風の音が不気味に唸る廃工場。あちこちに伸びたパイプやダクトは錆びが目立ち、稼働停止からそれなりの時間が経っていることが分かる。
廃墟には似つかわしくないピカピカの高級車が近くで駐車されると、全身タイツの変質者とペストマスクの男という何とも怪しげな取り合わせの二人が降りてくる。
ペストマスクの男は廃工場を見ると眉根を寄せて顔を顰め、全身タイツ……トゥワイスに尋ねた。
「……見るからに不衛生だな。ここが拠点か?」
「ああ!いきなり本拠地連れてくかよ。面接会場ってとこだ」
「勘弁してくれよ……随分埃っぽい。病気になりそうだ」
「ヴィランに清潔さを求めるほどバカバカしいことはねえぞ」
それもそうか、と嫌悪感を隠そうともせずに重たい扉が開かれるのを待ち、トゥワイスの後に続いて中へと入った。
そこで待ち構えていたのは死柄木……否、志村転孤。そしてジャックガムとマグネ、Mr.コンプレスの四名。
友好的に行こうという雰囲気は微塵も感じられず、面と向かっての腹の探り合いが居心地の悪い空気を作り出してしまう。
「……とんだ大物連れてきたな」
「“大物”か……皮肉が効いてるなヴィラン連合」
ペストマスクの男、オーバーホール。ヴィラン連合改め自由連合の志村転孤。裏社会の大物二人が邂逅した。
しかしその転孤からの大物という評価に対し、オーバーホールは不機嫌そうに返事をする。
それもそのはず彼は【死穢八斎會】というヤクザの若頭。
だが超常黎明期になりヒーローが隆盛。摘発と解体が進み、オールマイトの登場もあってついに時代を終えた。
今生き延びている極道の団体はヴィラン予備軍という扱いで監視を受けつつ細々と生き長らえるのがやっと。オブラートに包まずに言ってしまえば時流に乗ることが出来なかった旧時代の遺産である。
「それで、その細々ライフの極道くんが何故ウチに?オールマイトの引退宣言に備えるの?」
「いや。
「……?」
オーバーホールの世代ではとうに都市伝説とすらされていた裏社会の全てを支配する闇の帝王……それがオール・フォー・ワンだ。
一方で当時を知る老人達は死亡説が囁かれても尚、確信を持って恐れていた。『まだどこかで魔王は生きているはずだ』と。
それが神野区で姿を現したかと思えば、ヒーロー達との戦いに敗れて監獄へと放り込まれた。
オールマイトという日向の世界のNo.1も、オール・フォー・ワンという日陰の世界のNo.1も事実上の引退。二つの玉座が同時に空となった。
「じゃあ次は誰が支配者になる?」
「……くだらねえな。玉座に座るのが目的なら勝手にすりゃいいだろうが」
「何?」
「オール・フォー・ワンが最初から玉座を目指したと思うのか?アイツはただ自分がしたいことをしていただけだったぞ」
野心に目をギラギラと輝かせるオーバーホールに対し、転孤の目はどこまでも静かなまま。それどころか熱を持ち始めたオーバーホールに冷めた視線を向けていた。
俺が支配者になる、というならどうぞご勝手に。転孤にとっては誰が頂点にいるのかなどさほど重要なことでは無い。
やりたいようにやって、それを邪魔する者が現れるなら潰す。転孤はそれだけで十分だった。
「お前が何をしたいのかなんて知らねえが……俺達が欲しいのはそんな肩書きじゃない」
「……」
「俺達の望みは社会の変革。このイカれたヒーロー社会をぶち壊したいのさ」
「計画はあるのか?」
「……お前、さっきから仲間になりに来たんだよな?」
転孤の言葉にも取り合わずオーバーホールは話を続ける。
「ヒーロー殺しのステインをはじめ、快楽殺人鬼マスキュラーに脱獄死刑囚のムーンフィッシュ。どれも駒として1級品のはずだが……すぐに落としているな。使い方が分からなかったか?」
「……アレを使えると思ってんなら大間違いだ」*1
「?」
オーバーホールの挑発とも取れる言葉に対し、転孤は死んだ目で虚空を見つめる。そりゃ頭のイカれた殺人鬼×2をマトモにコントロール出来るわけないだろうが。なんなら片方はコミュニケーションすらほぼ不可能だぞ。
まさかオーバーホールも思うまい。悪名轟く二人が想像よりもずっとイカレきっているなどと。
「……ねえ極道くん」
「ジャックガム……なんだ」
「人は何に従うと思う?」
「……?」
「大抵の人は崇高な理念とか大層な正義に殉じたり出来ないのよ。目先の小銭を拾って満足しちゃう」
「何が言いたい……」
様子のおかしい転孤に困惑するオーバーホールに話を振ったのはジャックガム。普段の彼らしくない態度にマグネすら動揺している。
「貴方ねえ……さっきから聞いてると話し合うつもりあるのかしら?交渉というのは互いのメリットを提示してから始まるものよ?」
「……ガム姐?」
「それを最初からネチネチネチネチと……重箱の隅をつつくような真似ばかり。ああもう、前の嫌な上司を思い出してきちゃった」
「ガム姐?」
「仕事に関係の無い話ばっかり振りやがって……なーにがパイオツカイデーの姉ちゃん知らない?だよテメェのパイオツをカイデーにしてやろうかってんだクソッタレが……!!」
「ガム姐ー!?ステイ!!ステイッ!!?」
何やら段々と話が明後日の方向に飛んでいってしまっている。元々は有象無象のサラリーマンとして働いていた頃の闇が噴き出しておられる。
トゥワイスが何とか宥めると、ジャックガムは一つ咳払いをして話を戻した。勝手に逸らしたのお前やぞ。
「とにかく!……好き勝手言っちゃってくれてるけど、貴方と違って私達のボスは明確にメリットを示してくれてるのよ」
「……目標を達成するには計画がいる。そして俺には計画がある」
「それは
途中から……いや、ほぼ最初から分かっていた。オーバーホールはヴィラン連合の名前に集まった同胞ではなく、ヴィラン連合という名前を利用する為に来たと。
大方ヴィラン連合を傘下に入れてブランドのように掲げ、誘蛾灯扱いとして利用するつもりだったのだろう。
それを理解した上で、ジャックガムは真っ向から『否』と拒絶した。
「まあ落ち着け。何もこの場で白黒ハッキリさせる必要は無い」
「ボス」
「……ではどうする?」
「俺達は互いに何一つ知らない。そうだろう?」
だから、と一拍置いて転孤は提案する。
「まずはお試しだ。手を組むに値するかどうか、見極めようぜ」
◇
所変わって雄英高校のとある仮眠室。
そこには先日模擬戦を行った通形ミリオと緑谷出久、そしてガリガリにやせ細ったオールマイトがいた。
「……改めて見ると信じ難いよね!」
「そ、そうですね」
「さすがに隠し通しきれなくなったから仕方ない。トゥルーフォームで誰かに会わなきゃいけないときもあるからね」
先日再び開かれた記者会見においてオールマイトはトゥルーフォームを公表した。というのもシンプルに多忙になった結果、マッスルフォームの時間がカツカツになりかねないので必要な時以外はトゥルーフォームでいたいと思い始めたのだ。
それを根津校長に相談したところ『じゃあもうバラしちゃえば?』となり、またもや世間をざわつかせる事になったが……随分楽になったのは事実なので結果的には正解だった。
さて、彼らがオールマイトの元を尋ねたのは他でもないインターンについての相談だ。
最初はグラントリノを頼ろうと思っていた緑谷だったが、別件で動いている最中なので無理!という返事をもらってしまった。
それならとグラントリノが提案したのがオールマイトの元サイドキックであるサー・ナイトアイというヒーロー。
1年生のインターンええんか?という疑問もあったけれど、協議の結果『インターンの受け入れ実績が多い事務所に限り許可』という形に落ち着いた。
蛇足だがオールマイトは紹介を一度断っている。
理由は3つ。『元々1年生インターン反対派』と『足技や必殺技を磐石にすべき』と『訳あって気まずい』だ。最後だけ滅茶苦茶私情じゃねえか。
それでも!と緑谷の熱意に根負けしたオールマイトがミリオを呼び、3人で集まっているのだが……。
「通形少年……この……何?コレ」
「サーからの手紙ですよ?オールマイトに会ったら渡してくれって!」
「何通あるんだこれ……」
彼らの机の前にはバサッと広げられた大量の手紙が。それら全てがサー・ナイトアイによるものだという。
そう、忘れてはならない。サー・ナイトアイは未だに間飛の事を継承者と勘違いしていることを……!*2
これらの手紙は要約すると大体『さっさと継承者に会わせろ』という内容であり、その対象は
「あー……通形少年。君から見て緑谷少年はナイトアイの下で働けると思うかい?」
「なるほど!俺に話ってのは、緑谷くんをサーに紹介してやれってことですね!」
「うん、頼めるかい?」
ちなみに自分で行けよと思ったそこのあなた。オールマイトはサー・ナイトアイが勘違いしている事に気づいているせいで色んな意味で会いにくくなっているぞ!
具体的に言語化すると『彼の予測がねじ曲げられたのはいいんだけど……ねじ曲げ方が色々と、ね?』というものだぞ!
ミリオは緑谷の目標を聞いて普通にオーケーを出してくれてはいるけれど、絶対揉めるよなあ……とオールマイトは密かに頭を抱えていた。お前がまいた種なのでキッチリ自分で尻拭いして欲しい。
サー「後継者と会わせて」
サー「後継者まだ?」
サー「後継者はよ」
サー「無視するのはどうかと思う」
……以下、似たような手紙が27件。
オールマイト「ヒエッ……」
グラントリノ「あーあ」
緑谷「うわあ……」
ミリオ「サー……何してるんですか」