アーカイブ・ドロップアウト   作:カムラン

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久々の投稿。
引越しとか色々あって遅くなったことでモチベも低かったので、今話のクオリティは低め(保険)。

まだパヴァーヌも途中なのにティーパーティーたちを書き始めるアホですが、頑張りますのでよろしくお願いします。





第一章:白い翼のセレナーデ
紅茶の匂いは君の香り


 

 

 

──トリニティ総合学園において、〈青山〉といえばソレは一人の少女を指す言葉として知られている。

 

 

ㅤしかし、この学び舎に通う生徒たちは公の場でその名前を口にすることは決してしなかった。

ㅤ何か罰則がある訳でも、お咎めがある訳でもない。ただの人名でしかないそのワードを、トリニティの生徒たちは決して口にしない。

 

 

ㅤそれはなぜか?

ㅤその理由をそこらの生徒に訊ねても、きっと望むような具体的な答えは返ってこないだろう。

 

ㅤ実際、筆者は度重なる取材の最中でそのような状況に何度も出くわした。

 

 

「理由? そんなの、先輩方がそうしてるからに決まってるじゃないですか」

 

 

ㅤ本人の希望により名前は伏せるが、筆者の取材に答えてくれた彼女はトリニティ総合学園に通う一年生だ。入学からさほど月日の経っていない一年生の中であっても、なぜか〈青山〉の名前は禁句として扱われているようだった。

 

ㅤだがなぜ禁句なのかを理解している生徒はかなり少なく、その過半数は先輩がそうしているから、という漠然とした理由によるもののようだった。

 

ㅤ一年生を対象に三十人ほどの生徒に取材したが、その全員が同じような答えを返した。

 

ㅤ『先輩がそうだから』

ㅤ『先輩にダメだと教わったから』

ㅤ『先輩に睨まれたくないから』

 

 

ㅤ次に筆者は取材対象を一年生から二年生へと変えた。しかし生憎、望んでいた具体的かつ詳細な理由までは分からなかった。一年生と同じで、二年生の生徒ですら「なぜ〈青山〉の名前が禁句として扱われているのか」を説明できる者は居なかったのである。

 

ㅤであるならば、残るは三年生のみだった。

ㅤ〈青山〉──その名を表す少女の経歴からして、彼女を実際に知っているのは今のトリニティ三年生だけだろうと踏んだからである。

 

 

ㅤだが、ここでも筆者は見えない壁に立ちはだかった。

 

ㅤ最初は快く取材を承諾してくれたはずなのに、〈青山〉の名前を出すなり表情を一変させて、「ごめんなさい」と筆者から逃げるように立ち去っていく。

 

ㅤそれが何人も続いて、遂には正義実現委員会からの取材中止命令が下った。その場は大人しく離れる他なかったものの、その後筆者は独自のルートを用い、トリニティ三大派閥の一角を成す”パテル分派”の重役に接触する機会を得た。

ㅤ彼女はパテル分派の領袖とも近い位置にある生徒で、トリニティの重要情報にも触れている可能性がある。そのため、なぜ〈青山〉が禁句として扱われているのかという筆者の疑問を解決してくれるはずだ。

 

 

ㅤトリニティ郊外の喫茶店で待ち合わせることになり、筆者は予定時刻の三十分前に待機することにした。

 

ㅤこの喫茶店はゲヘナ自治区との境界線沿いにある。

ㅤ正義実現委員会やトリニティ自警団によるパトロールが頻繁に行われている犯罪多発地区だ。実際、ゲヘナから流れてきたと思われる不良が暴れている姿を目撃した。幸いにもビルの路地裏にひっそりと構えていることもあって、筆者はその争いに巻き込まれることは無かった。

 

 

ㅤそうして三十分後、予定時刻キッチリに店へ現れた少女に筆者は早速取材を開始した。

ㅤ質問は単純明快で、難しいことは何もない。何も無いはずなのに、答えてくれる生徒は全く居なかった。仮に筆者が取材をした生徒が偶然マスコミ嫌いであったとしても、これまで取材した八十人近い生徒が全員そうだとはとても考えられない。

 

ㅤ逸る気持ちを抑えながら、筆者は彼女に訪ねた。

 

 

「なぜトリニティでは〈青山〉の名前を口に出してはならないのか?」

 

 

ㅤ少し驚いたような素振りを見せた彼女であったが、すぐさま簡潔に筆者の問いに答えてくれた。

ㅤ彼女は紅茶を一口飲むと、ぶっきらぼうにこう言った。

 

 

「ああ、それは単に怖がっているだけですよ」

 

「怖い、というと?」

 

「報復されるのが、です。あの事件が起きた当時私たちはまだ一年生でしたし、彼女からすれば我々は何も知らない無関係の後輩。なので私たちを狙う理由なんてないでしょうけど……まぁ、あの事件をリアルタイムで知っている分怖さは拭えませんよね」

 

 

ㅤお嬢様学校のトリニティ生らしく、綺麗な所作で紅茶を飲むその優雅な雰囲気とは裏腹に、彼女の言葉には強い畏怖が込められているのを筆者は感じた。

 

ㅤ彼女の言う事件というと、それはやはり二年前のトリニティで起きた”広域無差別爆破テロ事件”が思い浮かぶ。これは市内各所に設置されていた複数のプラスチック爆弾により百人以上の生徒や市民が負傷し、トリニティの校舎が半壊したというテロ事件だ。紅茶の茶葉を栽培している茶畑の被害が特に大きかったため、俗に〈紅茶テロ〉と呼ばれている。

 

ㅤ実行犯は未だに捕まっていないため、トリニティにおける有名な未解決事件となっているはずだが、彼女はまるで〈青山〉がその実行犯のように言っている。

 

ㅤそれがもしも本当だとするなら、とんでもない特大スクープである。しかし筆者の驚愕と興奮が伝わったのか、彼女は首を横に振って否定した。

 

 

「いいえ、あの方と紅茶テロには何の関係もありません。むしろ巻き込まれた不運な被害者と見るべきでしょう」

 

「それならなぜ、あなた方は〈青山〉を恐れるのですか?」

 

「……んー、あのテロの裏で色々あったからですかね。申し訳ないのですが、これはあまり詳しくは話したくありません」

 

 

ㅤもしも私がこれを言ったってバレたら、ティーパーティーから袋叩きにあいますしね──困ったようにそう笑う彼女に、筆者はそれ以上深く聞くことはしなかった。

 

ㅤこの時点で分かったことと言えば、二つ。

ㅤ『一年生と二年生は〈青山〉がアンタッチャブルとなっている理由を知らない』ということ、そして『三年生はその理由を知っているが、話したくない』ということだ。

 

ㅤあまり取材に進展があったとは言えないが、三大派閥のパテル分派でも有力な地位にある彼女でも話せない”なにか”が裏に隠されていることを知れたのは、今後の取材に活かせる情報だろう。

 

 

ㅤしかし会計を済ませて店から出る際、最後に彼女は筆者に忠告を残した。

 

 

「くれぐれもその件については、ティーパーティーへの取材はしないようにお願いします。彼女たちに何をされても私は知りませんよ」

 

ㅤ真剣な表情でそう言い残した彼女に、筆者は戸惑いながらも頷いた。

 

ㅤなぜトリニティで〈青山〉の名前が禁句なのか。

ㅤ筆者は三日間の取材で八十人近い生徒に取材を敢行したが、謎はまだ残されている。

 

ㅤ紅茶テロの裏側で起きていたトラブルへの〈青山〉の関与、そしてそれを頑なに秘匿し続けるトリニティの三年生とティーパーティー──彼女は筆者に取材はしない方がいいと忠告したが、いずれ筆者はティーパーティーへも接触を図るつもりだ。

 

ㅤいつかその謎が明かされる日は来るのだろうか?

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……好き勝手書いてくれますね、クロノス」

 

 

ㅤピッ、とスマホの画面を消しながら彼女は苛立ち混じりにそう呟いた。

 

ㅤ三大派閥の一角を成すフィリウス分派の領袖にして、トリニティ総合学園を取り仕切るティーパーティーに名を連ねる少女──桐藤ナギサは手元のスマホを見て険しい顔を浮かべる。

 

 

ㅤナギサが見ていたのはクロノススクールが管理・提供しているネットニュースサイト。媒体を問わず数多のジャーナリストが集うあの学校には、わざわざトリニティの触れられたくない事柄を明かそうとする命知らずが居るらしかった。

 

ㅤ〈青山〉という名前が禁句なのはトリニティにおいては暗黙の了解として知られているが故に、トリニティ生でもない部外者に好き勝手書かれるのは気分が良くない。かといってトリニティ生がこのような記事を書こうものなら、相応の処罰は受けてもらうつもりだ。

 

ㅤしかも、その〈青山〉関連の話題はナギサにとって特大の地雷である。細かい事情を知る同学年の生徒ならともかく、あえて何も知らせていない下級生や関係者ですらない校外の人間につつかれるのは気分がよろしくなかった。

 

ㅤそんなナギサに、同じテーブルを囲う一人の少女が呆れたような目線を向ける。

 

 

「たかがネットニュースなんて気にしなくていいじゃん、ナギちゃん。クロノスから取材したいって来ても断れば良いだけのことだしさ」

 

「……はぁ、それはそうですが……ミカさんは何とも思わないので? 先輩を悪く見立てるような下卑た記事に」

 

「そりゃ腹立つけど、どうせクロノスに何言っても報道の自由を盾に騒がれるだけだよ──ね? セイアちゃん」

 

「今回ばかりはミカの言う通りだ、ナギサ。削除の申請をしたところで受理されることはないだろう。クロノスはそういうところだ」

 

「セイアさんがそう言うのであれば……」

 

「ちょっとナギちゃんそれどういう意味?」

 

 

ㅤ剣呑な雰囲気を醸し出すナギサに待ったをかけたのは、三大派閥パテル分派の領袖である聖園ミカと、サンクトゥス分派の百合園セイアだ。

ㅤナギサと同じくティーパーティーに名を連ねる二人は、性格上お互いあまり反りが合わない。しかしこと〈青山〉関連においては同じ意見を共にしていた。

 

 

「で……それはともかく、その記事に出てくるパテルの生徒は誰か分かったのか? ミカ」

 

「んー、よくわかんないや。そもそも私、うちの子の顔とかあんまり覚えてないし」

 

「そういう所ですよ、ミカさん……」

 

 

ㅤトリニティの最高行政機関であるティーパーティーにおいて、政治や自身の派閥すら興味のないミカは異端だ。部下の名前すらあやふやな彼女に、ナギサはほとほと呆れている。

 

 

「上司に顔も覚えて貰えないパテルは可哀想だな。君もナギサを見習うといい。彼女は自派閥の生徒の名前も顔も全て覚えているんだぞ。幼なじみでも雲泥の差があるようだ」

 

「あっ、ごめーん。背が小さすぎて聞こえなかった♪ 」

 

「腕の良い耳鼻科への通院をお勧めしようか? 都合のいいその耳の中を医師に診てもらうといい、きっとゴミが溜まっているに違いない」

 

「へー……言うじゃん」

 

 

ㅤ瞳を閉じながら紅茶を飲むセイアを、ミカは不敵な笑みを浮かべて睨みつける。二人の間にバチバチと火花が散り始めたのを見て、ナギサは大きなため息をついた。

 

ㅤミカとセイアの仲はあまり良いとはいえなかった。

ㅤかといってお互いを憎み合っているかといえば否なのだが、やはり世の中の誰しも相性の悪い相手というのは最低一人は存在するものである。

 

ㅤ生来の性格か、あるいは派閥の領袖という立場からか。ある種保守的なセイアとは対照的に、ミカはいささか傍若無人なきらいがある。その上、大のゲヘナ嫌いとして知られるパテル分派の長である彼女も例に漏れず、対ゲヘナ関連においてはティーパーティーの中で最も強硬派な人物でもあった。

 

ㅤそのため、現在トリニティが控えているゲヘナとの条約の締結に向けた話し合いはあまり順調とは言えなかった。

 

ㅤ失踪した連邦生徒会長の忘れ形見──楽園の名を冠するその条約の締結はナギサにとって目下の重要事項だ。

ㅤこの機会を逃せば今後ゲヘナとの和平は成立することはないだろうと確信しているからこそ、自身の在籍中に何とか成立に漕ぎ着けたいナギサであるが、しかし幼なじみのミカは納得がいっていないようだった。

 

ㅤ条約に賛成しているのがセイアとナギサ。あまり乗り気ではないのがミカである。

ㅤしかも、彼女たちティーパーティーの抱えている対立の火種は条約の是非だけではなかった。

 

ㅤかつてトリニティから追放されたある分派──今もなお姿を表さない“アリウス”との和解をミカは提案してきたが、今度はそれにナギサたちが難色を示した。

 

ㅤ結果、その日の会議以降、あからさまにミカとセイアの関係が悪化してしまった。しかしセイアがあまり気にしている素振りを見せないのは不幸中の幸いだった。これでセイアまで本格的にミカを敵視しだしたら、収拾がつかない事態になるのは明らかである。

 

ㅤ大人の対応といったらあれだが、彼女のミカへの反応は子供の癇癪を見るそれと同じだ。その態度が余計ミカの反発を招いているのだが──とりあえず、〈青山〉関連の事柄以外でも仲良くして欲しいものである。ナギサはこめかみを押さえながら、刺々しい雰囲気を出すミカを手で制止した。

 

 

「お二人共、喧嘩なら他所でしてください」

 

「だってセイアちゃんが……」

 

「先に煽ったのは君だろう、ミカ」

 

 

ㅤなぜか今日はセイアの機嫌もあまり良くないようだった。普段ならスルーしているはずの煽りにも乗っかって、あからさまに眉を顰めている。

 

ㅤおそらく先程ティーパーティーで話題になったネットニュースが原因だろう。ナギサには落ち着くように言ったセイアだが、彼女とて自身が深く敬愛する先輩がマスコミに好き勝手書かれているのを知って平常心は保てない。

ㅤそれはミカも同じで、だからこそ二人はいつもより不機嫌なのだろうとナギサは察する。

 

ㅤ何だかんだ言いつつ、やっぱり二人も怒っているじゃないですか──なんてことを言えばミカたちの苛立ちの矛先が自分に向くのは分かりきっているので、ナギサは上手いこと場を収めようと秘伝の武器を使うことに決める。

 

 

「もしもこの場にカサネ先輩が居たら、ミカさんもセイアさんも揃って叱られていると思いますよ。仲良くしなさいと。あの人が怒ると怖いのは私たちが一番知っているでしょう」

 

「……む」

 

「……ふん」

 

 

ㅤミカもセイアも、その名前を出されたら黙る他ない。

ㅤトリニティの最上級生となった今はともかく、彼女たちも当然かつては下級生の立場だった。故に三人ともそれぞれ交友のある先輩は居たが、今ナギサが言った先輩といえばソレは一人しか当てはまらない。

 

 

──青山カサネ。

 

 

ㅤセイアにとって、ミカにとって、そしてナギサにとって、それは最も敬愛し最も好意を向ける一つ上の先輩の名前だ。それぞれ彼女と仲良くなったキッカケは違えど、向ける思いは同じだとナギサは確信している。

 

ㅤカサネは交友関係が広く、かつてのトリニティでは何かと話題の中心となっていた。

ㅤ直属の後輩としてカサネと交友のあったこの場の三人以外にも、在学していた時期が被っていた現在の三年生に限って言えばカサネのことを知る生徒は多いだろう。

 

ㅤしかし、とナギサは考える。

ㅤカサネに向ける思いの強さは、目の前の幼なじみや友人であっても負けないと彼女は自負していた。おそらく二人も同じことを考えているのだろうが、誰も特に何を言う訳でも無く不貞腐れた表情を浮かべている。

 

 

ㅤ静まり返った空間のなか、黙りこくっていたセイアが口を開いた。

 

 

「……先輩は、いつ私たちに会いに来てくれるんだろうな」

 

「それは……、」

 

 

ㅤナギサは反射的に声を出したが、しかし言うべき言葉が見つからず気まずげに目を伏せた。

 

ㅤ少し前にD.U.で起きた戦いに、連邦生徒会の依頼を受けたA.D.Cも参加していることは三人とも知っている。その場にカサネも居て、あの“災厄の狐”との激闘に身を投じたことも。

 

ㅤカサネ個人への思いを抜きにしても、あの組織の存在はトリニティとって特大の爆弾だ。

 

ㅤなにせトリニティ自治区の外郭、ゲヘナとの境界線近くにはA.D.Cの歩兵部隊が駐屯している基地がある。

ㅤいくら彼女たちが敵対するカイザーグループとの休戦協定があるからとはいえ、そこを攻撃される危険性は依然として存在している。もしもそういう事態になった時に市民や生徒が巻き込まれる可能性がある以上、トリニティを率いるティーパーティーとしては、その動向に目を光らせる義務があった。

 

ㅤだからこそ、行政の混乱に際して姿を見せずロクな対応もしなかった連邦生徒会長と連邦生徒会へ不満表明を兼ねて、正義実現委員会副委員長のハスミを向かわせたのだが──不幸中の幸いと、ナギサたちは彼女にひとつの伝言を託していた。

 

 

ㅤもしもカサネと会うことがあれば、トリニティに顔を出して欲しいと。

 

 

ㅤ一か八か。

ㅤあくまで連邦生徒会長への嘆願とA.D.Cの動向に目を光らせることを優先させていたため、絶対に伝えるようにという命令は出さずに、「おねがい」というカタチでハスミに頼んだものであったので、正直あまり期待は寄せていなかった。

 

ㅤだがしかし、予想に反してカサネと会うことが叶ったというハスミからの報告によってナギサたちは沸いた。

 

 

ㅤ時間が空いたら行く。確約は出来ない。

ㅤただそれだけの短い返事であったが、カサネがトリニティに戻ってくる可能性が出来ただけでもナギサたちは嬉しかった。

 

ㅤだが、そんな彼女達の喜びとは裏腹にカサネが戻ってくるような様子は一切ない。既に二年も待ち続けているのだ。今さら数週間程度待つことなど苦にもならないが、やはりそれはそれとして寂しさはあった。

 

ㅤカサネにとって優先すべきは仕事であり、部下であり、昔仲良かっただけの自分たちではないのだと言われているようで、多少のショックもあった。

 

 

──オマケに、先月にはカサネのデート写真なんてものが出回ったばかりなこともあって、余計にナギサたちは形容し難い敗北感に苛まれていた。

 

 

「……とても残念ですが、待つしかありません。私たちから接触を図ったとしても、先輩を困らせてしまうだけですし」

 

「……ま、そうだよね。そもそも先輩だって確約は出来ないって、わざわざ前置きしてくれてるんだもん──まぁとりあえず、あの写真に写ってた“角付き”はシバくけど」

 

「それはやめてください」

 

 

ㅤゲヘナとの条約締結が迫っている現在の情勢で、仮にティーパーティーの一員であるミカがゲヘナ生を叩きのめせば条約の締結どころではなくなる。

ㅤこの私を差し置いて先輩とデートなんて、と写真を見た時には思ったが、それは別にカサネに手を引かれていたあの少女がゲヘナ生であったからではない。そう心情的に理解は示しつつも、ナギサは強く制止した。

 

ㅤしかしそんな彼女をよそに、セイアもミカの発言に便乗してきた。

 

 

「便利屋、だったか? 確か停学中だったと耳にしたが……」

 

「……セイアさんまで変な気は起こさないでくださいよ?」

 

 

ㅤミカはどうとでもなる。幼なじみだ、彼女との付き合いは長いが故に手綱の握り方もナギサは熟知している。

ㅤしかしセイアは別だ。頭も要領も良い彼女が本気で例の少女を潰そうものなら、ミカが暴れる以上に収拾がつかない状況になるのは目に見えている。

 

 

「ふふっ、私をミカと一緒にしないでくれ。私ならもっと上手くヤるさ」

 

「セイアさん!?」

 

「……冗談だ。真に受けるな、ナギサ」

 

 

ㅤだが、ナギサの心配は杞憂だったようだ。

ㅤセイアも例の写真に写っていた少女に思うところはあるが、彼女がカサネにとって大事な存在なのだろうということは察している。身内や後輩には優しいが、そうでない者に対しては冷酷な性格──そんな彼女がどうでもいい相手と手を繋ぐなんてことはしないと、セイアはよく知っていた。

 

ㅤだからこそ件の写真の少女への嫉妬が湧き上がるのだが、手を出せばカサネに怒られるのはこちらだ。憂さ晴らしも出来ないとなると、自分たちにはそれこそ彼女を大人しく待つことしか出来ない。

 

 

「……先輩が居なくなって二年か。早いねー」

 

「……そうですね」

 

 

ㅤカサネがトリニティを退学して、はや二年。

ㅤ当時一年生だった自分たちはいつの間にか最高学年となり、ティーパーティーとしてこの学園を取り仕切る立場となっている。光陰矢の如しと云うが、正しくナギサたちにとってはあっという間の二年であった。

 

ㅤその間、カサネはブラックマーケットを代表する民間軍事会社の総帥として名を馳せたが、この二年の間で彼女と顔を合わせる機会は一度たりともなかった。

 

 

「鬱陶しかった昔の二、三年生はもう居ないんだから、帰ってきても良いと思うんだけどなぁ」

 

「先輩は多忙な方だ。特に最近はマーケットの不良たちも活発化していると聞く。おまけに、先日はゲヘナの航空基地でミサイルを使うほどの襲撃にあったという。こちらに来る時間の余裕が無いんだろう。仕方ないさ」

 

 

ㅤそう言うセイアだったが、その表情はどこか寂しげだ。忙しいのだと分かってはいても、そう簡単に割り切れるほどカサネヘの思いは弱くない。

 

ㅤそんなセイアの憂いを帯びた表情に釣られたのか、再び静まり返った会議室であったが、突如としてナギサの携帯の着信音が鳴り響く。慌ててポケットから携帯を取り出した彼女に、ミカが白い目を向けた。

 

「す、すいません。マナーモードにしておくの忘れてました」

 

「もー、ナギちゃんはおっちょこちょいだなぁ……電話?」

 

「はい、どうやらそうみたいで……?」

 

 

ㅤ取り出した携帯の画面を、ナギサが訝しげに注視する。

ㅤモモトークではなく、普通の電話の方だった。それ自体は別に珍しいことでは無いのだが、表示されている電話番号にはナギサは見覚えがなかった。

 

ㅤティーパーティー専用の固定電話は置いてある。だが、そちらに掛けられていないということはこの電話はナギサのプライベートナンバーを知っている人物からということになるが──何度思い返しても、やはり見知らぬ番号であった。

 

ㅤナギサは少し迷って、目の前の二人に断ってから受信のボタンをスワイプした。

ㅤ彼女はすっと音もなく立ち上がり、部屋の隅にそそくさと移動する。横目で見ればセイアとミカが何やら話しているようだったが、その内容に意識を向けるよりも先にスマホ越しに声が聞こえてきた。

 

 

『もしもし』

 

「────!」

 

 

ㅤナギサの顔が驚愕に染まる。

ㅤその凛とした、まるで透き通った海のような心地のよい声には聞き覚えがあった。いや、聞き覚えしかなかった。

 

 

「え、か、カサネ先輩………ですか?」

 

「え?」

 

 

ㅤその名前がナギサから零れたのが聞こえたらしいミカが、目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。セイアも紅茶を飲む手を止めて、ナギサの背中へ視線を向けている。

 

ㅤしかしそんな二人の様子など視界に入っていないナギサは、歓喜か、驚愕か──声を震わせながら相手の返答を待つ。

 

 

『えぇ、青山カサネよ。二年前にトリニティに在籍していたのだけれど、覚えてる?』

 

「覚えてる?って、当たり前じゃないですか……! そ、そんなことよりも、どうしていきなり電話なんて。アレから今まで一回も──!」

 

「ナギちゃん、悪いけどちょっとスピーカーにして」

 

「え? あ、はい」

 

 

ㅤノソッとナギサの背後からミカが顔を覗き込んで、彼女に耳打ちする。突然声をかけられたことにビクッと驚きながらも、ナギサは言われた通りに電話をスピーカーモードへ切り替える。

 

ㅤそして音量を上げて、先程まで座っていたテーブルに置く。ティーパーティー全員がナギサの目の前に置かれた携帯をジロリと眺めつつ、相手の──カサネの返答を待つ。

 

 

『そう? なら良かった。前そちらの……正義実現委員会の副委員長さんから伝えてもらった件についてなのだけれど』

 

「……はい」

 

 

ㅤ確かについ先程話題にはなったが、まさかこんなにもタイミングよく当の本人から電話がかかってくるとは誰も思っていなかった。二年もの間、カサネは音信不通だったのだから尚のこと、彼女達の驚きに満ちた心中は推してしかるべきだろう。

 

 

ㅤ正義実現委員会の副委員長からカサネに伝えられた件について、とは正しく先程話題になった話だ。いつ来るのか、そもそも本当に来てくれるのか。不安な気持ちと期待がせめぎ合い、珍しく三人は普段とは全く違う表情を浮かべている。

 

 

『来月の上旬辺りになるかもしれないけど、トリニティに伺っても宜しいかしら。貴方と、ミカと、セイアと……そうね、サクラコ辺りとも話がしたいの。今更だけどね』

 

 

ㅤナギサたちは言葉を失った。もちろん悪い意味ではなく、良い意味で。

ㅤ口では「待つしかない」とか「仕方がない」と諦めを言えど、やはり大好きな先輩と会って話がしたいと思う気持ちは抑えきれない。

 

ㅤいくらティーパーティーと呼ばれるような立場にある彼女たちだって、まだ十七の幼い少女。

 

ㅤその立場柄、政治に携わる毎日を送っていることもあって三人とも、同年代の何もしていない少女らと比較したらかなり大人びている方だろうが──それはそれとして、今でも彼女たちは音沙汰のなかったカサネからの突然の連絡に、はしゃぎ回りたい気持ちを抱くほど純真な後輩のままでもある。

 

ㅤしかしスピーカーにしているのは言っていないので、ミカもセイアも声を出すことはしない。ただ歓喜に震える身体を、自分も先輩と話したいと逸る気持ちを必死に押さえつけて、ナギサとカサネの通話に耳を傾けていた。

 

 

「っ!そうですか、それは良かったです……でも先輩、お仕事の方は大丈夫なんですか。先日アビドスで色々あったと部下から聞きましたが」

 

『大丈夫よ、なんとか時間は作れそうだし。一週間くらいなら余裕はあると思うから。そもそも私が居なくとも少しは回るはず……回る、わよね……ま、まあ回らせるようには準備はしておくから、よろしくお願い』

 

 

ㅤ本当に大丈夫なのだろうか、とナギサは心配になったが、変に突っついてもカサネの気が変わるだけだと思ってスルーし、彼女のトリニティ来訪を承諾する旨を伝える。

 

 

「……分かりました。では私共もスケジュールの調整を行っておきます。それと先輩、こちらの番号は先輩の携帯ですか? 差し支え無ければ連絡帳に登録しておきたいのですが。ミカさん達とも共有しておきたいですし」

 

「うんうん」

 

『? いまミカの声が聞こえたような……』

 

「きっ、気のせいだと思いますが……」

 

 

ㅤティーパーティー直通の回線ではなく、ナギサの携帯に掛けてきているということはカサネはナギサだけに話しているつもりなのだろう。

ㅤ実際は三人とも一緒になって聞いているのだが、断りもなしに電話がスピーカーになっていると知って気分のいい者は居ない。ナギサはしーっと口に人差し指を当てながら、ミカを諌めた。

 

ㅤ全く悪気のなさそうな顔でテヘペロと謝る彼女を無視しながら、ミカの声が聞こえたというカサネの気を逸らす。

 

 

『あなたが言うなら多分気のせいね……それで、何だったかしら。この電話番号を登録したいって?』

 

「はい。以前との違うということは、機種変されたのですか?」

 

 

ㅤ機種変をしたというのなら、いくら電話をかけても繋がらなかった理由にも納得がいく。あまりにも繋がらないので一時期はA.D.Cに直接かけたことがあったが、出たのはカサネではなく他の隊員であったため、仕方なしに間違い電話ということにして切ったこともあった。

 

ㅤそれにしても、あちらから一回でもかけてくれたらいいのに……という不満がないかといえば嘘になるが、カサネの熱狂的な後輩である彼女たちがそれを口にすることは決してないだろう。烏兎匆匆、紆余曲折あれど彼女の方から電話をかけてくれたのだから最早ここに来て文句はない。

 

 

『ああ、いや。私の携帯の充電が切れちゃったから、友人のを借りてるだけよ。登録しても私じゃなくて別の子にかかっちゃうわ』

 

「……そう、ですか。分かりました」

 

 

ㅤこの場で電話番号を教える気はない、と言外に言われてるかのような気がしてナギサは気を沈めながらも返事をする。隣でミカがチッと舌打ちをしたような気がするが、おそらく気の所為だろう。カサネに倣って気の所為ということにしておく。

 

 

『そういう事だから。突然で悪いけど、よろしくね』

 

「はい、お待ちしております」

 

 

ㅤピ、と電話を切ってナギサはふうと深く息を吐く。柄にもなく緊張して身体が強張っていたようだった。ふと横を見れば二人も同じように体勢を崩しているのが目に入る。

 

ㅤスマホをそそくさとポケットにしまい直すと、電話が始まってからずっと黙って紅茶を飲んでいたセイアが口を開いた。

 

 

「勿怪の幸い、というべきかな?」

 

「奇遇も奇遇だね、まさか先輩からいきなり電話が来るなんてビックリしたよ」

 

「心臓に悪いです……」

 

「まあでも、ちゃんと来てくれるって分かっただけ良かった♪ 連絡先くらいは欲しかったけど」

 

「今の番号はご友人の、との事でしたが……どなたなんでしょう?」

 

 

ㅤナギサの知るカサネは、あまり物の貸し借りをしない人物であった。自分が貸さないだけではなく、誰かに物を借りるということもしなかった記憶がある。

 

ㅤ物を借りないのは壊したらどうしようと心配になるからだそうで、そして物を貸したくないのは単に潔癖症のきらいがあるからだったはずだ。

ㅤつまるところカサネには──間接的にしろ直接的にしろ──人との物理的な接触を避ける傾向がある。そんな彼女がある種気軽に物を借りるところなんて、少なくとも自分たち以外にしたことはなかった。

 

ㅤたかがスマホで何を、と思う者はいるだろうが、カサネの一挙手一投足に注目しているナギサにとっては“されどスマホ”である。しかしミカはどうでも良さそうな顔で頬杖をついて、明後日の方向を見ながら口をとんがらせていた。

 

 

「さあ? また何処かの女に粉かけてるんじゃない? まったく! 酷いよね先輩も。ここにこんなに可愛い後輩が居るって言うのにさー! ねぇ二人とも!」

 

「ふっ……」

 

「え、なにセイアちゃん。サンクトゥスとパテルで戦争しようか? まあセイアちゃんなら一捻りできるけど」

 

「いや何も。変な意味じゃなくて、ただ少し意外でね」

 

「意外……?」

 

 

ㅤナギサとミカが首を傾げる。ああ、と頷きながらセイアが続けて話し始めた。

 

 

「ミカならきっと電話に割り込むかと思っていたからな。君の傍若無人ぶりも、どうやら先輩の前では消えてしまうらしい。久々に面白いものを見た」

 

「あぁ……そういう」

 

 

ㅤ実を言うとナギサも彼女と同感だった。

ㅤスピーカーにしろと言われた辺りから、きっとミカも話したいのだろうなと考えていた。しかしそんな予想に反して、ミカは割り込むこともなく大人しくしていた。

 

ㅤ連絡先を共有しておきたいというナギサの言葉に頷いた辺りも、割り込むというほどのものではなかったし、二人が予想していたよりも彼女の反応は弱かったのは何気に驚くところである。

 

 

「別に〜? そりゃ話したいなーとは思ったけど、先輩はナギちゃんに掛けてきたんだもん。私だってそれくらい弁えてるつもりだよ」

 

 

ㅤもしもナギサではなく自分にかかってきたのであれば、ミカはきっとスピーカーなんてせずに一人で興奮して盛り上がっていただろう。そして自慢げに「先輩から電話かかってきちゃった♡」とナギサとセイアを煽る姿は簡単に思い浮かぶ。

 

ㅤ実際そうしていただろうな、とミカは思っていたが、現実にかかってきたのはミカではなくナギサである。下手に割り込んで騒いだら怒られるのは自分である。

ㅤつまるところ割り込まなかったのは、電話越しとはいえカサネに恥ずかしいところは聞かせたくないというささやかな見栄であった。

 

 

「……おや、もうこんな時間か。すまない、私はここいらで失礼させてもらうよ。そろそろ部下に任せてた書類も出来上がる頃だろうし」

 

「む、そうですね。一区切りと致しましょうか」

 

 

ㅤ壁にかけられた時計の針を見て、セイアが立ち上がる。既に、カサネからの不意の電話が無ければとっくのとうに解散していた時間である。ナギサにも執務の予定があるので、頷いてお茶会をお開きにしようと両手を合わせた。

 

ㅤしかしそんなお開きムードな二人の様子に不満をあらわにするミカは、ぶつくさと文句を垂れる。

 

 

「えー、もうちょっとゆっくりしようよ〜。書類仕事なんて出来る子に任せておけばいいじゃん」

 

「ミカさん……貴方ももう少し真面目に仕事をしたらどうです? 聞きましたよ、この前も殆どの書類をパテルの生徒に任せていたと。そもそも貴方にはトリニティの長たるティーパーティーの席を担う者としての自覚が──」

 

「はいはい。分かったよ、もう……」

 

 

ㅤうへぇ、とミカは辟易した顔でナギサから視線を逸らす。ナギサの説教は長いのだ。しかも一つのツッコミも許さないほど正論過ぎて、耳が痛くなる。

ㅤ以前あまりにもミカがやらかした時なんて、そんな長ったらしい説教に加えて自身の口にロールケーキをぶち込まれることだってあった。甘いものは別腹とはいえ、体重管理に支障をきたすような真似は避けたい。

 

ㅤ諦めたように両手を上げたミカに、ナギサも溜飲を下げる。

 

「では、来月の上旬……具体的な日程は未定ですが、カサネ先輩がご来訪されるということでスケジュールは空けておいてください」

 

「もちろん」

 

「おっけー!」

 

 

──そんな仄暗い空の下、トリニティを取り仕切る少女たちは鉄の女の来訪を心待ちにしていた。しかして火薬庫の導線に、火が灯るのも時間の問題である。

 

ㅤ貼り付けた笑顔の仮面の奥で、無機質な双眸を光らせる魔女がニヤリと口角を歪ませた。

 

 

 

 

 

 






次話はいよいよ主人公の過去編です。
今話は過去編のプロローグ的なやつでした。まる。
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