久しぶりのアトリエシリーズ。たまにはほのぼの話を書きたくて。
……決して連載中の作品の空気がアレになってきた反動ではないのです。決して。
「―――ふむ、確かに申請通りのようですね」
所属は『中央』監査局。独自の権限と裁量を任された若きエリート。
決して長くはない
「釜も鉱炉も少なくとも一両日中に火を起こした形跡はありません。エスカさん及びロジーさんが本日休暇を取られているのは間違いなし、と」
今日も今日とて監査官の職務を全うする彼───ミーチェ サン ミュッセンブルグは、手にした書類に細かく並ぶ文字を指でなぞり、満足気に頷くのだった。
「……監察官って、そんなことまで確かめるんですね」
「監察官の職務は多少個人の裁量に任されている部分もあるそうよ。決まり切った形式の調査ではその決まりを破る人間の行いは取り締まり切れないものね」
「はー……なるほどー」
「……まあ、間違ってはいませんが」
班長マリオンの含蓄ある言葉に感嘆したように息を吐く新人役人ルシル。
現場調査を終え、すぐ傍の席で書類仕事に打ち込んでいたミーチェは、そんな二人のやり取りに小さく息を吐いた。
経験の浅さと偏見に由来する視野の狭さを指摘された日は、自身の中では未だ浅からず。
「ええ……ここコルセイト支部開発班には、休暇申請を提出しておきながら、その実一日も休んでいなかった班長、という
「んぐっ!?」
「えっ……あー……」
爆弾直撃、ギクリと仰け反る
ミーチェの言葉に一瞬驚いたルシルからは、直前とはやや毛色の違った納得が溢された。
それは最早常態化した繁忙期にて『缶詰』状態で仕事、という環境にマリオンの心身が慣らされ過ぎていたことが起こした悲しい事件。
実害は無いので小言で済んだとはいえ、彼女にとっても申請と実態の乖離を起こしていたという中々に苦い失態であった。
「…………え、待って、ルシルちゃん? その納得の表情はどういうこと?」
「あ、いえ、その……マリオンさんなら、と……」
「……『私なら』何なの!? ルシルちゃんは私をどういう目で見てるの!?」
そして可愛がっている新人部下にまで『仕事人間』扱いされていることが発覚。焦りを感じる系上司マリオンさんじゅう○歳独身の嘆きが響く。
……ちなみにとある部下とのやりとりを目にした職員から『お母さん』扱いされていることは、幸いにしてまだ彼女の耳には入っていない。幸いにして。
「え、ええと……あ、そうだ! お二人の休暇の理由は何だったんでしょう?」
「露骨に話を逸らしたわね……まあいいわ。ええと……書類にはロジーくんの体調の問題と書いてあるけれど?」
「……そういえば、昨日の帰還時には相当辛そうにしていましたね。まあ、無理もないでしょう」
「昨日……? ……あっ」
汗を滲ませ目を逸らしたルシルに同調する形で頷くミーチェ。
その様子を訝し気に見ていたマリオンが続いた一言に思考を飛ばし……僅かの沈黙を経て、その脳裏に、たった一日前の『修羅場』が色鮮やかに再生される。
昨日―――それは、西の空に浮かぶ『未踏遺跡』から『未踏』の冠詞が消された日。
そしてその遺跡が、その居場所を地表へと移す―――瓦礫を伴い海へと落下した日でもあった。
その日、仕事中のマリオンの元へと届いた報告は何れも非常に刺激的かつ壮大な物であったが、中でも極め付けは「遺跡の崩壊から逃げ遅れた部下が怪我を負った」という一文である。
瞬間、最悪の事態を頭を巡り、心臓が止まるような思いを味わったのは彼女の記憶に新しい。
直後、全員大事には至っていないという報告が目に入り、肩を撫で下ろした記憶が続くのだが。
「あの時のロジー先輩、凄かったですよね……こう、片手でワイヤーを握ったまま飛行船の上でジャンプして……エスカ先輩が掴んでいた朽木が崩れて、落下が始まる寸前で手を―――」
「え、待……っ!? ちょっと待って!? そ、そんなにギリギリの状況だったの!?」
「……僕も、あの瞬間は呼吸を忘れましたね」
あれだけ巨大な遺跡が崩落したにも関わらず全員無事という報告から、「ちょっと危なかった」程度だったと認識していたマリオンが、ルシルの身振り手振りを加えた説明に目を剥いた。
本当なのかと猛然と視線で尋ねた先には、やや虚ろな目をするミーチェの姿。
それが何よりも雄弁に当時の極限状態を語っており……察してしまったマリオンの背筋に今頃になって寒いものが走り抜ける。
何なら胃もシクシクし始めた。三十代中間管理職系女上司の胃をもっと労わってあげて欲しい。
「……今にして冷静に考えると、特別腕力を鍛えていたわけでもないロジーさんが片手それぞれで人ひとり分以上の体重を支えていたのはまさしく異常ですね。あれが世に言うところの『火事場の馬鹿力』というものなのでしょうか」
「ロジー先輩、飛行船の中で腕が筋肉痛で引きつってましたからね。その場で手当しましたけど」
「瞬間的にも勿論ですが、お二人を飛行船内に引き揚げるまで掴んだ一本のワイヤーだけで姿勢を保持していましたし……今頃、両腕が上がらなくなっていてもおかしくないのでは」
「うーん……あっ、それでエスカ先輩も休暇を取ったんですね。ロジー先輩の介護のために」
「え、そこまでは…………いえ、エスカさんなら有り得る……?」
ルシルが断言した想像に、口元に手を当てて思考を飛ばすミーチェ。
そういえば、と彼の脳裏に過ったのは、開発班に関する
「そういえば、ロジーさんに関して開発班の特定の女性とお付き合いしているのかどうか、という話題が他部署の男性職員の間で盛り上がっているそうですよ」
「あ、あー……そうね、開発班はロジー君以外みんな女性職員だものね」
「ええ、それも悉く美女、美少女揃いということで、随分と怨嗟の込もった声が」
「……あ、あら、そうなのねっ」
「…………あ、ええ」
言外に自分が勘定されていると気付き、満更でも無さそうなマリオンと、彼女がそれに気付いたことに遅れて気付き、知れず目が逸れるミーチェ。
……他部署男性職員達の真意は不明である。
「……こほん。実際の所どうなのでしょう? 彼はどなたかとそういった縁はあるのですか?」
「うーん…………私が見る限り、そこまで進展してるかどうかは―――」
「? あのう……」
悩み始めた二人に、何やらきょとんとした顔をしたルシルが手を挙げる。
果たしてその口から紡がれたのは、先の小爆撃など比にもならぬ核弾頭。
「エスカ先輩とロジー先輩って……ご夫婦なんじゃないんですか?」
「「ぶふっ!?」」
……素で言っていたのが何よりの衝撃だった、と後にマリオンは溢したという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
Case1 : ある日のアトリエ
「―――ロジーさーん、リンゴパイ作りましたよー」
「……ああ」
「うーん、集中してますね。よーし、一口大に切って、と」
「…………」
「ロジーさん、はい、あーん」
「……あー……(パク)」
「ふふっ」
「(モグモグ……ゴクン)」
「……はい、あーん」
「あー……(パク)」
「……ふふふっ」
「…………」
Case2 : またある日のアトリエ
「エスカ、アレの用意なんだが―――」
「ああ、アレですね。了解です」
「……あれ? ロジーさん、アレ何処に置きましたっけ?」
「アレか? ソファーのところに置いてなかったか?」
「えーと……あ、ありました。ありがとうございます」
「ああ、それと、エスカ。こないだのアレを進めようと思うんだが―――」
「あ、じゃあ、アレですね。用意しておきます」
「ああ、頼むな」
Case3 : とある日のリンゴ園(ルシル視点)
「―――あ、あれって、エスカ先輩とロジー先輩? あんなところで何を……」
「…………」
「……わ、うわわぁ……すごい……」
「…………お邪魔しない方が良いですよね」
「あ、でも、風邪ひいたらいけませんし、後で毛布でも差し入れしましょうか」
「―――という感じで、大変仲睦まじいご夫婦だと思ってたんですけど」
「…………完っっっ全に熟年夫婦のやり取りじゃない!? ……というか最後のは何!? 二人はそんなところでナニしてたの!?」
※膝枕です。
「……ともかく気にしていた他部署の男性職員に話すのは止めておきましょう。……ロジーさんに血の雨が降りそうですから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――ロジーさん、はい、あーん」
「……あ、ああ……」
「あれ? どうしたんですか、ロジーさん?」
「いや、その……腕が上がらない以上、そうならざるを得ないのは頭では理解してるんだがな?」
「え……? でも最近は割といつもやってることじゃないですか」
「…………えっ? ちょ、ちょっと待て、最近? いつも?」
「はい。最近ロジーさん、飛行船の事とかで根を詰めて作業してましたから、お昼ご飯の時間にも集中してて何も聞こえてないことが多くて。だからいつもこうして、あーん、って」
「…………マジか」
「……な、なあ、エスカ。その時に誰かアトリエに入ってきてたりしないよな?」
「えっと……ルシルちゃんとリンカさん、スレイアさんに……あとウィルベルさんも一度―――」
「―――がふっ!?」
「わわっ!? だ、大丈夫ですか、ロジーさーん!! 気を確かにー!?」
ウィルベル「もうさっさと結婚しなさいよ」
リンカ「班員同士仲が良いのはいいことだとマリオンが言っていました」
スレイア「……当のマリオンは泣きそうな気がするけどね」
シャリーで長編書いたのでエスロジでもちょっと書いてみました。
空中遺跡に初到達する例のムービー中、ラ○ュタのBGMを脳内再生したのは私だけでは無い筈。
そして崩落時のエスカちゃん危機一髪。確実に色々意識してますよね、○ストさん。