《1992年8月3日土曜日、旧ボパール市周辺》
BETAの巣と言うか拠点とも言うべきボパール・ハイヴを半包囲する形で、人類軍はボパール・ハイヴとその周辺に集結しつつ合った。
「流石にインドの8月は暑いなあ……」
武は日本帝国陸軍駐屯地の基地で半袖姿で、タオルで絶え間なく流れる汗を拭いながら、インドの暑すぎる夏を満喫させられていた。
「はぁ、今頃純夏達は、夏の海を楽しんでいるんだな……」
ついつい武の口から出て来るのはボヤきばかり。日本の学校は軍学校を除けば夏休み盛り、武は初任給のかなりの額を純夏、冥夜、みちる、水月達のご機嫌取りの為に夏のワンピースや水着代に費やした。とは言っても、武はXM・OSシリーズや技術関係の知的所有権や特許収入で、ちょっとした小金持ちになりつつ有るが。
ちなみにその金の管理は武が元服する迄、武の父親・白銀影行が管理する事に。
「BETAの馬鹿ヤロー!」
と、虚しく叫ぶしかない武である。
天才だの、鳳雛だの。麒麟児と言われようがやはりこれから異性に興味を持ち出す健康優良児の男の子、夏の海辺で気になる女の子達とキャキャキャ、アハハハを演りたいのだ。
「だから言いました、武様は日本に居るべきだと。そうすれば、娘達に囲まれて夏の海を楽しめましたのに……」
やや呆れ口調で話すは純夏の父親・鑑明夫だ。鑑明夫は武のお目付役として武に随伴し今に至っている。鏡明夫からしたら、一人娘純夏との仲を深めて欲しいのだが、武が日本帝国陸軍からの、ボパール・ハイヴ攻略作戦に技官や教導役として随伴参加を依頼され、2つ返事で参加を受けたので武は純夏為の夏服姿や水着姿を堪能出来なくなる。
日本帝国大陸派遣軍南方集団は、シンガポールに南方方面軍総司令部を設置し軍を二手に分けてインド領ボパールの南東のパレリ市と、ベトナム領ハイフォン市に展開中だ。日本帝国政府と日本帝国陸軍からしたらこの状況は甚だ不本意でもある。ベトナムに軍を派遣するのは当初の予定通りだったが、【スワラージ作戦】に参加をする予定はなく、唯でさえ限りある陸軍戦力を、二手に分ける策は取りたくはなかったが、国運とインド政府に拝み倒される形で参加が決まってしまう。と、同時に帝国議会が、インド政府の空手形に踊らされてしまった面も。
インド政府は帝国議会の政治家達に、スワラージ作戦が成功したら、インドの資源採掘権を日本に与える口約束の約束手形をばらまいた。インドは石炭、褐炭、鉄鉱石、タングステン、マンガン等が豊富に採掘が可能な上に、ベンガル湾とスラト=ムンバイ沖合いに眠る膨大な石油、天然ガスの採掘権を日本資本に最優先に与えると。
これに踊らされた帝国議会がスワラージ作戦の参加決議を採択、圧倒的多数でスワラージ作戦参加が決定する。日本帝国政府も議会の決定は覆す事は出来ず、スワラージ作戦に完全機械化3個師団、独立機甲戦術機2個連隊、斯衛軍選抜1個大隊がインドに送り込まれた。斯衛軍の方は選抜1個大隊である。情報部も総動員して、日本帝国内での世論工作も。
まあ其れだけインド政府が生き残りに必死だったともいえるのだが。
だが虚数空間を通して未来知識と情報を持っている武は知っている、スワラージ作戦を主導する国連とインド政府との間に温度差が有るのを。
「しかし壮観な眺めだなあ……」
「そうですな武様……」
武は無理矢理話題を変える事に。
パレリ市の軍事基地は、BETAの亜大陸侵攻開始と同時に増改築され大規模な軍事基地に変貌した。
その御蔭で日本帝国軍は各師団の直轄戦術機部隊、独立機甲戦術機2個連隊、帝国斯衛軍選抜1個大隊の全戦術機が基地内への収容が出来た。何も無くても定期的な整備が必要な戦術機部隊には大助かりだが。
パレリ基地内には三種類の戦術機が並ぶ、第一世代機の撃震と瑞鶴、第二世代機の陽炎の3機種。新OS・XM2を搭載して即応性、つまり機体の反応速度を2割も増している機体に仕上がっている。2割も増すと全く別の機体とも言っていい。撃震と瑞鶴は実質第二世代機化、陽炎は準第三世代機化に進化したとも言える。
そもそも武が何故ボパール・ハイヴ攻略戦に参加をしているのは、帝国軍からの要請で有るのと同時に、武自身も有る事が目的だった他ならない。
帝国軍からは新OS・XM2の開発技官兼教導官としての参加を求められた。無論、武が8歳なのを考慮して、最前線には出さないのを約束してだ。何故そうなったかと言うと、帝国軍衛士達のXM2の習熟期間の短さだ。
帝国軍はXM2の習熟には衛士一人頭最低3か月が必要だと見ていたが、スワラージ作戦の発動に伴い、作戦参加の衛士達の習熟期間の短縮を余儀なくされ、それをカバーする為に新OSの発案者にして開発者の武の補助を求めた。
無論、帝国国内でああでもない、こうでもないの議論が起きたのは言うまでもない。
「俺は行く、そう決めた」
武の周囲の関係者は作戦参加に反対したが。
「新OS・XM2の初の実戦投入なんだし、習熟期間の短さを補助出来るのは自分しかいない」
そう言われればそうなのだが、実はXM2はボパール・ハイヴ攻略部隊が最優先され、大陸派遣軍北方集団には改良型CPUもOSも未だ一つも回されてはいない。
一応XM2の扱いに熟れている斯衛軍第16大隊と彩峰少将の部隊から選抜された衛士達も居るが、新OS性質に武が一番熟れている以上、武の参加は帝国陸軍には助かるのだ。
斯衛軍の参加は武に引き摺られた格好だ、城内省と斯衛軍参謀本部は、スワラージ作戦に参加をする気はなかった。
じゃあ何で参加をしたのかと言うと、悠陽の鶴の一声と言うか、挑発に近い言葉に奮起したと言っていい。
「皆さん、其れでも武家ですの斯衛ですの? 8歳の子供が自ら志願する形で戦場に赴こうとしています。8歳の子供を戦場に立たせるしか脳が無い武家や斯衛は要りません。さっさと廃業にしてしまいましょう」
これにカチンと来た武家衆が奮起、保守派の外征反対の声を無視して、スワラージ作戦への志願者が続出。だが予算の関係と斯衛軍専用機瑞鶴が外征向きの機体ではない為、僅か1個大隊の出征となる。
「武様、一応釘を刺して置きますが、戦術機に乗って戦闘に参加をしないで下さいね」
「明夫伯父さん、その、武様は止めて貰えませんか? 明夫伯父さんの方が年齢も階級も上なんですから」
「そうはいきませんよ武様」
「どうして!?」
「武様は京夏家当主亜真音様の名代として、この地に赴いているのを忘れてはいけませんか?」
「其れはそうだけど……」
武の初陣になるかは分からないが、亜真音が武の立場を保証する為に、京夏家当主名代の立場を武に与えた。理由は武に無茶をさせない為にだ。
この出征に当たり、武の母・京夏日向少佐も参加志願をしたが、斎御司経盛政威大将軍に却下されてしまい、斯衛軍選抜大隊の指揮官に選ばれたのが斎御司家派の斯衛軍中佐如月高久だった。この人選は派閥の論理と言えよう。現政威大将軍斎御司経盛が、自身の派閥の重鎮に花を持たせたかったのだろう。この当たりは腐っても鯛、現職は強い。
まあ表の理由は、
「親子の情が邪魔になって、冷静な判断が出来なくなる恐れがある」
と、至極真っ当な理由にはなっているが。
とは言っても武も大人しくしている気はなく、予備機の陽炎の一機を自分専用機にしてはいる。
名目は実機での訓練だ。シミュレーターでは散々大人顔負けの結果を出したが、まだ実機の機乗経験はない。新OSの教導を遣る傍ら、明夫と狭霧尚哉少尉の2人から実機訓練を受けていた。
最初は整備兵や警備兵からは、
「武家のお坊ちゃんの我儘は勘弁して暮れ」
と、悪く言われるは、白い目で見られていたが、時間限定では有るが、実機でも良い結果を出すと悪く言う者や、白い目で見る者は少なくなるが、完全にはなくならない。
明夫と狭霧尚哉少尉の2人からしても、
『教導はシミュレーターでも最良の結果出しているだから、無理して実機に乗る必要性は無いのでは?』
と2人で話してはいるのだが、武が衛士として一世代に一人と言っていい才能を有しているので、2人して実機の武の教導に当たっている。
同時に武が戦術機を使って何かをやらかそうとしているのは2人は察知してもいた。
「武様はついこの間までヤンチャ坊主でした。絵に描いた太陽の子、風の子でしたから……」
「なるほど、どんなに優秀な技術廠や衛士の能力に目覚めてもヤンチャ坊主気質は治らない訳ですな鑑大尉」
何処か遠い目で武の事を話す明夫に狭霧尚哉少尉は相槌の頷きをする。
「ですが、武様の現在と今後を考えたら、何時までもヤンチャ気質が残るのは困ると言うもの」
「同感ですね、彼はもう既に我が国の至宝です、そう簡単に死なれては困ります」
狭霧尚哉は新OS・XM2に初めて触れた時、最初は遊びの無さから戸惑いを覚えたが、次第に熟れて来る内に、自分が操縦する戦術機に新しい息吹を与えられた感覚を持ち、感動を覚えた程だ。機体の主義を交換した訳でも無いのに機体の即応性が2割も上昇。新OSの最大の特長とも言うべき先行入力とキャンセルを最大限に活かせば、水準以上の衛士ならば精鋭以外には困難とされた光線種族への吶喊が可能になると言う。其れを知った時、狭霧尚哉は一筋の涙が溢れた。
「彩峰閣下、このOSを誰が開発したのか教えて下さい」
思わず問い詰めた程に。
(本来ならば、自分達正規の軍人が考えなければならなかった事を、僅か8歳の子供が考えるとはな……)
彩峰少将に武を紹介された時は驚いたが、更に武がやろうとしている数々を知った時は更なる驚きに包まれた。
(本当の天才とはこの様な子供なのかもしれない)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日の夜、パレル市主催のレセプションパーティーが市最大のホテルで催しされた。インド南部の穀倉地帯が未だ健在なのと、オセアニアとASEAN諸国からの物流ルートが生きている事から、インドの食料事情はそれ程悪く無く、豊富な料理が陳列している。
日本人は雑食系なので、極端に辛かったり、香辛料が効きすぎさえ無ければ、大抵の料理はいけた。
インドの昼間の暑さに並行していた武も、空調が効いた会場な為闊達さを取り戻し、此処ぞとばかりにお腹を満たす為に料理を食うのに専念をしていた。
「何でお前見たいな子供がいるんだよ?」
武の食が止まる。ふりむいた先には、国連軍の軍服を身に纏った褐色の少年兵がいた。
(誰だ、こいつ? ウイングマークを付けているからには国連軍の衛士の様だが)
武は敢えて無視して空腹を満たす事を優先する。
「おい、聞こえていないのかよ!ガキー!」
褐色肌の少年?衛士は武に無視されたのが尺に触ったのか怒号を言い放つ。
国連軍の少年?衛士の怒号に、レセプションパーティー会場が静まり返ってしまう。
「おい、どうしたんだタリサ?」
「武様、お下がりを」
騒ぎを見た国連軍と斯衛軍が急いで駆け付ける。
国連軍軍人は武に掴みかかろうとしたタリサを押さえ、斯衛軍軍人は武の前に壁を作り、何人かが何時でも短刀の抜刀態勢を取る。
一触触発の空気が漂う。
レセプションパーティー会場には、パレル市とその近郊に布陣する帝国軍、斯衛軍、インド軍、国連軍、その他の軍首脳陣が揃う。一番慌てたのはインド軍だ。日本帝国軍にスワラージ作戦に参加させる為に、あの手この手で参戦したと言うのに、日本帝国のVIPの子供を怪我させたとあっては、日本帝国側の心証を悪くしてしまう。下手をしたら今後の作戦に支障を来たしかねない。
「いったい、どうしたんですか?」
大佐の階級を付けた三十代半ばの軍人が、部下数人を連れて両軍の間に割って入る。
(煽り耐性低いなあこいつ、俺の事なんて気に留めなければいいのに。もう少し誂ってやるか)
自分が空腹を満たす為に、故意に少年?衛士を無視したのを棚上げにして、武は相手をそう評する。
「どうしたもこうしたもねえー! こいつ、あたしが声を掛けたのに、あらかさまに無視しやがったんだー!」
今にも唸り声が聞こえそうな勢いで捲し立て捲くるタリサと言うなの少年?衛士。
「落ち着けタリサ、今この場で騒ぎを起こすのは不味い、それにお前の言葉を理解出来ないかもしれないんだぞ」
「……ちっ、分かったよ、離せよ……」
武に英語とネパール語が通じなかったと言われ、タリサの頭の中は急速に冷えて行く。多国籍軍の難しさは使う言語が相手に中々伝わらない場合が多く、其処からのストレスから同じ言語が通じる同国人や民族でやろうの話しになる。
日本帝国の過激な国粋主義者達は、英語を毛嫌いし、『英語なんてクソ喰らえ』と言って全く話そうとはしないか勉強もしない。
だが悲しいかな、日本帝国の国粋主義者達が英語をどんなに否定しようが、国際共通言語はやはり英語なのだ。
平たく言えば、英語さえ喋る言葉さえ喋れば、国際会議の場では、一定の発言権は得られる。
タリサも自分の英語が得意とも上手いとも言えなく、余り自信が無かった。
「それに相手の子供は、ロイヤルインペリアルガードの赤色の軍服を着ている。貴族で言えば伯爵家の家柄に当たる。その子供を傷付けたら、間違いなく国際問題だ」
日本の武家制度に詳しくはないタリサだが、仲間がタリサに解りやすい貴族制度に例えてくれたので、タリサにもVIPの家の子供と理解出来た。
「場を悪くして悪かったな……」
タリサは肩を落としてパーティー会場から立ち去ろうとしたが、次の瞬間、再び噴火する事になる。
「俺の名前はキョウカ・タケルだ」
タリサよりも流暢な流れる英語を聞いたタリサはあっという間に再噴火した。
「てめえー! やっぱり解っていやがったなあーー!!!」
そして1時間後、タケルは斯衛軍の面々に正座させられお説教されていた。
「武様、何故正座させられているのか解っていますね……」
「うん、明夫伯父さん、やり過ぎました、反省しています」
「本当に反省していますか?」
「相手が引いて、何とか丸く収まろうとしていたのに、何故あの様な挑発をなさったのです?」
武を取り囲む斯衛軍の面々もそうだ、そうだの顔をする。
あの後、怒り心頭のタリサが暴れ、収集が付かなくなり、パーティーは塵の悪さを残してお開きとなる。
そして只今武は明夫を始めとして、斯衛軍の黒服と白服組に囲まれて絶賛お説教中。
「だって、煽り耐性が0の様だから、ほんの少し誂ってやろうかと……」
「それで、あの結果ですか武様? 煽る必要性は何処に合ったと言うのですか?」
「ごめんなさい……」
「良いですか武様、日本本国に帰るまで、実機に乗るのは禁止です」
明夫は武に対して、事実上の死刑宣告を告げる。
「えっ?!」
「えではありません。流石に今回はやり過ぎです」
「そんな……」
武としては非常に困った事になった。武はスワラージ作戦の裏の本当の目的を知っており、武は陽炎に乗って全員は救えなくても、数人でも良いから救いたい命が有り、その為には89式陽炎が必要だった。
「そんなではありません。此れは決定事項です。上官命令です武様」
武家の身分としては武の方が上だが、斯衛軍内での階級は明夫の方が上なので、上官命令と言われれば、武としてはそれに従うしかないのだ。
「分かりました……」
頭を垂れる武だが、このまま大人しく引き下がる訳には行かなかった。
(まず、何とかしないと、霞の姉妹たち全員の命が危ない)
武自身が持つ未来知識が正しければ、国連とソ連はBETAの正体を探るべく、多数のESP能力を持つ少女達をソ連軍の戦術機に乗せてハイヴ内突入させる。だが結果として解ったのは、BETAは人間を《生命体として認識をしていない》だけで終わる。数多の少女達を命を犠牲にしてだ。
ソ連は極秘作戦を失敗ではなく成功とし国連に対してオルタネイティヴ3計画の継続を求めるが、国連内ではオルタネイティヴ3計画は事実上の失敗の認識が持たれ、次なる計画オルタネイティヴ4案が持ち上がる。
元々ソ連は第二次世界大戦以降、ナチスドイツの超能力研究を逸早く取り入れ、超能力研究が最も盛んで、進んでいた国だった。対BETA戦が始まると、其れが寄り顕著な物となって、人工子宮が開発されてクローニングでの、テレパシー能力を持つESP能力者の生産が可能に。
ある意味狂気の産物だが、BETAの正体を知る為なら、倫理も論理も捨てなければならない程、人類は追い詰められ様としていた。
それを知っている武は、僅か数人で良いから、自分の手で救いたかった。そして皮肉な事に、スワラージ作戦での日本帝国軍の役割は、ハイヴ内突入部隊の援護で、ソ連軍特殊部隊も含まれていた。
(霞の為にも何とかしないと)
何れ香月夕呼と合流するにしても、手土産が必要で、社霞が慣れない日本での生活で孤立しないよう、社霞の姉妹達数人が居れば社霞は孤独感を感じる必要はなくなる。
(霞がああも内向的なのは、たった一人だったからだ)
この世界では社霞が本当に日本帝国に来るのかは不透明なのだが、武としては打てる布石は手に入れたかった。
此処でタリサを登場させないと、トータルイクリプスのキャラを何時登場させられるかは分かりませんので。