緑谷が初日のインターンに向かった頃、他のA組生徒も続々とインターンに参加し始めた。その中には当然ながら色々とおかしい継承者モドキもいる。
「うえっ……緊張してきた」
「だ、大丈夫?」
「ケロ……そういう所は変わらないわね」
「ねえねえ間飛くんどうしたの?吐きそうなの?何で?」
「うーん……移は昔からあんまり緊張しないはずなんだけどなあ……?」
3年生の波動ねじれと氷叢零治、1年生の蛙吹梅雨と麗日お茶子、そして間飛移。5名の雄英生の集団が向かう先は上半期ビルボードチャートNo.9……リューキュウの事務所だ。
間飛は氷叢に、梅雨ちゃんと麗日はねじれに紹介を頼んでいた。一度に5人ものインターン生を抱える余裕があるのかと疑問に思うが、何やら人手が要る事態になるかもしれないとの事で受け入れてくれたらしい。
「いやあ、俺リューキュウの大ファンだから。緑谷とオールマイトが初めて出会った時みたいな反応になるかもしれん」
「見た事無いけど想像つくわね」
「デクくん……何でやろ、見たことある気がする」
「あ、そう言えばそうだっけ……移がリューキュウファンなのすっかり忘れてた」
ゾロゾロと並ぶ雄英高校の制服は少々威圧感が強い。女子と男子の比率が4:1とはいえ*1、5人も揃ってしまうと壮年の工事現場の作業員ですらたじろいでしまう。
そんな彼女らの会話内容はこれから向かうリューキュウについて。ワイワイキャイキャイと期待と不安が渦巻くインターンでやる事を想像し、若者らしく少し騒がしいくらいの音量で話し続ける。
どんな仕事をするのか、事務所とかどんな感じだろうか、ヴィランとの戦闘とかもあるかもしれない……そうこうしている内に5人はリューキュウの事務所に到着する。
「あ!ねえねえ、先に紹介はしてたけど面接があるの!知ってた?」
「え?そうなんですか?」
「そこはね。形だけでもどんなヒーローを目指しててどんな事に力を入れたいと思うのか、それくらいは尋ねられるかな?」
「マジかあ……俺、面接とか苦手だわ」
前日に緑谷はもっと酷い目にあってたんですが、と指摘したくなるだろうがちょっと待って欲しい。あれは多分というかほぼ確実にオールマイトに巻き込まれただけなので間飛に怒るのは筋違いだ。珍しくコイツは1ミリも悪くないぞ。
顔だけカートゥーン調のムキムキ男子と2人で向かっていた緑谷に対し、間飛は自分以外可愛い可愛い面構えの女子4名。*2これが格差社会か。
キィと音を立てて開かれたドア1枚の向こう側。そこにはニコニコとした表情で5人を待っていたリューキュウの姿があった。
スリットの深いチャイナドレス風の衣装かと思えば、背中のほとんどが露出しているというセクシーな衣装。後頭部につけられたコウモリの羽根を思わせる装飾と顔の右側を覆い隠す龍の爪をモチーフとした髪飾りが特徴的だ。
「初めまし……あら、見覚えのある子がいるみたいね?」
「……へっ?」
「ふふふ。デビューしたばかりの頃からファンになってくれてた子だもの。覚えてるよ」
「あ、アザっす!!」
「応援してくれてたんだから、お礼を言うならこっちの方よ。いつも応援ありがとうね」
「───」
あの日ファンサービスをしてあげた少年の事はよく覚えており、体育祭でどこかあの頃の面影を残した少年を見つけたリューキュウはほんの少しの期待も込めて指名を出していた。
しかし間飛からすればそんな邪な気持ちで職場体験先を決めていいものかと決めかねていた為、最終的にミルコの下で職場体験に勤しんでいた。
今回はそのミルコがインターン先として不適切*3という判定になった事もあり、ならばリューキュウの所を!とダメ元の参加表明。スルッと通った訳だが。
で、その憧れのヒーローからまさかの『貴方のこと覚えてるよ』発言。ファンとしてこれ以上なく名誉なお言葉を頂いた間飛は───
「しゅき……」
「あ、あれ?」
「あーあ……リューキュウさんが移を
「これ私が悪いの!?」
「あれれ?間飛くん白目剥いて倒れちゃった。ねえねえこれ大丈夫なの?」
「こんな間飛ちゃん初めて見たわ」
「まあ間飛くんやからね……何となくこうなる気はしてたかも」
───立ったまま気絶。後に後ろに向かってビターン!!とぶっ倒れた。本当に大丈夫かその倒れ方。
ヒーロー科のある高校を卒業してから3年間、サイドキックとしての下積み期間を経てのデビュー。*5そこで出会ったのがサイドキック時代から自分のファンだと言ってくれた少年……間飛の事を忘れるはずもなく。
基本人の興味というものは移ろいやすく、今日推しているヒーローを1年後も同じく推し続けているという人は結構少ない。時流の中で生まれた話題性のあるヒーローに推し変……なんて事は珍しくもない。
そんな現代でサイドキック時代を含めれば10年近くの間デビューしたての頃からファンです!と公言してくれた間飛に対し、それ相応の対応をしてあげなきゃ!とちょっと意識しただけなのに。尊死はさすがに聞いてないって。
「その……間飛くんと何があったんですか?」
「え?えーっと……5年くらい前にサイドキックから独立したばっかりの頃なんだけど……」
ヒーローのデビューが全て華々しいものであるとは限らないとはよく聞く話。リューキュウが独立してからの最初の活躍はドブ川の中だった。
『はい。もう落としちゃダメだからね?』
『あっ、ありがとうございます!』
橋の上でジッと川の中を見つめる少年。すわ飛び込み自殺かと慌てて駆け寄ってみると、川を指さして『落としちゃった……』と泣きそうな顔で一言。
淀んだ水の中にキラリと一瞬見えた小さな輝きの主が少年の落し物か?と尋ねてみれば、これまた泣きそうな顔でコクコクと頷いた。
お世辞にも綺麗とは言い難いドブ川。大抵の親は諦めなさいと優しく窘めるのだろうが、そこにいるのは独立したてのヒーロー。一切の躊躇なく川の中へと降りていった。
足や手が汚れるのも構わず、濁った水へと手を突っ込んで拾い上げたそれは──己の髪飾りを模したストラップ。
『……私のファン、かな?』
今なら自信を持って自分のファンだったのかと思えたのだが、当時は独立したばかり。数少ない己のグッズを大事にしていたとは思っておらず、何かカッコイイデザインだから好きくらいの感じだろうと思っていた。
川から上がった時にはすっかり汚れきっており、直接突っ込んだ手足は特にビショビショかつ泥までついていたので少し遠慮がちにストラップを手渡した。
『それ、大事なの?』
『は、はいっ!!俺、貴女のファンなんです!!』
『……そっか。ありがとね』
しかしその子供は自分のファンだと言う。社交辞令かなあと思うまでもなく、キラキラとした子供特有の純粋な憧れはリューキュウの心に温かな火を灯す。
それにしても悪いことしたなあ、とリューキュウは困った。ファンだと言うなら握手の1つくらいしてあげたいのだけれど、今の自分の手は泥だらけ。これではただ不快にさせてしまうだけだろう。
『ごめんね?私、手が汚れちゃってて……握手とかしてあげたいんだけど』
『えっ!!握手してくれるんですか!?』
『え?え、ええ……でも、ほら。手が汚れちゃって──』
せめて泣かないようにと言葉を選んで謝ろうとしていると、泣くどころか『握手してくれるの!?』と更に目を輝かせてしまった。いやいや、だからそれをしたいけど手が汚れてるのに……と困ったのも束の間。
汚れた手を躊躇わずにガッシリと掴んでブンブンと上下に振られる。リューキュウは突然の行動にギョッとさせられた。
勿論急に手を掴まれたからというだけではなく、汚れていると分かった上で何故掴む!?という子供心分かんねー!的な方が割合は大きい。
汚れちゃったよ!?と説得を試みようとリューキュウは何とか口を開く。
『ちょちょちょ!?手!手が汚れちゃうって!』
『大丈夫!洗えばいいから!』
『いやそういう問題じゃ……!』
『だって、俺を助けてくれた手でしょ?汚れてもいいから握手したかった……です!』
思い出したように慌てて“です”をつける少年。何とかやめさせなきゃと思っていたのに、それが何だかおかしくてたまらなくて。
ならしょうがないかあ……と、リューキュウは半ば諦めたように笑った。
『……それじゃあ、もうちょっと別のことしてあげようか?』
『へ?』
『私、ドラゴンに変身できるから……乗ってみる?』
『ッ!!乗る!』
ヒーローのサイドキック3年。社会人としては4年目になったばかりの磨り減ってきたリューキュウに活力を与えるには十分過ぎた。
だってそうだろう?誰からも無数にいるサイドキックの1人くらいの認識しかされていなかったのに、こんなにも純粋で眩しい応援を貰ってしまってはどうしようもないのだから。
そんなこんなで割とリューキュウのヒーローとしてのモチベーションの元になっていたのだが、間飛的にはそんな事知る由もなく。
何か久しぶりに生で見れた!と思ったところに最上級のファンサをぶち込まれた。対面でロケットランチャーを撃ち込まれた様なものだ。そりゃ死ぬよね。
「……まあ移はそのうち起きると思うので自己紹介、しません?」
「いいのかしら……?」
「ねえねえ凄く幸せそうな顔をしてるけどどうしたのかな?」
「こんな顔してる間飛ちゃん初めて見たわ」
本人は幸せそうなのでまあいいんじゃない?
リューキュウ「社会人辛すぎワロタ……」
幼間飛「カッケー!ファンです!」
リューキュウ「あっあっあっ……(精神回復)」
リューキュウ「お久。覚えてるよ!」
今間飛「あっあっあっ(尊死)」
リューキュウ「ええ……?」