夕食にはまだ早く、かといって今から訓練場に行こうという生徒もいない夕暮れ時。
オールマイトと話したいことがかなりあるというサー・ナイトアイにオールマイトを丸投げした相澤は誰もいない1年A組の教室で一人、とある人物を待っていた。
待ち時間にも仕事を進めていた相澤だったが、そこにカラカラと軽い音を立てて教室のドアが開かれる。その向こうに立っていたのは───
「……悪い、少し用事が長引いた」
「いえ、大丈夫です」
「それで何の相談だ?かなり深刻そうだったが……」
「大丈夫か?青山」
「……」
──泣きそうになりながらも、決意を固めた顔をした青山優雅だった。
仮免試験を終えたあの日から、青山は相澤に相談があると言っていた。
1年生のインターンについてどうするべきかという会議が連日行われたお陰で中々時間を取れずにいたが、ようやく時間が取れたということで相澤は先の用事が終わった所で青山を教室に呼んでいた。
お調子者でどこか道化を思わせていた立ち振る舞いや言動は見られず、目を伏せたまま静かに呼吸を整えようとしている。
相澤は『相談したいことがある』としか聞いておらず、それが深刻そうなものだったということしか分からない。青山が何かを決心しようとしているのならば、止めるつもりはなかった。
2分ほどかけてようやく落ち着いた青山は、ゆっくりと口を開いて話し始めた。
「……薄汚い、
「……!?」
青山優雅という少年は無個性だった。
人類の内8割が個性を持つ現代だが、それでも未だに2割の人間は個性を持たずに産まれてくる事がある。彼は緑谷出久と同じ、現代では珍しい無個性としてこの世に生まれた。
かつての人類は個性を『異能』と呼んで恐れ、拒み、迫害した。明らかに人間には見えない者や科学的に有り得ない現象を引き起こす彼らは排斥される立場にあった。
しかし時代が進むにつれて人々は『異能』に順応。いつしか『異能』は【個性】と名前を変えて社会に浸透し、無個性の人々と割合が逆転し始めた。
今や個性持ちと無個性の比率は8:2。長い人類史の中で少数派と多数派が入れ替わった事で、ついには個性を持たぬ人間が弱者の立場に成り果てた。
「僕は……無個性でいるのが怖くて、オール・フォー・ワンから個性を貰いました」
「個性を……?」
「はい……ッ、僕は、僕達は死ぬのが怖くて……オール・フォー・ワンの言うことに従うしかありませんでした」
「……まさかお前」
オール・フォー・ワンにとって青山優雅は数多くある駒のひとつでしかなく、彼でなければならない事情など何一つなかった。もし使えないと判断されればその時点で処分されているくらいには、どうでもいい存在だと見られていた。
それを分かっていたからこそ、青山はオール・フォー・ワンに己の価値を証明せざるをえなかった。無価値と断じられてしまえばそこで終わるのだ。
身の丈に合わないエリート校に何とか入学し、A組が孤立するタイミングを伝え、皆が楽しみにしていた林間合宿をヴィランの舞台に仕立てあげた。
「そう、か……お前が……
「…………はい」
教師達の間で警戒されていた内通者。その正体は相澤を始めとした教師陣が必死で守ろうとしていた生徒の一人だった。
彼自身がした事は雄英高校の情報を幾つか漏洩しただけだが、その結果多くの被害を生み出した。
USJでは相澤と脳無が交戦した事で骨折等の重傷を負い、強化合宿では複数人の怪我人と間飛の拉致に繋がった。これを無罪とするには被害を受けた人間が多過ぎる。
目を逸らさずに答える青山も、膝の上で握りしめられた手はブルブルと震えている。犯した罪の数々が汗となって背筋を伝い、自分の足元すら不確かな感覚になってくる。
「僕が相談したかったのは……罪の償い方です」
「……」
「最初はッ、解放されたと……思い、ました……!でも、このままでいいのかって……ッ!!」
オール・フォー・ワンの投獄は青山にとって契機となった。巨悪は敗れ去り、これから先の人生を魔王の手先として過ごさなくて済むのだと喜んだ。
……しかし、だ。あの日から青山の脳裏には傷ついた同級生達の、悔しさと涙を滲ませる皆の姿が焼き付いていた。
助かったんだと抱き合って喜ぶ両親にも知らせぬまま、青山はズルズルと今まで雄英高校ヒーロー科の一員として在学していた。在学し続けてしまった。
そして今日、そこにピリオドを打つ。
「……相澤先生、僕を───」
「除籍するつもりは無い」
「──え……」
「……お前を除籍するつもりは、無い」
打つ、つもりでいた。
「ヒーローとして動くなら……俺はお前を捕まえなきゃならないんだろう」
「そ、そうです……!僕はオール・フォー・ワンの手先で!」
「だが、俺は教師としてお前を除籍する気になれない」
「……どうして、ですか?」
相澤にとって青天の霹靂にも等しいカミングアウトだったけれど、相澤の中では『もし生徒の中に内通者がいたのなら?』という仮定で何通りもの想定をしていた。
そしてもしその内通者が在学中に自責の念に駆られて自首してきた時、相澤はその生徒を問答無用で除籍するつもりは一切なかった。
「子供というのは間違えるものだ。俺だって昔は……友人を一人、助けられなかった」
「……ッ」
「……まあ、俺のソレとお前のソレが同じ括りに入るとは言えないが、心の底から悪意を持ってやったわけじゃないと分かっただけでも十分だ」
詳しい事情を教えてくれ、と相談は続く。
◇
青山と相澤の深刻な話し合いが行われる一方で、1年A組の教室の外……廊下には2人の人影、いや片方は透明なので影はないけれど。とにかく2人の生徒が立っていた。
(どどど、どうしよう!?聞いちゃいけない話聞いちゃった!?)
(……聞いていいか悪いかで言えば、聞いていいものじゃなかったな)
光をも通す透明人間の葉隠と、インターン帰りなのに何故か教室に入ろうとしていた間飛。彼らは教室に入る寸前にヤベー情報を投げ込まれてしまった。
事の発端はインターンから帰ってきたばかりの間飛と葉隠が出くわしたところから始まる。
初日ということで説明がほとんどだった為か早めに帰宅させて貰えた間飛は、寮に戻ろうと玄関を潜ったところで宙に浮く衣類、即ち透明人間の葉隠の存在に気づいた。
『あれ?何してんの?』
『あっ、間飛くん!ちょうどいい所に!』
『へ?』
葉隠曰く、教室にスマホを置きっぱなしにして来てしまったことに気づいたはいいものの、日が暮れかけている中で一人雄英の広い校舎を歩き回るのは怖いんです、との事。
つまりは忘れ物を取りに行きたいけど1人じゃ怖いのでついてきて!という訳だ。
『別に1人で大丈夫では?何も出て来ないって』
『ふーん……?そういう事言っちゃうんだ』
『何がですかね』
『……強化合宿の件、忘れてないよ?』
『喜んでお供させていただきます』*1
せめて一度横になりたいと葉隠の頼みを断ろうとした。が、葉隠はニヤリと悪っぽく笑い*2切り札を切ることにした。間飛はすぐに負けました。
ちなみに言うまでもないだろうが、探知能力に目覚めたばかりの時に葉隠の詳細かつ正確な裸体の情報を読み込んでしまった事件の事です。
……え?今は大丈夫なのかって?そりゃ勿論探知能力はオンオフとか情報精度をいじれるのであんな羨ま……悲しい事件は起きません。やろうと思えばやれるらしいけど。*3
【瞬間移動】と【フィジカルギフト】の個性2つ持ちというオーバースペックにも程があるボディーガードを引き連れて忘れ物回収だー!と意気揚々と出発。
その後にとんでもねえ現場に居合わせてしまったのだ。スマホ取らせて欲しいって?今踏み入るとどえらいことになりましてよ。
(……青山くんが内通者だったなんて)
(アイツどんな心境であのキャラ保ってたんだマジで)
(それも気になるけどそこじゃなくてね?)
話を受け入れきれずに困惑する葉隠、気になった事を口に出して空気を弛緩させる間飛。ここからシリアスに戻れそうな気配が無いのだが大丈夫だろうか。
間飛の中で青山の印象は結構薄めであり、残った印象もやたらフランスに傾倒したどこぞのイヤミさんを思い出させてくれるなあ、ぐらいでしかない。そりゃ気にもなるわ。
そしてそう言われると葉隠としてもちょっと気になってくる。重たいカミングアウトに対して普段のキャラが奇天烈すぎる。
「……お前はどうしたい?」
「僕は退学……いえ、自首するつもりでいました」
「えっ!?」
「あっ」
「……あ」
すると思考の隙間というものが生まれるわけで。別のことを考えていた所に自首という言葉が聞こえたせいで葉隠ちゃん思わず声が出る。
当然葉隠の声は中の2人にも聞こえ、それを察した間飛はあちゃー……という顔で自らドアをゆっくりと開けた。
「……すんません。盗み聞きするつもりは無かったんスけど」
「ま、間飛君……?」
「その、ごめんなさいっ!!ス、スマホ取りに来たんです!!」
「葉隠さんまで……!?」
さて青山君、第2ラウンドだけど頑張ってね。
葉隠「……そういえば結局あの時どこまで分かっちゃってたの?」
間飛「殺す気ですか?」
葉隠「いや普通に気になって。今ならそこまで気にしないから教えてよー!」
間飛「……顔立ちに胸のサイズや乳首の形とかスリーサイズ。手足と指の長さ太さ……あとお尻とか、前……とかも。何なら歯並びやどこにどんなシワや傷跡があるかまで」
葉隠「……」
間飛「……」
葉隠「…………ピェ///」
間飛「やっぱダメだったってコレ!?」