《1992年8月7日火曜日、ボパール・ハイヴ周辺》
ボパール・ハイヴ周辺には、国連軍、インド軍、ASEAN諸国軍、オセアニア連合軍、アフリカ連合、日本帝国陸軍&斯衛軍、ソ連軍特殊部隊、アメリカ軍が列を為して集結を果たし、ボパール・ハイヴへの攻撃開始命令を待つ。
その総兵力はパレオロゴス作戦を凌ぎ、自らの生き残りをかけたいインド政府の一か八かの大作戦だった。
「あー、早く攻撃開始命令が出ないかな?」
国連軍所属衛士タリサ・マナンダル少尉は乗機であるF-5フリーダム・ファイターのコクピットで、体内のアドレナリンが沸騰するのを自覚し、初陣への高揚を抑えるのに必至だ。
『落ち着けマナンダル少尉、落ち着いて冷静に戦えなければ戦死するぞ』
「分かっているよ中隊長」
タリサは水を差された格好となり、やや不貞腐れる。
『ならいい、お前が戦死すれば、お前の家族が又難民キャンプキャンプに逆戻りだぞ。それが嫌なら、機体のチェックは入念に行なって置け』
「了解……」
中隊長との通信はそれで終わるが、タリサの内心は面白くはない。
「言われなくても分かっているさ……」
タリサは乗機の状態をチェックする。F-5フリーダム・ファイターは西側の戦術機の中で、F-4シリーズと並ぶベストセラー機として人気が高い機種だ。
F-4シリーズに比べると小型で軽量機な分、拡張性に乏しいが機体だが、その分、とことんな迄に量産性と整備性を追求した機体なだけ合って、F-4 の半額で買えた上に、整備性、燃費、航続距離に優れた機体なのも合って、国連軍やアフリカ連合にASEAN諸国と言った資金力に問題の国々や連合等で、大量に使われている名機に近い機体。流石に1990年代に入ると旧式機の部類に入るが、開発製造元であるノークロック社が生産ラインを閉じないで、F-5の機体と部品の供給態勢を維持して暮れているおかげでまだまだ第一線で使える機体と言える。
「絶対に生きて帰って見せるさ……」
タリサの父親はBETAとの戦いで戦死し、タリサは母親と弟・妹と一緒に命懸けでミャンマーに辿り着いた。その逃避行の最中にも、多くのネパール人が飢餓と病気とBETAで死んだ。自分達が生きてミャンマーに辿り着けたのは奇跡とさえ言っていいだろう。
だが、そのミャンマーにも長く居られず、今度は陸路と海路でマレーシア領ビントゥル市に設置された国連難民キャンプへと辿り着く。
ビントゥル市に送られたネパール人難民だが、国連のビントゥル難民キャンプも良い環境とは言えず、急拵えの粗末なバラック小屋とテント生活を余儀なくされ、不衛生と粗末な食事に苦しみ貧困に苦しんだ。
ただ、国連も何もしていない訳ではなかったが、ユーラシア大陸西部、中近東、亜大陸の半分が失陥した事で、世界の農産物生産事情が悪化し、国連の対応は後手後手に回ってしまっているのは否めず、国家間のパワーバランスの影響で一番立場が弱い、難民達に皺寄せが来ている。
タリサは数年間の苦しい難民キャンプ生活で、嫌でもそれを実感してしまう。
1985年から日本帝国政府は、欧州戦線の総崩れと日本帝国に匹敵をする国力と軍事力を持つ、西ドイツとフランスが相次いで敗退し、BETAに制圧占領されたのを見て、自国が戦場になるのを想定し、西日本の企業と基幹産業の海外移転を積極的に推進、北米西海岸、フィリピン、マレーシア領ボルネオ島、インドネシア領ボルネオ島、ブルネイ、ニュージーランド、オーストラリアへと避難させ、軍需産業を東関東、東北太平洋沿岸、北海道沿岸へと移しつつある。
この避難政策は日本国内では賛否両論に分かれ、日本帝国の世論は真っ二つに割れる。反対派は国内産業の空洞化と西日本での失業率が増大する等国論が二分したが、榊外務大臣を中心にした推進派は方針を変えなかった。更に此処に来て朝鮮半島が戦場になった時点で、九州地方全域を疎開地域に指定する動きが帝国政府内に出ていた。
榊外務大臣はBETAが38度線を越えたら兵庫県を含む中国地方全域を疎開指定地域に指定、朝鮮半島南部大邱市が陥落したら、迷わず近畿地方にも疎開命令を出す覚悟を決めている。
さて、話しが横道に逸れたが、1992年夏の段階では日本帝国は安全な後方国家で、国力と軍事力は温存されて健在なのだが、その国力と軍事力を背景に、東南アジアのインフラ整備を名目に、日本企業と日本人の疎開先の一等地を買い占めて、工場と日本人居住区を大量に建設をした。
問題なのは、日本資本が安い労働力を求める余り、難民キャンプの近くに工場や設備を作っては、低賃金で戦争難民を雇用している点だ。名目は難民キャンプの難民達に仕事を与えると言われてはいるのだが、実のところは低賃金で難民達を使役した方が企業利益が上がるから。
国連もそう言った実態は把握してはいるが、難民達が自国兵の損失を押さえたい余り、難民キャンプで難民兵の徴集を行なっている為、未だ戦争に徴集され、只の歩兵として対BETA戦に駆り出される寄りは、日本企業に低賃金で雇われた方がまだ増しと言う二者択一の現実が横たわる。
かと言う国連も難民キャンプで兵の志願を募集しており、他の前線国家とは違い今や戦場の花形職業に成りつつ合った戦術機乗りへの道を用意している分だけ、他の前線国家の悲惨な現状からすれば、これもまだ、増しだと言える。
日本帝国軍は高いプライドが邪魔をしてか、難民兵の徴集は行なっていないし、東南アジアとオセアニアの難民キャンプへの支援は継続的に行なってはいる。が、
「……だけどな、日本人とあたし達難民の格差を見たら、惨めな気持ちになるんだよ……」
それがタリサの本音だ、日本人は難民に対して露骨な差別をしたり、嘲ったりはしないが、日本人が一等地に住み、自分達の居住区を高い塀で囲み、自分達への軽蔑や差別意識を隠そうとしない地元警察が、対テロ戦を想定した装備で24時間態勢で厳重に警備し、日本人専用のビーチを持っている現実は否が応でも日本人への劣等感を持ってしまう。
「だからなんだろうな、あの日本人の子供に突っかかってしまったのは……」
聞けば京夏武の年齢は弟と同じ8歳、自分が国連軍の衛士に成った事で、家族は国連軍の士官専用官舎に住み、母親は国連軍の医療機関での治療が可能に成った。ある意味タリサの家族は貧困から脱したが、それはあくまでもタリサが生きていればの話しで、自分が戦死すれば、家族は又難民キャンプ生活に逆戻りだ。
タリサからすれば武は家の地位を嵩に来て、興味本位で戦場に物見遊山に来た貴族の子弟でしかない。
実はそう思うタリサも今年で12歳に成ったばかりなのだから。
さて主点を変えてビントゥル市民からすると、自分達が住む街の郊外に、難民キャンプが出来てしまい、急拵えのバラックやテントで不衛生な生活を送る集団が闊歩する。短期間で出て行って暮れるのなら、まだ我慢の仕様もあるし、国連やマレーシア政府が責任を負って暮れるのなら、まだ遇しようもある。だが国連もマレーシア政府も、対BETA戦に注力するのが最優先で、難民キャンプの問題は受け入れ先の自治体に丸投げなのが実情。
その性で自分達の税金が跳ね上がり、新しく遣って来た難民達が難民キャンプに風邪や病気を持ち込んでは、地元の医療機関をパンクさせたりするので、難民への同情心は何処かに消えて無くなってしまう。日本人や日本企業とは違い、仕事や雇用を生み出すのではなく、全くの逆だから次第に難民を受け入れるべきではなかったの声が出るのは已む無し。
期待した仕事と雇用も難民優先で、期待した通りの仕事と雇用に有りつけない。
これ寄りも悪く状況が世界各地で起きたのが原因で、自分達が置かれた現実に絶望した難民達は、キリスト教恭順派の後押しの元でテロ組織【難民解放戦線】を組織するに至る。
『ヘッドクオーターより作戦参加各部隊に通達、今から10分後に《スワラージ作戦》を開始する。繰り返す……』
「っ、いよいよだ。見ていろBETA、必ずお前達をぶっ飛ばして、あたしの生まれ故郷を取り戻すんだ!」
『イルゼ中隊総員傾注、聞いての通りだ、間もなくスワラージ作戦が始まる。主機に火を入れるんだ』
タリサが所属する中隊のネームドは《イルゼ》
これは元西ドイツ陸軍に所属していた西ドイツ人中隊長フーバー・キッペルング大尉の生まれ故郷の町の名前。
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作戦開始と同時に全軍の第一次砲撃が始まった、第一次砲撃の主要目的は重金属運の形成と、光線属種の炙り出しと位置の特定だ。だが其れでも、大量の重砲、自走砲、ロケット砲車から絶え間なく降り注ぐ砲撃で、ハイヴ周辺に居たBETA群の数が見る見ると減って行く。
「こりゃあすげぇや、BETAの奴ら、どんどん数を減らして行くぜ!」
タリサは初めて見る面制圧の迫力に興奮を隠せない。
だが、タリサを除くイルゼ中隊の面々は此れがほんの序の口なのを知っている。BETAの本隊は地下に隠れ潜んでいるのを。そう蝗の大群宜しく10万単位のBETAが地下から涌いて出てきたからが本番なのだと。
『ヘッドクオーターより各隊へ、BETA群の一部が外縁部防衛線に向けて突出を開始、十分留意されたし、現時刻を持ってオールウェポンズフリーとする。繰り返すオールウェポンズフリーとする』
『中隊各員聞いたな、此れより、イルゼ中隊は第一防衛戦を抜けて来たBETAを迅速に殲滅せよ』
『『『『『『ヤ゙ーコマンダー』』』』』』
するとハイヴから数多の光線が煌めき、砲弾、ロケット弾の迎撃を開始した。
「レーザー級か!?」
タリサは思わず身を乗り出す。
『マナンダル少尉慌てるな、レーザー級の出現は想定内だ』
「は、はい……」
『対策はもう打ってある』
それは宇宙からだった。
『再突入カプセル投下』
衛星軌道上には数十もの装甲宇宙駆逐艦が展開し、大量の重金属を詰め込んだ再突入カプセルを大気圏内に再突入させた。それは光線種族に散々苦渋を舐めさせられた人類側の苦肉の対抗手段。一度に大量かつ濃密な重金属運を展開し、レーザーの減衰と精密射撃能力を落とそうと言うもの。
日本帝国宇宙軍も参加し、日本帝国宇宙軍は、再突入カプセルを高度式にし、一定の高度で再突入カプセルを自爆させて重金属運を展開させる。
他軍の再突入カプセルは、BETAの光線属種に撃墜させる事を前提にしていたが、其処に武が口を挟み、
「BETAが迎撃しなかったらどうすんの?」
と言われて、慌てて高度式に変更した。
何はともあれ、大量かつ濃密な重金属運が展開され、レーザが乏しく減衰かつ精密射撃精度が落ちる。
「よし今だ、41センチロケット砲弾ってー!」
ハイヴから100キロ先に布陣していた帝国軍の41センチ12門が火を噴いた!
「次発装填急げー!」
指揮官達の怒号が鳴り響く中、41センチロケット砲弾の装填作業が始まる。
初弾の12発の41センチロケット砲弾の弾頭は燃料気化弾頭で、BETAの光線属種目掛けて飛んで行く。BETAは重金属運が原因で、大口径砲弾の迎撃が間に合わず燃料気化弾頭の炸裂と同時に、数十体もの重軽光線属種が纏めて吹き飛ばされた。
「すっ、すげぇ、何だあれ?」
タリサは驚きの余りコクピットで目を丸くする。ハイヴの方で12もの巨大な火球が発生、光線属種のみならず、周辺に居た要撃級、戦車級も多数高熱の炎の中で焼き尽くす。
これは武の提案で海軍の倉庫や弾薬庫の中で眠っていた旧長門級戦艦の41センチ砲と41センチ砲弾を、地上戦でも使える様改修し、41センチ砲弾をロケット砲弾に改造して帝国軍はインドに持ち込んだ。此れ等を扱うのは帝国海軍軍人だが、内陸部の戦いなので帝国陸軍に出向する形に。
改造された41センチ砲は92式砲とされ、41センチロケット砲弾は92式ロケット砲弾と命名された。だが残念な事に92式ロケット砲弾の数に限りが有り、一門辺り30発しか用意できなかった。
また次発装填迄時間が掛かるのが弱点とされたが、帝国海軍伝統の『月月火水木金金』の猛特訓で、次発装填発射まで2分にまで短縮に成功した。成功の影には砲弾装填係役の12機の撃震の姿と、コクピットの中で涙を流す12名の衛士姿があったとされる。
『タリサ、余所見をしている暇はないぞ。突出して来たBETA群の突撃級が地雷原に差し掛かるぞ』
「いけね」
突出して来たBETAの数は1万、今やお馴染みになった突撃級が地雷原に突入、次々と突撃級が地雷に触れ、撃破されて行く。地雷の提供は各国からの様々な地雷が合ったが、日本帝国からは92式試作成形炸薬式の地雷が提供された。
この地雷は炸裂すると同時に、真下から突き上げる形で突撃級や要撃級を吹き飛ばす。吹き飛ばされた突撃級や要撃級が後続を巻き込む形で、落下して来るので各所で多重衝突事故を引き起こし、大渋滞でBETAの足が止まる。止まった所を集中砲火を浴びせる。これは、BETAがいない世界で生きていた白銀武が愛読していた漫画から来ている。
『撃てぇー!』
『ファイヤー!』
『ファイエルー!』
無線機を通じて数十カ国もの言語で撃ての命令が下る。汎ゆる戦車、重自走砲、突撃砲、駆逐戦車、対空戦車、戦闘装甲車の火砲が一斉に火を噴いた。各軍は使える物なら何でも使えと、倉庫や博物館に眠っていた兵器を引っ張り出し、インド戦線に投入、さながら第二次世界大戦後半の独ソ戦の様相を呈する。BETAの光線級の存在が、兵器形態を第二次世界大戦の後半に逆戻りさせた。廃れた筈の重自走砲、突撃砲、駆逐戦車、要塞砲を復権させたのだから。
半ば急拵え感では有るが、127ミリ、155ミリ、203ミリ砲を搭載した対BETA用、重自走砲、突撃砲、駆逐戦車として、かなり纏まった数が投入され、帝国陸軍に至っては、60式自走106ミリ無反動砲車を3個連隊も。
実際に此れ等の兵器は対BETA戦では有効だった。最新型の戦車程に構造は複雑ではなく、低コストでの大量生産を容易にしたからだ。この戦いの後帝国陸軍は、僅か3年で95式自走120ミリ自走無反動砲車を作製するに至る。95式自走砲は、歩兵の頼もしい守護神として重宝され、毎月千数百台も作られるベストセラー車となる。
多重衝突事故で大渋滞となっていたBETA群は集中砲火の雨霰で無惨にも木っ端微塵となり、光線級の脅威が大幅に減って、行動の自由を得た第一防衛戦に布陣した戦術機部隊が低空では合っても、空中から雨霰と36ミリ弾やロケット弾を降らせBETAを駆逐する。
「すげぇ、此れなら勝てるぜ」
第二次防衛戦に居るタリサはBETAの突出を第一防衛戦で阻止出来ている光景に、勝利の確信を持ってしまう。
『いや、まだだ、勝利の確信を持つのは早すぎる』
「えっ、だって、……」
実戦経験が浅いタリサからしたら、人類側の損耗は殆どが武器弾薬のみで、人的損耗は驚く程少なく、BETAのみが一方的に撃ち減らされているからだ。
『見ていれば分かる』
そこへヘッドクオーターから緊急通信が入る。
『ヘッドクオーターから各隊へ、ハイヴ内から新たなBETA群の出現を確認。予想想定数軍団規模と思われる。各隊注意せよ、注意せよ』
「なっ!」
『だから言っただろう、勝利の確信を持つのは早いと。さあー、こっからが本番だぞマナンダル少尉』
そこに衛星軌道上から日本帝国宇宙軍の第二次爆撃が開始されようとしていた。
その頃、後方のパレリ基地でお留守番をしていた武は司令部のモニターで戦況を備に把握していた。序盤の圧倒的有利でやや浮かれ気味の司令部とは違い、武は沈着冷静に戦況を観察していた。
「ハイヴ内の突入は可能だ、だが問題はそこからだ」
と呟く。
武からすれば作戦の失敗は織り込み済みだった。
(時間が無さ過ぎたよな、どう考えても、せめて全戦術機にXM2を搭載し、試作兵器の量が今の十倍も有れば……)
逆にBETAを消耗戦に持って行き、確実にハイヴ内突入と最深部到達を可能に出来たであろうと。
(インド政府には悪いけど、1年乃至2年の延命しか出来ないよ、はぁ)
全く忌々しい事に、例え此処で勝ったとしても、BETA本隊の東進を止められないのだ。
(インド政府と軍が生きている間は、BETAのミャンマー侵攻は阻止出来るけど、重慶、ウランバートル、チョルウォン侵攻には影響は出ない……)
来年には重慶・ハイヴが作られて仕舞えば、BETAは確実に日本帝国へと迫って来るのだから。
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《パレリ市内某所・作戦開始前日》
「では、タケル・シロガネは、パレリ基地内にいるのは間違いないんだな?」
「ああ、それに付いては確認済みだが、周囲には常に完全武装の1個小隊が護衛に付いている。本当に拉致誘拐なんて出来るのか?」
「なあに、基地内に入り込めれば簡単さ、中に入り込める手筈は済んでいるんだろう?」
「まあな、パレリ基地内の協力者が手引きする予定だし、工作員が基地内で陽動を行う準備も整えた」
「ならいい、戦術機部隊は合図がある迄待機させてくれ」
「承知した、分かっているとは思うが、失敗は許されないからな」
「ああ、分かっているよ」
だが、この事が思わぬ結果を招き寄せるとは、等の当人達が思い知る由もない。
次回予告
第二次爆撃と初の軌道降下部隊オービットダイバーズの降下成功で一気に有利に立つ人類軍、日本帝国軍の援護の元でハイヴ内への突入が開始されようとしたその時……