アーカイブ・ドロップアウト   作:カムラン

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日間ランキング3位(透明)←やったぜ。
こんな先生初心者の作品を見てくださってありがとうございまする。


OMGと叫びたい

 

 

 

 

──行方不明となった友人に変わり、会長代行となった後輩の七神リンからの依頼。

 

ㅤそれはキヴォトスにおける行政の中枢部たるD.U.の治安維持への協力であった。

ㅤタイミング良くいくつかの部隊が動ける状態にあった民間軍事会社A.D.Cは、同社総帥の青山カサネの指揮の下、縦に車列を組んでサンクトゥムタワーへ向かっていた。

 

ㅤ総員百人の戦闘員が十台を超える装甲兵員輸送車(サラセン)へ乗り込み、丁寧な運転でブラックマーケットを抜ける。その先頭を走る車の助手席で、カサネは優雅に紅茶を飲んでいた。

 

ㅤ公道を走る物騒な集団。

ㅤその車列を目にした通行人の女子高生たちが、こぞってSNSに写真を上げている最中、運転席でハンドルを握る隊員が前を向いたままカサネに問いかける。

 

 

「総帥……連邦生徒会長が失踪したというのは本当のことなのでしょうか?」

 

「……本当よ。今はリンが代行をしているそうだけど、残念ながら彼女たちにはサンクトゥムタワーの制御権がない。インフラが止まるのは時間の問題ね」

 

 

ㅤ『あなたもスマホの充電はしっかりしておきなさいな』と、目を閉じたままそう言った彼女に隊員は口篭る。

 

ㅤ正しく前代未聞の事態だ。

ㅤつい十数分前、各実働部隊と総帥の橋渡しをしている中間管理職的な立ち位置にある少女が、コールセンターから顔面蒼白で飛び出して、廊下を爆走していった姿を見た者は多かった。何事かと訊ねると、連邦生徒会に異変があったという。

 

ㅤゆえに噂という形で連邦生徒会長の失踪が隊員たちの間で囁かれ始めていたのだが、他ならぬカサネの口からその噂を肯定されてしまった。

 

ㅤ隊員は内心「キヴォトスはどうなるんだろう」と不安を抱いたが、それはかく言うカサネも同じ思いである。

 

 

ㅤ友人の突然の失踪、トップ不在による行政の混乱──加えて前例のない治安の悪化が予想されるともなれば、いくら総帥総帥と忠誠を向けられているような彼女であっても、やはりその不安は拭えない。

 

ㅤそんな感情が表に出てしまったのか、カサネが手に持つティーカップが小刻みに揺れた。カップがソーサーとぶつかって、カチャカチャと音が鳴る。

 

ㅤ信号が赤になって停車した隊員は、隣から不審な音を出すカサネに胡乱げな目を向けた。

 

 

「総帥? どうかなされましたか?」

 

「(ど、どうしましょう。そう思うと怖くなってきたわ。会長ちゃんが居なくなったキヴォトスはどうなるのかしら……)」

 

「あの……」

 

「(やっぱり今からでも依頼の取り消しを──いやいや、それは仕事人としてダメでしょう。うちの信用が損なわれたらこの子達がご飯食べていけなくなっちゃうし……!)」

 

「総帥、紅茶が零れてらっしゃいます」

 

 

ㅤどうしよう、総帥の様子がおかしい。

ㅤ隊員は思わず後ろの仲間たちに声をかけたくなったが、それよりも先に、カサネはズボンに染みる紅茶の液の感触で我に返った。

 

 

「……む、武者震いよ。気にしないで。久々に戦いに出るものだから、少し気が滾ってしまいましたわ。紅茶を零すなんて私もまだまだね」

 

「──! 流石です、総帥。やはり鉄の女(アイアン・レディ)と呼ばれるだけありますね。私も精進しないと……

 

「(何よそれ!? 初耳なんですけど!)」

 

 

ㅤカサネは全く聞き馴染みのない単語が、いつの間にか自分に付けられていたことに内心仰天していたが、総帥としてのプライドによってポーカーフェイスが崩されることはなかった。

 

ㅤ鉄の女ってなんですの? と聞き返しそうになる衝動を抑えて、カサネはズボンの染みを拭く。

 

ㅤ青山カサネという少女は割と小心者だった。

ㅤ総帥だの何だの呼ばれているが、ただ単に仮面を被ることが上手いだけの見栄っ張りでしかない。しかし運が良かったのは、自分を偽る演技の面において彼女は非凡な才能を持っていたことだった。

 

ㅤそのおかげで隊員たちからの尊敬の眼差しが止むことはなかったし、怨敵たるカイザーに弱みを見せることもなかった。

 

ㅤ今のように稀に素のリアクションが出てしまうのが玉に瑕だが、周囲はこちらの都合よく受け流してくれるので、カサネが恥ずかしい思いをする機会は幸いにも今までなかった。

 

 

ㅤそんなカサネは「なんでこんなに偽っている自分に、皆は付いてきてくるのだろうか」と悩むことが時折ある。

 

 

──実を言うと周囲の部下や世間の人々にとって、“青山カサネ”の名前はあまりにも大きいということを当の本人は未だに知らないでいた。

 

 

ㅤA.D.C創設から僅か半年にして、業界大手のカイザーPMCとも競い合えるほどの資金と戦力を持つ会社へ成長させたその手腕(ほぼ行き当たりばったり)。

 

ㅤちょっとした街に匹敵する規模の区画を支配し、ブラックマーケットの犯罪発生率を下げたその功績(ただ怖がられているだけ)

 

ㅤそして何よりも、あの最強と謳われる“ゲヘナの風紀委員長”と引き分けたという類稀なるその戦闘能力(運が良かっただけ)

 

 

ㅤこれらの事実を総じてキヴォトスの人々は、恐怖と畏敬の念を込めて「鉄の女」と呼ぶのである。もちろん、エゴサーチなんてするわけも無い彼女はそんなこと知らなかったが。

 

 

 

ㅤそんなやり取りが車内で交わされる中、車に揺られて数十分。学園都市キヴォトスの象徴ともいえるサンクトゥムタワーがようやく見えてきた。

 

ㅤタワーの前の路上に停車して、カサネは外に降りる。付き人として一人だけ連れて、他の隊員たちには待機を命じた。

 

 

ㅤタワーの中は閑散としていた。前に来た時にはエントランスにある程度の来客の姿が見えたものだが、連邦生徒会が失踪の件でごたついているせいか、受付担当のアンドロイドも暇そうに突っ立っている。

 

 

「──A.D.C総帥の青山カサネよ。七神リン首席行政官はいらっしゃるかしら」

 

「少々お待ちください」

 

 

ㅤ声をかけると、受付はどこかに電話をかけ始めた。その姿を眺めてること数十秒、生徒会への連絡を終えたらしい受付に促されてエレベーターに向かった。

 

ㅤボタンを押した受付は、こちらに振り返って抑揚のない声で喋る。

 

 

「首席行政官は執務中につき、お客様のお迎えにあがれません。ご足労をおかけして大変恐縮なのですが、生徒会長室へ向かっていただきたい」

 

「構いませんわ。どうもありがとう」

 

 

ㅤニッコリと微笑んでカサネが感謝を伝えると、心做しか緊張していたかのような受付の雰囲気が和らいだ。

 

ㅤ一分ほどそのまま待っていると、エレベーターが到着した。開閉ボタンを押してくれた受付に軽く頭を下げつつ、カサネとその付き人はかご室に乗り込む。

 

 

ㅤモーターの駆動音が鳴動し、高速で上昇して行くエレベーターの中は沈黙に包まれている。普段犬っころみたいに尻尾を振って話しかけてくれる部下は、初めて来るサンクトゥムタワーに緊張しているようだった。

 

ㅤ小心者のカサネであるが、彼女に緊張はなかった。

ㅤ会長と友人だったこともあって、サンクトゥムタワーへは何度も足を運んだことがあるからだ。生徒会長の失踪という緊急事態発生中のためいつもと何やら様子は違うが、ここは見慣れた場所だ。気にする素振りも大してない。

 

 

「リンはとても優しい方よ。だから、そんなに顔を引き攣らせなくても大丈夫」

 

「す、すみません。D.U.自体、来るのが初めてで……」

 

「不安なら手でも握りましょうか?」

 

「……お戯れを」

 

「あら、つれない人ね」

 

 

ㅤからかい混じりにクスクスと笑うカサネに、彼女は恥ずかしそうに俯いた。こういう些細な気遣いの一つもカサネが隊員たちから尊敬される部分なのだが、本人にその自覚は無い。

 

ㅤエレベーターの扉が開く。

ㅤ生徒会長室のあるフロアは、多くの生徒たちが慌ただしそうにあちこちを走り回っていた。エントランスの静かさとは真反対、まるで戦場のど真ん中に居るかのような騒がしさに二人は思わず面食らう。

 

 

「……予想より混乱してるわね。会長ちゃんが居なくなった穴は大きい、か」

 

「総帥。行きましょう」

 

「ええ、分かってる。キヴォトスの為に頑張ってくれている彼女たちの働きに私達も報いないとね」

 

ㅤ大量の書類を抱えたり、受話器を持って何処かと話していたりと見るだけでも疲れそうな忙しさだ。

ㅤカサネは彼女らに同情するのと同時に、リンがなぜ犯罪者予備軍とも揶揄される自分たちに依頼してきたのか納得した。

 

ㅤそりゃ、連邦生徒会がここまで多忙を極めていたのならSRTやヴァルキューレでさえも治安維持に手が回らないだろう。命令系統が乱れていないだけでも、リンはよくやっていると彼女は思う。

 

 

ㅤコンコンコン、と連邦生徒会長の執務室の重厚な扉をノックした。室内から返事が聞こえたので、カサネと部下の二人は部屋に入った。

 

 

「お久しぶりです、カサネ先輩。それとお迎えにあがれなかった非礼をお詫び致します」

 

「気にしないで。大変そうなのは見てわかるもの」

 

 

ㅤ会長代行──本来ならば彼女が座っていたであろう場所には、リンが山のように積み上がった書類と共に座っていた。

 

ㅤ数ヶ月ぶりに会う後輩の顔は明らかに疲労に染まっており、ろくに寝てもいないのか目の下の隈は濃かった。そんな最中に呑気に紅茶を呑んでいた自分を思い出して、カサネは罪悪感に苛まれる。

 

ㅤ立ち上がって頭を下げてきたリンを手で制して、彼女は部下に持たせていた書類を手に取った。

 

 

「これが今回の依頼の契約書よ。忙しいところ悪いけど、確認してもらってもいいかしら」

 

「はい、承りました。…………ええ、この内容で問題ありません。『D.U.の哨戒』及び『シャーレオフィスビルの警備』、共によろしくお願いします。報奨金は任務日数に応じて、生徒会から後日そちらに振込みさせて頂きますね」

 

 

ㅤ今回の依頼は日数未定だ。連邦生徒会が治安に問題なしと判断するまでは任務に従事しなくてはならない。

 

ㅤまだ生徒会長の失踪が公になっていないことや、リンたちの血の滲むブラック労働のおかげでキヴォトスは通常通りに管理され、このD.U.の治安も崩壊してはいない──だが、その臨界点はすぐ目の前にある。

 

ㅤ彼女たちが制御権を確保出来ていない以上、インフラの管理がどうにもならないのだから、そうなった時の世間の混乱と反応を予想するのは容易かった。

 

ㅤSRTやヴァルキューレだけでは人手が足りない。だからこそ、その穴を埋めるためにカサネたちが呼ばれたわけだ。

 

 

「そういえばリン。さっきから気になっていたんだけど、その“シャーレ”って言うのはなに? 私たちがわざわざ警備しなくちゃいけないほどの施設なの?」

 

「……機密につき詳細はお答えできませんが、サンクトゥムタワーと同等の価値がある建物です。もし犯罪者に攻められでもしたら、事態悪化と混乱の激化は避けられないでしょう」

 

「……そう、わかったわ。貴女がそこまで言うのならこれ以上は聞かない」

 

「ご配慮、痛み入ります。任務中に使用した弾薬やその他物資が不足した場合、私共からその都度支給致しますのでお声掛けください」

 

「了解──じゃあ早速、仕事に取り掛かるわね。行くわよ」

 

「ハッ」

 

 

ㅤハンコが押印された契約書をリンから受け取り、敬礼する部下を引き連れてカサネは踵を返した。

 

ㅤこれから忙しくなる。書類整理から逃げるようにやってきた彼女だが、既に依頼を放り出して自室に篭もりたくなっていた。思ってもそれをしないのは総帥としての責任感があるからなのだが、だからといって憂鬱なのには変わりない。

 

 

「リン。また後でね」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

ㅤ軽く手を振ってから執務室から出る。

ㅤ一階に戻る道中、カサネは会長代行として働き詰める後輩のやつれた顔を思い浮かべてボソッと呟いた。

 

 

「……まったく。リンがあんな顔してるの見ちゃったら頑張らないといけないじゃない」

 

 

ㅤたかが不良如き今更怖くない。怖いのは先行きの見通せないキヴォトスの未来に対してだ。一体どうなるか分からないが、自分にやれることはやろう。

 

ㅤカサネはそう心に決めて、部下たちの待つタワー前に出た。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

ㅤ依頼を受けてからはや十日と三日が過ぎた。

ㅤカサネたちはSRTやヴァルキューレと協力しながら、D.U.の治安維持任務に従事している。

 

ㅤ連邦生徒会やカサネが危惧していたように、連邦生徒会長の失踪は隠し通せなかった。失踪とまでは断定されていないが、電力供給の不備の件もあり、連邦生徒会が機能不全に陥っていることはクロノスの報道によってキヴォトス各自治体が知ることとなった。

 

 

ㅤ最近は血気盛んな不良などが大量に押し寄せており、カサネたちも口には出さないが疲労が溜まり始めていた。

 

ㅤ今日もヘルメット団のとある分派を病院送りにしたところだ。リンから宛てがわれたサンクトゥムタワー近くの宿泊施設の一室で、カサネは昼食を取っていた。

 

ㅤそのサンドウィッチはテイクアウトしたものだ。

ㅤ太っ腹なことに費用は連邦生徒会が負担してくれるらしく、連戦が続いてテンションの低かった部下たちもえらく喜んでいた。

 

 

ㅤカサネは少食なタイプなので量は大して普段と変わらないが、隊員たちはいつもの配給のランチとは違う出前のラーメンやハンバーガーに心を踊らせているようだ。

 

ㅤ食べられているところを人に見られたくないカサネは、生憎その様子を見ることは出来ていないが、彼女たちが喜んでくれるならそれでいいと思っていた。

 

ㅤリンには悪いが、どうせ懐が痛むのは連邦生徒会なのだから今のうちに食べたいものを食べれば良いのだ。

 

 

「──総帥、お食事中のところ御無礼致します」

 

 

ㅤクラシック音楽の流れる優雅な雰囲気の部屋。ランチタイムに気分を上げていると、ノックと共に部下の声が聞こえてきた。彼女が入室の許可を出すと、現れたのはカサネに帯同している付き人だった。

 

 

「なにか問題でも?」

 

「はい。先ほど公安から連絡がございまして……矯正局からテロリスト共が一斉に脱獄したと。計七人、いずれも凶悪な犯罪者たちです」

 

「……」

 

 

ㅤその報告にカサネは眉を顰める。せっかくの気分が台無しであった。しかも矯正局に収容されるレベルの犯罪者ともなれば、間違いなくそこいらの不良とは格が違う。

 

ㅤキヴォトス各所が混乱している現況で、そんな連中が示し合わせたかのように一斉脱獄とは──いよいよ滅茶苦茶になってきた。

 

 

「脱獄したのは〈災厄の狐〉狐坂ワカモ、〈慈愛の怪盗〉清澄アキラ、〈五塵の獼猴〉申谷カイ──「もういいわ、わかった。とびきりに面倒くさい連中ということね」その通りでございます、総帥」

 

 

ㅤ聞くにも耐えない凶悪犯のラインナップに、カサネはこめかみを抑えながら紅茶を呑んだ。

 

ㅤしかも驚くことにその内の一人は顔見知りというか、敵として何度か交戦したこともある相手だ。ゆえにカサネはその者の強さも凶悪さも十分に理解していた。

 

ㅤ最悪──というか、カサネは彼女が怖くて仕方がなかった。

ㅤあんなヤバい人とは二度と戦いたくないし、関わらないと確かに誓ったはずなのに。

 

ㅤよりにもよって自分がD.U.に居る時に、脱獄されるとは予想だにしていなかった。

 

 

「(どうか暴れないで!さっさと帰ってゆっくり寝たいのに、面倒な時に面倒な事しないでよ……)……はぁ、頭痛がしてきた。公安は他にはなんて?」

 

「矯正局から脱獄した七人の犯罪者──仮に〈七囚人〉と呼びますが、公安は特に〈災厄の狐〉の動向に目を光らせているようです。それと不確定情報ですが、彼女が既にいくつかの不良グループを従えているという噂もソーシャルネットに流れていますので、暫時警戒態勢へ移るようにと」

 

「わかった、貴女はその旨を各隊員にも伝えなさい。残念だけどランチタイムは終わりね」

 

「ハッ!」

 

「(あー、帰りたい)」

 

 

ㅤ死んだ目でそんなことを思っていたカサネも、依頼を快諾してしまった責任には抗えず出撃の用意を始めた。

 

 

 

 

──彼女と『先生』の邂逅まで、あと少し。

 

 

 

 

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