それを要訳すると、6年半後の1998年の夏にBETAが大規模日本帝国本土侵攻を開始し、国土の55%が焦土と化して帝国民3600万人がBETAに喰い殺され、佐渡ヶ島と横浜にハイヴが建設をされ、日本帝国は北東と南西に分断されてしまい、BETAを日本帝国本土から一掃するのに3年以上の歳月と1000000もの将兵が死傷すると記されていたのだ。
最初は悪質な悪戯とも考えたが、送り主が斯衛軍の赤・京夏日向大尉の実子にして、彼女の生家とも言える外様武家風祭家の新当主候補の白銀武だと知り、只の悪質な悪戯だと考えるのを止めた。
「よりによって京夏家と風祭家とはな……」
榊是近外務大臣に取って両家とは浅からぬ因縁がある。
京夏日向の両親は自分の命を狙った極左組織の爆弾テロで殉職をした。
その後残された幼い日向は、本家筋に当たる京夏家に養子として引き取られたと聞いて安堵したものだ。
今の京夏日向は京夏家当主名代、赤の斯衛軍大尉、五摂家現女当主・斑鳩雛子の御側役として重要な役割を担っていると言う。
その彼女に結婚・離婚歴及び実子が居たのは驚いた。
「これも何かの因縁か……」
榊是近外務大臣はチェアーにゆったりと座りながら、被害を最小に押さえる為の必要な対処策を見る。
「実に理に適っている上に、ここに書いて有る献策が上手く行けば、BETAの帝国本土侵攻を3年から5年遅らせる事が出来るのか……」
武の未来予測の正しさを榊是近外務大臣は認めた。いや、認めざるを得ないと言うか、自分の未来予測とほぼ合っているからだ。
しかも今の日本帝国に取って3年から5年の時間を稼げるのは大きい。
この数年間に新OSを搭載した第三世代機の開発と実戦配備の促進、電磁投射砲とそれを搭載する自走砲の開発、帝都・京都全面に関西要塞群の構築、予想されるBETAの進路上の地下に、マイクロウェーブ電磁波を利用した地下兵器サイクロプスの設置。
九州、中国、四国、関西地方等民間人約三千万人の東北、北海道、ASEAN諸国への集団疎開と海外脱出計画。もし帝都が陥落した場合、関東甲信越東海まで攻め込まれてしまうと予測。最終的には民間人六千万人の避難を想定した避難計画が必要とある。
兵器は兎も角、民間人約六千万人の集団疎開と海外脱出計画は榊是近が実現しようとしている計画そのものだ。
まあ実際は出来るかどうかは別として。
「無視は出来まい、この少年と一度合って見るか……」
もし武の未来予測が当たっていた場合、日本帝国の被害を最小に押さえる為の献策も記されているのに、何もしなかったでは話しにもならない。
榊是近は電話の受話器を取る。
「ああ君か、申し訳ないが、有力武家の京夏家訪問の為のスケジュールを調整をしてくれないか?」
『有力武家の京夏家に訪問ですか?目的は何でしょうか榊外務大臣?』
「理由は白銀武君と合って、話したい事があるんだ。だから大至急頼む」
『分かりました榊外務大臣(わー無茶振りして来たよ)』
榊是近外務大臣の私設秘書は、只でさえ忙しい年末年始を控えて、スケジュール調整に大わらわ。
そこに当初予定に無かった京夏家への訪問、スケジュール調整をまたしなくてはならない。
「何とも酷い話しだなそれは……」
伊隅みちると速瀬水月の2人は、武の家に入り、この世界での武が置かれた状況に付いての説明を受ける。
受けた伊隅みちるの感想は酷いだった。
「やはりそう思います伊隅大尉は」
「当たり前だ。おっと、今は軍人ではないのだから、階級付けは必要ないぞ白銀」
「じゃあ何て呼びます?」
彼女は武が淹れて暮れたコーヒーを軽く口に付けて考える。
「んとぉ、そうだな普通にみちるでいいぞ、速瀬の方もそれで構わない」
「了解、あ、でも、白銀が武家に為ったら、武様と言わなければならないんだっけ」
「ブーーーーーーー!!!!」
水月が冷やかし気味に言うと、武は盛大にコーヒーを吹く。
「うわ、白銀、汚い」
「す、すみません。でもなんです武様って」
武は慌ててリビングの濡らしたテーブルを拭く。
「だってそうだろう、将来はもしかしたら、近衛の有力武家の赤になるんだからさ。現当主は病弱なんだし」
水月の言う通りで、京夏家現女当主・京夏亜真音は遺伝子疾患から来る病弱体質で、有力武家の当主で在りながら、将来性は全く期待されていない。
父親や祖父寄りも若くして没すれば、名門京夏家は直系の血筋を喪ってしまう。そうなると自然とクローズアップされてしまうのが、武の存在だ。
逆説的な言い方にはなるが、血統主義に拘なければ、武が京夏家の家名を救う存在になり得るのだ。
隣の黒の近衛鑑家は内心それを期待してもいるし、斑鳩家も当主の亜真音の顔を立てつつも、最悪の場合のプランは存在している。
無論、口にしてはいけないが。
「水月、少しばかり不謹慎だぞ」
みちるは水月の軽口を窘める。
「だって、京のお高く止まった武家様達の困った顔を見れるのは楽しいじゃないですか」
武家と一般人との結婚の壁は厚く、法律では何の問題もないのだが、基本城内省の許可が必要となる。
武の両親が結婚出来たのは、父・影行が難航していた斯衛軍専用機『瑞鶴』の開発に、途中参加ながらも納期に間に合わせたのが大きかった。まあ本音では反対でも合ったが。
横浜を始めとする関東地方はそんな閉鎖的な武家や帝都・京都を馬鹿にする傾向が強い。
『時代遅れの封建主義的身分制度』と。
「それはそうだが……」
その点に関してはみちるも内心同意する。横浜は日本帝国を代表する国際貿易港で、関東地方の物流の拠点だ。
武家社会の色と影響力が強い帝都・京都は閉鎖的なイメージが付き纏うのに対し、異国情緒溢れる横浜は開放的なイメージが強い。
GDPでも横浜の方が帝都・京都の3割増しで、横浜人は何処となく京都の武家社会を馬鹿にしており、この手のゴシップの類はおやつ代わりの好物だ。
「みちるさん、水月さん、話しを元に戻しましょう」
「ああ、そうだな、で、武はこれからどうする予定だ?」
「今は榊外務大臣の返事待ちですね、榊外務大臣には、これから先に起きる出来事と、それ得の対処策を講じた案を送ってありますので
武がそう言うとみちると水月の2人は驚く。
「?ちょっと白銀!」
「そんな事をして大丈夫なのか?、危険過ぎないか?」
2人はそう思うのも当然で、武が送った封筒の中身通りに事態が進行すれば、武が拘束されてしまう危険度が高くなるだけに。
「危険は承知です、ですが今ならマンダレー・ハイヴ、ウランバートル・ハイヴをフェイズ1での攻略が可能です。だからこそ、俺が積極的に動いて事態を動かし、不知火の開発と実戦配備を1年早める必要があるんです!」
戦術機『不知火』は世界初の第三世代機と知られ、彼等3人に取っても懐かしい機体だ。
「白銀の言う通りだな、危険を恐れていたら、我々は何も出来ずに最悪の事態を迎える事になる」
マンダレー・ハイヴが存在する限り、東南アジアとオセアニアからの資源、食糧の供給がBETAに脅かされ、ウランバートル・ハイヴが存在する限り、北から日本帝国の安全は常に脅かされてしまう。
日本帝国の安全を確保するには、94年がら97年間の3年間が勝負と言えた。
もし此処でBETAの東進を食い止めなければ、日本帝国本土決戦は不可避と言える。
「ええですから、俺が積極的に不知火の開発に参加し、2つのハイヴ攻略を実現をしないと」
武は力を込めて言う、未来を知っている以上無為無策で合ってはならない、危険は百も承知で、行動を移さなければ待っているのは、寸土を争う帝国本土防衛戦なのだから。
「私も武と同意見だ。我々は未来を知っている。知っている以上は行動を起こすべきだ」
「いいですね~、奴等への貸しを纏めて返す機会じゃあないですか」
みちるの言葉に水月がニヤリと不敵に笑う。
「あの〜、まさかとは思いますが、ハイヴ攻略戦に参加する気でいるんですか?」
武としては2人を全く蚊帳の外にする気はないが、ハイヴ攻略戦への参加を認める気はない。
「武、今更私と水月に傍観していろとは言わないよな」
みちるはジト目で武を睨む。
「そうだぞ白銀、私達にハイヴ攻略に参加させないは有り得ない」
水月も身を乗り出して意気込み。
「ですが、XM3は無いですし、今のCPUの性能ではXM2までが限界なんですよ。それに2人の身体では、95年マンダレー・ハイヴ、96年ウランバートル・ハイヴ攻略戦では参加は難しい」
そう4年後のマンダレー・ハイヴ攻略戦ではみちるの年齢は16歳、水月の年齢は14歳だ。それではハイヴ内でのスピード勝負のG圧に耐えられるとは思えない。
それに95年、96年段階では男性衛士の数はまだ十分に足りており、本当の意味で未婚女性の衛士大量養成が始まるのは、97年の朝鮮半島防衛失敗と、98年の帝国本土防衛戦決戦の大消耗戦を経てからになる。
「武、それはお前も同じだろ、95年では12歳のはずだ」
「俺はいいんですよ、男だし、言い出しっぺだし、武家の当主候補だし」
武は開き直る事にした。確かにみちると水月の2人がハイヴ攻略戦に参加出来るのなら、これ程に頼りになる2人はいないだろう。この2人ならXM2だけでも、不知火の性能を最大限に引き出せるだろうから。
だがそれでも2人を参加させたくはないのが本音だった。
「武、何度も言わせるな。私達の身体的な問題は向こう3年間で何とかして見せる!」
「そうだぞ白銀、私達も参加をするからな!」
「分かりました、何とかします。後、横浜出身のメンバーどうでした、2人とは同じ小学校ですよね?」
「当たりは水月だけだった、他は外れだ」
武の問にみちるは肩を竦めて答える。
「そうですか……」
武は内心安堵した。戦力が増えないのは残念だが、あの地獄の記憶を持つのは精神的にきつい。
「水月にしたって、私がどうすれば良いのか悩んでいた時に接触して来て、初めて分かったしな」
「白銀は前世の記憶を持っている者と、そうでない者との違いは分かるんじゃないのか?」
「そうですね、みちるさんと水月さんの場合、反応炉とG元素の爆発で生じた膨大なエネルギーが原因かと。それが原因で空間の壁に穴が開いて、2人の意識と記憶が今の身体に憑依した方が納得しやすいのかも」
そう説明をした武だが、余り自信はない。
「ふ〜ん、そうすると、白銀も何処かのハイヴの反応炉で戦死したんだ」
「……まあそうですね、詳しくは覚えていませんけど」
実際に何百何千もの白銀武のほぼ過半数以上が、地球、月、火星、何れかのハイヴ攻略戦で戦死している。
「……そうか、それは大変だったな……」
みちるの顔に苦悶が浮かぶ、水月からは甲21号作戦の後に起きた横浜基地防衛戦に関する話しを聞いた。
水月の話しが正しければ、横浜基地の反応炉を巡る戦いでヴァルキリーズ中隊はほぼ壊滅した可能性が高い。
その後どうなったのかは不明だが、武や生き残った者達が通った道は地獄道に違いはないと。
みちるは両手の平を繋げてギュッと握り締める。
「んで、白銀は冬休みの間はずっと京都にいるのか?」
水月が話題に変えて武の冬休み予定を尋ねる。
「ええ、毎年そうですから、とは言っても、ほぼ毎日冬休みの宿題や、剣術の練習ばかりですけどね」
「でもまあ、白銀もやはりいいとこのお坊ちゃんだったんだね、良く皆で話しをしていたんだよね~」
水月は苦笑いをしながら言う。
「話しって何ですか?」
「ほらさぁ、いいとこのお坊ちゃんの毛並みの良さってやつぅ、やはりそういうの隠せないじゃん」
「そういうもんなんですか?」
「ああそれは私も感じていたな、なんか妙に毛並みのいい奴だなぁと、でもまあ武の家の事情を知って納得だ」
精神的に立ち直ったみちるは腕を組んでうんうんと頷く。
「みちるさんまで」
「だからさぁ、中隊の皆で実は白銀はいいとこのお坊ちゃんじゃあいかって話しをしていたんだよ」
「ガハ……」
「取り敢えず、私達は明日から体力作りから始めないとな」
「そうですね、でないと白銀に置いてけぼりにされてしまいますから」
「お願いします」
武は2人に頭を下げる。が、その時である。
「武ちゃん、お母さんが出来立てのドーナッツ……っ、武ちゃんその2人だあれ?」
両手に出来立てほやほやのドーナッツを大皿一杯持った純夏が家に入って来た。
みちると水月の姿を見ると固まってしまう。
((これはヤバい))
瞬時に修羅場になると予想した2人は即座に撤退へと動く。
「ではな武、邪魔をしたな」
「じゃあな白銀、コーヒー美味かったぞ」
上着を羽織りながら慌てて出て行く2人。
「ちょっと待ってくださいよ2人共」
武は慌てて引き留めようとするが、2人の即時撤退の方が疾かった(笑)。
「武ちゃん、今の2人誰なの?」
「どうだ萩閣、良く出来ているとは思わないか?」
榊是近外務大臣と話しをしているのは、帝国陸軍少将彩峰萩閣だ。帝国陸軍将道派の幹部格の人物で、煌武院悠陽が8歳の誕生日を迎えた以降、煌武院悠陽の指南役を兼ね、急遽休みの日に古い友人である榊是近外務大臣に自宅へと呼ばれ、武が送った封筒の中身の書類を身動ぎせずに読んでいた。
(やはり内心は動揺しているか……)
榊是近から見ても表面的には冷静には見えたが、内心の動揺は隠しきれず榊是近に見抜かれていた。
「感想を聞きたい…」
「何をどう言えばいいのか良く分からないが、これは本当に8歳の子供が考えたものなのか、まだお前が書いた物なのなら納得が行く。それ程の出来栄えだ」
「残念ながら私ではないよ萩閣……」
彩峰萩閣の問に榊是是近は寂しげに答える。
「だが何故、この様な話しを私に持って来た?」
「それを作った白銀武君は、明日から母親の義実家の離れ宅で正月を過ごす予定だそうだ。その時に私と合って話しをしたいそうだ。私の力になりたいとね」
「で、会って話すのか?」
「ああ、既に私設秘書の田沼君に、京夏家に白銀武君との話し合いの場を京夏家内に設けて欲しいと申し入れをした。返事はまだないがね」
「そうか、本人に会って、本当に白銀武少年が作った物なのか確かめようと言うのだな」
「その通りだ、それでだ、出来ればその席に君も同席をして欲しいと思ってね」
「……理由は?」
「現場を預かる君から、白銀武君の人物像を図って欲しくてね、それが君に話しを持って来た理由だよ」
「なるほどな、……分かった。詳しい日程が決まったら教えて暮れ、時間の方は何とかしよう」
「すまない、助かる」
「構わないさ、で、話しはこれで終わりか?」
「いや、もう一つある。率直に聞くが、今の帝国軍の戦力と装備で、BETAの帝国本土侵攻を阻止出来るか萩閣!?」
彩峰萩閣は真剣な顔をする古い友人の顔を見て、嘘偽りのない返事をする。
「無理だな、今のままでは、時間稼ぎも覚束ない。此処に書いてある兵器や装備が、一定数揃わない事には無理だ」
「そうか、率直な返答助かるよ」
彩峰萩閣は書類に再度目を通す、そこには帝国陸軍が開発中の第三世代戦術機不知火、その不知火をベースにした不知火改修型案、電磁投射砲、それを二門搭載する自走砲、長射程ラムジェット砲弾、ラムジェットエンジン、S11砲弾、高周波長刀、パック式ビー厶ライフル、対ビー厶コーティング、新型大容量バッテリー、マイクロウェーブ電磁波兵器、新型OS等の開発、戦術機用電気推進水素エンジン等の提案、概要の設計図が描かれている。
これだけでも送り主が素人でないのが分かる。
1998年のBETA帝国本土侵攻を防ぎ、5年の時間を稼ぐ為にも、95年マンダレー・ハイヴ、96年ウランバートル・ハイヴ建設阻止、フェイズ1段階での反応炉の破壊を実行し、重慶・ハイヴからのBETA群の東進を防ぐ。
もし此等が出来なかった場合、1998年夏の数個BETA群の帝国本土侵攻を防げないばかりか、帝国の国土55%が焦土と化して帝国民3600万人が犠牲になると。
「最後の方に白銀武君は、不知火の開発計画と、95年マンダレー・ハイヴ攻略戦、96年ウランバートル・ハイヴ攻略戦への参加を希望している。もし此等への参加を認めて暮れるなら、全世代の戦術機の即応性を2割増しに出来る新OS・XM2の詳細とデーターを私に無償提供すると」
彩峰萩閣は目を疑った。全世代戦術機の即応性を2割増しに出来るOSが存在するのかと。
もし本当にOS一つで全世代戦術機の即応性が2割増しに成れば、世界中の衛士の存在率上昇に貢献するのかと。
(何故だが、身体が震えて来るぞ。これが武者震いと言うやつなのか……)
「だから会わねばならぬか……」
(ならば会おう。そして確かめて見ようではないか)