アーカイブ・ドロップアウト 作:カムラン
今回というかあと数話はオリキャラ(名前あり)しかでません。苦手な方いらっしゃると思いますがご容赦ください。
あと、また忙しくなりそうなので投稿期間空くかもしれません。よろしくお願いします。
──トリニティに入学して一ヶ月が過ぎた。
ㅤ総力戦体制については多くの新入生が知るところとなったようで、派閥あるいは部活への強制加入という施策に不満を持つ生徒は少なくない。
ㅤ一年生の教室や廊下では「どこの派閥?」「部活が楽しい」のようなやり取りも増えてきた。ひと月もすれば九割近い生徒が何れかの組織に属すことになるだろう、という上級生からの言葉は誇張ではなかったようだった。
ㅤしかしそんな状況下でカサネは、無派閥を貫き続けていた。上級生の間でそういう噂が流れているのか、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにカサネと関わろうとする先輩の数はかなり減った。
ㅤやはりティーパーティーが孤立工作活動と称する嫌がらせ行為は、上級生たちの間では常識的なのだろう。先輩と顔を合わせて話すということ自体、数週間前と比較するとほとんど無くなった。たまにモモトークで雑談をするくらいで、派閥がどうのこうの等々の込み入った話を聞いてくる者は居ない。鬱陶しかった勧誘が無くなっただけでもありがたい。
ㅤカサネの周囲は変わりつつあるが、まだトリニティに染まりきっていないらしい同級生たちの反応は変わらなかった。普段通り接してくるし、普段通り話しかけてくる。
ㅤただそれも時間の問題だろうとカサネはそう考えている。
ㅤ先々週に出会い、そして連絡先を交換した有坂という心優しい先輩から自身が入学する前のトリニティの興味深い話──色々と気分の悪くなるような類の──を聞いていたカサネは、ある程度同級生たちの今後に予想がついていた。
ㅤまず、派閥に入ったからといって何が変わる訳でもない。
ㅤそれこそ二三年生にもなれば事務作業にも携わるようにもなるだろうけど、流石に入学したばかりの新入生にそんなことをさせるはずもないのだ。
ㅤ派閥加入当初は、先輩との顔合わせや派閥それぞれにある独自のルールを細かく覚えていくことから始まるらしい。それから派閥というのに慣れてから、ようやく執務のお手伝いが始まるとのことだった。
ㅤカサネは派閥に入っていないのでそこら辺の所はあやふやだが、有坂が言うにはそうらしい。
ㅤつまるところ、同級生たちがその派閥という環境に慣れたタイミング。それがカサネにとっての鬼門だ。派閥に慣れたということは、当然その思想にも染まり始めたということを意味する。総力戦体制を推進する現在のティーパーティー体制下における派閥の思想とは、それ即ちゲヘナへの差別意識や敵愾心、そして異端者を許さないという排外主義である。
ㅤその時にどれだけの数の同級生がカサネへの対応を変えるのか未知数ではあったが、恐怖心はない。むしろ好奇心の方が強かった。
「……(だって友達いないもの)」
ㅤこれは強がりとか虚勢などではなく、歴とした現実的事実としてカサネには友人が居なかった。友人ではない連中がいくら自分が離れようが、いくら陰口を叩こうが、大して気にしないのが彼女である。
ㅤ大して気にしないだけで、その日のメンタル次第では傷つくこともあるだろうが──少なくとも仮に今この瞬間から孤立したとしても、カサネはさほど気にしない。困るのはやたらと自分を気にかけてくれる有坂くらいである。むしろその事をカサネは気にするだろう。
ㅤそれはそれとして、やはり自分が気にすべきは今後の身の振る舞いだ。今後自分が孤立するのは確定路線。その時までにどれだけの数の生徒を味方にすることが出来るかが重要だ。
ㅤ味方とはすなわち、友人の存在である。
ㅤ今のカサネには友人が居ない。派閥に慣れていない時期だから仲間になりそうな生徒はいくらでもいるが、慣れた頃にはほとんど仲間に出来そうな生徒はいないだろう。
ㅤそれまでの期間に友人を作る必要がカサネにはあった。流石の彼女もたった一人でトリニティそのものと争う気はない。せめて過ごしやすい程度に仲間がいればそれでいい。
「昨日のテスト難しかったなー。数学訳わかんないよ」
「勉強しようにもするヒマないからね、分かるよ。正実楽しいけど訓練疲れるし、寮に帰ってもすぐ寝ちゃうし」
ㅤふと、そんな声が耳に届く。カサネは休み時間の間に暇つぶしに触っていたノートPCの画面から僅かに視線を横にずらし、クラスメイトの会話に意識を向けた。
ㅤ右斜め前に座る二人のクラスメイト──浅葱色の髪が特徴的な小柄な生徒と、そんな彼女とは対照的に高身長でスラッとしたスレンダーな外見が特徴的な生徒。どちらとも何度か話したことがあるため連絡先も持っているが、しかしさほどやり取りはした事がなかった。
ㅤというのも、この二人は他のクラスメイトとは違ってカサネを尊敬している素振りがない。あくまでも等身大に見てくれているのか、カサネを1人のクラスメイトとして扱っているようだった。
ㅤ他の子達はなんというか、「さすがですお姉様!」とでも口走りそうな雰囲気があるため、そんな中で普通に接してくる彼女達の姿は特に印象に残っている。そういう類の子達と接するのに気疲れすることが多いカサネにとっては、二人のようなクラスメイトは希少な存在だった。
ㅤいい機会だ、話しかけてみようか。目が合えば普通に話すこともあるし、きっと邪険にはされないはずだ。たしか名前は──小柄な方が一条で、長身の方が三輪だったはずだ。
「ねぇ、あなたたち。正義実現委員会に入ったの?」
「え? あ、うん。そうだよ。私たち派閥とかあんまり興味なかったからどうしようかなって困ってたら、仲のいい先輩から誘われた正実に入ったの」
「強制加入ですものね、ティーパーティーには困ったものですわ」
「あ、あはは……ほんとにね。帰宅部が良かったんだけどな」
ㅤ彼女は苦笑いを浮かべながらカサネの言葉に同意する。ティーパーティーの施策に多少なりとも不満を抱いている生徒はこの教室内にも居るが、そのティーパーティーから目をかけられているかもしれないカサネがいる前で、そのような事を話す者は居ない。
ㅤ実際は目をかけられているというよりも、目をつけられていると言った方が正しいのだが──故にそんなカサネからティーパーティー批判ともとれる言葉が出てきたことに、彼女は驚いているようだった。
「……というか、青山さんから話しかけてくるの珍しいね」
「あら? 嫌だった?」
ㅤ一条の隣に居た長身の少女──三輪が、無表情のままカサネに話しかける。寡黙な性格で誰かと話しているところはこの一条を除いて見たことがない。
ㅤ正直に言えばカサネは彼女のことが少しだけ苦手だった。自分の視界の端にたまに映ることがあるが、そういう時必ず彼女はこちらを何を考えているか分からない目で見ている。そのくせ話しかけたりはしてこないので、彼女の為人を知らないからこその苦手意識があった。
ㅤまるで深海の、仄暗い水の底から見つめているかのようなその視線が、自分の演技なんて簡単に見抜いているようで怖かったのである。
ㅤ実際、三輪は続けてそのようなことを口にした。
「そんな事ないよ、ちょっとビックリしただけ。いつもつまんなそうな顔をしているから、あなたって他人に興味が無いのかって思ってた」
ㅤほらこれだ。やはり自分の推察は正しかった。いつからかは知らないが、三輪はカサネが演技していることをお見通しだったようだ。
ㅤされど、怒りは湧いてこない。むしろそのようなネガティヴな感情よりも彼女個人への関心の方が強まっただろう。大した関係もないのに自分の演技を見抜く者など、それこそ数年ぶりに現れたかもしれない。
「ちょっと……! 失礼でしょ。ご、ごめんなさいカサネさん。この子、思ったことズバズバ言っちゃうから……悪気はないの、ほんと!」
「……ふふ、いいえ、気にしてませんわ。よく見てるのね、あなた」
「人間観察が趣味だから」
ㅤあっけらかんとそう言う彼女の表情は、やはり寸分も変わらない。中々興味深い生徒だ、とナチュラルに上から目線でそう評価するカサネ。
ㅤ派閥でもなく、正実という所属も良かった。あそこは総力戦体制の恩恵を人材という面において最も受けているが、ティーパーティーの下部組織であることから、ティーパーティーの影響は受けるも派閥そのものの思想には染まりづらい。
ㅤ中立的立場にあるシスターフッドに次いで、自分の仲間にするにはもってこいの組織であった。とするならば善は急げだ。おそらくカサネはトリニティ入学以後、初めて誰かを誘うという行為をしたかもしれない。
「そう。……ねぇ二人とも。良かったら今日のお昼、一緒にどう? 」
「い、いいんですか? いつもほかの方たちと食べているようですけど……」
「いいのよ、話はしておくから。どうかしら?」
「是非! ね? いいよね?」
「私はどっちでも……と言いたいけど、青山さんとは話してみたかったから良いよ」
ㅤ
ㅤ三輪の空虚な視線がカサネを貫く。
ㅤ割と苦手な部類に入る視線だが、特に気にする素振りもなく彼女は満足気に頷いた。
ㅤそれと時を同じくて、校舎内に始業のチャイムが鳴る。慌ただしく着席するクラスメイトたちに合わせるように、カサネたちも姿勢を正した。
ㅤそんな中、一条はコソコソと小声で隣の三輪に話しかける。
「……あのカサネさんとご飯なんて、もう今から緊張しちゃうよ。ねえ、絶対変なこと言わないでよね」
「コレクト」
「うわでた。あんたのその言葉一番信用出来ないんだけど……とにかく! 絶対だよ、場の空気白けるようなことは言わないで」
「わかった。……というか、そんなに青山さんのこと好きなの?私には普通の女の子にしか見えなかったけど」
「それはあんただけだと思う」ㅤ
ㅤ物事の見方というか、三輪は昔から全てに対しての価値観が妙にズレていた。協調性の欠片もないし、デリカシーもないから空気を読まない発言をして気まずい雰囲気を作り出すことも多々あった。よく言えば自分の確固たる意見を持っているが、悪くいえば他人と合わせることが出来ない。
ㅤだからこそ、カサネに対してもフラットな対応をとる。
ㅤクラスメイトや他クラスの生徒たちは挙ってカサネを祭り上げるが、三輪にはその雰囲気が理解し難い。
ㅤ確かに優秀な生徒であるのだろう。授業中に出される課題もレポートもいの一番に終わらせて早々に自習をし出すあたり、学力については間違いなくトップクラス。噂に聞く青山カサネの人物像も、良い話ばかりで本当に同じ歳の人間かと疑うほどだ。
ㅤしかし実際に話してみると、それこそ他のクラスメイトと何ら変わりない──ごく普通の少女がそこに居た。
ㅤ三輪には分からなかった。
ㅤ人間観察を趣味にするほど洞察力に優れた彼女だからこそ、過大評価も過小評価もすることなくカサネを等身大で見ることが出来る。
ㅤ故にカサネのことが可哀想だと三輪は思った。同級生から尊敬の眼差しを一身に浴びる彼女に嫉妬も羨望も抱くことも無い、「対等な人物」がカサネの傍に居ないことを不憫に思ったのだ。
ㅤだがしかし、三輪は会話が得意では無い。
ㅤ感情を顔で表現するのも、思ったことを言葉に変えることも苦手だ。
ㅤそんな性格の彼女と中学時代から仲の良かった一条は、三輪がカサネについて何かしら思うことはあるのだろうとは察しつつも、そこまで深く聞くことはせずに、とにかくカサネに対して失礼がないように再三忠告をする。
ㅤ三輪とは対照的に、一条はカサネにとって「よく居る生徒」と同じくカサネに羨望の眼差しを向ける生徒である。
ㅤコミュニケーション能力に難があり、初対面の相手と話す時は必ず吃ってしまうということにコンプレックスを抱く一条は、自らを「陰の者」と評して憚ることはない。
ㅤ俗に”地雷系”と類されるファッションを好んでいるのだって、陰気な性格を恥ずかしがってのものであり、自分を表現するために着飾っているわけではなかった。
ㅤ故にそんな一条にとって「陽の者」であるカサネは、友達も多く皆から尊敬される素晴らしい人物にしか見えなかった。百人が見れば百人が美人と思うであろう顔立ち、勉学に秀で犯罪者をあっという間に鎮圧する高い戦闘力、困っている人を見過ごさない優しい性格──カサネのどこに尊敬するのかと聞かれればキリがないほど理由を挙げれる。
ㅤそんな相手とご飯だなんて!
ㅤ緊張と興奮が入り交じりながら、何か言いたげな目を向ける三輪を他所に一条は妄想の世界に入り込んでいた。
「ぐへへ……か、カサネお姉様ぁ」
「……きもちわる。ヨダレ出でるよ一条」
──そんな二人の後ろ姿を視界に収めていたカサネはというと…………、
「(き、ききき緊張したぁ!……い、いつも通りに振る舞えたわよね? でも普段全く関わりないのにいきなり誘ったのって傍から見たら変よね。もしも二人に「え、なにこいつ」とか思われてたらどうしよう………一ヶ月は立ち直れないわ)」
──激しい被害妄想に苛まれ、勝手にメンタルブレイクしていた。なお普段の凛とした表情はそのままで、みんなに好かれる青山カサネの演技は今日も今日とて完璧である。
■■■■
ㅤトリニティ総合学園においては、生徒の昼食に関して基本的に指定はない。弁当を持参するのも良し、購買で買うのも良し、食堂で食べるのも良しである。
ㅤキヴォトス有数のお嬢様学校という評判に違わず、生徒の小遣いの額は平均よりもかなり高いが、金銭感覚のおかしな生徒は少数派だ。お嬢様学校と言ったって、中流家庭出身の者も数多いのである。むしろ全体の割合を見ればそちらの方が半数を占めるであろう。故に小遣いを節約したいが為に、食堂の格安ランチを食べる生徒は決して少なくない。
ㅤ一条や三輪は、その食堂派の生徒であった。
ㅤ二人の実家は一般的な中流家庭であり、毎月の小遣いの額は贅沢はできないが普通に過ごせる程度のもの。バイトでもすれば好き勝手やれるだろうが、元より怠惰な傾向のある二人がそんなことをするはずもなく、食堂の格安日替わりランチを肥えていない舌で味わうのが二人の定番だ。
ㅤさていつもと違うのは、そんな二人に混じって我がクラスの高嶺の花が食堂の席に座っていることである。
「始めて来たけれど、食堂のランチも中々美味しいわね」
「そ、そうですか? 普通の洋セットですけど……卵はフワフワだけど」
「えぇ。わたし、普段はお弁当だから。学食もたまにはいいかもね」
「青山さん自分で作ってるの? それともやっぱり使用人とか?」
「ふふ、使用人なんて寮に連れて来れないじゃないの。もちろん自分で作っているわ。キッチンがないからガスコンロ使ってね」
「へぇ、凄いね。青山さんって料理出来るんだ。フライパンとかお鍋焦がしてそうなのに」
「ちょっと! 失礼でしょ!」
「ふふっ、初めはそうでしたわ(……え? そんな風に思われてたの私?)」
ㅤ昼休み。
ㅤ普段なら庭園や教室で誰かしらと弁当を食べているカサネだが、今日は多くの生徒で賑わうトリニティの食堂にその姿があった。事情を知らないクラスメイト達は何事かと驚きをあらわにして、その対面に座る一条と三輪を見て更に驚いた。
ㅤクラスメイトとあまり関わろうとしないことで知られる一条と三輪が、カサネと食卓を挟んでいる。一体何がどうなってそうなったのか疑問に思う彼女たちであったが、自分たちの教室ならともかく此処は他学年の生徒も利用する場所。
ㅤ幸いにも、こんな所できゃあきゃあ騒ぐような常識知らずは居なかった。ㅤ
ㅤ上級生らはそんな下級生たちの様子を不思議そうにしつつも、ティーパーティー関係の”例の噂”で話題になっているカサネをチラッと一瞥するのみで、以降は特に気にした様子は無い。まあそんなことしていられるのも今のうちだろうと、カサネに対して同情的な視線を時おり寄越すのみだ。
「そういえば青山さん、なんで私たちを誘ったの?」
ㅤ銀に輝くフォーク。
ㅤ家柄と育ちの良さを感じさせる丁寧な所作で、高品質な食材をふんだんに使用して作られたプラウマンズランチを食べ進めていたカサネに、ふと三輪が問いかけた。
ㅤ朝から妙だとは思っていた。
ㅤ客観的に見て、自分たちはクラスにおいて三軍ともいえる階層の生徒である。他の生徒のようにカサネを過大評価しない三輪だが、そんな他の生徒にとってカサネがクラス内カースト一軍の高嶺の花であること自体は理解している。
ㅤそんなカサネが自分たちに話しかけてくるのも変だし、食事に誘うのも変な話だ。実際、入学からしばらく経つがカサネと会話をしたことなんて数える程しかなかった。ただ単に彼女と席が近いだけの自分たちとはその程度の関係値しかない。
ㅤ普段は引くほど大食いなくせして、憧れの人の前だからと可愛らしく少食ぶっていた一条も、それは気になったのかカサネの様子を窺った。
「そうね……貴方たちと仲良くなってみたかったから、じゃダメかしら?」
「うん」
「えぇ……別に良いじゃん。何がダメなのよ」
ㅤ間髪入れずにそれを否定した三輪に一条が呆れたように割り込むが、視線はカサネから外れない。またカサネも、そんな彼女と目を合わせて質問の意図を探る。
ㅤ仲良くなりたいから話しかけた。仲良くなりたいから昼食に誘った。それ自体に不自然はない。
ㅤただ、その相手が自分たちということに対して、三輪は疑問を抱かざるを得なかった。つまるところ、”青山カサネは一体自分たちの何を見て仲良くなりたいと思ったのだろうか”ということである。
「……ん、別に答え辛いことならいいけど?」
「別に答え辛いことはないわよ……いいの? きっと幻滅すると思うけど」
「私は幻滅するほど青山さんを知らない。ちゃんと会話をしたのも今日が初めてだから、今の所マイナスもプラスもないし、そもそも噂だけで人を見ないようにしているから」
「私、あなたのそういう所好きよ」
「どうも。それで? 私たちを誘った理由はなに?」
ㅤ自分を差し置いて何褒められてるんだ、と言わんばかりに殺気の籠った視線を向ける友人を他所に、三輪はカサネを見据える。その表情には感情が浮かんでいなかったが、他人の感情を察知することに長けたカサネには、三輪の表情の裏に隠された感情が手に取るようにわかっていた。
ㅤそれは、警戒心。
ㅤもしも少しでも触れたたら、すぐさまこちらに牙を向いてくるであろうほど強烈な警戒心だった。まるで毛を逆立てた野良猫のようで、カサネは思わず笑ってしまいそうになる。
ㅤそんな警戒心と同じくらい強く共に在るのは、一条への強い友情だろう。三輪はカサネがなにか一条に不利なことをしないかを警戒しているのだ。
ㅤだがそんな心配は杞憂である。
ㅤカサネは元より、この二人に嫌がらせやちょっかいをかけるつもりはなかった。
ㅤ本来の目的は今後自分がティーパーティーの工作活動によって孤立したときに、ある程度は行動を共にできる仲間を作ることだった。
──が、ふと思い返した時に「自分に友人がいない」という事にカサネが気付いてしまった為に、その本来の目的よりも単なる友人作りが優先されただけのことである。
ㅤ今後の二人との関係のためにも、素直にそれを教えるべきだろう。カサネはそう判断して、誰かに聞かれないよう声量を落として三輪の問いに答えた。
「……その、私って友達が居ないのよ」
「……え?」
「ん?」
「だ、だから……友達がいないの。だから今日は友達を作ろうと思って……恥ずかしいからこれ以上はやめて頂戴」
ㅤ演技でもなんでもなく、心の底から恥ずかしそうに頬を赤く染めるカサネに、一条と三輪はは呆気にとられた。
ㅤ友達が、居ない?
ㅤこの少女は一体何を言っているのだろうか、と二人は本気で首を傾げた。
ㅤ青山カサネといえば、まず第一に挙げられるのが友人の多さである。入学から間もなくクラスの垣根を越えて新入生の中心人物として注目の的になり、上級生たちとも関わりが深く、いつも彼女の傍には誰かが居た。
ㅤ仲良さそうに話している姿は二人もよく目にしていたが、にも関わらず友人が居ないとは一体──と考え始める。大して何も考えていないだろうに難しそうな顔で唸る一条であったが、やはりよく分からなかった。
ㅤしかし、三輪は少し考えてその理由に思い当たった。
「……なるほど。そういう事ね、理解した」
ㅤ疑問もなにも、今朝自分で彼女に向かって言ったではないか。”いつもつまらなさそうな顔をしていた”と。
ㅤあれは周りの友人の話がつまらないとか、やたら過大評価されることに辟易していたとかそういう次元の話ではなくて、そもそもカサネ本人が周りの取り巻き連中を友人と思っていなかったということだろう。
ㅤなんて面白い人だろうか、と三輪は思った。
ㅤ周りにあんな清らかな笑顔を振りまいておきながら、友人とすら思っていなかっただなんて酷い人だが──面白い。
ㅤ三輪は、”いつもつまらなそうにしているつまらない人”という彼女への評価を改めた。これだから人間観察はやめられない、と楽しげにカサネを見やった。
「それは確かに幻滅するかもね。私以外が知ったら」
「でしょう?だからあまり言いたくなかったのだけれど……」
「うん、でも青山さんは面白いね。まさかそんなにぶっ飛んだ人とは思わなかったけど、私は嫌いじゃないよ。いや、青山さんみたいな変人はむしろ好きだな。見てて楽しいよ」
「どうも」
ㅤ自分の演技を見抜いていた三輪ならば。
ㅤそれでも尚、他者の評価よりも自分の眼で判断してフラットな評価を向けてくれていた彼女ならば、カサネは自分の恥ずかしい事実を教えてもいいと思った。予想通り彼女は自身に幻滅するどころか、むしろ興味を深めている様子だ。当初の見立て通り、やはりこの生徒はなにかがズレている。
ㅤしかし一条は状況がよく分かってないのか、キョロキョロとカサネと三輪の顔を見比べるだけだった。やけにお互い分かりあっているような雰囲気を出す二人に──というよりも三輪に対して不満げに見やっている。
「え? 結局どーいうことなん……ですか? 」
「一条は知らなくていいと思うよ」
「なにアンタ喧嘩売ってる?」
ㅤいきなりの友人が居ない発言に脳内がショートして思考を放棄した一条だが、これを知ったらきっと大なり小なりショックを受けるに違いない。
ㅤカサネの大のファンガである彼女なら幻滅するまではいかなくとも、多少なりともカサネへの評価を下方修正するだろう。三輪はそう判断して言葉を濁したが、一条には逆効果だったようだ。
ㅤぐぬぬぬ、と睨みつけられる。
「青山さん、”ソレ”とは他に別の理由もあるでしょ? 今言ったのが私を誘った理由だろうけど、一条はどうなの。この子、むしろそういうタイプだけど」
ㅤ言外に”苦手なタイプでしょ”と彼女は言っているのだろう。三輪の空虚な目がそう語っているように見えた。
ㅤ確かに一条は三輪とは違ってカサネの演技を見抜くどころか、その演技に羨望の眼差しを向ける大勢の生徒のうちの一人である。だからといってどうこうするつもりはないが。
ㅤそもそも、この短時間でカサネの為人を理解した上でそれを言外に伝えれる三輪が例外なだけだ。その異常なまでの鋭さにはもはや感服する他ない。
ㅤしかし何故一条も誘ったのかと聞かれても、自分が興味を抱いた三輪と一緒に居たから──という理由しか残念ながら思い浮かばなかった。
ㅤそもそも二人に話しかけたのは自分の方だし、二人のうち一人だけしか昼食に誘わなかったら明らかに角が立つ。そうなっていたら三輪も絶対に断っていただろう。
ㅤさてなにか彼女を傷つけない良い理由はないだろうか、と少し考えながらカサネは一条をチラッと見やった。
ㅤ彼女のピンクの髪色が視界に入る。キラッと輝く明るい一条の瞳を見て、めちゃくちゃ後付けであるものの、「きっと自分ならこういう理由で誘っていただろうな」も我ながら納得がいく理由をカサネは思いついた。
ㅤ
ㅤ
「私、かわいいものが好きなのよね。小動物とか」
「あー……そういう。まあ一条って小動物っぽいもん」
ㅤカサネの身長は170センチ。男性ならともかく女性にしては十分に高い身長だ。故に彼女はクラスメイトと視線の高さがあったことがない。
ㅤ幼少期から身長が高かったのが影響しているのか、雑貨にしろ、動物にしろ、人間にしろ、カサネはとにかく小さなモノが好きであった。
ㅤそして一条は小さい。
ㅤどれだけ小さいかといえば、身長はわずか145センチしかない。その上胸も平べったく、猫背なこともあって本来の身長よりも更に小柄に見える。
ㅤつまるところ小さなものが好き、というカサネの趣味と一条の外見は合致しているわけである。
ㅤその場しのぎの誤魔化しであるが、決して嘘では無い。
ㅤ三輪も常日頃から同じことを思っていたのか、カサネに同意するように頷いて隣に座る一条を見た。
──そこに居たのは限界オタクであった。
「そそそそそそそれはつまり私のこと可愛いって思ってるってことですか!? カサネさんが!?」
「え、えぇ……一条さんは可愛いと思うわよ。髪型も似合ってるし、香水も良いの付けているじゃない。うちのメーカーのでしょう?ソレ。ありがとうね、買ってくれて」
「あっ……今日が命日だったんだぁ……」
「まだ死ぬには早いよ一条」
ㅤ色々気になるところはあるが、憧れてやまない相手に可愛いと褒められて一条は大変ご満悦らしい。
ㅤアルカイックスマイルを浮かべて虚空を拝むその姿に、カサネは割と本気で引いた。
以下オリキャラ設定&イメージ図(picrew キラキラ鱈メーカー3 作成者〈✦絢瀬〉様)
■有坂先輩
ㅤトリニティ総合学園3年生、パテル分派に所属。元々はカサネと同じく無派閥で過ごすつもりだったが、当時のティーパーティーらによる嫌がらせに遭い、やむなく旧友の居たパテルに属するようになった。そんな経緯もあって後輩想いの優しい性格となり、自分と同じ道を歩もうとするカサネを気にかけている。
ㅤ
【挿絵表示】
■一条ちゃん
ㅤトリニティ総合学園1年生。正義実現委員会に所属。カサネのクラスメイトであり、また彼女の熱狂的なファンガでもある。根っからの陰キャで、初対面の相手と話す時は必ずと言っていいほど吃る。そんなコンプレックスを隠すように地雷系ファッションを好んでいるが、本人は容姿や格好に自信皆無。三輪とは中学時代からの仲であるが、親友というよりも腐れ縁と思っている。カサネが居ない時は結構口が悪い。大抵タピオカを飲んでいる。
【挿絵表示】
■三輪さん
ㅤトリニティ総合学園1年生。正義実現委員会に所属。人間観察が趣味な寡黙な少女であり、クラスメイトたちは三輪が一条以外の生徒と話している姿をほとんど見たことがない。協調性に欠け、デリカシーもないため、仲のいい一条曰く「その場の空気を壊す天才」とも。そんな性格ゆえに友人はこれまでの人生において数える程しか居ない。カサネのことはつまらない人間と感じていたが、実際に話してからは面白い人間に格上げしている。
【挿絵表示】
ちなみにオリキャラに苗字しか付けてないのは、私が二次創作に主人公以外のオリキャラを出すことがあまり好きではないからです。しかし設定的に出さないと逆に違和感あるので今作は出しました。
あとこれらの挿絵は全て個人的に絵柄が好きな絢瀬様のものです。よかったらpicrewにてご利用ください。