何で、どうして。青山の表情が聞かれたことによる恐怖と答えの出ない疑問によって歪み、落ちる寸前で留まっていた涙がポロリと零れた。
「……どこから、聞いていた?」
「えっと、内通者ってところから……ですかね」
「ッ……あ……」
相澤の質問に申し訳なさそうに答える間飛。青山にとっての救世主であり、己が犯した罪の被害者だ。
隣にいる葉隠は個性の関係で表情は伺えないけれど、まず好意的な顔はしてくれてはいないだろう。当たり前だ、自分は薄汚いヴィランなのだからと自嘲しながらも答えを聞くのが怖くて仕方ない。
「今の話……本当なんですか?」
「葉隠」
「ねえ、青山くん。本当に君が……内通者、なの?」
「…………うん」
でも逃げないと決めたから。嘘偽りなく、誤魔化しも煙に巻いたりもしない。青山は泣きながらもゆっくりと頷いて己の罪を認めた。
葉隠は一言「……そっか」と小さく呟き、それ以上は続かなかった。
窓の外は既に暗くなり、窓ガラスに反射する彼らの顔は酷く沈んだものだ。痛いほどの沈黙に満ちた教室では足を半歩ずらすにも躊躇ってしまう。
そんな中で言葉を発したのは間飛だった。
「青山はさ」
「ッ……」
「やりたくてやったのか?やりたくないけど、やらなきゃいけなかったのか?」
「それは……」
「責めるつもりはねえよ。自分だけならともかく家族の命までかかってるんならそういう選択をする奴もいるだろ」
彼が好むマンガやアニメでは平然と生命やそれ以上に大切な物を捨ててでも正義や大義に殉じるキャラクターがいた。
しかし間飛からすればそれらをカッコイイとは思えても、そうありたいとは思えなかった。
だって俺は死にたくないし、父ちゃんも母ちゃんも死んで欲しくないし……と、彼の感性はどこまで行っても一般人のそれと何ら変わらない。他人を見捨てなきゃ死ぬというのなら見捨てて生き延びようとする可能性も十分にあり得る。
青山が自分の命と家族の命がかかっている状況で保身に走ったことを責められる人間がいるとすれば、それは彼のせいで命の危機に陥った人間だけだろう。
「……まあ、俺達は青山の内通でそういう立場になってるけども」
「ッ、ご、ごめんなさい……!」
「結果論だけど誰も死ななかったから良し、って言いたいんですが……ダメですよね?」
「……そうだな。USJと合宿先で被害が出ている」
USJでの被害者はイレイザーヘッド。脳無によって腕を握りつぶされ、A組の生徒達にも軽傷者がそれなりにいた。
強化合宿ではガスを吸ったことで耳郎と葉隠、B組からも2名の意識不明の重体という被害。その他重軽傷者6名と……間飛が拉致の被害にあっている。
それらをまるっきり無視してのうのうと生きてはいられない。
「じゃあ、尚更黙っときません?」
「……何?」
「多分ですけど青山に一番効く罰になりますよ」
「え?どういう事?」
「だってさ、青山本人は罰されたいってか罪を償いたいって言ってるだろ?ならいっそ誰からも罰されない事そのものが罰になるんじゃねえかなと」
じゃあ、本人が最も嫌がることを罰にしてやろう。間飛はそう提案した。
青山優雅の犯した罪が誰かに知られて罰されることはないけれど、同時に誰かに赦されることもない。この先死ぬその時までずっと己の罪と向き合い続け、自責の念と後悔を抱えたまま生きることを罰にしてやろうと間飛は言っているのだ。
無論これは青山が真っ当な倫理観を持つからこそ成り立つ罰。もし彼が『そんなものでいいのか?ラッキー』なんて思うような人間であればこんな提案はされていない。
「お前が犯した罪を裁いてくれる人間は誰一人いない。お前を赦すのも罰するのもお前自身……これがお前にとって一番キツイと思ったんだが」
「それで、いいのかい……?」
「あ?」
「君には、僕を裁く権利が──」
「いやねえから。ヒーロー仮免は持ってても司法試験通った覚えねえし」
「多分そうじゃないと思うぞ間飛」
しかしこれは青山に何の罰則も与えない事と同義。本人の感性に全てを委ねただけであり、実際は誰も彼に何の手出しもしない。逮捕も投獄も無い、今まで通りの生活を送ることが出来る。
それでいいのかと青山は間飛に問うが、間飛自身は被害という被害は無傷で連れ去られただけ。その上連れ去られた先では傷つけられることもなければなんならゲームしてピザパしてましたし。むしろそんな事を公表した方がヤベエとすら思う。*1
じゃあ他の生徒ならもっとちゃんと裁いてくれるのかと言われても、自ら人助けができるヒーローを目指して雄英に来た人間が同級生を法に則って裁いてくれる……そんな可能性がどれほどあるのか。
青山の背景を知ったり家族の生命を担保に取られていたと伝えた時には全力で青山の事を守ろうとすらするだろう。
「……というかオール・フォー・ワンって何か幼児退行したとか聞いたんスけど」
「ちょっと待て。聞き捨てならないワードの後に聞きたくないワードを並べるな」
「オールマイトから聞きましたよ?『君には知る権利があるから』って」
「あの脳筋……また勝手に」*2
「よ、幼児退行……?」
そう……世界中に散らばる悪人達も知る由もない真実。日本の巨大監獄の奥底で一人、あらゆる心の支えとプライドと個性を失った魔王はオールマイトにトドメをさされてオギャッた。字面も絵面も酷いったらありゃしない。
仮に後の世に彼が解き放たれる日が来たとして、粉微塵に砕け散った精神が再生する日はおそらく来ないだろう。というか現実を直視する事になるのでそのまま海の底までアイキャンフライするかもしれない。
肝心の黒幕がそのザマなら今更駒扱いされていた青山を罰する必要も無いのではないだろうか。
「ちなみに被害者の中でもダメージが大きめな部類のお2人は?」
「……へ?私?」
「俺もか?」
「え、被害者ですよね?ガス吸わされた葉隠さんと脳無に腕折られた相澤先生」
「言い方」
あなた達はどう思ってらっしゃるので、と間飛は尋ねる。被害者の中で最も重大な被害を受けたのは拉致された間飛だが、片や意識不明の重体と片や腕の複雑骨折と2人も被った被害は大きい。
言外に間飛は『俺はいいけどあなた達はこれでいいのか』と問いかけている。
「わっ、私は……確かに悲しいし辛かったけど、青山くんが全部悪いわけじゃないし……」
「あー……あの負傷は俺の実力不足が原因だ。たとえUSJでなくてもいつかは脳無とぶつかってああなってただろうな」
「…………」
「じゃあいいんじゃないっスかね。悪いのはヴィランで、青山は脅されてた哀れな被害者ってスタンスでいけば誤魔化せると思いますよ」
上から順に被害が大きい3人がいいならいいんじゃね?と軽く言ってのけた。
「まあ最悪の場合は未成年なのでって言い張ればいいんじゃないですか?後は本人の意思に寄りますが」
「ぼ、僕は……」
「罪が消えないってんなら、より多くの功績で塗りつぶしちまえよ。今ここで
「ッ────」
自分で自分を嘲笑うように口にしていた言葉が他人の口から出ただけなのに、それは自分の口から零れ落ちたものよりもずっとずっと、奥深くまで突き刺さった気がした。
過去は、消えない。いつか青山がヒーローになって多くの人々から賞賛されようとも、今ここで自白するまでは薄汚いヴィランであった事実は変わらない。
「……今のお前はマイナスだ。だったらまずはゼロに戻せ」
「先生……」
「償いたいのなら償えるようになれ。まずはそれからだ」
「……はいっ」
青山優雅は雄英高校ヒーロー科の一員。それ以上でもそれ以下でもない。ここに彼の裁定は下された。
青山優雅の退学は却下。ここに内通者などいなかった。それでいい。
「で、葉隠さんのスマホis何処」
「えーっと……あっ、あったあった!」
「よくナチュラルに通常運転に戻れるな」
「引き摺る方が可哀想でしょ」
「……ありがとう」
「あ……すまん」
青山「……ごめんなさい」
間飛「それよか気になるんだが普段のあのキャラはどうしてああなった」
青山「ええ……?」
間飛「解決した事よりもあのキャラに至った経緯が気になり過ぎるんだよ。特に何も無いなら別にいいんだが」
青山「えっと……自然体でいるのは絶対無理だから多少演技混ぜた方が楽で、その」
間飛「ああ、何となく分かるわー」