アーカイブ・ドロップアウト   作:カムラン

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難産でした。プロローグあんまり覚えてなかったので、つべに上がってるの見ながら描きました。ブルアカの知識もっと学びたい……。

というかドレスヒナ強くない……?
可愛いからってとりあえず天井まで回したけど、もしや英断だった?





What will be, will be.

 

 

 

ㅤシャーレの屋内に銃声が反響する。

ㅤカサネは壁を、天井を、廊下を、周囲の環境全てを用いてワカモに襲いかかっていた。

 

ㅤその表情は無、苛立ちの臨界点などとうに過ぎている。

ㅤこの自分を舐め腐っているあの女をすぐにでも叩きのめして、矯正局に再度ぶち込まなければこの怒りは収まらないであろう。

 

 

「はぁっ───!!」

 

「ぐ……ッ」

 

 

ㅤカサネは据わった目付きのまま、高速移動に乗せた強い蹴りをワカモの脇腹にお見舞いする。

ㅤ壁一枚向こう側に無理やり彼女の身体を押し込むと、ワカモは盛大にその部屋の椅子や机を巻き込みながら、コロコロと転がっていった。

 

ㅤどうやら視聴覚室らしいこの場所は、そこそこの広さがあった。一般的な学校の教室二つ分ほどの面積はあるだろう。長らく使われていないのか、ほとんどの備品は埃が被っている。

 

ㅤ清潔感のある白壁は崩れ、瓦礫が床に落ちた。そうして積み上がったコンクリートの塊を越え中へ入ると、ワカモが大して痛がる様子もなく立ち上がる姿が目に入る。

 

ㅤ蹴りで壁をぶち破るという見た目こそ派手な一撃であったが、彼女にはさほど効いていなかったようだ。その頑丈さの二割程度でも分けてくれれば良いのにと、強く舌打ちをしながらカサネは思った。

 

「今日はもう終わり、と申し上げたはずなんですが……」

 

 

ㅤワカモは服についた埃を払いながら困ったようにそう言った。ピキリと青筋を立てたカサネはすぐさま発砲したが、銃弾が彼女の身体に当たるよりも先に、上体を半回転させた彼女はこれを容易く避けた。

 

「戯言は結構よ。今回私に寄せられた依頼はシャーレの警備。そのシャーレに貴女が入るというのなら、全力をもって阻止させてもらいます」

 

「ああ……やはり貴女にはその表情がお似合いですね」

 

 

ㅤ先程までとは打って変わって、カサネの雰囲気が明らかに違う。まるでかつての彼女のようだと、ワカモは嬉しそうな声色で呟いた。

 

ㅤカサネとの戦闘がどうなろうとも、立ち去る前にシャーレに行きたかったワカモは一か八かの博打を打った。来なければそれでよし、来るならば迎え撃つつもりで。

ㅤきっとカサネなら怒り心頭で追いかけてくるだろうという彼女の読み通り、カサネは自分を追ってきてくれた。ワカモはそのことに嬉しさを覚える。

 

ㅤどこか物足りなさを感じていた敵意はギラギラと強まり、ビルを守るということから侵入者の強制排除に意識がシフトしたおかけで、カサネの攻撃頻度は明らかに増えていた。

 

ㅤワカモは彼女に向かって飛びかかり、そのまま蹴りを返した。しっかりと反応してガードしたカサネであったが、その勢いは殺せず身体が宙に浮いてしまう。

 

ㅤ次いで、背中に猛烈な衝撃。

ㅤ視聴覚室の向かいにある部屋に、彼女はワカモと同じようなカタチでぶっ飛んだ。

 

 

「……これでは貴女を捕まえる前にシャーレが壊れそうね」

 

「先に壁を壊したのはカサネさんではありませんか」

 

「さあ? どこかの駄狐を蹴ったような気もするけど、壁まで破った覚えはないわ」

 

 

ㅤ既にビルを一棟壊しているのだ。シャーレのフロア一つを滅茶苦茶にしようがしまいが、どの道リンからの叱責は免れないだろう。怒りの境地に達しながらもカサネは、内心白目を向いて諦観していた。

 

 

「ふふっ、数十秒前の事も覚えてらっしゃらないとは……どうやら貴女の翼は天使じゃなくて鶏のものだったようですね」

 

「鶏の三足とでもいいたいの?」ㅤㅤ

 

 

ㅤワカモの視線の先にはカサネの純白の両翼がある。それを見ながら鶏呼ばわりとは中々痛烈な皮肉である。

 

ㅤ駄狐と言われて少しイラっとしたワカモも、自身のアイディンティティたる翼を鶏の羽と呼ばれたカサネも、お互い口を閉じて沈黙した。

 

 

ㅤワカモが持つのはスナイパーライフル、そしてカサネが持つのはアサルトライフルだ。

 

ㅤ二人がいるのは大して横幅のない屋内の廊下。

ㅤ銃撃戦をするような距離でも無いが故に──彼女たちは肉弾戦を……優雅さも気品もない、総身を用いた殴り合いを選択する。

 

 

「──シッ!」

 

「──……!」

 

 

ㅤどちらの拳も足蹴も当たらない。その全てが巧みに避けられ、容易く防がれる。

ㅤ両者の凄まじい膂力から放たれるその攻撃は、ブンブンと強い風切り音を発していた。

 

 

──実を言うと現時点で優勢なのは、果敢に攻撃を仕掛け続けるカサネではなく、未だ十全なワカモの方であった。

ㅤむしろ彼女こそ劣勢に立たされている。

 

 

ㅤ屋外……特に市街地での戦いにおける二人の優劣はイーブンといったところだ。

 

ㅤ連射性の高いアサルトライフルと遠距離からの精密射撃に優れているスナイパーライフルとでは武器運用の戦術に大きな差異があるが、それらを抜きにしても、周囲の環境を利用して俊敏に動き回る彼女を捉えるのはワカモであっても難しい。

 

ㅤしかし難しいというだけで、別に出来ない訳では無い。

ㅤワカモも市街地ではかなりの強さを誇り、また市街地での戦闘の経験も多かったからだ。実際、大したダメージにはなっていないがカサネは何発か被弾していた。

 

 

ㅤところが屋内となると話は変わってくる。

ㅤある程度の広さがあればともかく、こうも狭い環境下だとカサネの武器とも言える「機動力」が完全に喪われてしまうのだ。銃撃戦となればまず間違いなく、ワカモの弾をモロに受けて地に落ちてしまうだろう。

 

ㅤ故にカサネは彼女が発砲出来ないほどの近距離まで詰め、肉弾戦を仕掛ける他に勝つ方法がなかった。

ㅤ勿論そのことを理解しているワカモも、彼女と拳を交わしながらも隙を窺って距離を取ろうと模索している。

 

ㅤノンストップでのインファイトで、休む間もなくお互いに殴り続けること一分。カサネの反射神経は不利であるはずのこの戦況を何とか均衡に保っている。とはいえスタミナまでは誤魔化せず、彼女の背中には汗が流れ始めていた。

 

ㅤ呼吸のリズムが狂い始めた頃、一切の疲れを感じさせない凛とした面持ちでカサネが悪態をついた。

 

 

「しつこいわね……早く捕まってくれないかしら。そろそろ疲れてきたのだけれど」

 

「出ようと思えば簡単に出れるんですけどね、矯正局の警備はザルもいい所でございますし──連邦生徒会長の不在の影響もあるでしょうけれど、それでも私ならチョチョイのチョイでございます」

 

「あらそう、貴女を捕まえたら私が話し相手になってあげようと思っていたのに……ていうか、何処で知ったのよソレ」

 

「秘密です♡」

 

 

ㅤ人差し指を可愛らしく口元で指したワカモに、カサネは有無を言わさず踵落としをする。ワカモは後方へステップして回避し、当たるべき対象が目の前から失われた彼女の踵は床に落とされた。

 

ㅤ床が放射線状にひび割れ、ビル全体にその震動が轟く。

 

 

ㅤ連邦生徒会長の失踪は遅かれ早かれキヴォトス各地に知れ渡ることになっていただろうが、今朝まで矯正局に閉じ込められていたワカモまでもが知っているとは流石に驚きだ。

 

ㅤどこかの不用心な生徒が零したのを檻の中で耳にしたのかは知らないが、連邦生徒会長の失踪の件は今のカサネにとって地雷である。それを踏み抜いてきた彼女に、カサネは強い害意をその鋭い双眸に乗せた。

 

ㅤより一層二人の攻防は激しさを増すかと思いきや、しかしてワカモは彼女の放った右ストレートを掴んで離さなかった。物凄い握力で掴まれた右拳を何とか離そうと腰を入れるカサネであったが、ワカモはその体勢のまま話を続ける。

 

 

「時にカサネさん。貴女はこの建物の地下に何があるかご存知で?」

 

「地下……?」

 

 

ㅤ眉を顰めて首を傾げる。

ㅤシャーレの地下に何があるか──なんてカサネの知る所ではない。リン曰くシャーレは重要な施設とのことだったが、詳しく聞いていなかった。

ㅤ何があるかなんて、施設警備をするという依頼内容にはあまり関係の無いことだからとそれ以上は踏み込まなかったからである。

 

ㅤ後輩であるリンへの信頼もあったが、カサネが仕事をする上でのポリシーのひとつとして「クライアントに根掘り葉掘り聴くのはNG」というものがあった。

ㅤA.D.Cは信用と信頼の上に成り立っている。それを損ねるような真似は慎むべき、というのは組織の長として至極当たり前のことで、これは社則として部下たちにも徹底させていた。

 

 

ㅤだが目の前の狐は、そんなカサネも知りえないことを知っているような口振りである──そうして不信と興味関心が心の中で入り交じって、カサネの動きが止まってしまった。

 

 

ㅤワカモは仮面の下で艷麗に笑った。

ㅤ戦闘中に考え事をしてしまうその悪癖は、一年という月日を経ても改善されていなかったらしい。変わったところもあれば、変わっていないところもあるようだった。

 

ㅤそもそも彼女は、シャーレの地下に何があるかなんて知らなかった。「この建物の地下に連邦生徒会が大事にしている物がある」と聞いただけである。

ㅤつまり、この問いかけはカサネの気を逸らすためのブラフに過ぎなかった。

 

 

「──はい、お疲れ様でした」

 

「しまっ──」

 

 

ㅤカサネが反応するよりも早く、ワカモの振袖からピンの付いた黒い筒が音もなく腕を伝って彼女の手に収まる。素早くピンを抜いたワカモは、その筒を地面に叩きつけた。

 

ㅤカサネはそれを見て慌てて離れようとするも、直後に視界を眩い閃光が覆い尽くし、劈くような高音が鼓膜に届いた。

 

 

「(フラッシュバン──ッ!?)」

 

 

ㅤワカモが使ったのは”XM84”と呼ばれる閃光発音筒の一種であった。約180デシベルの爆発音と100万カンデラ以上の閃光を放つ非致死性兵器であり、防護装備をしていない者がまともに食らえば方向感覚を喪うどころか、一時的な難聴や目の眩みまでを齎す非常に有力な武器である。

 

ㅤワカモは自身が床に投げつけたフラッシュバンが爆発するよりも先に、人外じみた脚力を用い、背後にあった視聴覚室にすぐに逃げ込んだとこで難を逃れていた。

 

ㅤこれはピンを抜いてからわずか0.9秒の出来事であった。

 

ㅤとはいえ、ワカモがフラッシュバンを使用したのはビルの屋内だ。外なら音が離散して大した範囲まで届かないだろうが、この環境下では壁一枚隔てたとしてもその反響音までは防ぐことは出来ない。

 

ㅤビルのコンクリートや鉄筋をフラッシュバンの音と振動が伝って、およそ数百メートルの範囲まで響き渡る。視聴覚室においても当然聞こえるが、自らの服で耳を塞いでいたおかげでその影響は皆無に等しい。

 

 

ㅤつまるところ、フラッシュバンの影響を受けたのはそれを直撃したカサネだけであった。

 

ㅤ脳内を反響する凄まじい高音、爆発により発生した白煙の臭い。それらに気持ち悪さを覚え、彼女はよろめきながら壁にもたれかかった。

 

ㅤ持ち前の反射神経が働いたおかげでフラッシュバンの閃光は間一髪防げたものの、音まではどうにも出来なかった。どうやら今ので鼓膜が破れたらしく、カサネの左耳からは血がポタポタと流れ出てくる。

 

 

ㅤカサネはこのとき、完全に意識と身体が硬直していた──それに故に、視聴覚室から体勢を整えて飛び出してきたワカモに反応することが出来ない。

 

 

ㅤワカモの容赦ない蹴りが、カサネの横腹に当たる。未だ高音から回復しきれていない彼女に踏ん張る余力などなく、なすがままに床へ倒れた。

 

ㅤそしてそんな彼女の腹部に、真紅の災厄が突きつけられた。ちなみに銃剣が外されているのは、流石のワカモも彼女を殺す気など一切ないからである。

 

 

ㅤヘイローを持つ少女たちにとって銃弾など大したダメージにはならない。それはカサネも同様で、遠距離からの狙撃程度なら容易く受けれる頑丈な身体の持ち主である。

 

ㅤしかしゼロ距離での射撃となると例外だ。

ㅤ通常射撃と比較すると射撃威力がかなり違ってくるので、ヘイロー持ちであっても無傷ではいられない。

 

ㅤというのも、ゼロ距離射撃では弾丸が初速の状態で対象に命中するため、速度やエネルギーが非常に高くなるのである。いかに頑丈なキヴォトス人といえど、このような距離での射撃であれば、死なないにしろ深いダメージを負う可能性が十分にあった。

 

「今回も私の勝ちですね、カサネさん」

 

「─────っ、」

 

 

ㅤ久々に良い運動になりました。

ㅤそう言わんばかりに上機嫌なワカモに、カサネは回らない頭のまま彼女を睨み付ける。

 

 

ㅤ彼女の指が引き金にかかった。

ㅤ力を込めて、今まさにワカモがカサネに発砲しようとしたその瞬間────、

 

 

「ちょっと待った──っ!!」

 

「ん?」

「……え?」

 

 

ㅤ見知らぬスーツ姿の男が大声を上げながら、突き当たりの階段の方から二人の元へ走ってきた。

ㅤそんな予期せぬハプニングに、二人は疑問符を口から零して静止する。

 

ㅤ心が躍る戦いの余韻に浸ろうと思っていたワカモは若干の怒りを滲ませて、息を切らしながら自分たちの方へ近寄ってきた男の顔に視線を移した。しかし銃口はそのままカサネの腹部に向けて定まっている。

 

ㅤ彼女の強烈な蹴りを食らった痛みで、思うように力の入らない上半身を精一杯動かしたカサネもそちらを見た。

 

 

ㅤそこに居たのは爽やかな風貌の大人だった。

ㅤ歳は二十代後半ほどだろうか。背はそれなりに高く、しっかり整えられた短い髪は大半の者に好印象を与えるだろう。顔立ちも悪くなかった。

ㅤしかし頭上に浮かんで然るべきヘイローはそこにはなく、羽根や角も生えてはいなかった。

 

 

ㅤよほど急いで来たらしい彼の額には汗が滲んでいる。

ㅤ誰?──カサネがそう問いかけるよりも先に、男の方が口を開く。

 

 

「こんにちは。二人とも少し、いいかな?」

 

「あら……あらら?」

 

「…………」

 

ㅤ何やらワカモの様子がおかしい。普段ならば誰かに乱入されたら即座に銃を撃ちそうなものだが、彼女はどこか上擦った声を出しながら男の方を静かに眺めている。

 

ㅤそれに気付けたのは、カサネが見知らぬ男ではなく彼女の方に意識を向けていたからだろう。

ㅤ何故かは知らないが、腹部にかけられていた力が途端に弱まり、カサネへの警戒さえも徐々に解かれていく。

 

 

ㅤその隙をついてカサネは銃身を叩き、仰向けの状態から跳ね起きた。即座に男の方へ後退し、防御体勢を整える──しかし未だワカモは動かず、ただ彼の方を向いて固まっていた。

 

ㅤ初めて見る彼女の様子を胡乱げに見つつ、自分の前に出ようとする男をカサネは手で制した。

 

 

「誰かは知らないけど、早く隠れた方が身のためでしてよ(ワカモはなぜ攻めてこないの……? この大人を警戒してる?)」

 

 

ㅤ不気味だ。

ㅤその破壊衝動然り、常人には理解し難い思考回路の持ち主であることはよく知っているが、いつにも増して考えていることが読めない。

 

ㅤなぜこんな所に大人がいるのかは知らないが、無関係の一般人を巻き込むことはカサネの流儀に反する。

ㅤ彼女はこの男の正体や目的は気にせず、とりあえず彼の身の安全を優先することにした。

 

ㅤ既にフラッシュバン直撃の影響は落ち着いているが、鼓膜損傷による痛みと聴覚の不調で先程までのようには動けない。そんな状態で倒せるほどワカモは弱くないし、それを分からないほどカサネは馬鹿では無い。

 

ㅤまずはこの男を安全な場所まで逃がす。

ㅤ思考を切り替えて、ワカモの一挙手一投足に注視していた彼女であったが、いきなり男がカサネの前に出たことで集中が途切れた。

 

 

「……貴方死にたいの?」

 

 

ㅤ見たところ、彼はただの人間だ。

ㅤヘイローを持たないということはカサネやワカモなどとは違い、辺りどころによっては一発の銃弾でさえも致命傷になる身体ということ。

 

ㅤ目の前で人が死ぬところなんて見たくないカサネは、不快感を露にしながら男にそう訊ねた。

 

 

「いや、そのつもりはないよ。ただ私は──」

 

「あ、ああ……」

 

「……ん?」

 

 

ㅤ男が何かを言いかけたのとほぼ同時に、目の前のワカモの様子がより一層おかしくなった。銃を持つ手は小刻みに震え、無防備といっていいほどの隙をカサネに晒している。

 

 

ㅤ今がチャンスか。

 

ㅤカサネは男の首根っこを掴んで無理やり自分の後ろに下がらせると、腰を低くしてグググと利き足に力を込める。

 

ㅤワカモが殺人を犯すような者ではないとは信じているが、それでも万が一はある。

ㅤ危機感を募らせつつあったカサネは、男を戦いに巻き込まないように場所を移そうとして彼女目掛けて突進をする。その衝撃で床が削れて、背後に居た男は思わず尻もちをついた。

 

 

──しかし、カサネの拳が届くよりも先にワカモが動きを見せる。

 

 

「失礼いたしました──っ!!!」

 

「は?」

 

 

ㅤまるで純真な乙女のような浮ついた声を発しながら、ワカモは割れた窓から飛び出して行く。予想もしていなかった急展開にカサネはフリーズし、あんぐりと口を開けて去っていったワカモの姿を目で追う。

 

 

「……なにあれ?」

 

 

ㅤワカモはシャーレの隣に建つビルの屋上に飛び乗り、続けて兎のように軽快な足取りで離れていく。隙だらけの背中、持っているのがフィーアト・ルクスでなければ問題なく届いただろうが、カサネは呆気にとられてそれどころではなかった。

 

 

ㅤ今日のワカモはおかしな所ばかりだ。

ㅤ自分を見るなり悲しげな雰囲気を出したかと思えば、その次の瞬間には明らかにナメてるとしか思えない行動を取り、しまいにはこの男が来るや否や、戦う素振りも見せずに去っていった。訳が分からない。

ㅤカサネは、長きに渡る牢屋生活で彼女の脳ミソのネジが緩んでしまったとしか思えなかった。

 

 

「……えっ……と……、あの子は突然どうしたの?」

 

「…………さあ?」

 

 

ㅤ男も状況をよく理解していないのか、戸惑いながら彼女に訊ねる。とはいえ、そんなこと聞きたいのは

カサネの方であった。

 

ㅤ声をかけられて我に返ったカサネは、いきなり撤退したワカモの姿を目で追いながら考える。しかし、何をどう考えてもワカモが撤退した理由が分からなかった。

 

ㅤ先ほどカサネは男を庇っていたのだ。ワカモは誰彼構わず殺すような破綻者ではないが、彼を巻き込むことを気にさえしなければ明らかにカサネを倒すことは容易かった。にも関わらず、彼女は何もせずただ背を向けて去っていったのである。

 

ㅤ結局カサネは「テロリストの思考回路はよく分からない」と結論付けて、男の方へ視線を移した。

 

 

「それで? 危険知らずの貴方は何処の誰でございますの?」

 

「その質問には私が答えましょう」

 

「……リン?(あっ)」

 

 

ㅤコツ、コツと廊下を歩いてきたのはサンクトゥムタワーにいるはずのリンであった。

ㅤニッコリと笑みを浮かべながら近づいてくる彼女に、カサネの顔が引き攣る。誰がどう見てもリンはキレていた。十中八九ビルをぶっ壊した件についてだろうと察し、気まずそうにサッと目を逸らす。

 

 

「この方は連邦生徒会長が失踪前に外部よりお呼びした先生です。近日中に活動を開始する連邦捜査部シャーレの顧問として働いて頂きますが故、今後先輩も関わる機会は多いでしょう」

 

「よろしくね……カサネさん、だっけ?」

 

「え、えぇ……お初にお目にかかります、先生。民間軍事会社A.D.C総帥の青山カサネでございますわ、以後お見知りおきを」

 

 

ㅤ先生、と聞いてもあまりピンと来なかったが、カサネは優雅な所作で彼にお辞儀をして挨拶した。

 

ㅤかつてトリニティ総合学園の生徒として勉学に励んでいたカサネであるが、途中で自主退学したので在籍していたのは一年以上も前になる。

 

ㅤそもそもキヴォトスにおいてはBDでの授業が基本的なので、先生と生徒の対面形式での授業など行われていないし、その経験も彼女にはなかったので、先生という存在がどういうものなのかは何となくしか分からないのである。

 

ㅤ故に彼女は曖昧な挨拶で戸惑いを誤魔化す他なかった。

 

 

「それよりも、先輩。何か私に言うことはございませんか?」

 

「……あれはワカモがやったのよ?」

 

「映像は道中で確認済みです」

 

「ぐ……ごめんなさい」

 

 

ㅤリンの怖い雰囲気に押された彼女は、この場に居ないワカモに罪を擦り付けようとするもあえなく撃沈した。バツの悪そうな顔で頭を下げたカサネに、リンは大きなため息をつく。

 

 

ㅤリンとて彼女がわざとやった訳では無いことくらいは分かる。先生に指揮される早瀬ユウカたちが、何処からか湧いてきた不良たちを叩きながらシャーレに向かっている最中、リンはヘリコプターで上空を移動してきていたが、その機内で彼女はモモカから送られてきたカサネとワカモの戦闘の様子を記録した映像を見ていた。

 

ㅤそして恣意的な破壊行為ではないと分かった上で、会長代行としてカサネに謝罪の一言を求めた。

 

ㅤしかしこれらは彼女の立場を思えば当然のことである。

ㅤいくら相手が災厄の狐と恐れられるワカモであったとはいえ、崩落したビルの瓦礫の撤去や、窓ガラスや壁や備品が破壊されたこのフロアの修繕にかかる費用や労力は決して少なくない。

 

ㅤ連邦生徒会にも組織としてのメンツがあるのだ。

ㅤ会長代行の名のもと依頼した組織の長にこうも暴れられてしまえば、依頼を行った連邦生徒会に対して不信を強める火種となる可能性もある、しかもその相手が「紅茶マフィア」だの「鉄の女」だの賛否両論のある人物であれば尚のこと。

 

ㅤしかし謝罪を受けたという事実さえあれば、何処からかこの件を突っ込まれても説明はし易い。

 

 

「申し訳ありません、私が依頼したのに……」

 

「いいえ、私が単に浅慮で気の短い未熟者だっただけの事よ。気にしないで」

 

「そう言って頂けると有難いです」

 

 

ㅤようやく冷静さを取り戻したカサネも、リンへの影響も考えずに突っ込んだ自らの短慮な行動に反省していた。

ㅤここはブラックマーケットではないのだ。舐めた舐められたで事を荒立ててしまっては、普通なら落ち着くところもこうして落ち着かない。

 

 

「とりあえず私は帰るわ、リン。あのビルとシャーレの修繕費はこちらに請求して。あと、もし工事の人手が足りなかったら遠慮せず言って頂戴な。工兵隊をすぐ向かわせます」

 

「分かりました。近日中にまたご連絡致します」

 

「あれ? カサネもう行っちゃうの?」

 

「えぇ、先生。今日までにかなりの数の不良を倒しましたので、D.U.の治安も少しは回復するでしょう。もうワカモも居ませんし、私共はここらで去らせていただきますわ」

 

 

ㅤ不良たちを従えていたらしいワカモは、よく分からない謎を残したまま撤退している。あの様子だと暫くはシャーレに手を出すことはない気もするが──まあ何とかなるだろう。

 

ㅤ本当にヤバくなったらリンが伝えてくれるだろうから、とりあえず今の自分たちがすべきことはすぐに本部へ帰還する事と、しばらくの休養だ。

ㅤ久方ぶりに長期間に及ぶ任務を行ったことで、カサネも少なくない疲労が溜まっている。その大半はワカモとの交戦によるものだ。流石に鼓膜が破れるとは思わなかったが。

 

ㅤリンと先生との別れを済ませて踵を返したカサネは二三歩進んでから、思い出したかのようにパッと後ろを振り向いた。彼女は先生、と彼に声をかける。

 

 

「もしもブラックマーケットに来る用事がございましたら、是非とも外郭地区のイージス・ディフェンスという名のビルにお越しくださいまし。歓待いたします」

 

「うん、必ず行くね。次はゆっくり君と話をしてみたいな」

 

「その機会をお待ちしておりますわ──じゃあね、リン。今度はお茶でもしましょう」

 

「はい……!」

 

 

ㅤ軽く手を振って、今度こそカサネはその場から離れた。

 

 

 

ㅤ階段を使って地上階に降り立つと、シャーレの前には部下たちが整列して待機していた。その傍で、見知らぬ四人の少女たちが不思議そうにそれを眺めている姿も目に入る。

 

 

「(……正義実現委員会と、ゲヘナの風紀委員? それにあれはミレニアムの……一体どういう組み合わせよ)」

 

 

ㅤカサネの姿を見るなり、隊員たちは一斉に敬礼をした。一糸乱れぬその動きに少女たちは目を見開き、次いでシャーレから出てきたカサネに視線を移す。

 

ㅤその内の一人である、黒を基調とした制服に身を包む黒髪の少女──羽川ハスミは彼女の姿を見て硬直した。

 

 

「か、カサネ先輩……?」

 

「……あなたは?」

 

 

ㅤ正義実現委員会という組織に対して──というよりも、過去に色々あってそもそもトリニティに対してあまり良い印象を持っていないカサネは、無意識的に少し威圧感を醸し出しながら訊ねる。

 

ㅤハスミは慌てて背筋を伸ばすと、ハキハキとした声で会釈をした。

 

 

「失礼しました。トリニティ総合学園3年、正義実現委員会副委員長の羽川ハスミです。お噂はかねがね伺っております」

 

「(よ、よりにもよって正実の副委員長……? やばいわ、とてもやばいのだわ)……初めまして、ハスミさん。どのような用があって此処にいらっしゃるか、聞いてもいいかしら」

 

「諸事情ありまして……会長代行からのお願いで、本日付けで赴任なされた先生と共にシャーレへ来た次第です」

 

「先生と? ……ああ、そういうこと」

 

 

ㅤてっきりサンクトゥムタワー方面へ撤退した部下たちと合流してこちらに来たのかと思ったが、先生はどうやらハスミたちと向かってきていたらしい。三大学園それぞれの生徒が四人もついていたのならば、ヘイローを持たない先生が無傷でシャーレに来れたのにも納得がいく。

 

 

「先輩。もしお会いできたらお伝えしようと思っていたことがあるのですが、差し支えなければ今宜しいでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

「では──ティーパーティーの御三方からの伝言です。『少しでもいいから顔を出して欲しい』、とのことです。もし会ったらお伝えするようにと、トリニティを発つ前に仰せつかっております」

 

「あー…………はい、確かに聞き届けましたわ。確約は出来ないけれど、時間が空いたら行くと伝えてくれる?」

 

「はい、承りました」

 

 

ㅤこの世で最も信用ならない言葉のひとつが「行けたら行く」である。とある理由で気まずさMAXなカサネは、上手く角が立たないようにそう返答した。

 

ㅤ仕事が忙しいのは本当なので強ち嘘は言っていないのだが──実際、仕事が空いたとしても本当に行くかは微妙なところではある。

 

ㅤしかしハスミは特に違和感も持たずに頷き、再度頭を下げた。それにしても一年以上も前にトリニティを退学した自分に対して、なぜそんなに畏まった態度をとるのだろうか。いまいち理解し難かったカサネだったが、変に突っ込まれなかったことに安堵の溜息を漏らす。

 

 

「さて小隊各位、怪我はないかしら?」

 

「ヘルメット団との戦闘で一名が意識不明、一名が重傷を負いましたが大事なく、現在D.U.内の総合病院で治療を受けております。その他隊員に負傷は確認されておりません」

 

「よろしい。ではハスミさん、ティーパーティーによろしく」

 

「はい。お気をつけて」

 

「あなた達もね。先生の護衛、お疲れ様」

 

 

ㅤハスミと、その傍に居た三人にも声をかける。

ㅤまさか自分たちにまで挨拶されるとは思わなかったユウカたちは驚いたようなリアクションをしたが、すぐに多数の銃痕がついたサラセンへ乗り込んでいくカサネに向かって会釈をした。

 

 

「は、はい! さようなら!!……本物のA.D.C総帥だ。思ったより怖くないわね

 

「テレビではマフィアだなんて呼ばれていましたが……百聞は一見にしかずとはまさにこの事ですね。」

 

「(マフィア!? 報道部は私をなんだと思ってるのよ……)」

 

 

ㅤユウカたちは聞こえないと思っているようだが、そのヒソヒソ声はカサネにばっちり聞こえていた。

 

ㅤいつの間にかマフィア呼ばわりされていることにショックを受けたカサネは、そろそろクロノススクールに苦情のひとつでも入れようかなと考え始める。

 

 

 

 

──こうして、連邦生徒会長失踪に端を発するキヴォトスの混乱は収束に向かったのであった。

 

 

 





ワカモはヒロインにしようか迷いましたが、やっぱり先生に惚れたこの子が好きなのでやめました。
ライバルを潰せてテンションブチアゲだったのが、見知らぬ人に乱入されて機嫌が急降下して、けどその人に一目惚れしちゃう純真テロリストかわいいです。主人公とは時おり絡ませるつもりですので、今後も登場します。
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