アーカイブ・ドロップアウト 作:カムラン
学マスのプロデュースで忙しかったので今回は短め。
前回は評判悪かったのかお気に入り登録数が十人くらい減って落ち込みましたが、気にしないことにして進めます。
ついでですがオリキャラタグ追加しておきます。時系列的に名前ありのオリキャラが五、六人出ると思いますがよろしくお願いします。関係ないですけどことねちゃん推しです。
「──以上が青山様へ行ったヒアリングの報告です」
ㅤトリニティ総合学園本校舎の一室。景観の良い中庭を望むそこでは、ティーパーティーと呼ばれる同校の支配者たちが三人揃っている。彼女たちは各々テーブルに置かれた紅茶やスコーンを思い思いに口にしていた。
ㅤそんなティーパーティーを前に、一枚の書類を手にしながら報告を読み上げていたのは、一時間前にカサネと話していた3年生の有坂である。ティーパーティーからの使者として送り込まれた彼女は、上司からの命により最近上級生の間でも注目されているカサネへ派閥への加入を呼びかけた。
ㅤしかし、当の本人は毅然とした態度でそれを固辞。
ㅤ対ゲヘナ総力戦体制が敷かれて久しい今のトリニティでは自殺行為ともいえる、無派閥及び部活への未加入という選択肢を取った。
ㅤそれに驚いたのも束の間、有坂は簡単な報告書をまとめてティーパーティーが集う部屋へと足を運んでいた。
「……そう」
ㅤ意外な点がひとつあるとすれば、それはその報告を聞いたティーパーティーの反応だろう。
ㅤ有坂はてっきり「なぜ強く勧誘しなかったのか」と怒られると思っていたのだが、しかしティーパーティーはまるでそれが想定内であったかのような雰囲気だ。
ㅤ現在のティーパーティーのホストを務めている、サンクトゥス分派の領袖である少女は、入れたてで湯気が昇る紅茶のカップを丁寧な所作でカップソーサーに置くと、視線を有坂へ向けた。
「まさかにベもなく断られるとは思いませんでしたが……有坂さん、彼女の反応は?」
「今のトリニティの状況をお伝えした上での返答です。取り付く島もないと言ったところでしょうか」
ㅤ有坂の脳裏に、カサネの姿が過ぎる。
ㅤ今のトリニティは魔境だ。思春期女子の泥々した悪意が蠢く煉獄。こんな所で三年も過ごしていれば色々知りたくもない話を知ることになる。
ㅤ自主退学者や転入生の数にしたって、総力戦体制を敷く以前の記録とは数倍の差がある。しかしそれでもティーパーティーはかつての先輩方の敷いたこの政策を撤回するどころか、むしろ推進している節すらあった。
ㅤ昔から何かと過激的な傾向の強いパテルはともかく、サンクトゥスやフィリウスまでそのような空気感に包まれているのだから、一介の生徒でしかない有坂にはどうも出来ない。
ㅤ彼女はパテル分派の生徒だが、ゲヘナへの差別意識はさほど持ち合わせていない派閥では珍しい類の生徒でもあった。
ㅤ愛すべきトリニティの未来を憂いつつも、中間管理職的立ち位置にある以上、直属の上司であるパテル分派領袖──ひいてはティーパーティーそのものの意思に逆らうことは出来ない。そんなジレンマに有坂は苛まれている。
ㅤしかしだからこそ、カサネを始めとする新入生の少女たちにはこの体制の中でせめて平穏な生活を送って欲しいと願っていたのだが、その新入生の中心人物であるカサネが派閥加入の意志を見せなかったのが彼女の頭を悩ますポイントである。
「ふーん……これまた活きのいい新入生が来たもんだねぇ」
「パテルとしてはどうするつもりですか?」
「んー……迷うね」
「というと?」
「青山カサネは出来れば欲しい人材ではある。私達も卒業が近いし、あーいう優秀な子に跡を継いで欲しいなって考えはあるけど──」
ㅤ実をいえばパテルと同じような理由で、フィリウスもサンクトゥスもカサネを狙っていた。いずれかの組織への加入を強制する総力戦体制のおかげで派閥も部活も人材豊富だ。特に正義実現委員会など委員長が教育に泣き言を喚くほど、加入者が多いと聞く。
ㅤしかし人材の数と質は比例しない。
ㅤここ数年続いている総力戦体制に不満を抱く生徒は決して少なくない。派閥や部活のしがらみに嫌気が差す者もいるだろう。そういう連中が加わっても部活動や政治へのモチベーションが低く、総力戦体制の本来の意味であるゲヘナとの全面戦争を見据えた戦力の増強には繋がらないのだ。
ㅤだからこそ、優秀な人材であったカサネの存在はティーパーティーの目に止まった。
ㅤ入試で歴代最高得点にあと少しのところで届くという好成績を残し、新入生総代として行った入学式での十数分の演説は多くの生徒に青山カサネの名を刻んだ。その上、通常授業が開始された以後も学年問わず多くの生徒と交流を重ね、新入生の中心人物として一年生への強い影響力を持っている。
ㅤ正しく欲しい人材だった。
ㅤ学力も、人間力も、そして何より戦闘力も、今年の一年生の中ではトップクラスと言っても過言では無い。
ㅤ故に、惜しい。
「──そんなの放置してたら、他の子達への示しがつかないもんねぇ」
ㅤ叶うことなら三大派閥に、それが無理ならせめて正義実現委員会辺りに入ってくれるなら万々歳だった。
ㅤまさか無派閥の道を選ぶとは。ティーパーティーとしては想定内ではあったが予想外ではある。
ㅤ事前の聞き取り調査で、カサネが平穏な学生生活を望んでいることは知っている。だからこそ彼女は事を荒立てないようにいずれかの派閥へ入るだろうとティーパーティーは予想したが、同時にカサネが何の組織にも属さない無派閥未加入である可能性も考えていた。
ㅤ残念なことに現実は後者。
ㅤいくら優秀な人材とはいえ、彼女に対して何もしなかったら示しがつかない。カサネだけ例外というわけにはいかないからだ。
「そこなんですよねー……青山ちゃんこれからどうします?」
ㅤフィリウス領袖の問いかけに、他の二人は沈黙する。例外は作れない、示しもつかない、これは組織の長としての面子の問題。けれど卒業後のことを考えればカサネは欲しい。
ㅤ今までのように嫌がらせを仕掛けるのは簡単なことだが、それでカサネが登校拒否や転校したらもっと困る。さてどうしようか──彼女たちはそれぞれ案を考え始めた。
ㅤ一方で有坂は、物言わぬ壁となってティーパーティーの様子を窺っていた。
ㅤ彼女は今までに何人も、ティーパーティーに目をつけられて心を病んだ少女を見てきた。
ㅤ「こんなハズじゃなかった」「トリニティがこんな所とは思わなかった」。嫌がらせやイジメに精神が擦り切れた末に体制に敗れた少女たちは、皆一様に口を揃えてそう言っていた。
ㅤ願わくばカサネには、そうなって欲しくなかった。
「そうね、とりあえず青山さんに──」
ㅤティーパーティーがどんな結論を出そうとも、有坂は一人決意する。これ以上この人たちに後輩を傷付けさせない。病的なトリニティの被害者をこれ以上増やさせはしない。
ㅤ有坂はぐっと何かを堪えるように、背後で両拳を力強く握った。
◆◆◆
──変だ。
ㅤ有坂との邂逅の翌日、カサネは登校中自分に向けられる視線の多さに違和感を覚えていた。
ㅤ昔から多数の視線を向けられることには慣れている。しかしそんな彼女であっても首を傾げざるを得ない理由は、偏にその視線に込められた意味深な感情に起因しているだろう。
ㅤいつものように羨望や興味といったポジティブな視線ではなく、むしろネガティブな──そう、悪意といっても過言では無い感情だ。
ㅤ悪意にも色々種類がある。
ㅤ純粋な害意であったり、殺意であったり、あるいは嫌悪の感情だ。しかしこれらの視線にはそういった感情は含まれていないようだった。身の危険を感じる類のそれではない。
「……(同情? いや違うわね、これは不快感?)」
ㅤ不快感。仮に自分に向けられるあやふやな感情の正体がそれだとするならば、今度は別の疑問が湧いてくる。
ㅤはて自分はなにか不快感を与えるような言動をしただろうか。昨日の自分を思い返しても、有坂に呼び出されたこと以外はいつも通りの生活だった。
ㅤカサネは妙な居心地の悪さに眉を顰めつつ、学生寮から本校舎へ向かう道をひとり歩く。
「…………あぁ、私じゃないのか」
ㅤようやく校舎が見えてきた頃、カサネは違和感の正体に気づいた。多数の視線に込められた感情……それは不快感、そしてそれを向けられているのはどうやら自分ではなく、どこかの誰からしい。
ㅤカサネを通して、彼女たちは誰かを見ている。
ㅤそして周囲の様子を窺って見ると、カサネにそういう視線を向けているのは全員上級生だった。同学年の新入生からは、いつも通りの目を向けられていることからも間違いない。
ㅤしかしどういうことだろうか。
ㅤ上級生とは確かに交流があるが、その上級生たちからこの自分を通して誰かに不快感を与えるような人物との交流があるかといえばよく分からない。
ㅤいずれにせよ、この悪意が自分に向けられていないことだけは確かだ。カサネは人の感情を読み取ることに長けている。鬱陶しいことこの上ないが、対象が自分でないのならさほど気にする必要はないだろう。
「おはようございます、青山様」
「……昨日思ったのですけど、なぜ一年生の私に敬称を付けるのですか? おはようございます、先輩」
ㅤ正門に立って彼女を待ち構えていたのは、昨日出会ったティーパーティーからの使者──三年生の有坂だった。
ㅤ正直に言うとカサネは彼女のことがよく分からない。今のトリニティではあまり良い噂の聞かないパテル分派の生徒だが、派閥に入らないと言った自分に対してなぜか敬語を使い続けるし、年上の割に自分に対して敬称を付ける。
ㅤ妙なむず痒さを感じながら、カサネは呆れたように有坂と挨拶を交わした。
「いえ、お気になさらず。自分は誰に対しても似たようなものなので……もし不快でしたら辞めますが」
「いえ、大丈夫です。それよりも何の用ですか。昨日の件でしたら私の返事は変わりませんわよ」
「その件についてお話したいことがあって貴女を待っていました。校舎まで一緒にどうです?」
「構いませんが……」
ㅤ警戒心を滲ませながらも、カサネは有坂の誘いに乗った。
ㅤ正門を通り抜けて、多くの生徒が行き交う道を肩を並べて二人は歩く。
ㅤパテルの重役として領袖を支える有坂も、それなりに顔が知られた有名な生徒なのか、新入生の有名人であるカサネと顔を見比べてヒソヒソと小声で話す生徒の姿も少なくない数を見かける。
ㅤ今度の視線は先程それとは違って興味・関心の方が色濃かった。向けられる視線の多さに辟易しながらも、彼女は有坂に連れ添って校舎へと進む。
ㅤそして軽めの雑談をしながら昇降口の前にたどり着くが、有坂は昇降口へは進まず、近くにある木の下に行きましょうとカサネに声をかけた。
ㅤ何の変哲もない針葉樹。その下には木造りのベンチが設置されており、風で落ちたらしい葉っぱが数枚転がっていた。それを払い座った有坂に倣って、カサネもその横に腰掛ける。
「それで──昨日の件についてのお話とは?」
ㅤ口火を切ったのはカサネだった。
ㅤ校舎まで歩きましょうという有坂の言葉から察するに、内容は正門では話しづらいこと……つまり他の生徒には聞かれたくない話ということだ。
ㅤその時点で既にさっさと家に帰りたい気持ちが満々だったが、流石に上級生を前にそんな失礼は働けない。嫌な気持ちを抑えて連れ歩いたものの、始業のチャイムが鳴る前に着席はしておきたい。
ㅤ学年の皆から好かれる優等生の青山カサネは、遅刻などしないだろう。そんなレッテル張りを自らにしている彼女は、時間には割と厳しいタイプだった。ただ単に周囲の目を気にしているだけで、素の彼女は時間も気にしない自堕落な性格なのだが──。
ㅤそれはともかく、気になるのは話の内容だ。急かすように有坂を見やると、彼女は真剣な面持ちで口を開いた。
「昨日のお約束通り、青山様の言葉はティーパーティーへそのままお伝え致しました。反応としては三分派共々微妙なところです。我々パテルの領袖は僅かながらも怒っておりましたが……可能な限り対処致しましたので、今日はその報告をと」
「対処?」
ㅤ有坂については、カサネは寮への帰宅後に軽くだが調べた。その情報源は入学後に知り合った上級生たちからだ。普段は自分から連絡することの少ないカサネからの突然のメールに、彼女たちはえらく驚いていたようだったが、快く質問に答えてくれた。
ㅤパテル分派の生徒、有坂──なぜか大半の生徒が苗字で読んでいる──は、現在のパテル分派の領袖とは古い付き合いらしく、とても仲が良かったらしい。
ㅤしかし現在のトリニティにおける総力戦体制については意見が割れており、教室内において表面上は仲良い友人を演じているようだが、たまに領袖に対する愚痴をこぼすことがあるようだ。
ㅤ曰く、「あの子は昔から頑固で一度決められたことは絶対に曲げない」とのことらしい。
ㅤ不幸中の幸いというべきか、そういう人物がティーパーティーのホストではないことはカサネにとっては喜ばしい情報であるが、しかし素直に喜ぶことは出来ない。
ㅤなぜならティーパーティー、いや正確に言うならば三大派閥全体に数年前から続くこの総力戦体制の影響が及んでおり、ゲヘナに対する差別意識や敵愾心に染まりきっているようだからだ。
ㅤパテルだけならともかく、フィリウスやサンクトゥスまでそのような有様だから、結局のところカサネにとっては誰がホストでも今後の扱いは変わりなさそうだった。
ㅤそんなティーパーティーから使者を任されるほど信頼されている人物、それがこの有坂だ。確かにパテル領袖とも長い付き合いのある彼女ならば、ティーパーティーの意思決定に多少なりとも影響を与えることは可能かもしれない。
「えぇ、昨日の会議では当初、青山様に対する孤立工作活動……まあ端的に言ってしまえば嫌がらせですね。そういうのをやろうという流れになりかけていたんですが、「青山様の意見が変わる可能性もある」と申し上げたところ、暫くは様子見という結論に至りました」
「それは……ありがとうございます」
ㅤティーパーティーの意思決定。それはトリニティにおいて大なる意味を持つ。その舵取りに影響を与えるとは、中々凄い人物と知り合ったかもしれない。
ㅤカサネは有坂に対する評価を一段階上げながら、彼女に向けて頭を下げた。
ㅤ孤立工作活動──それっぽい言い回しをしているが、やっていることは有坂の言う通り単なる嫌がらせ。小学生のワルガキとノリが一緒である。
ㅤしかし彼女達の権力は絶大だ。今のトリニティにおいて彼女たちに逆らえる人物など誰一人として居ない。総力戦体制を敷いた諸悪の根源たるOGの連中ならともかく、現役生徒にはそんなの酷な話だ。
ㅤその実情を一夜で調べあげたカサネはその事を深く脳裏に刻んでいたが、もしもこの有坂が居なかったら、今日から既に嫌がらせが始まってもおかしくない。
ㅤことの原因を作ったのは自分とはいえ、いらぬ迷惑をかけたことへの謝罪と感謝を込めて彼女は精一杯頭を下げる。周りの目など気にしなかった。
ㅤ通すべき筋は通す。それは普段している取り繕った演技とは関係なく、青山カサネ生来の気質であった。
ㅤ有坂はそんな彼女の行為に驚いたように目を見開くと、どこか困ったように微笑んだ。
「いえいえ、お気になさらず。私は私のやるべきことをやったまでです。後輩の助けをするのが先輩の役割ですからね。貴女が無派閥を選んだのは正直なところ頭の痛い話ですが、可能な限り手助けは致しますので、いつも通り過ごしてくれると嬉しいです」
「……はい、重ねて感謝致しますわ」
ㅤ穏やかに笑う有坂に、カサネは初めて「先輩」という概念を心の底から理解したように感じた。母親に頬を叩かれたあの幼時からずっと抱き続けてきた、歳上への忌避感。
ㅤ心の奥底に染み付いたそれが、わずかながらに漂白されるような、そんな感覚だ。
ㅤこの人に対してならば、カサネは心の底から先輩と呼ぶことが出来そうな気がした。
「──けれど、ひとつ忠告しておきましょう。私が出来ることには限りがあります。ティーパーティーが意思決定をする前の段階ならばいくらでも干渉は出来ますが、意思決定された後の段階……つまり、仮に貴女への孤立工作活動が開始されてしまったら、申し訳ないですが私にはどうすることも出来ません」
「はい。それは承知しておりますわ」
「けど、もしもそうなったとしても、何かあれば私を頼ってください。きっとやれることはある筈です。地位も権力も、持ちうる全てを使って貴女を助けましょう」
「……それは、有難いのですが……ひとつお訊ねしても?」
「えぇ、何なりと」
「どうして私にそこまでしてくれるのでしょうか。自分で言うのも何ですが、一介の新入生に先輩が肩入れする理由がよく分かりません」
ㅤ信じたい、とは思う。
ㅤけど信じきるには彼女との関係値が浅すぎる。何せ出会ってからまだ二日目。顔を合わせた時間に換算すると一時間もないだろう。
ㅤいくらカサネとはいえ、そんな相手を心から信じれるかと問われれば流石に首を横に振らざるを得なかった。しかし有坂はそんな彼女の問いかけが予想内のことであったかのように、特に気にした素振りもなく端的に答えた。
「ちょうど今ぐらいの時期になりますか……私も貴女と同じように当初は無派閥で居るつもりでした。結果、先輩に目をつけられて”あの子”に助けられて──時間と周囲に流されるまま、私はこうしてパテル分派に身を置いています」
「……」
ㅤ”あの子”というのが誰を指すのか、カサネは一瞬理解に戸惑ったものの、昨夜別の先輩から聞いた話から、それがパテル領袖であることを思い出した。彼女は口を閉じたまま、有坂の話に耳を傾ける。
「先輩というものに恵まれなかった分、私が先輩になった時は後輩を助けてあげようと思いまして。ほぼ初対面の貴女を助けるのは、そういった理由からです」
ㅤ今度こそカサネは、有坂に対して安心感を覚えた。
ㅤこの人なら大丈夫だ。人の感情の機敏に聡い彼女は、嘘を見抜くことにも長けている。今の言葉に一切の誇張も誤魔化しも嘘もないことは、有坂の目を見ればすぐに分かった。
「(こんな穏やかな目をする人が嘘をつくはずもない、か)」
ㅤ先輩として後輩を助けたい。先輩に恵まれなかった分、自分は後輩を気にかけたい。そんな想いの込められた有坂の双眸は、とても優しさに満ち溢れていた。
「こちら、私の連絡先です。朝の登校前か夕方以降でしたら電話も受け取れると思います。メールなら何時でもしてもらって構いません」
「ありがとうございます。後ほどモモトークに追加しておきますわ」
「では、私はここら辺で。また朝から事務作業がございますので……」
ㅤトホホ、と打って変わって暗い雰囲気を醸し出した有坂にカサネは同情的な視線を向けた。派閥の重役という地位にかかる労力は自分の想像以上に過酷だろう。なにせティーパーティーや三大派閥がやることはこの学校の運営だけではない、自治区そのものの運営だ。
ㅤ色々な面で大変だろうに、そこに加えて自分の問題も抱え込ませてしまったことに、カサネは益々罪悪感を覚えた。頼れる先輩ではあるが、こんな親切な彼女のことを思えばあまり頼りたくはない気もしてくる。
ㅤ有坂に頼った挙句、もしも過労で倒れでもされたら夢見が悪いどころの話では無い。申し訳なさ過ぎて一週間……いや一ヶ月は引きずる確信がカサネにはあった。
「また会いましょう、青山様」
「はい、ありがとうございました」
ㅤ立ち上がって礼をする。
ㅤ無意識に気張っていたらしく、有坂の姿が校舎へと吸い込まれていくのを見送った途端に、カサネの肺の奥から深い息が漏れ出た。
ㅤ想像していたよりも、どうやらトリニティは良くない環境にあるらしい。挙国一致内閣とでも言おう現在のティーパーティーの路線はかなり強硬であり、ゲヘナとの戦いを見据える中での青山カサネという無派閥の異端者を許さない。
ㅤその茨の道に勝手に飛び込んだのが自分である以上、そんなティーパーティーに対する文句はカサネにはなかった。そんなに派閥が重要なのかという類の若干の不満はあるけれども、ただ心配なのは有坂を始めとする自分を気にかけてくれる周囲の人間の存在だ。
ㅤ自らに羨望の視線を向ける多数の同級生たちの内、一体何人が今後孤立するであろう自分にどのような反応を見せるのか、妙な好奇心すら湧いてくる。
ㅤ先程のあの様子だと、有坂に関しては自分がどうなろうとも気にかけくれそうな雰囲気はあるが、他の生徒までは分からない。関係値が浅いのは有坂に限った話では無いからだ。
ㅤ今後のことを考えれば、自らの素を見せるまではいかなくとも、ある程度気心の知れた友人を作っておくべきかもしれない。いざと言う時に動かせる仲間はいくらでも居た方がいいだろう──そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、カサネは自虐的な笑みを浮かべた。
ㅤ友人を作る。言葉にしてみれば簡単だが、そもそもこれまでの自分の人生に友人という存在が居たことがあっただろうか。というか仲間を動かすという表現自体が、自分にそういった経験のない現れだった。
「……あれ、私ってもしかしてボッチ?」
ㅤ話し相手は居る。連絡先も多い。
ㅤけれどその中で友人と呼べるほど親交のある者は、ぱっと思い浮かべても居なかった。
ㅤ色んな顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返して、遂には誰の顔も浮かばなくなってくる。
ㅤ失礼なことだろうが、相手がこちらを友人と思っていても、こちらは相手を友人と思っていない経験はある人もいるだろう。カサネが正しくそうだった。
ㅤこの歳になって友達の一人も居ないのは流石にどうだろうと思い始めたところで、朝の予鈴がトリニティに鳴り響いた。思考を中断したカサネは、慌てて校舎に入る。
「と、友達作らなきゃ……」
ㅤその顔に、どこか悲壮感を漂わせながら。
簡単なキャラ紹介
・有坂先輩
ㅤㅤトリニティ総合学園3年生。パテル分派に所属。元々はカサネと同じく無派閥志向だったものの、嫌がらせに遭い困り果てていたところを旧友の少女に助けてもらい、パテル分派に加わった。以後はその能力の高さを評価され、代替わりしたタイミングで昇格。ティーパーティーからの信頼も厚い中間管理職的立ち位置に収まる。後輩思いの良い人だが常に胃薬を常備している苦労人。あんまりオリキャラ出すの好きでは無いので今後もフルネームは出ない。