アーカイブ・ドロップアウト   作:カムラン

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掲示板回をやったら過去編をやると言ったな
あれは嘘だ


というか、携帯の画面ぶっ壊れてたときにサブ機の方で書き溜めてたのを消化するだけなので、過去編への繋ぎ(時間稼ぎ)としては今回で最後です。
次からは過去編です、よろしくお願いしまする。






幕間2:曇天の語らい
総帥と便利屋


 

 

 

ㅤアビドス・ミサイル基地から送られてきた報告書を手に、カサネはイージス・ディフェンス最上階の執務室で険しい顔を浮かべていた。

 

ㅤ彼女たちがゲヘナ航空基地に向けて放った数発の巡航ミサイル。それらを新たにサイロへ補充したという文から始まるソレの最後のページには、現状わかる限りのアビドスの状況が大まかに記されている。

 

ㅤ数十年前から続くアビドスの衰退。

ㅤそのきっかけは砂嵐という単なる自然災害でしかないのは誰の目から見ても明らかであり、そこに関しては疑問の余地はない。

ㅤカサネが目をつけたのはそこではなく、アビドス高等学校がカイザーローンから数億にもなる多額の借金をしていたというところ。それ自体は彼女も以前から知っていたが、彼らがその借金を利用して大規模な土地を買収していたことまでは知らなかった。

 

ㅤ一年前、アビドスにミサイル基地を建設するという計画が浮上した際に色々調べたことがあったが、カイザーからではなくアビドスを通して土地を購入していたため、建設候補地以外のエリアまでは目が留まらなかった。

 

ㅤ報告書にはアビドスの廃校対策委員会とカイザーPMCとの間で戦闘が起き、なぜかトリニティやゲヘナの一部生徒まで介入していたという事実が書かれている。

 

ㅤ攻撃されない限り手を出すな、というカサネの命令通りミサイル基地の隊員らは事態を傍観していたようだった。

ㅤ我ながら英断と言えるだろう、と彼女は思う。

 

ㅤ航空基地への奇襲はヒナを始めとする風紀委員会の不在が大元の原因だったとはいえ、休戦協定の締結以来、あそこまで規模の大きい襲撃は行われなかった。

ㅤそれに加え、アビドスでの彼らの不信極まりない動きの数々──こちらが手を出せば新たな戦争の火種となるのは間違いない。自分の判断に誤りはなかったはずだ。

 

 

「……(それにしても、あのカイザーグループがこんな派手な真似してまでアビドスに固執していた理由はなに?)」

 

 

ㅤ報告書にあるのは、あくまで隊員らによるアビドス生への聞き取り調査とドローンによる監視映像からの情報しかない。そのため、事の詳細までは彼女たちも分からなかったようだった。

 

ㅤしかしその詳細を知れば、カイザーグループの弱みを握ることが出来るかもしれない。

ㅤであるならば、その弱みを知るしかないだろう。カイザーは不倶戴天の怨敵であるが、カサネとて再度彼らと戦争をしようとは思っていない。そもそもあんな過労死寸前の日々を送るのは二度とゴメンである。

ㅤ弱みを握れば交渉の武器として使える可能性があるのだ。彼らとの戦争を避けられるならそれに越したことはない。とはいえ、マーケットの支配地域の利権を奪われるつもりは毛頭ないが。

 

 

「……そろそろ情報部隊みたいなのも作らないとね」

 

 

ㅤ各地の基地からの報告だけでは、必要最低限の情報しか集まらない。情報収集はこれまではオペレーターチームに任せていたが、これからは専門の部隊も必要になってくる。

 

ㅤカサネはメモ帳に忘れないようにそのことを記入すると、凝り固まった肩を揉んだ。

 

 

「偏頭痛の薬はどこだったかしら……」

 

 

ㅤ今日の天気は生憎の雨。

ㅤそのせいで偏頭痛が引き起こされ、カサネは気分が良くなかった。スケジュール表に書かれた今日の日付の部分には半休と書かれているが──相も変わらず書類の山が積み重なっており、とてもじゃないが午後からは休めそうになかった。

 

ㅤ机の引き出しから偏頭痛を和らげる薬を探していると、執務室の扉がノックされる。

ㅤ入室を許可すると、失礼しますと言いながら見慣れた部下が数人が入ってきた。なんだろう、とカサネは訝しげに首を傾げる。

 

 

「どうしたの? 今は昼休憩のはずだけど」

 

「はぁ……それは総帥も同じでしょうに。書類、貰いに来ましたよ。その様子だとまだお昼も食べておられないでしょう」

 

「別に大丈夫よ、一食くらい抜いたって。朝食べるのも遅かったし、まだお腹空いてないもの」

 

「この前の健康診断の結果見ましたよ。体重めちゃくちゃ減ってたじゃないですか。何なんですか十キロ減って。不健康な痩せ方にはあまり感心しませんが」

 

「うっ……」

 

 

ㅤ確かに彼女の言う通り、ここ最近カサネは体重が急激に減っていた。彼女の身長は170センチジャストで、体重は60キロ。しばらく健康的な数値をキープしていたのだが、この前A.D.C全員で行った健康診断の記録には49キロと書かれていた。実に計11キロの減量である。

 

ㅤだがカサネはダイエットなどしていなかった。体調管理には気を使っているが、自分磨きに励む暇も余裕もない彼女はダイエットをしようという発想すら持たない。

 

ㅤそれを知ってる部下たちは、カサネの体重を見て危機感を募らせた。普通に過ごしていたのに体重が十キロも減るなんて、余程のことがない限りありえないだろう。

ㅤ病気か、ストレスか、日々の不摂生によるものか──いずれにせよ、二年もの間カサネに集中していた仕事の負担がもはや限界に近いと明らかになった以上、彼女を心配する部下たちは誰が言うでもなく、昼休憩が始まるや否や執務室の前に集まった。

 

 

「ほら、たまには外食でもいかがですか。ご友人でも誘って」

 

「…………あとこれだけやったら休憩するから、気にしなくて良いわよ?」

 

「ダメです」

 

 

ㅤ有無も言わさず書類の山をかっさらっていく部下たちに、カサネはがっくりと肩を落とした。

 

ㅤそうは言われても、いきなり誘っても来れるような友人などいない。というかそもそも、友人というもの自体カサネは少なかった。トリニティにいた頃使っていた携帯は壊れ、新しい連絡先は旧友の誰にも教えていないし、教えるつもりもない。

 

ㅤその上、かなり仲が良かったはずの連邦生徒会長は現在行方知れずだ。今のカサネにとって友人と言えるのは、それこそワカモとリン──あとは便利屋の面々くらいだろう。

 

ㅤワカモはどこで何をしているのか分からないので除外、リンも忙しいだろうから誘うのは迷惑かもしれない。となると誘うなら便利屋だけだ。これといった仕事がないであろう彼女たちなら、今の時間帯も空いているはずに違いない。

 

ㅤどの道、近いうちに会う予定だった。それが思いもよらぬ気遣いにより早まっただけのこと。

 

 

「……わかったわ、降参。私の押印が必要な書類以外は任せても大丈夫?」

 

「もちろんです。どうせなら夜まで休んでいても構いませんよ」

 

「それはちょっと……まぁ、早めに帰ってくるわよ。じゃあ後はお願い」

 

「はい。お任せ下さい」

 

 

ㅤ固く頷いた部下に、カサネは申し訳なさそうな雰囲気を出しながら立ち上がった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「(仕事が……ない!!)」

 

 

ㅤ便利屋68の新事務所。

ㅤ黒いチェアに腰掛けながら、社長の陸八魔アルはひとり頭を抱えていた。他の三人は昼食の買い出しに行っており、現在事務所には彼女一人しか居ない。

ㅤなのでアウトローっぽく取り繕う必要も無く、そこにはただ金欠に喘ぐ一人の少女が座っているだけだ。

 

 

ㅤ先日、アビドスを襲撃して欲しいという依頼が便利屋のもとに舞い込んできた。クライアントはその界隈では名の知れた大物らしく、提示された報酬金の額もこれまでの依頼よりもかなり良かったので、二つ返事で了承したアルであるが、蓋を開けてみればいつも通りの有様である。

 

ㅤペット探しとか、そういう類の依頼は上手くやれるのに、こと直接戦闘となると上手くいった試しがない。おかげで便利屋68の金銭事情はかなりカツカツだ。

 

ㅤブラックマーケットで手に入れた一億円は、不慮の事故で爆発してしまった柴関ラーメンに置いていったし、結局カイザーPMCからの報酬金はおじゃんになってしまった。

 

 

ㅤつまるところ、彼女たちには金がない。

ㅤカイザーローンからの融資もペーパーカンパニーを疑われて受けられなかったし、これからどうしようかと悩んでいた。

 

ㅤ事務所を移したのだって、テナント料を払えなくなったことによるやむを得ない事情によるものだ。出来ることなら出たくなかったが、払えないのであれば仕方がない。

 

ㅤはぁ、とアルは大きなため息をついて水を飲んだ。

 

ㅤ新しく入ったここは以前よりも遥かに小さい事務所だが、テナント料は必死に頑張れば何とかなりそうな額だった。駅も近く、決して立地は悪くないはずなのだが──何故かこの雑居ビルの周辺に人の姿はない。

 

ㅤ実はここ、一年前にブラックマーケットで起きた民間軍事会社同士による戦争の影響で壊滅状態となったエリアのすぐ近くである。

 

ㅤ多くのドローンやミサイルが着弾して複数のビルが崩れたことにより、人の数が多いこのブラックマーケットでも殆ど誰も寄り付かない場所となったが、便利屋の新しい事務所があるエリアはまだ綺麗な外観を保っている。

 

ㅤしかし、歩いて5分もすれば戦場跡地だ。

ㅤそんなところで誰も商売などしたくないし、いつ復旧されるのかも分からないところに居たって誰の利にもならない。

ㅤそれならマーケットの中央で商いをした方がマシである。故にこの雑居ビルにも便利屋以外は誰も入居していないし、近隣のビルに至ってはほぼ廃墟と化している。

 

ㅤブラックマーケットに形成されたゴーストタウン。その一角に拠点を構えることには多少の躊躇もあったが、テナント料の安さの誘惑には勝てなかった。

 

ㅤしかし、関係者以外立ち入り禁止を表す赤いコーンがあちこちにあるのを除けば、安いし静かで良いところである。付近にある駅は今でも運用されているので、長距離の移動が必要になっても切符代以外は心配なかった。

 

ㅤそんなこんなしているうちに、廊下の方から話し声が聞こえてくる。アルの頼れる仲間たちの帰宅であった。

 

ㅤ外は雨が降っているが、この近くにある唯一の商店が廃業するということで在庫処分のセールをやっていたので、これ幸いとカップラーメンを買ってきて貰ったのだった。

 

 

「ただいまー、アルちゃん」

 

「おかえりなさい──って、え?」

 

 

ㅤ事務所の扉を開けて入ってきたムツキたちを迎え入れたアルは、その直後目を見開いて彼女達の背後を凝視した。

 

ㅤそこに居たのは、アルがかねてより尊敬してやまない一人の女だった。いつものカーキの軍服ではなく、私服の白いタートルネックを着ている彼女──青山カサネは、キョロキョロと事務所の様相を眺めて呟いた。

 

 

「あら、中々いい所を借りたじゃないの」

 

「でしょー? 不動産屋八件くらいはしごして見つけたんだ」

 

「たらい回しにされただけなんだけどね……」

 

「でっ、でも、ここならイージス・ディフェンスにも近いので、いつでも先輩に会いに行けます……!」

 

「えぇ、いつでもいらっしゃいな。貴方たちなら大歓迎よ、仕事があろうとなかろうと歓待するわ」

 

 

ㅤにこやかに笑いながらハルカの頭を撫でるカサネに、アルはぽけーっと口を開ける他ない。

 

ㅤ何故ここに彼女がいるのか。

ㅤそんな疑問が脳内を埋めつくしながらも、次第にアルの口角は上がっていく。ここ最近カサネとは会っていなかった。先日もアビドスでチラッと見ただけだったので、実際に会うのは三週間ぶりくらいになるだろう。

 

ㅤ満面の笑みを浮かべながら思い切り駆け寄りたくなる衝動を抑えながら、アルは指で髪をいじって恥ずかしそうに訊ねた。

 

 

「ど、どうしたの先輩。連絡もなしにいきなり……」

 

「ごめんなさい。少し手が空いてね、貴方たちとお昼でも食べようかと誘いに来たの。そしたらちょうどカヨコたちを見かけて……迷惑だった?」

 

「そんな事ないわ!」

 

 

ㅤ迷惑なわけがない。

ㅤそんな思いを胸にアルはその言葉を強く否定する。

 

ㅤ今よりも金がなくて、ゲヘナにある公園で惨めにテント暮らししていた頃から、アルは色々カサネに気に掛けてもらっているのだ。風紀委員会に捕まりかけたときも、さりげなく助けてもらったことだってあった。それを言うなら、むしろ迷惑をかけているのはコチラの方だと思っている。

 

ㅤ目に入れても痛くないと豪語するくらいにはアルのことを可愛がっているカサネは、その程度の事柄が迷惑であると思っていないのだが、アルとしてはやはり負い目がある。

 

 

ㅤ法律や規律に縛られない、真のアウトロー。

ㅤどちらかというとカサネは、()()()()()()()()()()法律や規律をしっかり遵守する類の真面目な性格であり、アルが思い浮かべるアウトローとは少し違っている。

 

ㅤだが一年前の戦争で多数の敵兵相手に暴れ回っていた光景は、今でもアルの脳内に焼き付いて離れなかった。

ㅤあの頃のカサネは正しくアウトローそのものであった。

 

ㅤ圧倒的不利を覆す逆境の強さ、数千人の荒くれ者たちを従える強烈なカリスマ性──そして何よりもマーケットの大物と呼ばれるような立場であっても、こんな零細企業でしかない便利屋のことを気にかけてくれる優しさも兼ね備えている。

 

ㅤ故にアルはカサネのことを強く尊敬していた。

ㅤマーケットで密かに売られているカサネの写真集(ほぼ盗撮)だって、発売日に夜中から並んで一番に買ったくらいである。

ㅤつまるところアルは、おそらくキヴォトスでも有数であろうほどカサネの熱心なフォロワーでもあった。

 

 

「──むしろ毎日一緒に居たいくらいだもの!」

 

 

ㅤアルは続けざまに、高らかにそう言った。

ㅤ一切の曇りなき視線、純粋な気持ちの籠った双眸、そして嘘も偽りも誇張もない彼女の本音であった。

 

ㅤしかし、そんな彼女の言葉とは裏腹に事務所内には静寂が訪れていた。あれ? とアルがその違和感に気付くと、カヨコが意味深ににやりと笑う。

 

 

「……へぇ」

 

「わー、アルちゃんってば大胆♪」

 

「わ、わわ……!」

 

 

ㅤカヨコとムツキからニヤニヤとからかうような視線を向けられた彼女は、一瞬眉をひそめたものの、その意味に気づいてすぐに「なっ、ち、ちが……っ」と頬を赤く染めた。

 

ㅤ毎日一緒に居たいなど、それはもはや告白の類のそれだ。

ㅤアルは慌てて首をブンブンと横に振って否定する。カサネと一緒に居たいのは本当だが、別に告白しようとした訳では無かった。

 

ㅤしかし面白いオモチャを見つけたと言わんばかりに、ムツキはニヤニヤとしながらアルをからかい続ける。

 

 

「ほんと、アルちゃんってカサネちゃんのこと好きだよねぇ。この前も先輩から貰ったネックレス握りしめてニヤニヤと──」

 

「───っっっ!? ムツキ! 今すぐその口を閉じなさい!!」

 

 

ㅤいよいよ堪忍袋の緒が切れた彼女は、顔を真っ赤に染めながらカヨコの背に隠れるムツキを捕まえようと飛びかかった。目をパチクリとさせるハルカを何故か盾にしながら、ムツキは上手いことそれらを避けていく。

 

ㅤ途端に騒がしくなる事務所で、カヨコはそそくさとカサネの傍に寄って行く。ちなみに、ゲヘナを留年しているためカヨコはまだ三年生だが、カサネとは同い年ということもあって深い交友関係を持っていた。

 

 

「……で? カサネはどうなの?」

 

 

ㅤワチャワチャと騒ぐ三人を横目に、カヨコは問いかけた。

ㅤ社長のアルがカサネにお熱なのは、便利屋においてはある種の共通認識として知られている。というかアル本人がそれを隠そうとしないので、公然の秘密といっても良かった。

 

ㅤなぜか着もしないA.D.Cの制服を事務所の壁に飾っているし、ムツキが言っていたようにカサネから貰ったアクセサリーを嬉しそうに眺めている姿はよく見られる。

 

ㅤカヨコとしてはそれらは別に構わないのだが、こうも熱心に思われている当の本人はアルのことをどう思っているのだろうか、と疑問に思う。

ㅤ楽しそうな雰囲気を出しながらアルたちを眺めていたカサネは、そんな彼女に首を傾げながらあっけらかんと答えた。

 

 

「もちろん、私もアルのことは好きよ」

 

「ふーん。だってさ、社長。良かったね、両思いらしいよ」

 

「う……だからそんなつもりじゃ」

 

 

ㅤここまで来ればもう小学生男子のノリである。

ㅤカヨコもムツキも「好きといってもまさかガチの方では無いだろう」と思っているので、半分以上は単に面白そうだからアルをからかっているに過ぎない。アルからしたらたまったものではなかったが。

 

ㅤしかしハルカだけはあまり状況を理解してないようで、一切悪気のない純粋な目で「良かったですね!!」とアルに追撃を仕掛けていた。ムツキとは違い、自分をからかっているつもりはないのは明白だったので、彼女は何も言えずにぐぬぬと口を噤む他ない。

 

ㅤそんな場の空気を感じ取ったカサネも、空気を読んでカヨコたちに乗っかった。

 

 

「どうする? ご飯食べに行く前に、お役所に婚姻届でも出しに行きましょうか? これからは陸八魔カサネって名乗ろうかしら」

 

「せ、先輩までぇ……!!」

 

「冗談よ」

 

「社長じゃなくてカサネが苗字変えるんだ……」

 

 

ㅤナチュラルに嫁入りしようとするカサネに、カヨコが呆れた様子でボソッと突っ込む。当然の如くアルの苗字を名乗ろうとする辺り、カサネも中々彼女にゾッコンであった。

 

ㅤどうやら恥ずかしさでオーバーヒートしたらしいアルは、ぷしゅーと頭から蒸気を発し初めてへたりこんだ。赤に染った表情を見られないようにと、彼女は両手で顔を隠している。

ㅤそんなアルに近づき、カサネは彼女の頭を優しく撫でた。

 

 

「ごめんなさい、悪ノリしたわね。お詫びと言ったらなんだけど、今日は貴方たちが前から行きたがってた高級焼肉屋に連れて行ってあげるわ。だから顔を上げてちょうだいな」

 

「ほ、ホント……?」

 

「私が貴方たちを誘いに来たんだもの。お金は気にせず、お腹いっぱい食べてくれると嬉しいわ」

 

 

ㅤ色々あってトリニティの頃に使っていた口座は凍結されているが、退学後にD.U.で開設した方はまだ健在だ。

ㅤ莫大な財産を有する実家から二週間ごとに送金されていた仕送りは、トリニティを退学して絶縁するまでは毎回九割近くを貯金に回していた。

ㅤその上、今までA.D.C総帥として必死に稼いできた甲斐もあって、その電子通帳には何桁ものゼロがずらりと並んでいる。

ㅤ今回カサネがアルたちを連れて行こうと思っている高級焼肉店は、キヴォトスでもかなり敷居の高いところである。完全会員制で一見さんお断りなのはもちろん、提供される肉の質も間違いなくトップクラスのもの。

 

ㅤ普通の生活を送ってたらまずお目にかかれないであろう、正しくセレブ御用達の店だ。

ㅤカサネは懇意にしている得意客との接待によく利用しているのだが、以前アルたちと会った時に彼女がその店の存在を話したら、皆揃って「いつかは行ってみたい」と口にしていた。

 

ㅤアルたちは別にカサネに連れて行って欲しくてそう言った訳ではなく、カサネのように何の躊躇いもなく超高級店を利用できるくらいのお金が欲しいという意味で口にしたのだが──便利屋への好感度が振り切れているカサネがそれを聞いて、何をもしないということなど有り得なかった。

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ先輩。本当にこの服のままで大丈夫なの……?」

 

「ドレスコードはあるけれどオーナーとは仲良いし、私の名前で事前に連絡してるから気にしなくて大丈夫よ。堂々と胸を張って歩いてればいいの」

 

「わー、綺麗なお店」

 

「凄い……」

 

「二人とも。キョロキョロしない」

 

 

ㅤ不安げに呟くアルに、カサネは凛とした顔でそう言った。色々ドタバタしつつも彼女の愛車でD.U.に行ったアルたちは、黒を基調とする統一感のある綺麗な内装に目を奪われていた。

 

ㅤハルカとムツキはキョロキョロと辺りを見渡し、アルは始めて来た超高級店の人を寄せつけない雰囲気に物怖じしている。しかしカヨコはある程度こういう雰囲気には慣れているのかあまり緊張していないようで、背筋をピンと伸ばしてカサネの後ろを堂々と歩かながら、あちこち見渡す二人を注意していた。

 

 

ㅤ店内に入り、薄暗い廊下を少し歩くと受付が見えてきた。

ㅤ清潔感のあるスーツに身を包んだロボットがカサネたちを出迎え、綺麗な所作でお辞儀する。

 

 

「お待ちしておりました、青山総帥」

 

「ご機嫌よう、オーナー。今日は予約もなしに急に来て申し訳ありませんわ。失礼をお詫び致します」

 

「いいえ、どうかお気になさらず。我が店はお客様第一がモットーですので……総帥のようなお得意様でしたら尚のことです。お席にご案内致します、どうぞ此方へ」

 

「ありがとう。さあ、行きましょうか」

 

 

ㅤオーナーに促され、彼の背を付いて進むカサネ。そんな彼女の後ろ姿をアルはボーッと眺める。

 

 

「(こ、これがセレブリティ……!)」

 

 

ㅤ何となく今の短いやり取りにカッコ良さを感じたアルは、ワナワナと震えながら興奮していた。

 

ㅤ道中スマホでこの店のことを簡単に調べたが、カサネがそうであるように企業人の接待などで多く利用されているようだった。

 

ㅤその全てがラグジュアリー感のある綺麗な個室で、部屋ごとに専属の焼き師が付いている。最上級のコースともなるとそれはもう目が飛び出るほどの額で、D.U.への道すがらアルは何度も「ほんとにいいの?」とカサネに聞いていた。

ㅤカサネにとっては端金かもしれないが、アルにとっては大金そのものである。色々してくれるのは大変有難いことであるが、かといって「あれもして欲しい」「これもして欲しい」と頼むほど彼女は厚かましい人間では無いのだ。

 

ㅤむしろカサネに対しては遠慮しいな傾向が強い。

ㅤ今この場に来てもアルは、興奮と遠慮が入り交じった妙なテンションのままだった。

 

 

 

「わぁ……凄い景色です……!」

 

 

ㅤオーナーに案内されたのは、この高層ビルの角部屋だった。D.U.の綺麗な街並みを一望できるガラス張りの空間が視界に広がり、ハルカが思わず感嘆の声を漏らした。

 

ㅤ夜であればもっと綺麗な景色が見れたであろうが、今の時刻は午後一時。しかも雨がパラパラと降っている。

ㅤそれでもD.U.の街並みを高層から見下ろす機会は普段ないので、ハルカもムツキも楽しそうに窓の外を見ていた。対照的にカヨコは外の仄暗い景色には目もくれず、その焼師に興味を向けている。

 

ㅤテーブルのそばに控えているロボットは焼師だ。肉を焼くことに特化したAIが搭載されたもので、オーナーのようなある種の人間らしさを覚える所作は感じない。そもそも人型ですらないのである。

ㅤ焼肉特化AIなんて、ミレニアムを筆頭に科学技術が発達しているキヴォトスでもかなり珍しいだろう。

 

ㅤそんな三人を他所に、カサネはアルの手を引いて自らの横に座らせる。

 

 

「やっぱり、そこら辺のラーメン屋の方が良かった?」

 

「! ち、違うの先輩。その、ただ慣れない場所だから少し落ち着かなくて……興味のあるお店だったから凄く嬉しいわ」

 

「そう? それなら良かった。あんまり喋らないものだから、本当は嫌だったのかと」

 

「う……」

 

 

ㅤアルは気まずげに顔を逸らす。

ㅤ先程のカサネとオーナーとのカッコイイやり取りもそうだが、自分には不相応な店ではないのかとアルは心配になっていた。ずっと仕事が上手くいっていないのもあり、彼女のメンタルは今朝から沈み気味だ。天気の悪さもそれに拍車をかけていた。

 

ㅤせっかく先輩とのご飯なのに、先輩に気を使わせてしまった。そんな自己嫌悪で更に気分が沈むが、当の本人にそれを気にした様子は無かった。

 

 

ㅤ便利屋なら──特にアルになら。

ㅤカサネは如何なる態度を取られようが、如何なる言葉をかけられようが、気分を害したりはしないのである。

 

ㅤそこには、かつて可愛がっていた後輩をトリニティに置き去りにして、あまつさえ避け続けているというカサネの個人的な負い目も確かに含まれている。

ㅤトリニティ時代、上級生……いわゆる先輩というものに恵まれなかった分、自分が先輩になった時には後輩に対しては優しく接そうと決めたことも影響していた。

 

ㅤいつだったか、部下に言われたことがある。

ㅤその部下はカサネがトリニティに在籍していた頃からの友人でもあり、カサネがトリニティを退学したときに、実家からも縁を切られて文字通り天涯孤独の身となった彼女が心配という、ただそれだけの事で自らも退学を選んだ稀有な者達の一人でもあった。

 

ㅤ今では特殊作戦隊の隊長としてキヴォトス各地を奔走している彼女は、ある日の夜、アルと買い物に行ったと嬉しそうに話したカサネを叱るように言った。

 

 

『あなたは便利屋を通して、あの子たちを見ているに過ぎないのではないか』と。

 

ㅤトリニティにいた頃、今の便利屋に対してのそれと同じように可愛がっていた三人の後輩──その存在を知る彼女は、確かにそう言ってカサネの不義理を糾弾したのだ。

 

ㅤ後輩を大事にする優しい性格はカサネの美徳だ。

ㅤ便利屋と……アルと遊ぶのも良い事だろう。仕事を頑張っている分、プライベートでストレスを発散するのは大事なことだ。

ㅤけれど何も言わずに置いていったあの子たちの思いを、あなたは無下にしている。つまるところ──あなたはその”後輩”を蔑ろにしているのだと。

 

 

ㅤカサネは何も言えなかった。

ㅤ気心知れた友人からの糾弾に返す言葉を、彼女は何も思いつけなかったのだ。まさに図星であった。

 

ㅤしかしカサネは自身の感情に蓋をして、ポーカーフェイスを決して崩さなかった。友人の糾弾に静かに耳を傾ける姿を演じていた。

 

ㅤそんな彼女に何を思ったのか定かではないが、友人はそれっきりカサネの交友関係に口を出すことはしなかった。ただ悲しそうにカサネを見やって、踵を返しただけだ。

 

ㅤ結局そのままズルズルと、あの後輩たちと向き合うことを先延ばしにして今に至る。

 

ㅤそれこそがA.D.C総帥の──いいや、青山カサネという一人の少女の人間的な弱さ……悪徳であった。

ㅤ交友関係という面において、確かに厳しく糾弾されて然るべき不義理だ。先輩としての立ち振る舞いを意識しているカサネだからこそ、それはしてはならない事だった。

 

 

ㅤ確かに、カサネはあの友人の言葉を否定できない。

ㅤアルたちを通してかつての後輩を見ているに過ぎないという友人の指摘も、ただ自覚がないだけで本質的にはそうなのだろうという確信もあった。

 

ㅤけれど、かといってアルたちを等身大に見ていないのかと言われれば断固として否と答えるだろう。

 

ㅤ重傷を負って命を落としかけた末に辿り着いた、あの寒い夜の公園での出会い──彼女たちと”重ね(カサネ)”てきた思い出もまた、カサネにとってはトリニティの後輩たちと過ごした日常と同じくらい尊いものなのだ。

 

 

──そんなことを思い返したからだろうか。

ㅤ最近は気苦労が増えて、自覚せぬ心労が溜まっていたのかもしれない。故にカサネは、本人が意図せぬうちに勝手にその口が開いていた。

 

 

「アル。私ね……貴方達のこと好きよ」

 

「え?」

 

「ハルカは内気で極端な所もあるけれど、誰かのために戦える強さがある子よ。ムツキはからかったり煽ったりはするけど、誰かのために真剣に怒れる子だし。カヨコは初対面の人には誤解され易いけど、実は心優しい人だってことを私はよく知っている。そしてアル、あなたはね──誰かのためなら迷うことなくその手を差し伸べることが出来る人よ」

 

「……先輩?」

 

 

ㅤアルは違和感を覚えた。

ㅤカサネの雰囲気が普段とは明らかに違う。思わず目を奪われるほど端正な横顔も、艶やかな金色の髪も、鼻腔をくすぐるフローラルな香水の良い匂いも、いつもと同じだ。

 

ㅤしかし、なにか形容し難い精神的な部分でカサネはいつもと違っている。見慣れたあの軍服を着ていないということもあるのだろうが、アルはいま自分の横に座っているのがA.D.C総帥とはとても思えなかった。

 

ㅤただ一人の……総帥でも先輩でもなんでもない、青山カサネがそこに居たのだ。

ㅤ出会ってから初めて見るそんなカサネの様子に、アルは突然褒められたことへの嬉しさや恥ずかしさを抱くこともなく、真剣な眼差しで彼女を見やる。

 

 

「──だから私は便利屋のことが好きなの。個性的で、自由人で、それでいて全員に確固たる芯がある。私にはそういうのがないから余計に、ね」

 

 

ㅤ隣の芝生は青く見えるものである。

ㅤカサネは思うのだ、もしもかつて違う選択をしていれば、A.D.Cはブラックマーケットを代表する企業に成長していなかっただろう。嫌な思い出しかないカイザーとの戦争も諍いも、そもそも起きてすらいなかったはずだ。

 

ㅤそんなもしもを考えた時に、いつも思い浮かぶのは便利屋の姿。社長のアルを含めてもたった四人しか居ない小さな会社。経営状態は悪いし、その日のご飯にも困るような子達だが──それでもカサネには輝いて見える。

 

ㅤ総帥としての立ち居振る舞いは、ただの演技でしかない。確固たる芯など、素のカサネにはありもしない。素の彼女は精神的に弱い人間だった。それを演技で隠して、それっぽく振舞っているだけだ。

 

ㅤ今でこそ無意識の奥底にも演技が染み付いてかなりマシになったが、かつてのカサネのメンタルは毎日ボロボロだった。

 

ㅤ本当の自分とはなにか。

ㅤそんな哲学的なことを延々と考え続けて、しまいには全てを放り捨てて逃げようかと思ったくらいだ。

 

ㅤだから連邦生徒会長の失踪を聞いたとき、カサネは一瞬だけ羨ましいと思った。すぐにそんな思考は切り捨てたが、それでも一度湧いた思いは簡単には消し去れない。

 

 

ㅤ総帥としての責任感や立場に押し潰されまいと歯を食いしばって、何とか一日をやり過ごして──そしてふと、カサネは便利屋のことを思い出す。

 

ㅤA.D.Cも、かつてはあんな風だった。それがどうしてこうなったのか。自分を慕って付いてきてくれる部下たちが居る以上、カサネにもはや立ち止まることは許されない。

ㅤ四千人の生活がカサネの双肩にはかかっているのだ。こちらが手を差し伸べた以上、最後まで面倒を見る義務がある。

 

ㅤしかしそれでも思うのだ。

ㅤ前みたいに、たった数人の仲間たちと薄暗い廃ビルで過ごしていた頃の方が良かったかもしれない、と。

 

ㅤそれこそアルたちのように──。

 

 

「……先輩、私がなんで先輩のこと好きか分かる?」

 

「……さて、どうかしら。そんなこと話したことないもの」

 

 

ㅤ普段なら恥ずかしがって聞けないことも今は言えた。

ㅤムツキたちが空気を読んで、この広い部屋の隅の方でワチャワチャと騒いでいるおかげだ。壁にかけられている前衛的な牛の絵を見て笑っているらしい三人には聞こえていない。

 

ㅤアルは察しのいい社員たちに内心で強く感謝をしつつ、おそらく初めて誰かに本音を零したであろうカサネに笑みを浮かべて続ける。

 

ㅤ自分には芯がないなんて、いつものカサネならそんな弱音は絶対に吐かないはずだが、普段の様子との差異などアルにはもはやどうでもよかった。

 

 

「えぇ、だから先輩がそうやって話してくれたのは凄く嬉しいわ。あのね、私が先輩のことを好きなのはそういう所なのよ?」

 

「……それは、どういう……」

 

「人間関係をすごく真剣に考えているっていうところ。私、今まで色んな人に会ったけど、先輩ほど真摯な人は見たことないもの。ビジネスにしろ、友人にしろ、残念ながら世の中には人との繋がりを蔑ろにする酷い人が沢山いるけど、先輩はそうじゃない。むしろその繋がりをとても大切にしている」

 

「やめてよ。私、そんな良い人じゃ──」

 

「先輩が何を悩んでいるのかは私にはよく分からないけど、仮に先輩が実は気弱で内気な女の子だったとしても、私が先輩のことを好きなのは変わらないわ」

 

 

ㅤ憧れと好きは似ているようで違う感情だ。

ㅤA.D.C総帥として多数の部下を率いるカサネへの憧れと、こうして自分たちを気にかけてくれて優しくしてくれるカサネへの好きは並立している。

ㅤどちらの感情も等価値だが、しかして同質ではない。

 

ㅤアルがカサネに抱く感情はそういうものだ。

ㅤ決して世間で言われるような完全無欠な〈鉄の女〉ではないことを今のカサネを見て確信したが、かといって彼女への憧れや好意がなくなるはずもない。

 

ㅤむしろアルは安心していた。

ㅤ経営が上手くいかず、気に入っていた事務所も移さざるを得なくなって気分が落ち込んでいたアルであるが、カサネにもそんな弱さがあるのだと知って嬉しかった。

 

ㅤ近くにいるはずなのに、どこか遠くにいるかのように思えていたカサネが、一気に自分に近づくのを感じたからだ。

ㅤ憧れのこの人も、自分と同じように何かに悩んで弱音を吐くのだと思うと、自然と等身大に見えてくる。

 

ㅤその上、カサネの反応からして決して意図したものではないだろうが──自分に対してそんな弱音を吐いてくれたことが、アルは何よりも喜ばしかった。

 

ㅤムツキでもハルカでもカヨコでも、A.D.Cの人達でも他の誰でもない、この自分にだ。それがどれだけ嬉しいことなのかきっとカサネは理解していないだろうが、アルはそれでも良かった。今はただ隣に座っているだけで満足である。

 

 

 

「……はぁ……私ってほんとにダメね。慰めようと気を遣ったつもりが、逆に慰められるなんて」

 

 

ㅤそんなアルのストレートな思いを聞いたカサネは、驚いたように目をパチクリとさせていたが、暫くするとため息をついて目頭を押さえた。

ㅤこんな話をしたいがために彼女たちを誘った訳じゃなかったのに。体重の急減といい、やはり疲れが溜まっているのかもしれないな、とカサネは自分に呆れる。

 

ㅤアルだけじゃなくて、カヨコたちにすら気を遣わせてしまっている。真剣な話をしているらしいという空気を読んで席に座らない彼女たちに、カサネは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。口は災いの元というが、思いもよらぬ事態を招くという意味では正しいかもしれない。

 

ㅤ今後は、一つ一つの発言には気をつけないといけない。情けない気持ちとアルたちへの感謝で複雑な心境だったカサネはそう決めて、おもむろにアルの頭を撫でた。

 

 

「ありがとう、アル。私は本当に良い後輩を持ったわ。私なんかには勿体ないくらいの後輩を」

 

「く、(くすぐ)ったいわよ……って、え?」

 

 

ㅤそしてカサネは不意に、彼女の頭を胸元に抱き寄せた。意外と大きさのあった柔らかい胸の感触に、アルは紅潮する。

 

ㅤ大事な後輩にこうも純真に思われているのだ。であるならば、置き去りにしてきたあの後輩たちともそろそろ向き合わなくてはならないだろう。

 

ㅤ必ず筋は通すと決めたカサネは、しばらくそうしてアルを抱きしめる。歓喜か、不安か──その腕が僅かに震えているのを感じたアルはなされるがままに胸に顔を沈める。

 

 

「あのー……お二人さん。私たち居ること、忘れてない?」

 

「あっ──」

 

 

ㅤそうしていると、横から声がかかる。

ㅤ話が終わったらしいと気づいたムツキたちだ。頬を掻きながら少し気まずげに声をかけてきた彼女に、アルは今の自分たちの状況を客観視して思わず固まった。

 

 

「ごめんなさい。可愛くって、つい」

 

「いやそれは良いんだけど……もうちょっとこう、雰囲気とかあるでしょ。私たちが居ない時なら好きなだけ抱けばいいけどさ」

 

「あ、ああああアル様がカサネ先輩に抱かれて──」

 

「その言い方やめてよ二人ともぉ……!」

 

 

ㅤ何やら語弊を招く言い方をするカヨコとハルカに、アルは耳を真っ赤に染めながら突っ込んだ。久方ぶりに見るあまりにも弱々しいその姿にムツキの口角がニヤリと上がるが、アルを離したカサネの咳払いによって煽ろうとしたのを中断させられる。

 

 

「ふふ、そろそろ食べましょうか。お腹も空いてきたことだし。待たせてごめんなさい」

 

「やったー!お肉だー!」

 

 

ㅤアルを煽るよりも今は食欲の方を優先すべき。そう即断したムツキはそそくさと席に座ると、ルンルン気分で備え付けの紙エプロンを着け始めた。

 

ㅤそんな彼女に倣って、カサネたちも同じようにする。この店の焼師ロボットは客全員が席に座るのと同時に起動する設定となっており、五人分の重量検知センサーが反応して充電スポットから浮かび上がった。

 

ㅤ伸縮する四本のアームにはそれぞれトングが付いている。焼師ロボットは厨房に肉の提供を始めるようにと通知を送り、抑揚のある電子的な声を発した。

 

 

『──ご来店ありがとうございます。本日のコースは、青山様からご連絡のありました〈プレミア〉ランクのサービスとなっております。ただ今、お料理を運んでおりますので暫しお待ちくださいませ』

 

 

ㅤそんな説明と同時にコンロの火が付く。

ㅤ一人辺り三万もする最上級のコースをこれから食べられるのだと思うと、便利屋の面々は口から涎が垂れそうなほど食欲が湧いてくる。

 

ㅤ何だかんだありつつ、値段の計算をして申し訳なさそうにしていたアルも、あと少しでキヴォトス最高品質の焼肉を堪能出来るのだという魅惑には勝てなかったようだ。先程までとは打って変わって、ウキウキと箸を手に取っている。

 

 

ㅤそんなアルたちの様子を微笑ましそうに眺めるカサネであったが、どこかスッキリしたかのような穏やかなその表情とは裏腹に、内心では一つの覚悟を決めていた。

 

 

「(……次の休み、トリニティに行こう)」

 

 

ㅤ今日は部下の厚意でたまたま時間が空いたが、やはり仕事をしていないと落ち着かないカサネは、来月の頭に予定している久方ぶりの長期休暇──といっても僅か一週間だが──までは仕事に専念するつもりだ。

 

ㅤその長期休暇が始まったら、今まで頑なに行くのを避けていたトリニティに行くと彼女は決めた。

 

 

ㅤ何も言わずに去ったことを、後輩たちに謝ろう。仮にその場で彼女たちに何を言われても、何をされても構わなかった。

 

ㅤ曰く、逆境は進歩の母である。

ㅤカサネの中で止まっていた時間を進めるために、あえて止めていた歩みを前へ進めるためには、やはりあの後輩たちと向き合うことが必要なことであった。

 

 

ㅤその事を改めて気付かせてくれたアルに深い感謝を抱きつつ、カサネは彼女たちの会話に混じった。

 

 

 

 

 






はい。落ち込んで気分の乗らなかったアルちゃんを励まそうと思ったら逆に励まされた主人公の話でした。
今回のでアルちゃんに対する好感度うなぎ登り、というかメーターぶっ壊れました。

未だ名前すら出していない主人公大好きティーパーティーは次からどんどん出して行く予定ですが、諸事情あって投稿は遅くなると思います。
エタったり失踪はしないつもりですので、気長に待って頂けたら幸いです。さらば。

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