アーカイブ・ドロップアウト   作:カムラン

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携帯の画面ぶち割れて萎えてたので投稿が遅れました
スーツムツキかわいい


Dive bombing

 

 

 

 

──空崎ヒナにとって、青山カサネという少女は未だ評価の定まらない不可思議な相手だった。

 

ㅤ万魔殿のタヌキや美食などのテロリストたちと比べればかなり話の通じる相手ではあるのだが、彼女もやはりゲヘナにとっての危険分子であることに変わりない。

 

 

ㅤヒナが彼女の存在を知ったのは二年前のこと。

ㅤ当時一年生だったヒナはゲヘナの情報部に属しており、他学園の有力な生徒を調査する仕事をしていた。

ㅤその業務の一貫で彼女は、かねてより敵対関係にあるトリニティ総合学園にて多くのトリニティ生からの注目を集めていた青山カサネの名を知ったのである。

 

ㅤカサネはそのとき二年生であったので、ヒナにとって彼女は一年上の先輩にあたる。

 

ㅤそれまではゲヘナの誰も彼女のことは知らなかったし、数多く居る一般生徒と変わらぬ扱いだった。当然ヒナもカサネがリストアップされた書類で初めて顔を覚えたくらいだ。その頃のカサネはまだその程度の存在だった。

 

 

ㅤそんな彼女の名前が情報部に上がったのは、ひとえに当時のトリニティで起きた”ある事件”に起因している。

 

ㅤ正義実現委員会までもが投入されたこの事件の後、カサネはトリニティを停学となり、当時のティーパーティーも色々と慌ただしそうにしていた記憶がヒナにはあった。

ㅤ勿論、ただそれだけなら問題を起こした生徒が処分を食らっただけで終わる話だ。情報部が注目したのは事件そのものというよりも、その後のカサネの動向である。

 

ㅤまず彼女は自らの停学期間が終わる前にトリニティを去った。どうやら自主退学だったらしいが、何が彼女にその選択をさせたのかはヒナにも分からない。

 

ㅤその後、何を思ったのかカサネは同じく退学していた複数の仲間を連れて突然ゲヘナにやってきたのである。

 

ㅤ退学したとはいえ元トリニティだ。しかも一連の騒ぎの当事者ともなれば、情報部がカサネに注目したのも当然の反応。それからしばらくはヒナは先輩たちと一緒に、彼女の行動を監視する日々が続いていた。

 

ㅤだが一ヶ月もの時間が過ぎても特にこれといった問題行動は確認されなかったので、情報部は監視を切り上げて、その上「暴れられるよりは良い」と廃ビルの不法占有も黙認した。

 

 

ㅤ先輩方のその判断が正しかったのかどうか、ヒナは今も分からないでいる。

 

 

ㅤなぜなら監視を切り上げた途端、カサネはいきなり民間軍事会社を立ち上げたからだ。彼女らがゲヘナ側の動きを察知していたのかは定かではないが、A.D.Cの前身となったその”アイギス”という組織は、結成僅か半年で風紀委員会も無視できないほどの人員と戦力を獲得するに至った。

 

ㅤなんの特徴もない、ただ友人が多いだけの生徒だったはずなのに──今ではキヴォトス全土にその名を轟かすブラックマーケットの有力者にまでなっている。

 

 

ㅤ次にヒナが彼女と顔を合わせたのは、アイギスが発展的解消して今のA.D.Cとなって少し経った頃だ。それは実力を見込まれて情報部から異動したヒナが、初めて風紀委員として関わった仕事だった。因みにこのとき彼女は二年生である。

 

 

ㅤゲヘナ内で違法カジノが行われている──そんな情報を得た風紀委員会は、その摘発に向けて大規模な戦力を動かした。

 

ㅤ当初の予定では問題なく関係者を捕縛することが可能だったはず。しかし、いざ現着したかと思えばヒナらを待ち構えていたのはカジノ関係者ではなく武装したA.D.Cであった。

 

ㅤどうやら彼女たちは施設警備を依頼されていたらしいが、中で違法カジノが行われている事までは知らない様子だった。風紀委員会は丁寧に事情を説明した上で、取り調べのためにA.D.Cへ投降を呼びかけた。

 

ㅤけれど、平和的に解決しそうなムードだったのにも関わらず、血気盛んな一部生徒が発砲してしまった。その後はお察しの通り、なし崩しに風紀委員会とA.D.Cの間で戦闘になった。

 

 

──しかしその戦場で無類の強さを発揮したヒナは、瞬く間に過半数の敵部隊を潰し、戦況を風紀側有利に運んだ。

 

()()()()()()敵の全てを倒してしまうというあまりにも規格外なヒナの強さを間近で見た仲間たちは、誰もが自分たちの勝利を確信して彼女を褒め称えた。

 

ㅤ流石の実力だ、次期風紀委員長はヒナに違いない。

 

 

ㅤそう褒められるも、だがしかし彼女の耳には届いていなかった。この時彼女は決して油断することなく、一人残ったカサネを強く警戒し続けていた。

 

 

『──っ!?』

 

 

──ヒナのその判断は正しかった。

たった一人の敵に他の部下が倒されていく光景を後方で傍観していたカサネが、いきなり彼女の目前に現れたのである。

 

ㅤ何かを考えるよりも先にほぼ無意識で蹴りを放ったヒナであったが、それはあえなく避けられて、逆に強烈なパンチを腹部に受けてしまった。痛みやダメージはなかったものの、その拳には小柄なヒナの身体を宙に飛ばすには十二分な威力を伴っていた。

 

ㅤ百メートルほど吹き飛ばされたが、たかがその程度で負けるようならヒナは最強と呼ばれていない。すぐに反撃し、今度は逆にカサネを思い切り吹き飛ばした。

 

 

ㅤそれからの戦いはヒナの記憶に旗幟鮮明に残っている。

ㅤ三時間にも渡る長期戦。二人は高度な駆け引きとトップクラスであろう膂力を駆使してひたすら戦い続けた。

 

ㅤ最終的にヒナとカサネの戦いは引き分けという形で幕が閉じたが、それは二人の戦いの余波でカジノが跡形もなく破壊されてしまったからであった。

 

ㅤカジノの入っている建物が崩壊する直前に、中に籠っていた関係者は一斉に外へ逃げ出したところを風紀委員会によって捕らえられた。

ㅤおまけにヒナが倒したA.D.Cの部隊も時を同じくして姿を消していたので、「これ以上戦う必要はない」という意見が一致した二人はどちらからともなく身を引いたのである。

 

 

ㅤあの事件以降、カサネと顔を合わせる機会は来なかった。

ㅤそもそもブラックマーケットへ移転し、アイギスがA.D.Cとなってから間もなく、彼女たちは同業他社との苛烈な利権争いに勤しんでいたため、カサネがゲヘナに来ることは珍しかったのが影響している。

 

 

ㅤだからこそ今回、ゲヘナ基地における戦闘行為の事情聴取のためにカサネと会うことを決めたヒナは、複雑な感情を抱きながら基地に足を踏み入れていた。

 

 

ㅤ彼女がどんな人なのかを、しっかりと見極めるために。

ㅤゲヘナに危険を及ぼすような悪人であるならば、たとえA.D.Cとの武力衝突に発展しようとも構わない腹積もりだった──嗚呼、つい数秒前まではそのつもりだったのに。

 

 

「…………その、ヒナさん? お顔が強ばっておりますが」

 

 

ㅤ対面のソファに座るカサネは、戸惑った様子でこちらを窺っている。しかしヒナは彼女に返事することもなく、剣呑な雰囲気で思考に耽っていた。

 

ㅤゲヘナをパトロールしているはずの風紀委員会が、アビドスに居る。しかも戦闘中だというのだから、まさに青天の霹靂であった。委員長であるヒナの預かり知らぬところで、自身への報告もなしに勝手に部隊を動かすとは何事か。

 

「…………………アコね」

 

 

ㅤもちろん、ヒナにそのような命令をした覚えはない。そもそもつい先程まで遠方に出張していた身だ。有事ならいざ知らず、平時にゲヘナ外へ風紀委員会を向かわせることなど余程の事が無い限りありえない。

 

ㅤつまり、その命令を出した者がヒナ以外に居る。

ㅤヒナが不在の状況で、最も位の高い風紀委員といえば一人しか居なかった。

 

ㅤ天雨アコ。

ㅤゲヘナ風紀委員会に属する行政官であり、委員長のヒナを傍で支えてきた頼れる副官でもある。

 

ㅤなぜ彼女がそのような命令を出したのかはまだ分からないが──何れにせよ、明らかな越権行為であることは瞭然であった。

 

ㅤヒナが今やるべき事は一つだけ。至急アビドスに向かい、自らの指揮系統から外れた風紀委員会を統制することだ。

 

 

「………情報提供感謝する。私はこれからアビドスへ行くから、被害者への謝罪と賠償をする際にはこちらに連絡して。立ち会わせてもらう」

 

「それは別に構わないけど………徒歩で向かわれるので?」

 

「えぇ」

 

「ならば少しお待ちを。私が飛行機でアビドスまで貴方を送りますわ。そちらの方が早いでしょう」

 

「それは助かるけど……良いの?」

 

「ご迷惑をおかけしたことへの、些細なお詫びですわ。私の顔を立てると思って、その程度は任せてください」

 

「そう……ならお言葉に甘えさせてもらう」

 

 

ㅤなぜ急にこの航空基地が狙われたのか、カサネはヒナと話すのと同時にずっと考えていた。

 

ㅤかつての戦いで猛威を振るったドローン兵器の大半は、確かにここに格納されている。アパッチに至っては懸賞金が掛けられていたくらいだ。撃墜した者には多額の報酬を与えていた、と当時カサネは見聞きした覚えがある。

 

ㅤそれ故にカイザーがこの重要拠点を潰したがるのは分かるが──それにしてもヒナを含めた風紀委員会がゲヘナ不在の状況下で攻めてくるとは、奴らも中々狡い真似をするものだ。

 

ㅤ仮に風紀委員会が通常通りゲヘナに居た場合、今回の基地襲撃はまず起きなかっただろう。二百人以上の武装した兵士が好き勝手に自治区を動き回るのを見過ごすほど、風紀委員会という組織は甘くないのだから。

 

ㅤしかしそんな彼女たちがゲヘナに居ないのであれば、当然彼らも動く。対A.D.C戦略を考える上で邪魔で仕方の無い航空基地を潰すために、千載一遇の機会を掴んで離さなかった。

 

 

ㅤ要するに風紀委員会がアビドスに行ったせいで、基地はかなりの損害を受けてしまっているのだ。

ㅤ住民の戦闘被害や、基地防衛の備えを十分にしていなかった責任は自分にあるが、それでも行政官へ恨み言の一つや二つは言ってやりたかった。

 

 

「だけど、そもそも飛行機出せるの? 滑走路はミサイルの着弾で使えなさそうだけど」

 

「ターミナル沿いの第一滑走路はともかく、外周の第二滑走路は無事ですわ。さっき確認したから問題はありません、行きましょう」

 

 

ㅤ二人は立ち上がり、ターミナルの応接間から外へ出た。

ㅤ滑走路では隊員たちが捕縛した敵兵らを平ボディの大型トラックの荷台に載せている途中だったようで、彼女たちはカサネとヒナに小銃を構えながら敬礼をした。

ㅤ巡航ミサイルで破壊された戦車やオートマタの残骸も着陸帯の方へ動かされ、工兵隊による撤去作業が始まっている。

 

ㅤ第一滑走路はヒナの言う通りミサイル着弾の影響で大きな穴が空いてしまっているが、もう一つの方にはさしたる損傷は見受けられない。あれならば問題なく離陸出来るだろう。

 

ㅤカサネは近くの日陰で休んでいた守備隊……もとい、航空戦闘隊の隊員のもとへ歩いた。姿勢を正そうと立ち上がりかけた彼女たちを手で制してカサネは訊ねる。

 

 

「休んでいるところに申し訳ないのだけど、私の機体って今すぐ出せる?」

 

「総帥の、でありますか? バンシーでしたら襲撃前に定期点検が終わって格納庫に置いてありますが……使うのであれば五分、いえ三分で離陸準備を行います」

 

「お願いね。少し緊急の用があって、ヒナさんをアビドスに送る必要があるから。終わったらまた休んでて頂戴」

 

「「はっ!」」

 

 

ㅤ守備隊のうち、ヘリなどの航空機を管轄する航空戦闘隊の隊員たちは一斉に格納庫に向かって走り去った。尚も直立するこの場に残った無人航空隊の面々に対してはターミナルの中で休むように伝え、彼女もヒナを連れて格納庫に進む。

 

 

「……カサネ、あなた飛行機も持ってるの?」

 

「遊覧飛行が私の趣味ですもの。最近は忙しくて中々飛べてないけれど、前までは頻繁に飛んでいましたわ」

 

「バンシーって確か戦闘機でしょう。そんなもので遊覧飛行なんて、相変わらず物騒な人」

 

「あら酷い。淑女の嗜みでござんしてよ」

 

 

ㅤおほほほ、と口を抑えて微笑むカサネにヒナは胡乱げな目を向けた。他人の趣味を否定するつもりはないが、戦闘機での遊覧飛行というその字面にはやはり引いてしまう。

 

ㅤそんなやり取りをしているうちに、航空隊の用意が終わった。カサネは外套を脱いで部下に渡し、ゴーグル付きのヘルメットを被った。ヒナにも付けさせて、機体に搭乗する。

 

ㅤヒナが後部の機銃席に乗り込んだのを確認し、カサネはエンジンのスタータースイッチを押した。直後ライトR-2600-13サイクロン レシプロエンジンが始動し、その低くがっしりとした轟音が格納庫に響く。

ㅤ重厚さと力強さの感じるその音色は心地よい。

 

 

「──さて、そろそろ行きましょうか。しっかりベルト付けてね」

 

「ええ。安全飛行でお願い」

 

「…………」

 

「…………カサネ、今のはフリじゃないから」

 

「……えぇ。もちろん分かっておりますわよ」

 

「アクロバティックな動きとか要らないし、そもそも何でアビドスに行くだけなのに爆弾を積んでるのか分からないけど、とにかく普通に──」

 

「滾ってきましたわ」

 

「カサネ?」

 

 

 

ㅤヒナへの恐怖心はどこに行ったのやら。

ㅤ久方ぶりに飛行機に乗ることへの高揚で、カサネはハイテンションになっていた。

 

ㅤ後部座席のヒナは彼女のその様子に多大な不安を抱きながら、航空誘導員の信号旗に従ってゆっくりと滑走路に侵入していく機体の揺れに身を委ねた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ㅤアビドス高等学校から少し離れた市街地では、多数の集団が武器を構えて睨み合っていた。

 

ㅤ片方は風紀委員会。

ㅤ行政官の天雨アコの命令により、中隊規模の生徒たちを動員してアビドス自治区へ攻め入った彼女たちは、ゲヘナの問題児のひとつに数えられる”便利屋68”の捕縛を目論んでいた。

 

ㅤもう片方は廃校の危機に瀕しながらも、多額の借金返済のため身を粉にして奮闘していたアビドス高等学校の廃校対策委員会の面々である。

ㅤその傍には不慮の事故で柴関ラーメンを爆破してしまい、柴関ラーメンで働く黒見セリカの怒りを買ってしまった便利屋68の四人も居たが、自分たちを狙って来たという風紀委員会の突然の乱入に警戒心をあらわにしていた。

 

 

ㅤしかしその中で、便利屋68課長の鬼方カヨコは至極冷静に状況を分析していた。

 

ㅤいくら便利屋が風紀委員会と対立しているとはいえ、他の自治区まで彼女たちが追ってくるはずがない。非効率的過ぎるし、そもそも便利屋を相手にするにはあまりにも多すぎる兵数もおかしかった。仮にアビドスを狙ったものだとしても、わずか5人しか居ない彼女たちに、ここまでの戦力を差し向けるとは思えない。

 

ㅤ明らかにこれは、いつもの風紀委員長の──空崎ヒナのやり方ではなかった。

 

「つまりこれは貴方の独断に違いない。そうでしょ、アコ」

 

『……』

 

「貴方たちの目的は便利屋じゃなくて、最初から先生だったんだ」

 

「えっ……?」

 

 

──カヨコが推察した通り、確かに風紀委員会の本来の目的は便利屋ではなかった。

 

ㅤそれはあくまで建前で、アコは”先生”をゲヘナの庇護下に置こうとしていたのである。庇護といえば聞こえはいいが、実態はただの拉致及び軟禁だ。

 

ㅤなぜアコが先生の身柄を狙うのか。

ㅤそれはトリニティとの条約の締結が差し迫っているゲヘナにとって、不穏分子の排除が喫緊の問題だったからである。

 

ㅤ連邦捜査部シャーレ、その顧問である先生の存在についてティーパーティーが情報を得ているということを知ったアコは、自らもシャーレについて調べあげた。

ㅤそうして彼女は先生のことを、トリニティとの条約にどんな影響を及ぼすか分からない不確定要素だと位置付けたのである。

 

 

ㅤその場に緊張が走った。

ㅤアビドスにとって先生は初めての頼れる大人だ。風紀委員会が先生の身柄を狙っていると知って、「はいそうですか」と受け流すような彼女たちではない。

 

 

「先生を渡すとでも……?」

 

 

ㅤ二重に包囲され、状況は最悪だ。しかも相手はゲヘナ風紀委員会。実力も武器も戦闘力も、つい最近潰したばかりのヘルメット団とは雲泥の差がある。

 

ㅤだが、それがどうしたと言わんばかりにセリカたちはアコを──風紀委員会を睨みつけている。彼女たちはアビドスの意地にかけてでも、先生を守り通すつもりだった。

 

 

「社長、逃げるなら今しかないよ。戦闘が始まったらもう後戻り出来ない」

 

 

ㅤそんな彼女たちの様子を横目に、カヨコは傍に控えていた自らの上司──便利屋68社長の陸八魔アルにボソッと声をかける。

 

ㅤ実際、便利屋は逃げようと思えば逃げれた。今この瞬間も風紀委員会による包囲網は徐々に狭まっているが、アルたちならばどうとでもなる。伊達に風紀委員会から逃げ続けてきた訳では無いのだ。

 

ㅤだがアルは、カヨコの言葉にただ不敵な笑みを浮かべるだけで、逃げようとする素振りはなかった。そんな彼女にカヨコは訝しげな目を向ける。

 

 

「…………社長?」

 

「………ねぇカヨコ、貴方はもう私の性格分かっているんじゃなくて?」

 

 

ㅤ法律や規律に縛られないハードボイルドなアウトロー。

ㅤそんな存在に強い憧れを抱く彼女が、そんな三流な悪党のような真似をするはずがなかった。ちなみについ昨日アビドスから逃げたことは触れてはならない。

 

 

「それに──先輩ならこういうとき絶対に逃げないわ! どんなに追い詰められても、どんなに危なくても、自分が真っ先に前に出る人だもの!!だから戦うわよ、カヨコ!」

 

「……また出た、社長の”青山哲学”……別にいいけど、あの兵力と真っ向から戦う気? アビドスと力を合わせてもギリギリだと思うけど。そもそも私たちに協力してくれるとは──」

 

 

ㅤ便利屋は柴関ラーメンを爆破してしまっている。もちろんアルの意図したものではなかったのだが、金がないという彼女たちの為に爆盛りを出してあげたセリカが「恩知らず」と怒るのも無理は無い。

 

ㅤ故にカヨコは、たとえこの場で風紀委員会と戦うことにしてもアビドスの協力を得るのは難しいと思っていたのだが──、

 

 

「よおし、便利屋! 挟み撃ちにするわよ! 風紀委員会をコテンパンにしてやらないとっ!!」

 

「先生の盾になってもらう」

 

「みんなで先生をお守りします、いいですね?」

 

「!?」

 

 

ㅤしかしそんな予想に反し、アルが風紀委員会と戦うと決めた瞬間、敵の敵は味方理論でアビドスが乗っかってきた。そのあまりにも早い反応にカヨコは驚きをあらわにする。

 

ㅤもちろん柴関ラーメンを爆破されたことへの怒りはまだあるが、それよりも先生を狙うと言った風紀委員会に対する敵意の方が強かった。

 

ㅤ信頼には信頼で報いる。

ㅤそれがアルの──便利屋68のモットーだ。

 

 

ㅤそうして始まったアビドス対策委員会&便利屋対ゲヘナ風紀委員会の戦いは、先生の巧みな戦術指揮により、何とか拮抗状態にあった。

 

ㅤ銃弾に巻き込まれないよう気をつけながらも、彼は声を張って生徒たちに指示を出す。もしもの事があっても、シッテムの箱に搭載されるアロナによって彼の身は守られる。

 

ㅤアコたちの予想に反して、一方的に蹂躙されるような展開にはならなかった。そもそも便利屋にしろアビドスにしろ、単騎ならばかなりの強さを誇る。

 

ㅤ風紀委員会はヒナを擁するが故に最強と呼ばれることもあるが、しかしそのヒナが居ないのであれば彼女たちにもやりようはある。

 

 

 

「──あれは……?」

 

『! 先生、およそ800メートル先に所属不明の飛行物体がそちらに近付いてきてます!』

 

 

ㅤそうして何とか風紀委員会に食らいついていた先生であったが、アルやシロコたちを指揮する最中、遠目に何かの物体が近付いてきているのが視界に入った。

 

ㅤ駆動音、というべきか。どうやら飛行機らしいソレから発せられる轟音に気付いた風紀委員会も体勢を立て直しながら先生たちから距離をとって、音の発生源に視線を移した。

 

 

「な、なに?」

 

「……ん、あそこに飛行機が」

 

「何でしょう……?」

 

 

ㅤいきなり上空を見だした風紀委員会に戸惑うセリカに、シロコが指を指して答える。アルたちも発砲を止めて天を仰ぎ、青い空をポツンと進むその飛行機の姿を見て固まった。

 

 

「な、何でアビドスにあれが……!?」

 

 

ㅤたった今、自らの頭上を飛んで行ったあの飛行機。

ㅤ迷彩色の塗装に、その両翼と尾翼には”欠けた林檎を噛む蛇のマーク”が刻まれている。そんな特徴的なシンボルマークを、便利屋の彼女たちが見逃すはずがなかった。

 

ㅤカヨコは驚きに目を見開き、ムツキは楽しそうに口角を上げ、ハルカは嬉しそうに破顔し、そしてアルは形容し難い表情を浮かべて動揺をあらわにする。

ㅤそんな彼女達の様子を不思議に思った先生は、アルに声をかけて訊ねた。

 

 

「アル、あれが何なのか知ってるの?」

 

「せせせせせせ先輩が何でこんなところに……!?」

 

 

ㅤしかし、アルはあたふたと慌てて先生の声は耳に届いていなかったようだった。

 

 

ㅤ通り過ぎて行った飛行機が旋回し、再びこちらに戻ってくる。百数十メートル離れた所からいきなり急降下して地面スレスレを低空飛行するその機体に、先生たちは身を屈めたり、少し動いたりして避けようとした。

 

 

ㅤその数秒後、爆発音が市街地に轟く。

 

ㅤ何事かと先生がそちらを見やると、轟々と燃え盛る風紀委員会の50ミリ迫撃砲があった。

ㅤどうやらあの飛行機が爆弾を落としたらしく、遠方で擲弾兵が慌てふためいて頭を守っている姿が目に入る。

 

『──Hello, ゲヘナ風紀委員会の皆様方。挨拶代わりの急降下爆撃ですわ』ㅤ

 

 

ㅤ次いで、どこか聞き覚えのある声が通信で送られてきた。

ㅤはて何処で聞いたか、と先生が考え始めたのと同時に、風紀委員会の方では突然味方が爆撃されたことに動揺が走った。

 

 

「なんだ!? 何処のどいつだ!?」

 

「この声……まさか」

 

 

ㅤ正体不明の乱入者に怒鳴るイオリの傍で、険しい顔でチナツが呟いた。今の声にはチナツにも聞き覚えがあった。

ㅤ気品のある凛とした女性の声、そしてあの飛行機の両翼に刻まれた蛇のシンボル──チナツは先日、確かにD.U.でそれを見ていた。

 

 

『青山、カサネ……!』

 

 

ㅤ苦々しい表情を浮かべて、アコがその声の主を睨みつける。

ㅤ青山カサネ──風紀委員会でも賛否両論ある、何かと話題の絶えないブラックマーケットの超大物。

 

ㅤ風紀委員会も、アビドスも、そして便利屋も、いきなりそんなビッグネームが空から登場してきたことに驚愕する。この場で便利屋だけが別の意味で驚いているようなリアクションをしているが、彼女らに視線が向けられることは無かった。

 

ㅤ一方で先生はその名前を聞いて、つい先日シャーレで出会った少女の顔を思い浮べていた。

 

ㅤお嬢様然としたお淑やかな雰囲気とはあまりにもミスマッチな、無骨な戦闘服に身を包んでいた少女だった。

ㅤ自身の記憶が正しければ、彼女はリンの先輩だというが──それにしても一体なぜ、こんな所にあの彼女が来ているのだろうか。

 

ㅤ首を傾げる先生を他所に、急展開した状況は続く。

 

 

『……いきなり奇襲とは。これは重大な契約違反ですよ、青山総帥。うちの委員長がこれを知ればどうなると───』

 

「アコ」

 

『………………え?』

 

 

ㅤふと──なんの音もなく、なんの気配もなく、いつの間にかそこに見知らぬ少女が立っていた。

 

 

ㅤ風紀委員会とアビドスの間、先程の戦闘で大破した車のボンネットの上に立っていた彼女は、大きな機関銃を引っ提げながら表情のない顔でアコに声をかける。

 

ㅤアコはありえないものを見たかのように顔面蒼白になり、あんぐりと口を開けた。そんな様子を通信越しに見ていたカサネは、にっこりと微笑んで捨て台詞を吐く。

 

 

『しこたま叱られると良いですわ、行政官──ではヒナさん、これにて私は失礼いたします。またご連絡しますので、その際はよろしく』

 

「ありがとう、と言いたいところだけど……私、爆弾を落とせなんて言った?」

 

『手が滑りましたわ』

 

「…………」

 

 

ㅤ明らかに爆撃する体勢に入っておいて、よくもまあぬけぬけと宣うものだ、と彼女は呆れたようにため息を零す。ただ、カサネの気持ちも理解出来なくなかった。

ㅤ風紀委員会不在の影響をモロに受けたのは他ならぬA.D.Cである。多少の怒りはあるだろうが、それにしても急降下爆撃を仕掛けるとは思わなかった。

 

ㅤこの場の全員の視線を一身に浴びる彼女に、アコは震える声で問いかける。

 

 

『い、委員長……? 出張中のはずでは……』ㅤ

 

「さっき帰ってきた。……それはともかくアコ──これは一体どういう状況なのか説明してもらえる?」

 

 

ㅤギロリ、と睨みつけるヒナの雰囲気に押されて風紀委員会の生徒たちは思わず後退った。

ㅤ万事休すか──アコの脳内にそんな言葉が浮かぶ。

 

 

『……はい』

 

 

 

***

 

 

 

 

──少し遡って、アビドス上空。

 

 

 

「……アビドスが見えてきましたわね」

 

 

ㅤバンシーの操縦桿を両手で握りながら、カサネは呟いた。

ㅤ昔はキヴォトス最大にして最強の学校だったというアビドスだが、数十年前から頻発する砂嵐のせいで居住可能なエリアが現在進行形で縮小しており、生徒や市民さえも殆ど転居してからは、かつての栄光など見る影もない。

 

ㅤゲヘナ航空基地から飛び立って十数分、カサネたちは当初に想像していたよりも早くアビドス自治区の空域に到達していた。果てしなく続く砂漠の景色にはそろそろ飽きてきたが、仕事の息抜きとしては申し分ない。

 

ㅤアビドス・ミサイル基地から報告のあった風紀委員会が居るであろう市街地まではあと少し。天候も視界も良好で、まさに絶好の航空日和だった。

ㅤ久方ぶりに感じる開放感にカサネの機嫌はすこぶる良かったが、対照的に後部に座るヒナの表情は険しかった。

 

ㅤ別にカサネの操縦に不満があるとかそういう訳ではない。アコが何を考えて風紀委員会を独断で動かしたのかを考えていたからだ。

 

ㅤゲヘナにアビドスとやり合う理由も政治的火種もないのに、なぜこうも大胆な行動に出たのかがヒナには分からない。滑走路を飛び立ってからというもの、ヒナはずっと座席に背を持たれながら考え込んでいた。

 

 

「……」

 

「ヒナさん、市街地が見えてきましたわよ。飛び降りる準備はよろしくて? 地面スレスレに低空飛行するので、かなりGがかかりますが……まあ貴方なら大丈夫でしょうけど」

 

「問題ない」

 

 

ㅤ市街地の道路に着陸するなど、いかにカサネの操縦技術を持ってしても困難だ。市街地には風紀委員会が大勢居るし、そもそもカサネは彼女たちに通信なり何なりで一言文句を言えればもう用無しなので、その必要もなかった。

 

ㅤであるならば、ヒナをあそこに送り届ける方法はひとつ。

ㅤそれはバンシーを急降下させてキャノピーを開き、彼女自ら機体から飛び降りることだけだ。

 

ㅤ普通の人間であれば──それこそ先生のような人であれば、上手く着地に成功したところで足の骨を折ったり、最悪死んでしまう可能性もあるだろう。

 

ㅤしかしヒナはヘイローという神秘を身に宿すキヴォトス人である。ライフル弾を食らったところで物ともしない彼女なら、高速で動く戦闘機から飛び出ても五体満足で降り立つことが出来るであろう。

 

 

「では突っ込みます。しっかり捕まっていて下さいまし」

 

 

ㅤ操縦桿をグイッと押して、機体を降下させる。

ㅤ上空1500メートルから一気に下がり、カタカタと機体が揺れる。ジェットコースターでは感じられないであろう強さのG

がカサネとヒナの身体にかかるが、二人は涼し気な顔をしている。

 

ㅤチラッと道路に集まる生徒たちの顔が見えた。一瞬であったため誰が誰かなのかはよく分からなかったものの、見覚えのある四人の姿が目に留まる。

 

 

「……(アル? それにあれはムツキ……なんで便利屋がアビドスに)」

 

 

ㅤどうやら便利屋も来ていたらしい。ムツキがこちらに手を振っているのが見えた。カサネは軽く手を挙げて彼女達の頭上を通り過ぎる。少し進んで操縦桿を傾けて機体を旋回させ、再び彼女達の方へ戻った。

 

ㅤ便利屋68──その社長のアルとはカサネにとって最も仲の良い後輩であると確信している。もちろん他の三人に対しても同様に、「昔の自分たちを思い出すから」と色々気にかけてやっていた。

ㅤそれこそかつてトリニティに居た頃の後輩三人と同じくらい可愛がっているのではないだろうか、と自分でも思うほどには深い関係がある。

 

ㅤそんな彼女たちがなぜアビドスにいるのか、会ってもお互いあまり仕事の話をしないためカサネはてんで見当もつかなかった。しかし、こんな廃れた場所に来るくらいには頑張っているようだ。

ㅤ今度会ったらご褒美に美味しい物でも食べさせてあげようと心に決めながら、カサネはチラッと視線を地上に向ける。

 

 

ㅤそこには風紀委員会のものらしき、50mm迫撃砲が数門あった。擲弾兵と思わしき風紀委員会の生徒の姿も見受けられる。天を仰いで空を飛ぶ機体を眺めていた。

 

 

「(……行政官に一言いってやるだけで終わらそうと思ったけど、やっぱり爆弾落としてやろうかしら)」

 

 

ㅤA.D.Cとゲヘナ風紀委員会の間にはいくつかの取り決めがある。基地周辺地域における治安維持活動への無償協力もその一貫だった。

ㅤその中にはゲヘナ自治区内におけるA.D.Cと風紀委員会の交戦を可能な限り避けるように、という旨の努力義務の文言も入っていたが──ここはあくまでアビドス。

 

ㅤ自治区外で他方が攻撃を仕掛けても、多少の文句は言われるかもしれないが何とかなるはず。ただ、生徒への被害はないように気を付けた方が無難だろう。爆発に巻き込まれないように祈る他ないが。

 

 

ㅤカサネの操るバンシーは空中で一回転し、機首が地上に向かって下がる。

 

 

「(──まあ何とかなるでしょう)」

 

 

ㅤ半ば思考放棄しながら、カサネは機体の下部に取り付けられた100ポンド爆弾の投下スイッチを押した。

ㅤラックが外れて自由落下していく黒い爆弾は、そのまま風紀委員会の50mm迫撃砲へと衝突する。その直後、ドーンという爆発音が轟き、赤い炎と共に黒煙が昇った。

 

ㅤそれと共に風紀委員会への軽めな挨拶を通信で行ったカサネは、意気揚々としながらロックを外し、片手でキャノピーを思い切り開いた。強風が二人の髪をバタバタと揺らす。

 

 

「さあヒナさん、飛び降りてください」

 

「……はぁ、全く……」

 

 

ㅤもちろん一連の動作を視認していたヒナは、カサネに白い目を向けている。なぜ爆弾を積んでいるのかと疑問に思っていたが、最初から嫌がらせのつもりで取り付けていたらしい。

 

ㅤだがいつまでも市街地上空をブンブン飛び回っている訳にもいかないので、ヒナは特に何も言わずにベルトを外して立ち上がる。

 

 

「じゃあね、カサネ」

 

「えぇ、またお会い致しましょう」

 

 

ㅤひょい、と機体から飛び降りたヒナの姿を目で追いながら、カサネは操縦桿を手前に引いてゆっくりと高度を上げていった。

 

ㅤこのままゲヘナに戻るのも良いが、一応アビドスに寄っていくのもいいかもしれない。

ㅤそんなことを考えながら通信でヒナに別れを告げて、カサネは飛び去っていった。

 

 

 





次回はようやく掲示板回です。
今日の夕方辺りに投稿する予定ですので宜しくお願いします
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