非単一な短編まとめ   作:非単一三角形

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 邪神と呼ばれた存在に千年の封印を与えた国で、千年目を担当することになった王様の話。

 偶には文字数考えずに衝動のまま書いてみるテスト。
 なのでメチャクチャ長いです。



聞いてませんよ御先祖様?

 

 

「―――さて…………どうしたものだろうか」

 

 

 私は、いや我々は今、かつてない混迷の中にあった。

 

 予想外、といえば予想外なのだが、予定外の事態ではない。

 この座を戴く以前から、私の代で迎えることになる日だとは、想定されていたのだ。

 

 先代―――父の治世に取り立てて大きな波風は無く、従って正妃の生んだ第一王子だった私は、実に粛々と王位を受け継ぐ運びとなり。

 その戴冠後の祝いの席で、とある文官が雑談の中でふと口にした程度の事だったのだ。

 

 

 ―――そういえば、新王の御世での事になりますな。

 

 

 要するに、しがない文官でも知っている程度の、そうした軽口として俎上にあげても支障の無い些事であると認識されていたのだ。

 

 ……まさしく今日、この日を迎えるまでは。

 

 

 

 

 それは、今よりおよそ千年の昔。

 

 

 当時の王女と、後に彼女を娶り国王となった青年が、その邪悪なる力にて世界を滅ぼさんとする邪神と戦い、幾多の苦難の果てに彼の者をこの地に封印するに至れり。

 

 その偉業が果たされるまでの経緯は王国史には事細かに、観劇の台本としては大仰に、子どもの寝物語にはちょっとした教訓を添えて、今の世にまで様々な形で伝えられている。

 さらにを言うなら、王位を継いだ私はそれらに加えて当時の王女の日誌という形で、より詳しい仔細が今に残されていることを知っていた。

 

 それらの中で示唆されていたのは、戦いの終着点はあくまで封印に留まり、また千年先にそれが解き放たれる定めにあるということ。

 しかし一方で、彼らの施した封印は長き刻を以て邪神の力を浄化しており、最早そこから邪悪な何かが現れることは無いであろう、といった記述でいずれの物語も締め括られていたのであった。

 

 

 ……千年前の御先祖様にそう言われて、当時の臣下達はきっと納得したのだろう。

 当時の彼らの間に、それを信じられるだけの実績と信頼があったとしておかしいとは言わん。

 

 しかし千年先の我々にとっては何れも歴史書の中に名前を見るだけの存在なのだ。

 そう頭から信頼出来る筈も……という主張を祖先への不敬と捉えられるのは心外に過ぎる。

 なにより記載の全てが事実であるなら、事はこの世に生きる全ての命の安寧に関わるのだから。

 

 

 そんなわけで一抹の不安を抱いた私は件の日誌と、城の地下に残る封印を宮廷魔術師団に今一度入念に研究させ、本当に危険が無いのかどうか幾重にも確認させることにした。

 果たして命を受けた魔術師達は、邪神が既存の魔獣の数千から数万倍の力を持つと仮定、封印の構成とその力を徹底的に調べた上で―――内部に何かが残っているとは思えない、という各伝承の締めと変わらぬ答えを導き出したのであった。

 

 

 ……可能なら万が一、億が一に備えて再度封印を施せるようには出来ないかとも調べさせたが、こちらには件の封印が到底人の身で行使できるものではない、という結論が出てしまう。

 では当時はいかにして封印を施したのかという問いには、また先に日誌に答えが記されていた。

 

 何と件の王女は特別女神に『近い』身体を持っており、女神の依代となって神力を振るうことが可能であったのだそうな。

 

 昔読んだ際には眉唾だった記述に、封印そのものを調査することで裏付けがとれた形となる。

 王家の箔付けとしてなら申し分ない情報であったが……つまり「どうしようもない」ということではないかと、自室でこっそり頭を抱えたのは臣下に言えぬ秘密である。

 

 

 この時点で神殿にも声を掛けてみたが、そのような芸当を望める人材などいるはずもなく。

 まあ、そんな人間がいれば忽ち聖女、ないし聖人として担ぎ上げることになっているだろうし、正直に言えば一縷の希望すらかけてはいなかったのだが。

 

 代わりと言っては難だが、この件について何らかの神託が得られないかと打診。

 結果は「特に無し」……神託そのものが得られなかったという回答が返ってきた。

 

 

 …………女神にとっても最早どうでも良い些事であるということなのか。

 いやまあ伝承の通りだとすれば「今更何騒いでるの?」と言われても不思議ではない。確かに。

 なんにせよ、適当にありがたそうな言葉を並べてきたならともかく、何もないというなら本当に何もなかったんだろうと私の中でも納得せざるを得なかった一幕であった。

 

 

 このように、私なりにやれることはやり尽くしたつもりで封印が解かれるこの日を迎えたのだ。

 そして最後の備えとして、それほど広くはない地下の封印の間に騎士から魔術師から聖職者まで並べられる限りずらりと揃えて、その瞬間を待っていたのである。

 

 迫る刻限を示すように明滅していた封印の光が、引いていく波のように消えて。

 訪れた静寂に「やはり何事も無かったか」と幾人か息を抜いた瞬間―――()()は、()()()()()

 

 

 

 一目見た瞬間の印象は、人型の、モノ。

 

 

 

 黒髪。

 ぼろ布。

 そこから覗く、細く白い手足。

 

 病的なまでに筋張った()()()を、丸めて座りこんだ、人間。

 

 

 

 ―――というか、何処からどう見ても人間の子供だった。

 ちょっと、いやだいぶ栄養状態が心配な感じの、ごく普通の少女の姿でしかなかった。

 

 

 

 

 ……もう一度言おう。我々は混迷を極めた。

 

 封印の内部に居たこの少女は一体何者なのか―――ただの人間でないことは確かだが、果たしてこれが本当に、かつて世界を滅ぼさんとした邪神なのだろうかと。

 

 

 対峙した騎士たちは、一様に悪意や害意は感じないと述べ。

 魔術師たちは、そもそも魔力の類を一切持っていないと突き止め。

 聖職者たちは、邪気に属する気配はないと告げた。

 

 

 となれば徒に傷付ける必要もなかろうと、ひとまず丁重に扱うことにしたのだが……ここで更に思わぬ問題が浮上したものだから、混乱には更なる拍車が掛かることになる。

 

 

 ……言葉が通じなかったのだ。

 

 

 武装を解いて近付いた者の呼び掛けに反応は示し、交流の意図は通じたらしい少女からも何事か呟いてはくれるのだが、お互いに首を傾げるばかり。

 

 一応、このことは少女が千年前の存在であることの裏付けにはなった。

 言語など数百年と経てば『古語』として別途学ばねばならないほどに変化する代物なのだから、千年の隔たりによってまるで理解出来ないほどの差異が生じていても何ら不思議はない。

 

 幸い、あちらも意思疎通に意欲を見せてくれていたため、身振り手振りで城の一室へと誘導することには成功した。

 そしてこの日の為に集めた者達に暫しの口止めを命じた後で解散させ、急ぎ用意させた会議室に臣下達を集めたのである。

 

 

 そこで今後の展望―――特に少女の処遇について議題に上げたわけだが、皆の反応は鈍かった。

 それ自体はここまでの事態を考えれば仕方のないこと、だったのだが……

 ……どうも本当に「何か出てくる」と考えていたのが私だけだと気付いた時には眩暈を覚えた。

 

 

 なんなら、心配性な新王様だなー、ぐらいの認識だったらしい。泣けた。色々な意味で泣けた。

 ……今なら父上といい酒が飲めそうな気がしてならない。

 あ、でも今頃悠々自適な隠居暮らししてんだよなぁ、あの人。……ちくしょう。

 

 

 

「───危険は、見受けられないのだな?」

「はっ」

 

 彼らが集まるまでの間に、少女に対応した者たちの所感を集めさせておいたが、いずれも不吉に感じる情報は無く。

 言葉は通じずとも理性的な振る舞いは端々に見え、一般的なそれとは違うようだが、所作からは洗練されたものが感じ取れるとのこと。

 

 ……益々何故あんな少女が『邪神の封印』から姿を現したのやら分からなくなってくるのだが。

 

 

「危険どころか、あれは何の力も持ちませんよ」

 

 そう述べるのは、研究の最前線に立ち、あの場にも当然居合わせた魔術師団長。

 彼もまた、この会議が始まるまでの僅かの間にあの少女の身体を調べ上げ―――聞こえは悪いが真っ当な職務である―――この場の誰よりも、危険は無い、と確信を持つに至ったと宣言した。

 

 

「どこをどう調べても魔力を持たない普通の人間です。おそらく長きに渡る封印により浄化された結果なのでしょう。……あれを『脅威』と呼ぶなら、初めて剣を握った新兵は『災厄』ですかな」

 

 冗談めかして付け加えられた彼の言葉に、会議室を俄かに笑いが包む。

 そこに「では私は?」「『天変地異』ですかな?」と、意外に彼と仲の良い騎士団長が加わり、その寸劇がまたほのかに列席者を沸かせた。

 

 

「……で、その『脅威』殿をどうする。このまま城住まいにでもさせるのか?」

「でしたら、私の手元に頂けませんかな?」

 

 到来した和やかな空気の中、手を挙げたのは……あー、どこの担当だったか―――

 

「……歴史研究です」

「あ、うむ、そうであったな」

 

 顔に出ていただろうか。碌に見た事のない顔だったから咄嗟に出てこなかった。

 こんなことでもなければ、わざわざ会議に召集したりしない部署だからな。

 

 

「現在に残る僅かな文献から百年、二百年前の出来事を調べるのが我々の職務ですが、かの少女は千年前の生き証人です。たとえ些細な事でも、彼女の記憶の一つ一つが我々にとっては金の粒より遥かに希少かつ貴重なものとなり得るのです。……何処へ置いても大きな問題が無いのであれば、是非、是非とも我々の元へお願いいたします」

 

 

 ……ああ、成程。そういうことね。

 

 明らかに興奮気味な彼の主張に、納得の色を見せたのは私だけでは無かった。

 同時に「もうそれで良くないですか?」といった視線が、私の元へ集中していく。

 

 

 勿論私にとっても、否やは無く。

 こうして『少女』に関する最初の会議は、始めの混迷からは考えられないほどに波乱も無く幕を下ろしたのであった。

 

 

        ◆ ◇ ◇ ◇

 

 

 千年の封印が役目を終えたあの日から、十数日。

 

 件の邪神ちゃん(仮)―――私が呼び始めたわけではない―――は、なかなかに我々を驚かせてくれていた。それも、いい意味でだ。

 何と僅か数日の間に、現在この国で使われている言語をほぼほぼ習得してしまったのである。

 

 流石に会話はまだ途切れ途切れだが、文字に起こせば速読レベルで読み進めていることが窺え、また千年前との差異を意識しているのか、所作も少しずつ現代のそれに近付けてきているという。

 

 封印から出てきた時は、ぼろ布を纏って髪も伸ばし放題だったので気付かなかったが、身を整えさせてみればなかなかどうして、素直に将来を期待させる美少女の姿がそこにあった。

 ……いや、千年封印されていた存在に『将来』もなにもとは思うが。

 

 とにかく現代のドレスを着せて化粧を施せば、どこぞの令嬢と紹介されても違和感の無いほどの仕上がりとなっていた。……あの侍女達は勝手に何をしとるんだ。いや、別に構わんが。

 

 

 引き取り手となった歴史研究家も連日大興奮―――別に変な意味は含んでいない―――らしい。

 遥か過去の災厄について記した文献や、失伝した文字の意味など、彼女の証言で解き明かされた謎は既に数知れず、彼を始めとする部署の者が皆、目の下を真っ黒にして資料室を駆け回っている姿が複数人に目撃されていたという。……寝ろ。もうシンプルに、寝ろ。

 

 

 ……何にせよ、この十数日で彼女の危険性の確認および意思疎通の問題は完全に解消された。

 となれば、彼女には改めて問いたださねばならないわけだ。

 

 

 

 ―――其方はいったい何者なのか、と。

 

 

 

 状況証拠から鑑みるに、浄化されたかつての邪神、というのが有力であるし、その結論に至って最早疑っていない者も多い。

 それでも形式は整える必要はあるとして、また大勢の人間を謁見の間に集め、裁判の時などにも使われる真偽判定の魔法を魔術師団長に用意させることにした。

 

 

 そうして迎えた今日この日。

 

 厳粛な空気の中、私は両脇を騎士に固められた少女を玉座の上から見下ろしていた。

 質疑応答の場であることを先に説明していたが故だろう、乱れのない歩みで決められた場所へと辿り着いた少女は促されるままに膝をつく。

 

 その振舞いにも表情にも、悪しき者を彷彿とさせるような切片はやはり見受けられない。

 ……これはいよいよ杞憂というものであったか。

 

 

「これより、質問を行う」

「虚偽を述べることは罪と心得よ」

 

 直接のやり取りを担当する文官が決まり文句を述べ、それは始まった。

 そして遂に、誰もが抱いていた問いが、少女に投げかけられる。

 

 

「其方は……伝承に残る、邪神、に相違ないのか?」

 

 

 その問いに少女は、すっと顔を上げ。

 見開いた理知に富む瞳を、パチパチと瞬かせて。

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 ……何とも言い難い答えを返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ―――邪神、と思われているとは思わなかった。

 

 まあ、我々が用意した待遇を思えば、そうだな。

 

 

 

 ―――この国は、邪神、と思っていた相手を歓待するのか。

 

 うん……あれ、言われてみれば確かにおかしくね?

 

 

 

 ―――そもそも誰が自分を、邪神、だなどと言い出したのか。

 

 それは…………その質問は、ちょっと、待て。

 

 

 

 私の視線に気付いた魔術師団長が、戦慄に開いた目のまま首を振る。

 それはすなわち、少女は嘘偽りない心からの疑問を口にしているということ。

 

 

 つまり……邪神、と呼ばれる心当たりが、彼女には、全く、無い―――?

 

 

 

「そ、其方は、この世を滅ぼさんとしたのではないのか?」

 

 ―――否定。

 

 

「其方は、異界から侵略の為に現れし存在ではないのかっ?」

 

 ―――否定。

 

 

「封印により浄化され、その姿になったのではないのかっ!?」

 

 ―――激しい、否定。

 

 

 

 謁見の間がざわめきに包まれる。

 真っ青な顔で指示を仰ぐ文官に、私は暫し悩み……用意した質問を最後まで続けるよう促した。

 

 

 

「……今より千年の昔、時の王女と戦ったか?」

 

 ―――微かに悩んだ末の……肯定。

 またざわりと、大きくなった動揺の波を手で制す。

 

 

「……女神の御力により、封印された」

 

 ―――口元を歪め、苦々しげに、肯定。

 瞬間、沸き起こったざわめきは、最早私が軽い合図を送る程度では、収めきれぬものだった。

 

 

 

 この中の何人が、即座に理解したかまでは判然とはしていない。

 だがしかし、ここまでの質問で確かに明らかにされてしまったのだ。

 

 ―――邪神などでも、侵略者などでも、況してや世界を滅ぼす意思など抱いてはおらず。

 魔力はおろか、凡そ力と呼べるモノなど持ち合わせていない少女に、千年もの封印を課す。

 それすなわち古の王女の、我らが崇める女神の、目を覆わんばかりの『蛮行』―――

 

 

「静まれッ!!」

 

 

 魔力を併用し、殊更大きな足音を立てて玉座から立ち上がる。

 瞬間、謁見の間に痛々しいまでの静寂が訪れた。

 ……まだ私の意志が通じる範疇の混乱だったようで何よりだ。予断は許されんだろうが。

 

 俄かに生まれた沈黙の中、無数の視線を浴びつつ、彼女の元へと歩み寄る。

 青い顔で震える文官を軽く労って下がらせ、その立ち位置へと足を運んだ。

 

 

「……あと一つだけ、問おう」

 

 少女の顔は、荒れ狂う感情を押さえ付けているらしく、明らかに強張っていた。

 その瞳を真正面から見つめながら、私はこの場にて芽生え、どうにも拭えなかった一つの疑問を―――こうでもなければ、する気はなかった問いを―――口にした。

 

 

「……時の王女の伴侶……後に国王となった青年と、其方は、戦ったのか?」

 

 私の質問に、周囲からは首を傾げる気配が感じられた。

 少女もまた疑問を宿し、それが何者であるかと、逆に問うてくる。

 

 私が問いに返したのは、王女の日誌に、王国史に、刻まれていた彼の者の名前。

 それを耳にして初めて、少女にも誰の事なのかが分かったのだろう。

 

 

 

「…………が、う」

 

 少女の変化は、劇的だった。

 

 

 

「―――違うッ!!」

 

 

 

 魂の底から絞り出すような叫びで、少女は最後の問いを否定した。

 

 

        ◇ ◆ ◇ ◇

 

 

 ―――王女の日誌を調べていく中で、私はいつしか一つの疑問を抱いていた。

 

 古の王女―――女神をその身に降ろす力から後に『聖王妃』と呼称されるに至ったこの女性と、その伴侶として女神に認められ、『聖王』と称された男性。

 かの日誌にも、伝承にも、王国史にさえも―――二人が晩年まで仲睦まじい夫婦であったことがたびたび強調されている。

 

 さて、そこで二人の没年はと調べると、何と同年同月という情報がしかと残されている。

 より正確には夫よりも数日早く妻が没している形なのだが、日誌を始めとした聖王妃の持ち物が数多く今の世に残っているのに対し……聖王のそれは何故か仕事道具一つ残されていないのだ。

 千年という時の流れを考えれば、決しておかしいことではないのだが……前々から私は、そこに何となく違和感を覚えていた。

 

 これに加えて、聖王妃側は葬った場所や遺骸の扱いについてもしっかりと記録があるのに対し、聖王側に関しては遺骨の扱いについてすらやけに曖昧だ。

 所詮、女神に選ばれたのは聖王妃であって、その伴侶はおまけ―――であるにしても扱いの差が徹底し過ぎてはいないかと不思議に思ってはいたのだ。

 

 

 ここで王家、王国史という要因を考えれば、浮かんでくる一つの仮説がある。

 即ち……聖王は晩年、後世に遺せない『何か』をした罪で、その痕跡を消されたのではないか。

 されど間接的にでも女神に選ばれし者だったが為に完全に抹消するわけにもいかず、名前だけが苦肉の策として王国史に残されたのではないか、と。

 

 

 では、その『何か』とは、何だろうか。

 それを考えるとなれば、今度は消えずに残された―――誇張された情報に目が向くというもの。

 

 何らかの情報を殊更に持ち上げるというのは、得てして何かを隠そうとする意図を孕むものだ。

 例えば『史実』とは真逆の『真実』―――かの夫婦が、()()()()()()()()、とでもいうような。

 

 

 

 

「―――これも……これもっ、ちがう……違うッッ!!」

 

 あの場で私が行った問い掛けに噴き出すような怒りと怨嗟をまき散らしながら、それでも少女はギリギリのところで理性的な振る舞いを失うことは無く。

 しかし一方で、再度沸き上がった混乱は最早私の一喝程度で収まるようなものではなかった。

 

 そこで私は警備の人間に誰もこの場から出さぬように言い含め、玉座の裏にある隠し通路を使い少女を連れ出す判断に踏み切った。

 ……色々と問題はあるだろうが収束する気配が一向に見えなかったのだから、仕方がない。

 まあ、当人がその場に居なければ、どれだけ白熱したとて水掛け論に終始するだろう。たぶん。

 

 

「これも……こんな……ちく、しょう……ッ!」

 

 そうして私に連れ出された少女が今、その可憐な顔を歪めて悪態を吐きながら読んでいるのは、代々継がれてきた聖王妃の日誌───もとい、()()()()であるようだ。

 何しろ彼女が先程から激しく否定しているのは、やはりと言うべきか、聖王と愛を育む経緯や、それを示す逸話(エピソード)のほぼ全てであったのだから。

 

 十数年ごとに意味が変わらないよう細心の注意を払いながら書き写されてきた記録があるので、内容の保存性についてまでは疑っていなかったが……大元が狂っていたのでは後の時代の人間には本気でどうしようもない。……私もアレ写本したんだぞ? 今更ながら徒労感がひどい。

 

 

「……あらためて聞きたいのだが、其方は何者なのだ? 彼と……聖王と呼ばれた男と、如何なる関係にあったのだ?」

 

 彼女が声を荒げ、動揺したのも、今怒りに震えているのも、かの御仁に関する偽証に対してだ。

 故に彼女は『聖王』ゆかりの人物に違いないと、私は半ば以上の確信を持ち、そう問いかけた。

 

 

 

「その人は……私の、お父さん、です」

 

 

 

 …………返ってきた答えは、想像以上にとんでもないものだったが。

 

 

 

 

 

 

 私が真っ先に確認したのは、少女の母親についてだった。

 

 案の定というか、当然というか……より不味いというか―――聖王妃とは別の女性とのこと。

 よもや女神に選ばれた男が不貞を―――と呟いた瞬間、「違うッ!!」と鼓膜が破れんばかりの否定が私の耳を貫いた。

 

 激昂する少女を宥めつつ―――まあ割とすぐに落ち着きを取り戻してくれたが―――では実態はどうだったのかと問い直せば、彼女は怒りを堪えながらも理路整然と当時の状況を語ってくれた。

 ……しかし、そうして聞かされた真実は、ある意味さらに救いの無いもので。

 

 

 

「……つまり、()()()()()()を引き裂き、その夫を己の伴侶にした、と?」

 

 件の王女の行いを端的に表せば、そうなるようだ。

 それも惚れた腫れたの段階ではない。既に妻子を持つ男を奪い取ったというのが真相であった。

 ()()に遭った夫妻の一人娘というのが、千年の時を越え目の前に居る少女、であるらしい。

 

 さらに参った事に、件の王女が女神の依代となれた、といった箇所に偽りはないそうな。

 ……当時の彼らの絶望が偲ばれる。何だって女神もそんな女に目を掛けてくれやがったんだ。

 

 

 女神に愛されし聖王妃―――当時は『聖女』と呼ばれていた―――の要請とあっては国としても通すべき道理もクソも考える余地は無く。

 一家は為す術も無く引き裂かれ、また父親―――後の聖王には急ぎ王女の伴侶とするに相応しい肩書が用意されることとなり。

 

 当然ではあるが、そこに元所帯持ち、などという情報に混入されてはたまったものではない。

 そのため少女とその母親は、国の全力を挙げて『なかったこと』にされる対象となったわけだ。

 

 

 その絶望に憤然と立ったのが少女の母親。どうやら相当な実力の魔術師であったらしい。

 「そんな理由で消されてたまるものか」と、娘と共に世界中を飛び回り、国から送られる追走に全力で抗ったようなのだ。

 

 しかし追う側も追う側で懸かっているのは女神とその愛し子の機嫌。腰を引けるわけもなく。

 周辺国に多少の被害が出ようと女神の名の下に正当化しつつ、形振り構わず追い回したようだ。

 

 

 実際に女神が背後に居る以上、被害を受けた国も抗議など出来るはずもなく。

 むしろ要請されるまま支援やら加勢やら人手を割くしかなかったのだろう事は想像に難くない。

 

 流石に当時幼児であった少女に、その仔細に関する記憶までは無いらしかったが……私は伝承に残る邪神と人類の決戦の実態について答えを得た思いであった。

 ……道理で神の名の下に戦ったにしては各地に誇らしげな伝承が残ってないわけだ。

 もう少し後の人間が誇りに出来る戦いであって欲しかったと、切に願う。

 

 

 そして遂に……と言うべきなのか、十年経っても成功の報が届かないことに業を煮やした聖女は女神をその身に降ろして直接()りにきたそうだ。

 勿論その名目は、世界を滅ぼさんとする邪神に聖女が立ち向かう、というものだったわけだが。

 ……経緯を聞いていると、どれだけ面の皮が厚いんだという感想しかない。

 

 愛する娘を守る一心で十年間世界と戦い続けた女傑でも、流石に相手が女神とあってはどうにもならなかったらしい。

 死に体で血涙を流す母親の叫びと、女神と聖女が重ねる哄笑を耳にしながら光に包まれる―――というのが、少女が封印されるときに見た最後の光景だそうだ。

 

 

 …………想像するだけでも絵面が最悪過ぎる。

 というかそんな女を我々は『聖王妃』と敬ってきたのか。それも千年にもわたって。

 

 

 

 

 話し終えた少女は、凍り付くような怒りを宿した瞳で日誌を見つめていた。

 正直、この場で破り捨てられたとしても私に咎める気は無かったが、彼女の理性は金剛石よりもなお硬く、そして気高かったようである。

 

 この光景だけでも彼女の母親がどのような人物だったのか、そしてその無念が偲ばれるようで、どこまでもやるせない気持ちが沸いてくる。

 おまけに私はそんな『聖王妃』改め『()()()()()()()()()()()()()()()』の血筋であることを、つい数分前まで誇っていた身だ。身につまされること果てしない。

 

 

 ただ一方で───国王としての私は今後の指針へ必死に思考を巡らせていた。

 

 何せ、こんなことが明るみになれば我が国は土台からひっくり返る。

 というか信仰云々以前に女神そのものの怒りを浴びることになりかねない。

 

 思えばこれまで他国から、この件に関する糾弾を匂わされたことすらなかったのは、どこの国も同じような懸念に至り、似たような手段で事実を歴史から抹消していたということなのだろう。

 相手が女神とあってはどんな被害を受けようとも「あの、補償を……イエナンデモナイデス」といった調子で呑み込むしかないのだ。そりゃ恨み言自体を失伝させる方向に舵を切る他あるまい。

 

 

 

 ……となると、目下の問題は目の前の少女だ。

 力という力など持たない、しかし国家を揺るがす爆弾となり得る少女。

 

 王としての自分が()()()()()()()と囁いてくる―――御先祖様がそうしたように。

 解けた封印から『()()()()()』とはそういう意味かと、嫌な納得が心に満ちた。

 

 

 何故に千年先に当たったのがよりによって自分なのだ、という益体も無い愚痴すら沸いてくる。

 こんな運命を私に与えたのも、件のク○女神の采配だというなら、私は―――

 

 

 

「…………ん?」

 

 

 

 ふと、新たな疑問が浮かんだ。

 女神は、何故……此処に至って()()()()()()()()のだ?

 

 これまで抱いていた常識からすれば何を馬鹿なと言いたくなるところだが、件の女神は千年前の戦いにおいて、聖女と共に高笑いをするような精神性(メンタル)の持ち主だと判明している。

 ならばつい先日、もうじき解ける封印について神託を求めた私に何か、その……『追い打ち』にあたるような指示を出してもおかしくない―――その方がむしろ自然ではなかろうか、と。

 

 

「……何を言っているのですか?」

 

 思考が口をついて出ていたらしい。少女は首を傾げている。

 しかし私がやや気恥ずかしい気分で「なんでもない」と告げるより早く、彼女からとんでもない言葉が飛び出した。

 

 

 

「―――女神は、()()()()()のでしょう?」

 

 

 

 …………少なくとも。

 少女はそれを、確信をもって口にしていた。

 

 それを察して「何故」と呟いた私に、彼女はふっと微笑んで。

 

 

「この国の人達は、私と()()()()()()()じゃないですか」

 

 

        ◇ ◇ ◆ ◇

 

 

 ―――どうやら女神という存在は、私の想像を遥かに超えて()()()()()輩だったらしい。

 

 少女の母親を、王女―――愛し子の心を傷つけたとして『邪神』呼ばわりし。

 少女に対して「()()()()()()()()()()()()」と言い出し、『忌み子』と定めて。

 

 

 この世に生まれたばかりの目も開かぬ赤子に対し、神としての全力を以て苦しめ続ける為だけの『呪い』を掛けるという暴挙に走ったのだ。

 ……馬鹿か? 馬鹿なのか? 成程馬鹿なんだな畜生女神が。

 

 

 少女が生まれながらに受けた『神の呪い』。

 それは『全てに猛烈に嫌われる』という、何とも頭の悪いものだった。

 

 

 鳥や獣には見つかり次第つつかれ噛まれ、虫は大小問わず刺しに寄ってくる。

 これらは母親が魔法で守れば何とでもなったようだが、問題は人間だ。

 

 罵声や投石で追い払おうとするならまだ優しい方。

 殆どの人間は目にした時点で殺しにきたのだそうだ。……初対面の幼児に対して。

 ……どんな精神状態だ。無差別洗脳みたいなもんじゃないか。やっぱ馬鹿の発想だろソレ。

 

 

 そのため彼女はつい先日まで、母親以外と『会話』が成立した経験が無かったらしい。

 その母親にしても例外なく嫌悪感を刷り込まれていた節はあったというので、私は神の呪いをも愛で捻じ伏せてみせたこの母親にも戦慄を禁じ得なかった。

 

 ……言っては悪いが、後の世で『邪神』と呼ばれるだけの化け物(スペック)ではあった気がする。

 

 

 それではこの国の人間が『会話』の意思を見せた時点で、女神の不在を確信したのかと問うと、ここで少女は何故か微妙な反応を示した。

 尋ねて曰く、確信したのはそのときに間違いないが、もっと早い段階でその予兆を感じる瞬間があったとのこと。

 

 ではそれはいつのことなのかと重ねて聞くと、封印の中では正確な時間は分からなかったが、と前置きして、二十年少々を過ごした頃との答えが返ってきた。

 ……封印の中で意識があったのかというのは一旦押し遣り、私は再び思考を巡らせた。

 

 

 ―――二十年少々。

 

 邪神……の封印から、二十年前後。

 そのあたりの時期にあった何か、となれば、私が思い付くのはただ一つ。

 

 

「聖王妃の死没……か?」

 

 

 可能性としては、ある。

 

 しかし愛し子が亡くなったからといって、女神まで世界を放り出していくものなのだろうか。

 いや、既にこの女神が我々の尺度で測れるような存在でないことは重々承知しているが。

 

 

 ……と、ここまで考えはしたものの、手元の資料は欺瞞だらけ、唯一の証人も封印の最中の話。

 これ以上は新たな情報が見付かるとも思えず、推測にも限度があるか、と諦念を抱きつつあったそこで、少女がポツリと呟いた。

 

 

「……お母さんは……お父さんとは『似たもの夫婦』だったと言っていました」

 

 

 せめてひと目、会ってみたかった、と目を擦る少女。

 そんな彼女の溢したこの一言が、私の中でガチリと嵌り込むような感覚があった。

 

 

 ───今に残る『聖王』の扱い。

 殊更に美談にされた二人の経緯。

 

 世界を敵に回し、神の呪いを捻じ伏せて、戦い続けた母親。

 それと似た気質を持っていた父親が、封印された娘の為に取り得る行動―――

 

 

 まさか、と思わないではない。

 確信に至る証拠など、残されてはいない。

 しかし方法は、何となく分からなくもない。

 

 ―――そしてその動機は、理解できて余りある。

 

 

 まさに人外染みた面の厚さを持っていたらしい女だ。己が愛した男に牙を剥かれるなど想像だにしていなかったに違いない。

 それどころか当時にして三十年前、一組の男女を、一つの家族をズタズタに引き裂いたことなど記憶にも残していなかった可能性すらある。

 

 妻を、娘を、全てを奪われ、これ以上失うものなど無くなった一人の男の、復讐。

 如何にして中の女神まで屠ったのか想像もできないが『邪神』と呼ばれるに相応しい力と意思を持った女の夫だ。それぐらいやってのけてもおかしくはない。……むしろそうであって欲しい。

 

 

 ―――聖女殺しに神殺し。

 

 それを為したとなれば『聖王』なる肩書があってなお、徹底した痕跡の削除が行われるわけだ。

 だがやり過ぎれば他国から不審に思われたであろうし、女神の名が使えなくなったと知られれば『じゃしんとのたたかい(わら)』で様々被害に遭った諸国に責められかねない。

 故に名前だけは残さないわけにいかなかった、というわけか。

 

 聖王妃の命日の僅か数日後に聖王が亡くなっているのも、こうして考えれば何とも趣深い。

 誰の手で、如何にして、はともかく後悔など微塵も無い死に様を見せつけてくれたことだろう。

 

 

 そこまで頭に思い描き、またそんな男の血が僅かにであろうと流れるこの身を再び誇りに思えるようになったところで―――私は再々度頭を抱えた。

 

 女神というのが『実は邪悪というのも烏滸がましい何かだった』から『既にこの世界に存在していない』に変わっただけだ。どちらにせよ明らかにしていい情報ではない。

 

 

 王としての無難な答えが、この少女の抹消であることにも、結局変化はない。

 変化したのは私の心の方だ。この誇りに満ちた血を裏切るような行為を誰が好き好んでやろうというのか。たとえ千年後に『愚王』と称されることになろうが願い下げだ。

 

 ……というか、残された歴史、というやつの裏側を思い知った身としては、今更『賢王』などと記されることに魅力を感じる余地がない。

 これも今度父上と飲み交わすときの話題にするか。あれは本当に良い酒だった。

 

 

「…………あの?」

 

 

 おっと、現実逃避に気付かれたか?

 己の頬を叩き、思ったより緩んでいたと分かった顔を取り繕う。

 

 ……しかし本当にどうしたものか。王としては国を守らねばならんし、さりとて一人の男としてこの少女を守らないという選択など取れる気がしない。

 となれば何とかして各所が納得できる理屈を捻り出さねばならん。

 

 ……こうなったら彼女も巻き込んでしまった方がいいか。

 どのみち最低限の口止めはしなければならないのだから。

 

 

 

 

 私は少女に説明した。

 国として保つべき対面、隠さねばならぬ真実、私個人としての葛藤―――

 

 特に聖王妃を『聖王妃』のままにしておかねばならない、というあたりの話で激昂されることも覚悟していたが、彼女の理性の箍は本当に硬かった。これこそ血筋だろうか。

 

 

 最大の問題は、先の審問において真贋魔法により否定されてしまった『邪神』について。

 少女が女神に封印されたこと、聖王妃と戦ったことは『事実』だという点だ。

 

 謁見の間という舞台で起きた騒ぎを揉み消すことなど不可能。

 故に詭弁にせよ何にせよ、これらの問題を解決する理屈を用意しなければならないわけだ。

 

 

 

「……なるほど。ではこうしましょう―――」

 

 そこまで聞いた少女は、暫しの沈思の後、口の端を上げて微笑んだ。

 嘲りを滲ませた鮮烈な微笑みから、私に嫌な予感を感じる暇も与えず、その言葉は飛び出す。

 

 

 

「―――私は、女神の姉妹神だった」

 

 

 

 …………私が思考能力を取り戻すより早く、彼女は続けた。

 

 

「聖王妃と()()戦い、その身を以て邪神を捕え、女神は()()()邪神を封印した」

 

 ……頭の中で、少しずつ彼女の言葉を噛み砕く。

 確かに屁理屈のレベルだが、あの場で為された質問を躱すことが出来て―――

 

 

「女神の不在についても、()()()()()()()()()()()()。貴方が望むならば」

 

 ―――が、ここで私の思考は再び彼方へとカッ飛ばされた。

 そうだ、その言い訳を通すには、彼女に相応の力がなければならない。

 

 

 封印に浄化されたという説は彼女が『邪神』だからこそ成り立つのだ。

 元が『善神』だったと主張するならば理屈に合わない。

 

 ……あれ? というか彼女の言い方では、まるで神を名乗れる力があるかのような―――

 

 

 

「私も、()()()()()()()()おかげで、随分と()()()()()から」

 

 

 

 差し出された、手の平。

 魔術師団長が、魔力の残滓すらない、ただの人間と相違ないと評したその手に。

 

 

「―――この『呪い』の扱いにも」

 

 

 深淵を思わせる澱みが、漂っていた。

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◆

 

 

 ―――思えば最後に一つだけ、大いなる疑問が残されていた。

 

 少女が『邪神』などではなく、そして何の力も持たなかったのなら。

 さて如何にして彼女は千年もの間、封印の中で『生きて』いたのだろうか、と。

 

 

 調査で分かった封印の性質に、内部の時を止めるような機能は存在しなかった。

 そもそも彼女は、封印の中で二十年という歳月を認識している。

 

 あの女神が内部の少女を保護するような封印など作るはずもなく。

 その正体は『邪悪なものを閉じ込める』という、まさしく当てつけとしか思えない機能だけの、いわば檻でしかなかったのだ。

 

 

 食料も、水も無く、おそらくすぐに空気すら尽きただろう、神力で作られた檻。

 その中にいた彼女に『有ったもの』。

 それは揺り籠から墓場(生まれてから封印される)まで、片時も彼女を捕えて離さなかった『神の呪い』唯一つ。

 

 

 何も無い封印の中で彼女は残された全身全霊を懸けて『全てに猛烈に嫌われる』呪いへの干渉を試みたのだそうだ。

 呪いの指す『全て』を、文字通りの『全て』へと拡張する形で。

 

 

 刻々と己に近付いてくる『死』そのものへと。

 

 

 ───初めに空腹が消えた。

 喉の渇きも消えた。

 呼吸すら必要なくなった。

 

 

 その時点では自覚はなかったが、おそらく『老い』からも『嫌われた』のだろうと少女は言う。

 身体の成長を含む『変化』は、その時その瞬間から止まったままなのだそうだ。

 

 追い詰められた末とはいえ自身にこのような芸当が出来た要因として、彼女は生まれた瞬間から神力を浴び続けたせいではないかと評した。

 おそらくは聖王妃(愛し子)と同じ体質―――神力をその身で振るうことが出来る才が後天的に身に付いたのではなかろうか、と。……事実だとすれば、なんと皮肉なことやら。好きと嫌いは表裏一体とはよく言ったものである。

 

 

 そんな彼女が、封印の中で変化を感じたのが二十年後。

 呪いが突然、やけに操りやすくなったと……その理由はまあ、推して知るべしか。

 

 それを境に呪いを構成する神力そのものに干渉を始め、いつしか自在に弄べるまでに至った。

 それでも内側から封印を破ることが出来なかったのは『邪悪なものを閉じ込める』という本来の機能に阻まれたが故。……己の呪いを邪悪と認定してたのかよク○女神。マジでF○ckなんだが?

 

 結局、千年の時が過ぎ、封印が自然に解かれるのを待つ以外に無く。

 手慰みに呪いを弄りながら、彼女は解放されるその時を待ち続けていたというわけだ。

 

 

 

 ───そして出てきた瞬間、待ち構えていた大勢の人間に内心で驚愕。

 一人でも襲いかかってくる素振りがあれば神力にて何もかも吹き飛ばす心積もりで……マジで?

 

 ……気持ちは分かるけど怖えーよ!? 何が『危険は無い』だよ!? 九死に一生だったよ!!

 

 

 

 

 

 

 ―――かくして我が国は現人神を祀ることとなった。

 

 あの日、あの場で起きた混乱は、彼女の提案通りの回答と、神力によって起こされた見た目にも分かりやすい数々の『奇跡』にて、ある意味では収束、またある意味では大噴出する運びとなる。

 

 特に神殿勢がスッ転がる勢いで動き出し……ものの数日で彼女を祀る神殿が建立。

 その後も暫くは聖典の書き直しやらなんやら大騒ぎだったらしいが……その辺は王権側が口出ししちゃダメなとこだからな。好きにすればよかろうよ。

 

 

 さて渦中の当人、いや当神はといえば、急ぎとはいえ中々に荘厳な出来となった彼女の神殿にてそれなりに穏やかな―――彼女視点では―――日々を過ごしているようだ。

 まあ、生まれた時から世界中に目の敵にされてたことを考えれば、ちょっと信者がうるさい位は穏やかな日々の範疇なのだろう。

 

 あの日知った種々の『真実』について、私が墓まで持っていくことを、彼女は承諾してくれた。

 その際、この国に対する恨みは無いのかと問うたところ「無いわけではないが、だからといって今の人々に何をしろというのか」と、逆に不思議そうに返されてしまった。

 

 

 何より彼女はあの質疑の場までの十数日―――普通に人として扱われた日々が、心の底で滂沱の涙を流すほどに嬉しかったのだという。

 あの日々のおかげで、()()()()()()()「何もかも消してしまおう」という、世界全てへの怨嗟はすっかり霧散したそうだ。

 

 

 …………人知れず綱渡りし過ぎではなかろうか、我が国。というかこの世界。

 その時期という事は……あのキラキラした目の歴史研究家達や、彼女を着せ替え人形扱いしてキャイキャイしてた侍女達が、世界を滅びから救っていた……ってことになるのか。そっかぁ。

 

 

 ……諸々を父上に話すのだけ許可してもらえないかな。

 飲まなきゃやってらんないんだよ。本当に。

 

 

 

 まったく……こんなの聞いてませんよ御先祖様?

 





 きっと先王様も良いお人。
 多少解放時期がずれても同じような結末になったでしょう。

 父親の血は子孫に流れる聖王妃の血を捻じ伏せたのです。



Q. 長編化を諦めた要因は?
A. 全てを一話に収められる短編だからこそのアイディアだなと判断。
 加えて作者の連載作品を読んだ方から「お前それしかないんか」と言われる気がしました。
 ……ちゃうんよ。迸る衝動のままに書いたらこうなっただけなんよ。

 短編なら登場人物の名前を決めなくても書けるかなと思った。書けた。

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