アーカイブ・ドロップアウト   作:カムラン

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何の変哲もない雑談回です。
新たにサキが推しキャラになりました。水着バージョン可愛くて好きです。


Laborare est orare

 

 

 

ㅤ災厄の狐との戦いから二日後。

ㅤ鼓膜損傷により流れた血の処置を済ませ、耳にガーゼを貼り付けていたカサネは約二週間ぶりとなる自らの執務室で書類処理に勤しんでいた。

 

ㅤビルやシャーレ一部フロアを破壊したことによる修繕費用の請求書や、ワカモの奇襲でスクラップと化した数台のサラセンの廃車手続き、A.D.C翼下の区画における事件事故報告書の確認、D.U.出撃中に溜まっていたらしいカサネの押印が必要な書類の山々──。

 

ㅤワカモのせいで疲れたし、暫く休もうかと思った矢先にこれである。彼女の帰りを待ち受けていたのはフカフカのベッドではなくて、嫌で嫌で仕方の無い書類処理であった。

 

ㅤストレスで胃痛と偏頭痛に悩まされ始めていた彼女は、かかりつけ医から処方された錠剤を最近手放せなくなっている。医者は簡単に休むべきというが、A.D.C総帥としては休んでいられる暇などない。

 

ㅤ帰還翌日に休んだのだって、本当は半日ほど睡眠時間が取れれば良いと考えていたところ、部下たちに休むよう懇願されてなし崩しに全休にしただけだった。

 

ㅤもっと休んでもいいのですと部下は言う。カサネも休みたい気持ちはあるが、しかし無理やりにでも身体を動かして仕事に没頭する理由が彼女にはあった。

 

 

ㅤシャーレから去る前、偶然にも出会った古巣の学び舎に通う後輩の少女──羽川ハスミ。今まで彼女とは面識がなかったが、妙に畏まった態度をとるので印象に残った。

 

ㅤそんな彼女から教えられたとある伝言は、カサネの仕事を休んでゆっくりしたいという欲求を完全に上塗りしていた。

 

 

──数多くの学校が統合して出来たという歴史的経緯から、伝統的にトリニティ総合学園の生徒会長の席は三つある。

ㅤティーパーティーと呼ばれるその三人の生徒会長は、会長であるのと同時に学内に存在するパテル、フィリウス、サンクトゥスといった主要な三大派閥の領袖でもあった。

 

 

ㅤそのようなトロイカ体制によって自地区の運営が行われているのは、数多の学園が存在するこのキヴォトスにおいても珍しいだろう。北方のレッドウィンターに至っては、革命が頻発して政情不安定な有様である。

 

ㅤハスミからカサネに伝えられたのは、そんなトリニティを司る重役中の重役といってもいいティーパーティーからの言葉。

 

 

ㅤ『顔を出して欲しい』。

ㅤただその一言に、どれだけの思いが詰められているかをカサネは分かっていない。

 

ㅤいきなり退学し、行方知れずとなった自分が慕っている先輩がいつの間にかブラックマーケットの有力者に名を連ねていたのだ。ティーパーティーがそれを知ったときの心境は推して知るべし。

 

ㅤ現在ティーパーティーの席につく三人の少女たちは、いずれもカサネにとっては大切な後輩だった。けれどそのことを加味しても、彼女はトリニティに戻りたくない理由がある。

 

 

ㅤ単純に気まずいのだ。今更どの面下げて古巣に帰るというのか。そもそも長らく連絡もしていなかった後輩たちと会っても、一体何を話せばいいのか彼女には分からない。

 

ㅤトリニティで過ごした時間は既に過去の思い出となっている。楽しいことも、辛いことも沢山あった。

ㅤ決して色褪せることの無いだろう青春の日々──特にブラックマーケットで活動するようになってからは、より一層あの華やかな街並みでの日常が懐かしく感じる。

 

ㅤしかして、あそこで生活や人間関係を再構築しようとは考えていない。「ああ、そんな子とも仲が良かったな」と、伝言を聞いてもそういう受け止め方をしていた。

 

ㅤ薄情だという自覚は流石に持っているが、それはそれとして行きたくないものは行きたくないのである。そういう点において彼女は些か幼稚な面があった。

 

「……酷い先輩よね、本当」

 

「なにがです?」

 

「後輩が来て欲しいってお願いしているのに、こうやって逃げるように仕事を──ちょっと待ちなさい。なんで貴方ここに居るのよ」

 

 

ㅤ暫く顔を見たくなかったはずのワカモが、いつの間にかあまりにも自然にカサネの背後に立っていた。

 

ㅤイスを回転させて執務室の扉に背を向けていたのもあるが、それでも断りもなしに敵の総本山に不法侵入してくるとは、肝が据わってるというかなんというか。

 

ㅤとりあえずワカモの侵入に気付かず、挙句の果て最上階の執務室まで見逃した部下たちについては倍の訓練を課そう。察知出来なかった自分は棚に上げておく。

 

「暇だったので♡」

 

「あらそう。出口はあちらでございますわ」

 

「ふふふ、つれない人ですねぇ。少しはお話しましょうよ、別に今日は戦いに来た訳でもありませんし」

 

「見ての通り仕事が溜まっているのだけれど……あと髪いじくらないでよ、セットが崩れちゃうじゃない」

 

「んー、カサネさんはストレートの方が似合うと思うのですが……もちろん、今の髪型も素敵でこざいますよ? とても可愛らしくて素敵でございます」

 

「ふん……煽てても紅茶とケーキくらいしかでませんよ?」

 

「結構出ますね……」

 

 

ㅤ褒められて気を良くしたらしいカサネは、 テキパキと机の下の小さな冷蔵庫からケーキの乗った皿を取り出して、執務室の中央に設置されている来客用の机に置いた。ソファーにワカモを座らせると、手慣れた様子で彼女はティーカップに紅茶を注いだ。

ㅤ普段、多方面から何かと怖がられている分、彼女は褒められると滅法弱かった。

 

 

「茶葉はアッサム、それとトリニティで最近話題になってるお店のチーズケーキよ。私の最近のお気に入り」

 

「あら、ありがとうございます」

 

 

ㅤ現在進行形で指名手配を受けている凶悪犯罪者のくせして、一つ一つの所作は育ちの良さを感じられる。それこそ令嬢が揃うトリニティに居ても似合う優雅な雰囲気だった。

 

ㅤそのことにカサネは僅かながらに感心を覚える。

 

A.D.Cの隊員たちはその殆どが元々ブラックマーケットで好き勝手していた不良や元傭兵で構成されている。そのため、血気盛んで粗暴な言動が見受けられることが多い。そんな彼女たちに規律と遵法精神を叩き込むのにはかなり苦労した。

 

ㅤ優雅であることを美徳とするカサネにとって、こういう風に落ち着いた雰囲気で同じ時間を共に過ごせる部下は片手で数える程しかいないので、とても新鮮な気持ちだった。しかもその相手が、何度も苦汁を味わされた敵だというから不思議なものである。

 

 

「それで話ってなに? ようやく自首する気になったのかしら。それなら明日は槍でも降りそうね」

 

「いいえ、自首なんてつまらないことは致しませんわ。お話したいのはあの”先生”についてです。二日前に戦ったとき、貴女はお悩み相談をしてくれると私に仰ったでしょう? 」

 

「……あんな軽い冗談が災厄の狐を呼び寄せるとは思わなかったわ……はぁ、それで先生がどうしたの? 悪いけれど、私も彼についてはそこまで詳しく知らないのよ。それこそニュースの情報くらいね、知っているのは」

 

 

ㅤあの日、連邦生徒会はサンクトゥムタワーの行政制御権を奪回した。カサネたちがシャーレから去ったあと、先生とリンがあの中で何かをしたのだろう。電力設備や上下水道などのインフラも復旧し、結果的にキヴォトスに巻き起こった混乱は終息した。

 

ㅤクロノススクールは、そのセンセーショナルな話題について連日盛んに報道している。姿を見せない連邦生徒会長の件や、対応が遅れた連邦生徒会に対する批判の声、そして先生のキヴォトス赴任についてなど。

 

ㅤテレビをあまりに見ないカサネも、その報道はよく見聞きしていた。「大変そうだなぁ」と対応に追われているであろうリンを思い浮かべていた矢先に、つい二日前に交戦したテロリストが自分のもとにやってくるとは夢にも思わなかったが。

 

 

ㅤそういえば、あのときワカモがいきなり撤退したのは先生が現れたからであった。その件について話がしたいのだろうか、とカサネは彼女が口を開くのをじっと待つ。

 

「カサネさん──貴女は恋をしたことがありますか?」

 

「…………………………ん?」

 

 

ㅤピタ、と紅茶を飲む手が止まる。

 

 

ㅤいま彼女は何と言った?

ㅤ目をパチクリとさせたカサネは、面を外してその端正な素顔をあらわにするワカモを見やった。彼女の表情は真剣そのもので、からかっている様子は一切ない。

 

ㅤマジで言っているのか、この子。

ㅤカサネは動揺を必死に表へ出さないように、ゆっくりとティーカップを机に置いて一息つく。

 

 

「……話の流れが察するに、その、貴女は先生のことが?」

 

「えぇ。一目見たときから」

 

「な、なるほど……そういうことね。理解した」

 

 

ㅤだからあのとき、彼女は不可解な様子で撤退したのだ。やけにおかしな雰囲気だったが、そういう事なら納得がいく。その類の感情を覚えたことの無いカサネには理解し難かったが、ワカモにとっては余程の衝撃だったらしい。

 

ㅤとはいえそれをカサネの脳みそが受け入れるのには、少し時間が必要だった。

 

ㅤまさかこの子が、と思う。

ㅤ破壊を何よりも好むこのテロリストが、恋に目覚めるなんて一体だれが想像しただろうか。少なくともカサネはそんな想像をしたことはないし、まさかワカモにそういう類の感情があるとは思ってもみなかった。

 

 

「……残念だけど、恋愛相談はお門違いですわ。ドラマや映画は見たことあるけれど、経験がないもの。貴女の為になるようなことは何も言えない」

 

 

ㅤブラックマーケットでは誰もが恐れるカサネだって年頃の乙女である。恋愛映画やドラマへの興味は人並みにあるし、いつかはそういう人が現れたらいいな、と考えたことは一度や二度ではない。

 

ㅤだがこのキヴォトスには同年代の異性など居ない。

ㅤ男性型のアンドロイドが居るには居るが、彼らは恋愛対象として見るような存在では無いが故に、恋愛云々は遠い未来に起こりうることだと思っているし、事実そうだった。

 

ㅤだから恋愛相談なんて持ちかけられても、正直困るというのがカサネの本音である。そもそも、なぜお互いの連絡先も知らない上に、つい二日前に戦った敵の所に来てそんな話をしてくるのかカサネには分からない。

 

ㅤ自分たちはそんな気心知れた関係ではないはずだが──。もしかして彼女には友達とか居ないのだろうか、とカサネが中々失礼なことを考えていると、ワカモがコテンと首を傾げてカサネを見つめる。

 

 

「そうなのですか? 仄聞したところによると、カサネさんは大層モテていらっしゃるようですので、そういう経験もおありなのかと……」

 

「それどこ情報よ!?」

 

 

ㅤ初耳も初耳である。カサネは誰かと恋愛関係になったことも、告白されたような経験も無い。にも関わらず、ワカモはさもカサネが「恋愛強者」であるかのような言い方であった。

 

ㅤバン!と立ち上がった彼女が慌てて情報の出処を訊ねると、涼し気な顔をしているワカモはあっけらかんと答えた。

 

 

「クロノスが出版しているブラックマーケット関連の月刊雑誌に、カサネさんのことが載っておりまして。記事にはバレンタインデーには千単位のチョコを贈られたり、停学中のゲヘナ生と手を繋いでデートしていたりと、様々なことが事細かに書かれていましたよ。それも写真付きで」

 

「……ちょっと待ってて。今からクロノス潰してくるから。ミサイル発射許可ボタンは何処だったかしら」

 

「ふふふ……私が言うのもなんですが、マスメディアを敵に回すのはあまりオススメ致しませんよ?」

 

 

ㅤ誰の許可を得てそんな記事を出しているのだろうか。確かに事実ではあるのだが、それにしても切り取り方に悪意しか感じない。やはりマスゴミか。

 

ㅤそもそもバレンタインチョコは誰から構わず貰ったわけではなく、A.D.Cの隊員たちから貰ったものである。人数が多いので、個人からではなく部隊ごとに贈られたものだった。

 

ㅤ第一大隊、第二大隊、機甲部隊、火力支援隊に特殊作戦隊、オペレーターチームと無人航空隊、航空戦闘隊──貰ったのは合わせて八個程度。

 

ㅤA.D.Cに属する約4100人の思いがその八個に詰まっていると思うと大変感慨深いものがあり、貰ったときには彼女達の成長に涙さえ零れそうになったものだ。以前までなら誰彼構わず中指を立てていたような子達だったのに。

 

ㅤ故に、それを曲解して「カサネは何千個もチョコを貰っている」というような書き方をされるのは大変不愉快である。

 

ㅤ加えて自分に対してはマフィアだの何だの妙な呼び名を付けるし、そろそろクロノススクールにミサイルの一発でもぶち込んだ方が良いかもしれないと彼女は本気で考え始めた。

 

ㅤバレンタインの件についてあらかた説明されたワカモは、チーズケーキを口に運んでから間を置いて、再び訊ねる。

 

 

「バレンタインはともかく、ゲヘナの子とのデートはどうなのですか? 写真では随分と仲良さげにしておりましたが……?」

 

「デートっていうか、気にかけている後輩とただショッピングに行っただけよ。手を繋いだのも、単に人混みではぐれないようにってだけだし」

 

「……まあ、そういうことにしておきますか」

 

 

ㅤクロノススクールの報道に眉を顰めるカサネの顔を見ながら、ワカモはボソリと呟く。

 

ㅤあの記事に掲載されていた、”独自ルートから入手!”と銘打たれたカサネのデート写真。

ㅤ彼女と手を繋ぐ少女の顔にはモザイクがかけられていたが、口元に満面の笑みを浮かべていることはすぐに分かった。よほどカサネを慕っていなければ、あんな笑みはしないだろうということくらいはワカモにだって分かる。

 

ㅤ人の気持ちに疎いところは相変わらずなようだ、とワカモは思った。

 

ㅤカサネにとっては人混みではぐれないように手を繋いだだけかもしれないが、それでもあの少女にとっては──否、これ以上はただの邪推だ。それこそクロノスのやり方と変わりない。

 

ㅤそう思ったワカモは途中でその推察を切り捨ててて、良い香りを漂わせる紅茶を口に運んだ。

 

 

「そもそも女の子同士でデートも何もあるのかしら? 同性愛の否定まではしないけど、私はストレートだし……モテてるっていうのも変な話ですわ」

 

「別に珍しい話でもないでしょう。私もカサネさんのことは素敵な人だと思いますよ? もちろん友人として、ですが」

 

「───?」

 

「あの……そんな反応されたら私も流石に傷付きます」

 

「あ、いや、ごめんなさい! そう思ってくれていたことが意外で、私ビックリしちゃいましたわ。てっきりただの敵としか見られていないのかと……」

 

 

ㅤ人は恋をすると変わるらしいが、それにしても一体どんな心境の変化があったのだろうか。鳩が豆鉄砲食らったかのように顔をしていると、ワカモが割と本気で悲み始めてしまったのでカサネは慌てて謝った。

 

ㅤ続けて理由を問うと、ワカモは”確かに敵ではあるが、別に憎い訳では無い”とキッパリ答える。

 

ㅤ実際、彼女にとってカサネと戦うことは楽しかった。

ㅤ一年前に至っては毎週のようにキヴォトスの何処かしらで戦っていたし、二日前のシャーレでの戦いも、先生が現れるというハプニングに見舞われて中断したが、久々に満足のいくレベルの激戦だったと評価できる。

 

ㅤそれらを改めて振り返って以後、カサネは自身にとってのいわゆる好敵手ではないかと感じるようになった。

ㅤすると不思議にも、カサネを見ると湧き上がってくる謎の高揚感の正体に納得がいったのだ。

 

ㅤ自らの破壊衝動も何も関係ない、ただ鎬を削り武技を高め合う対等な相手がずっと近くに居たことを自覚したワカモは、そのことに大きな喜びを覚えた。

 

「あ、良かったらモモトーク交換しません?」

 

「いいわよ。はい、これ私のQRコード」

 

ㅤ戦い以外の時間なら、友達として付き合っていくのも良いと思える価値がカサネにはあった。わざわざココに来たのだって、半分はカサネの連絡先を知りたかったのが理由である。

 

ㅤカサネにとっても、彼女と仲良くできるに越したことはないと快く連絡先を教えた。そこにはワカモの今後の動向を掴みやすいという打算も含まれていたが──あんな悲しげな顔をされてスルーするほど、カサネは非情な人間ではない。

 

ㅤワカモがやたらと自分との波長が合う相手なのは、とうの昔に分かっているという事もあった。

ㅤそうしてお互いのモモトークに、連絡先がひとつ増える。

 

 

「──それにしても残念ですねぇ……どうやったら先生と仲良くなれるのか聞きたかったのですが」

 

「何でもかんでも破壊したがるその悪癖治したらどう? 彼だって野蛮なテロリストと仲良くしたくはないでしょうし」

 

「恋する乙女に向かってなんて酷いことを……およよ」

 

「でも真面目な話、恋愛ってそういう事でしょう? 相手に好かれないと何も進まないじゃないの」

 

 

ㅤ恋愛だろうが友愛だろうが、お互いがお互いを良く想って初めて一つの関係性となる。その想いがネガティブなものであれば、それは愛情や友情ではなくただの憎悪だ。刺々しくて何の生産性もない関係性がそこに生まれるだけである。

 

ㅤしかし今まさに自分たちが実践したように、嫌い合うのではなくポジティブな感情をお互いが向けることで、新たに生まれる関係が確かにある。

ㅤ自分たちのこの関係が今後どう発展していくのかは分からないが、出発点に大きな意味があるのだとカサネは話す。

 

 

「つまり、先生が私に好印象を持つような行動を心掛けた方がいい、ということですか?」

 

「ええ。貴女には貴女なりの行動規範があるのでしょうけど、前みたいにテロばかりやってたら嫌われるかもしれないし、まずは先生に好印象を持ってもらって、その上でもっと関係を深めれば──」

 

「晴れて結ばれる、と……ふ、ふふふふふっ♡♡」

 

 

ㅤ何を想像しているのかは分からないが、ワカモの表情は喜色満面に染まっている。なんとも能天気なやつだ、とカサネは呆れたような視線を送りながらチーズケーキを頬張る。

 

 

「……本当に乙女ね。まあ、先生と結ばれるかどうかは貴女の頑張り次第じゃないかしら。私は彼のことよく知らないけど優しそうな雰囲気だったし、きっと無下にはされないと思う」

 

「ありがとうございます、カサネさん。やはり今日来たのは正解でした。それに──ようやく貴女とちゃんとしたお友達になれましたしね」

 

「(何なのこの雰囲気……なんか恥ずかしいわ)」

 

 

ㅤ初めて会ったのが二年前、バチバチにやり合っていたのが僅か一年前のこと。思えば彼女との付き合いはそれなりの月日を経ているが、まさか今更になって友達になるとは──人生何が起こるか分からないものだ。

 

ㅤこうもストレートに喜びを伝えられると、嬉しさよりも恥ずかしさが勝る。こほん、と咳払いをしてカサネは立ち上がった。

 

 

「さ、さて……そろそろ私は仕事に戻るわね。この分だと夜中までかかりそうだし」

 

「では私も失礼します。お仕事中ありがとうございました、カサネさん。ケーキ美味しかったです」

 

「それなら良かった。どうか次も敵として会わないことを祈ってますわ。貴女の相手をするといつも怪我するもの」

 

 

ㅤ見てよこの痛々しいガーゼを、と横を向いてガーゼに覆われた耳を見せる。ワカモは楽しそうに笑うだけで悪びれもしないが、しかし彼女が先生に恋する乙女だと思うと不思議と苛立ちは感じなかった。完全に毒気を抜かれた形である。

 

 

「ふふ、残念ながらそれは私の気分次第ですね」

 

「……どうかお手柔らかにお願いするわ」

 

 

──ある日の午後、そうしてカサネは新たな友人を得た。目の前の指名手配犯は、軽やかな笑みを浮かべながら背を向けて去る。

 

ㅤワカモの艶やかな黒い髪がさらりと揺れるのを見送りながら、カサネは大きく息をついて後片付けをする。紅茶の香りが漂う部屋で、彼女は束の間の休息を楽しんだのであった。

 

 

 





次話はアビドスにちょびっと関わって、その次にちょびっと幕間を二個くらい挟んで、ついでに(やる気あったら)掲示板回やって、ようやく勘違いと百合多めな過去編入ります。

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