同じように生きていく気にはならないでしょうから」

「……っ」

 

 その声からは微かな非難と、それから滲むような羨望の色を感じました。

 込められた感情の強さに思わず息を呑み、それから必死の思いで頭を回します。

 

 ……かの世界へと召喚されたあの日、智美も当然わたしの傍に付いていました。

 しかし『勇者』として相応の力を与えられたのは、わたしだけだったのです。

 

 こちらの世界より遥かに危険の多い世界で、わたしに付き従うためにと彼女が陰で懸命に努力を重ねていたことを、わたしは知っています。

 初めはわたしと同様に魔法の習得を試みて、それが不可能と分かれば次はメイドの身には不要なはずの剣術、体術の習得に身を砕き……それでもわたしに同行できる程の実力になれるはずもなく災厄討伐に向かうわたしを悔しそうに見送ってくれた姿を、今になって思い出しました。

 

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですか、わたしは!

 

 

「あの、智美……ごめ───」

「良いのです、お嬢様」

 

 自分の無神経さに気付き、謝ろうとしたわたしを、智美が手で制します。

 そして厳しい眼差しを嘘のように納めたかと思うと、慈しむように続けました。

 

 

「一人ぐらい、味方が居ると知らなければ……決心がつかなかったのではありませんか?」

 

 

 …………ああ、だめです。

 

 やっぱり()()()()()()()()()()()()()()()()彼女には、いつになっても敵いそうにありません。

 

 

「わたしは、そんなに分かりやすいんでしょうか?」

 

「……明日からの淑女教育の予定がほとんど頭に入っていない御様子から、それを大人しく受けるつもりがないだろうこと、さりとてお傍を離れている間に旅支度の一つも為されていないことから黙って抜け出されるほどにはまだ度胸が据わっていない、というところまでは少なくとも」

 

 

 ……それは『少なくとも』という範疇ではないと思うのです。

 ぴきりと顔を固まらせたわたしに、智美は目を細めたまま続けました。

 

 

「加えて……旅から帰ってきたあの日の時点で、その御心の内は決まっていたことも」

「あ……」

 

「楽しかったのでしょう? 『籠の外』を駆け回った日々が」

「…………」

 

「今のお嬢様を止められる存在など、この世界にはどこにもいません。……どうか、お元気で」

「……ええ。あなたも元気でいてくださいね、智美」

 

 

 

 

 

「というか行くなら私の知らないうちに行っていただきませんと。共犯にされてしまいます」

「…………台無しですよ! もう!」

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───感謝、してくださいね」

 

 

 

「私に出来るのは僅かな暗示だけ。記憶を消すことは勿論、()()()()()()()()()()()()()を相手の頭に植え付けるなんて真似は、できない」

 

「つまり、『魔法』の無い世界で『魔法』を使ってヒーローになる───それは間違いなく貴女の頭から生まれた憧れということなんですよ、シャーロットお嬢様?」

 

「きっと、貴女にとって……この世界にとっても、悪いようにはならないと…………」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「……どうしても、暗示の要として『勇者役』が必要だったんです」

 

「注目を集める『送還』の的と、注目を逸らして動く私は、どうしても兼任できなかった」

 

「あいつらと同じになると分かっていても……それでも私は、帰りたかった……」

 

 

 

「…………だから」

 

「だから『これ』は、私からの……感謝と、謝罪です」

 

「貴女が……きっとこの世界で、幸せに生きて行けますように」

 

 

 

 

 

 パチン、と。

 

 音が鳴った。

 





 元から異世界召喚バッチ来いな人間なら誘拐紛いな召喚もセーフという風潮。一理ある。

 ファンタジーな異世界に召喚されて無双したい現代人がいるなら、
 ノンファンタジーな世界に召喚されて無双したいファンタジー世界住人がいても良いよねって。


 キャラの名前に特に由来は考えてません。
 一目で現代日本人名と分かる字面、およびお嬢様っぽい響きだけを条件に決めたので。



 なお『災厄』"は"実在していた模様。

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