年末年始で忙しくなるこの時期にだ。
当然の事ながら様々な゙憶測が京夏家内に流れる。
只でさえ日向と武の存在を、厄介者の目で見る京夏黎子からすれば、日向と武の母子が面倒事を持ち込んだ(まあ実際にそうなのだが)としか思えず、日向を見る目は否が応でも厳しい物になるしかない。
「風祭家の再興が決まっているのなら、さっさと息子と一緒に風祭家に戻ればいいのよ」
と周囲に毒を吐くのだが、その場合代々斑鳩家の御側役の役目を果たせる者が居なく為ってしまい、外様武家との婚姻を積極的に進める真壁家に取って代われてしまい、有力武家の地位からの転落も有り得る事態に。
しかも斑鳩家は有能と見れば、一般人からも積極的に自派の斯衛軍や、斑鳩家内に取り立てる傾向にあるので、京夏家が使えないと判断すれば、あっさりと京夏家を切り捨ててしまう恐れも。
そして一番の問題は病弱な1人娘亜真音と、武の仲が良好な関係に有るのが頭痛の種。
黎子は保守派に属しているので、庶子の子である武を何かと見下しており、亜真音が武と仲良くしているのが気に入らない。
黎子は亜真音に度々注意はしてはいるのだが、亜真音は一向に改めようとはしない。武が京都に来るのを楽しみにしているのだ。
病弱な身体を持つ亜真音は、殆ど家の中から出れない。
そこに武がやって来ては、外の世界の話しを亜真音に何時間でも話して暮れるので、滅多に家の外に出られない亜真音からしたら、武との会話は数少ない楽しみに。
それが余計に黎子の心をざわつかせ、苛立つ。
「庶子の子の分際で、有力武家の我が家を差し置いて、榊外務大臣から指名で話し合い等と……」
だからと言って拒絶しようものなら、榊是近外務大臣に睨まれてしまう。
黎子の思考はどうどう巡りに。
中庭で夜空を見上げながら考え込む日向。
考えているのは明日、帝都・京都にやって来る愛息・武の事だ。
「武、貴方は何をやっているの?」
元夫である白銀影行からは、最近『武の様子が変だ』との報せを受けている。
自宅のPCを使い軍事、兵器、物流関係の調べものを黙々も行っては、プリントアウトしてはファイル化。
影行が一度ならずとも武に注意をするが、一向に止めようとはしない。
「僕は何れ武家になる身だから、今の内に軍事の勉強もしておかないと」
武が何れ母・日向の生家風祭家を受け継ぐのは既定路線なのだが、8歳の子供に剣術の訓練はさせても、積極的に軍事の勉強をさせる武家は存在をしない。
それで学校の成績が下がらす逆に急上昇させ、学期末試験では全教科平均点96点を取り、担任の先生を驚かせる離れ業をやってのけた。
そして武のファイルの中身を見た影行はびっくりをした。
「なんて事だ、武に兵器開発能力があったとは……だがこれはいったい、武の歳でこれは異常だ」
そう理には適っているし、武の考案通りなら、全て数年以内に実用化出来そうであった。
「これは私だけの手には余る、日向にも協力をして貰わないとどうにもならない」
と言う訳で、影行から日向にSOSが届く事態に。
「はぁ、いったいあの子は何をする気でいるの」
武が日向の元に来るのは学校の春休み、夏休み、冬休みの期間限定だ。
武が来る度に、愛息の成長具合が確認出来る楽しみが合ったのだが、今回の冬休みはそうはいきそうになかった。
「もしかしたら、御子息は『鳳雛』か『麒麟児』かもしれませんぞ」
「誰だ!?」
日向の不意を付く形で声を掛けられた日向は、緊張して周囲を見渡す。
「お久しぶりですなぁ京夏日向大尉殿」
姿を現したのは情報省第二課保安部所属の鎧左近だ。
「鎧いつの間に、この屋敷の中に」
「どうやら、御子息の事でお悩みの様ですな」
「っ…」
日向は鎧への警戒レベルを上げる。
「まあ私が此処に来たのは、さる令嬢が御子息との面談を強く望んでいるからです」
「令嬢だと?」
「さよう。会った事はないでしょうが、名前は聞いた事があるはずかと」
「名前は?」
「御剣冥夜と申します」
「ッ!?」
【1991年12月26日水曜日・京夏邸宅離れ家】
武は京夏邸宅の離れ家で、榊是近外務大臣及び帝国陸軍少将彩峰萩閣少将と会談に応じた。
この離れ家は家督を譲り引退した者が使う離れだったが、京夏家の先々代、先代が相次いで病死した為に、使う者が不在だったのを武達が使用している。
本宅に比べて小さいが平屋の一軒家だが、それでも4LDKの広さと間取りが在るので、武達3人が使う分には不自由はしない。
「済まないね白銀武君、お母さんと一緒に居られる貴重な時間を割いてしまって」
会談場所は客間として使っている掘り炬燵が在る部屋。
榊是近と彩峰萩閣は武の立場に同情していた。
法律上では武家も一般人も同列で、自由恋愛、自由結婚も認められているのだが、城内省と武家社会に強く残る封建主義身分制度は、度々こう言った問題を引き起こす。
「いいえ大丈夫です、榊外務大臣にあの封筒を送った時点で覚悟を決めていましたから」
榊是近と彩峰萩閣が見た武の初印象は、
『やはり、普通の8歳の子供ではない』
だった。
武が放つ雰囲気が普通とは程遠く、歴戦の勇士を彷彿させるオーラを放つ。そう、母親の日向が戸惑いを覚える程に。
その日向は武に席を外して欲しいと頼まれ、戸惑いながらも席を外している。
「いったい武の身に何が起きているの?」
「お母さん!」
2日前に4か月振りに会えた時は、少しばかり背が伸びていたの武、自分に再会出来た喜びから、武は満面の笑みを浮かべて走りながら日向に抱き付く。
此処までは何時もの自分に甘える甘えん坊の武で、影行が危惧していた変な事は起こってはいない。
問題は此処からで、武の到着に合わせる形で、横浜の自宅から届いた武の私物の開封作業の時だ。
書籍類が入ったダンボールの数が増え、その中からは軍事関係、電気・電子関連、半導体・コンピューター、機械工学関係、書類の本が大量に収納されていた。
何時もなら、学校の勉強や宿題に必要な教科書や参考書やノートに筆記用具のみだけなのだが、今回に限っては8歳の子供が見る様な専門書が、別のダンボールに収納されて送られてきた。
そして何よりも気に為ったのが、プリントアウトされた書類関連……。
「……武、お母さんにも見せて」
「い、いいよ……、でも、他の人には内緒にしてね」
「ええ、分かったわ」
一枚一枚丁寧に目を通す、日向はその内容に驚愕し目を大きく見開いてしまう。そしていつの間にか、書類を持つ手が震えているのに気付く日向。
此処で日向は漸く影行が日向に送ったSOSの意味を理解したのだ。
「武、これはいったい……」
「ごめん母さん、今は話せない」
「ッ、武、今は話せないってどういう事なの……」
つい詰問口に為ってしまった日向だが、武の今にも泣きそうな辛そうな顔を見て何も言えなく為ってしまう。
「でも信じて、俺はお父さんとお母さんを決して裏切ったりはしない。父さんと母さんに死んで欲しくはないから、だから動くしかないんだって」
武にそうは言われたが、日向の中では幾つもの疑問が浮かんでは消えるが繰り返される。
「はあ〜分かったわ、でも武一つだけ聞かせて」
「ん、なあにお母さん」
なんか捨てられた子犬の情けない上目遣いの顔で自分を見る武に、子供特有の卑怯さを見た思いの日向。
大抵の母親は此れで陥落するだろうから。
斯衛軍士官失格を自覚しながら言う日向。
「……絶対に無理をしないって約束をして……」
それは親としての節なる願い。
武が大きくなり軍人として衛士になる頃には、自分は下り坂を向かえる。そうなれば武達の世代を、戦場に送り出す立場に立つ事を意味する。女性衛士の寿命は短い、三十代後半にも為れば体力面の衰えは隠せず、良くても40歳で衛士として後進に道を譲り引退を余儀なくされる。
「その頃には丁度入れ替わりなのね……」
榊是近外務大臣、帝国陸軍彩峰萩閣少将との会談が始まった部屋の灯りを、敷地内の中庭から見ながら呟く。
「親の贔屓目ではないけど、あの子には、衛士としての高い適性能力を持っているわね……」
日向は武が京夏家に居る時は、自分で武に剣術を教えて仕込んでいる。
そして嫌でも気付いてしまう武の衛士としての極めて高い適性能力に。
抜群の反射神経、高度な空間把握認識能力、即応性の速さに気付いてしまうのだ。
「日向さん、中の様子はどうですか……」
1人考え事をしていた日向に亜真音が声を掛ける。
「亜真音様、今始まったばかりです……」
「そうですか、……こんな時に何時も思います、我が身が病弱でなければと……」
「亜真音様……」
日向から見ても亜真音は決して愚鈍ではなく、武家の当主としての最良の資質を持っていると思う。
ただ病弱な身の上なばかりに、武家の当主としての資質を疑われ、周囲からも軽んじられ将来性を期待されていない。
お飾りだけの当主との陰口も絶えない。
皆が腫れ物扱いをする中で、武だけは亜真音を腫れ物として扱わない。実直な迄に亜真音に接する。
亜真音もそんな数歳年下の武が可愛いのか、実の弟同然に武を可愛がっている。
そこに次期総理大臣との呼び声が高い榊是近外務大臣と、帝国陸軍将道派の幹部彩峰萩閣少将の2人が、武と会って話したいと京夏家へとやって来た。
どちらも五摂家の筆頭格煌武院家に近い立場の2人。
恐らく、いや、間違いなく、帝都・京都中の耳聡い、目聡い者達の注目を集めているだろう。これは何か有ると。
だから亜真音は不安になり、中の武の様子を伺う。
「亜真音様、京都の冬の夜風は身体に触ります。お部屋にお戻りに為って下さい」
「そうですね……」
何の力にも為れない自分自身への不甲斐なさを悔やみながら、亜真音は本宅の自室へと戻る。
ただ4か月振りに見た武の変化が気になってはいた。
何処か思い詰めた余裕の無さを感じたからだ。
「つまりこのまま手を打たずに手を拱いていれば、1998年の夏にBETAの帝国本土侵攻を許し、国土の55%がBETAに制圧され、帝国民3600万人が犠牲になると言うんだね君は……」
「しかもハイヴを2つも作られ、佐渡ヶ島⇄横浜のラインで国土が分断されてしまうか……」
「はい、その2つのハイヴを落とすのに、帝国軍は延べ1000000人もの将兵を四年間で死傷させてしまいます」
話しが進むに連れて、榊是近と彩峰萩閣の顔に苦渋と苦悶がくっきりと見えて来る。
榊是近と彩峰萩閣の2人に取っても最悪の予想の一つに入る。
「しかしこれではっきりとしたな、BETAは明確な戦略を立てて、我が帝国を北、西、南の3方向から、包囲殲滅しようとしているのが……」
天台に広げられたアジア地図を睨みながら言う。
「萩閣……」
「やはり彩峰少将閣下もそう思いますか?」
「ああ、BETAは3軍に分かれ、一つは亜大陸経由で東南アジアの資源・穀倉地帯を制圧、一つはシベリアを横断をして北と西に帝国軍の戦略を分散させ、西日本の防衛を手薄にさせて、一気に残り一つで西日本を制圧する気だ」
帝国軍としてもそんな見え透いた手には乗りたくはないのだが、かと言っても無視は出来ない。帝国としても資源と食糧の供給地東南アジアを失う訳にもいかない。特に資源小国の帝国に取って東南アジアの喪失は、戦争遂行能力の喪失を意味するだけに。
シベリア戦線にしても、放置をすれば、貴重な穀倉地帯北海道へのBETAへの上陸を許しかねない。
「萩閣、BETAは気紛れで戦略や戦術もない物量作戦しか出来ないのではなかったか?」
「いや、その認識は完全に間違っている。BETAは事細かい戦術が苦手なだけで、明確な戦略を立てて、着実に帝国の弱点を突こうとしている是近よ」
「自分も彩峰少将閣下と同意見です、これまでは広大なユーラシア大陸の戦いでしたので、『大軍に区々たる用兵の必要は無し、ひたすら前進して敵を粉砕せよ』でBETAは戦って来ましたが、これから先は人類と同様に、きちんとした戦略や作戦を立てて来るでしょう」
「ではやはり、白銀君が提案をしてきた第三世代戦術機を中心としたハイヴ攻略戦専門部隊が必要に為るのか……」
「はい、しかも新型OSの搭載も必須です。出来る事ならXM3を95年度初頭迄に間に合わせたいのですが、もし駄目ならXM2で対応します」
今現在使っている戦術機のCPUの性能では、先行入力とキャンセルのXM2が精一杯で、複雑な連続運動性を可能とするコンポは、CPUの容量の低さから現時点では断念をするしかない。
(夕呼先生に並列処理CPUの開発を依頼すれば、可能なのかもしれないけど、純夏の事もあるから今は極力接触は避けないと……)
香月夕呼は帝都大学に特待生&大学院生として在学中。
若干19歳の若さで天才物理学者としての名声を手に入れようとしていた。
「XM2だけでも即応性2割増し向上か、私の部隊の方でやって見る価値はありそうだな」
彩峰萩気味は武から手渡されたフロッピーディスクと仕様書を入れた愛用鞄を見る。
「でも正月明けなんですよね、実機で試すの」
武は年末年始の忙しさから、年内での実機を使ってのXM2の実証試験を諦めていた。
「いや、年内には一度は試すつもりでいるよ。早ければ早いほどいいしね」
彩峰萩閣は武を全面的に信用した訳ではないが、武が単なる8歳の子供ではなく、この世界の命運を左右するかも知れない存在に思えて来た。
(我ながら酔興だな全く、だがもし、この少年の言った通りに事態が進行し、もし全てが上手く行くのなら、娘の慧を白銀君の嫁にしてもいいかもな)
「OS・XM3に関しては、我が国の開発メーカーに依頼しよう。直ぐには結果は出ないだろうが、何とかして1998年迄に間に合わせよう」
「ありがとうございます榊外務大臣」
武は榊是近に素直に頭を下げる。
「君を不知火や他の兵器や戦術機開発に参加をさせるかどうかの判断は、萩閣の部隊でのXM2の運用試験が上手く行ってからに使用。正直に行って君に対して全面的な信を置いている訳ではない。それは分かって貰えるね白銀君」
「それに付いては重々承知しています、自分見たいな子供の話しを聞いて貰えたらだけでも、御二人には感謝をしています」
「ならいい。それと今日此処で話した内容は他言無用で合って欲しい。余りにも衝撃的な内容だからね」
「はい……」
そう、余りにも内容が衝撃的過ぎる上に、もし帝国本土決戦と為った場合、帝国民6000万人を国内外へと避難させなければならなくなるのだ。
「しかし6000万人の避難計画か……」
彩峰萩閣は軍事の専門家として、到底実現不可能と言っても差し支えない数字に頭を抱えたくもなる。
「その様な状況を作り出さない為にも、95年マンダレー・ハイヴ、96年ウランバートル・ハイヴ攻略戦を成功させなくてはなりません。その為にも第三世代機の開発促進を御二人にお願いをしたいのです」
「そして君もその作戦に参加をすると言うのだね白銀君」
「自分は言い出しっぺですので、ハイヴ攻略戦に参加をしないのは卑怯以外何者ではありませんので」
「本当にそれだけかね白銀君?」
「君の覚悟と決意は良く分かった、だが君が2つのハイヴ攻略戦に参加をするのは、実は両親の為ではないかね?」
「ッ」
榊是城内の問に武の顔が瞬く間に強張ってしまう。
「君は2つハイヴ攻略成功の実績を持って、両親を復縁再婚させたいのではないかな。2つのハイヴ攻略を成功させて仕舞えば、君は世界的な軍事的英雄だ。その実績を持ってすれば城内省や武家の保守派も、君の両親の復縁再婚に反対は出来まい。それが君の真の目的か」
「自分は親孝行をしたいだけですし、やはり両親には仲睦まじく一つの屋根の下で、ずっと暮らして欲しいだけです。子として、それを願うのは間違っているでしょうか?」
「いや、間違ってはいない、決して間違ってはいない。ただ君の両親が、それを喜ぶとも思えないだけにな」
「自分の家族の問題寄りも、帝国本土決戦を視野に入れた戦略目的の構築が最優先課題です。ですから……」
「そうだったな、で、後他に私にして欲しい事はあるかな白銀君?」
「ではお言葉に甘えまして、最低でも東南アジアやオセアニアへの、帝国民2400万人者避難計画を立てて下さい。その上で九州、中国、四国、関西地方の縦深防御要塞群の建設を国家プロジェクトとして始めて欲しいのです」
「やはりそうなるか……」
「はい……、ですがマンダレー・ハイヴ攻略戦さえ成功させれば、東南アジアとオセアニアへの西日本の産業施設の移転と並行して、纏まった数の帝国民の避難も可能になるのではないでしょうか」
武は事態を楽観視していない、例え2つのハイヴ攻略を成功させても、重慶・ハイヴの東進が止まる事は無いと思うからだ。
「重慶・ハイヴが建設されるのは93年の春頃ですが、第三世代機が無い現状では阻止は難しく、フェイズ1の段階でもカシュガル・ハイヴに近い場所なので攻略も出来ないかと。その後に朝鮮半島の防衛に成功したとしても、BETAは東シナ海沿いに新しいハイヴを建設しようとするでしょう。そこを拠点にして、九州地方への大規模侵攻を実行するかと」
「は〜あ」
榊是近は武の対BETA戦略の考えが、殆ど自分の考えと差異が無いのに感嘆をした。
「君は本当に8歳の子供かね、私にはその身体に、今の君が乗り移っているかの様に見えてならないが」
「…………」
武は返答に窮した、榊是近の問は当たらずとも遠からずと言っていいからだ。
「少なくとも神ではなく、悪魔が力を貸してくれているのは確かですね……、ですが帝国の窮地を救えるのなら、自分は喜んで悪魔と契約をしましょう」
「……私と萩閣は君の御両親に心底恨まれるだろうな」
「帝国と人類の未来を守る為です、両親の恨み言には耐えてください」
「……分かった、今はXM2の性能実証試験を最優先で行う事にしよう。頼んだぞ萩閣」
「仕方ないですなあ、8歳の子供が此処まで言い切ってしまうのですから、私も腹を括りましょう」
「ありがとうございます」
「はっ、はっ、はっ、はっ」
武は翌朝、日課になりつつ合った早朝のランニング10㌔をしている最中だった。
最初の内は筋肉痛やら何やらで、朝早くっ起きれなかった事がそれ合ったが、二ヶ月も立つと身体が、熟れて来たのか自然と身体が起きる様になる。
「後は冥夜の問題か……」
日向の口から鎧経由で武に冥夜が会いたがったているのを知ってはいるが、何処となく会いづらいのも確かなのだ。
「やはり冥夜もなのか……」
みちるや水月の2人が前世と言うべきか、前の人生の記憶を上書きされたのを知り、もしかしたらの思いが合ったが、知ったら知ったで、
「冥夜お前もなのか……」
と複雑な心情が頭を擡げて来る。
虚数空間には、何百何千もの白銀武が長年蓄積して来た御剣冥夜との思い出が記録として残っており、純夏を除けば一番接点が多く、数多の世界では恋人や妻に成った女性だ。2人の間に子供が授かった事だって幾度もある。
「やはり会うしかないのか……」
もし会わなければ、彼女の方から、京夏家に押し掛けて来るやもしれぬ。そんな危険な事はさせられない。
「冥夜と会うのは時期尚早だと思っていたから、今回は会わないつもりでいたんだが……」
冥夜に下手に会えば、城内省や武家の保守派を悪戯に刺激して、自分自身は兎も角、冥夜を危険に曝しかねない危険性が付き纏う。
「最悪2人揃って国外追放も有り得るかな、その時は榊外務大臣に頼んで、2人揃って国連インド軍入りをさせて貰うしかないかな」
亜大陸はアフガニスタン経由で南下し侵攻して来たBETA群との間に、インド軍、パキスタン軍、国連軍、発足したばかりの大東亜連合軍が犠牲を度外視した遅滞防御戦を繰り広げているが、1990年にボパールにハイヴを建設されてしまい、もう既にフェイズ3の段階に入っている。
92年夏頃に起死回生を狙ったボパール・ハイヴ攻略作戦『スワラージ作戦』が予定されているが、武は作戦が失敗するのを知っている。
帝国軍も戦術機部隊1個連隊を軸にした部隊を派遣予定ではあるが。
「XM2の実戦テストの場としては、最高の部隊だけど」
保守派が武と冥夜の死を望むのなら、お誂え向きの戦場と言っていいだろう。
「まあ其処まで先走る必要性はないか……」
「ただいま~、ふぅ」
早朝ランニングを終えて帰宅をした武は、玄関で運動靴の紐を座りながら解く。
「武、早朝ランニングは終わったのか、精が出るな」
何処かで聞いた声が背後から聞こえると、武は思わず身構えてしまう。
「どうした武、固まっておるぞ」
武は恐る恐る振り向く。
そこに居たのは、本来居るはずがない御剣冥夜の姿……。
しかもエプロン姿……。
「め、め、め、めいやー!」
驚きの余り武は尻もちを付く。
その背後には戸惑いと困惑を隠せない日向と、日向付き使用人母子の2人に、如何にも怪しい姿をしたトレンチコートのいで立ちをした男……。
「では冥夜様、私はこれで」
「鎧か、色々と迷惑を掛けてしまって済まなかった。
「いえいえ、お役に立てて幸いでした。それでは色男白銀武君、頑張りたまえー!」
口をパクパクさせている武を尻目に、鎧左近は立ち去って行く。
「ちょっと待ておっさん、この状況を説明しろ、何で冥夜が早朝にこんな所にいるのかを」
「色男としての甲斐性を見せたまえ」
鎧左近は楽しそうにそう言うと無情に扉を閉めて無情にも立ち去る。
「武久しいな、そなたに会えて嬉しいぞ、やはり私とそなたは絶対的な゙運命の糸で結ばれているのだ」
冥夜は目から涙を浮かべて武の左手を取る。
「いや待て冥夜、家の人達には言ってきたのか?」
「きちんと、置き手紙はして来たぞ。だから何も心配する必要はない」
「ちょっと待て冥夜、置き手紙って」
「もう離れないぞ武、生きるも死ぬも共にだ」
冥夜は感涙勢〆て武に抱き付く。
「武、これはどういう事なの、お母さんに分かる様に説明して頂戴!」
次にフリーズ状態から凍結した日向が武に問い掛ける。
御剣家と言えば28在る譜代武家の家だが、五摂家の筆頭格煌武院家の分家の一つで、譜代武家の筆頭格でもあるので有力武家でも無視は出来ない家なのだ。
そこの1人娘御剣冥夜と言えば、幼くして剣術の天才との呼び声が高い。
立場上日向は御剣冥夜が、煌武院家の新女当主煌武院悠陽の双子の妹なのを知っている。
煌武院家の『双子は世を分ける』の慣例に基づき、子宝に恵まれない御剣家の養子に出されたのも。
その子が押しかけ女房宜しく、早朝に当面の荷物を持って押し掛けて来たのだから、さあ大変。朝食を食べて出勤しようと言う時にだ。
「お母さん、これは誤解なんだ。て言うか冥夜、家に今すぐに帰るんだー!」
武の叫びが虚しく離れ家に木霊する。