とある病院の一室。混乱する世間から切り離されたような静けさに満ちているのが日常の空間は、今この時だけは人肌を感じさせる声と温かみに溢れていた。
今やNo.1ヒーローとなった男の家族が入院するそこにいるのは轟
そろそろ寒さも強まってくるだろうと着替えや羽織るものを持ってきた冬美と夏雄はニコニコと微笑みながら片付けていく。
柔らかい白色の毛髪という共通点を持った三人の少し歪な日常。最近になってようやく容態が安定してきた母親を見てホッとしていた。
「来週からまた冷え込むみたい」
「嬉しい……寒いのは好き」
「暑がりだもんね俺ら」
髪色だけでなく個性もまた共通するものがある。ここにいる三人は氷結系の個性、或いはソレの特性が強く出た体質を持っていた。
しかしヒーローを目指す学生やプロヒーローでもない彼女達に影響があるのは個人差が出る気温への適性くらいしかない。ほんのり暑さに弱くて寒さに強い。それ以上の何かを特に持ち合わせてはいない。
夏雄は普通の大学に通って彼女を作り、連絡だけを入れてはあまり家に帰らない日々。冬美は小学校の教師として勤めており、お手伝いさんがいなくなった家の管理をも引き受けている苦労人だ。
No.1ヒーローの家族とは思えない平凡な日々。姉に恋愛模様を弄られては慌てて話題を変えようとする弟という何とも平和な光景。
「焦凍がお手紙くれるの。訓練も勉強も大変だけど、友だちに追いつく為に頑張ってるって」
「へえ……焦凍筆マメなんだな」
「全寮制になってからはあの子も以前のようには来られないのよ?ケータイは……まだ早い?」
「そうねえ……先生がなんて言うか……」
彼女の身を案じているのは何も二人だけではない。雄英で過酷な訓練を受けている轟焦凍もまた、二人と同じように母親の事を心配している。
手紙には友達と何をしたとかこんな事があった……なんて小学生の日記のような報告が綴られ、我が子に友達が出来て馴染んでいる事に母親もまた安心していた。
「あ……そうそう、零治君も来てくれてた」
「零治……あの子が?」
「あの子って夏と一歳しか変わらないじゃない」
「いやだってさあ、滅茶苦茶引っ込み思案だったじゃん?一個下とは思えないくらい人見知りだったからあの子って感覚が抜けないんだよ」
「……今あの子雄英高校の体育祭三年生の部でトップクラスに強かったんだけど?」
「……マジで?俺今年は焦凍の所しか見てなかったから知らなかったわ」
そしてもう一人。同じ“氷叢”の血を継ぐ者である氷叢零治も冷を心配していた。
こちらも同じく全寮制となってしまった為に面会に来ることが難しくなったが、三年生かつインターンにも行けるという特権を振り回してそれなりに顔を出しているようだ。いいのかそれで。
毎回沈痛な面持ちで冷と話す彼の方を痛ましく思ってしまい、明るい話題になりにくいのは少々残念なところだ。
「零治君、綺麗になってた。お人形さんみたいだったよ」
「一応男なんだけどなあ……初見はマジで女の子だと思ったもん」
「だねえ。でもそんなに綺麗になってたの?」
「うん。やっと会いたかった人とまた会えたって、会えて嬉しかったからかな、って言ってた」
「へえー!あの子にもとうとう春が来たか!」
「こら夏。揶揄うんじゃないの」
……春というか薔薇なアレですけども。
ちなみに冷が前に会った時の氷叢は全体的にツヤツヤしていたというか、ちょっと男らしくなってきてたのに急に乙女感全開になっていたので普通にビックリした。乙女の勘がアレは恋心だ!と当たってるようなどストライクのような答えを出している。おめでとう大当たりだ。
そうしてワイワイと話していると、不意に夏雄は踏み込んだ話題へと舵を切った。
「……あいつ、昨日正式にNo.1になったよ」
「夏」
「あの記者会見といい……アイツがアイツなりに思うところも、反省もしていたってのは分かるけど……」
轟家のデリケートな話題、ましてや冷の前ではタブーにも近いエンデヴァーの話。それ以上踏み込むのはまずいとストップをかけようとして、冷が手でそれを止めた。
あの日からそう経たないうちにエンデヴァーは一度家族達と向き合う覚悟をした。
不安、拒絶、困惑、憤怒……決してポジティブとは言えない感情の籠った夏雄と冬美の視線から逃げ出すことはなく、もう何日ぶりかも分からない父親と子供二人がテーブルに着いた光景は今でもクッキリと彼らの頭に残っている。
『……今更謝って済むとは思っていない』
『ッ……!!だったら!何で今更謝ろうとしてんだよ!?』
『夏!』
苛烈で傲慢で恐怖と憎悪の対象だった父親がやけに小さく見えたあの日。
いつも液晶の向こう側で一切の容赦なくヴィランを焼いていた炎の如き気迫はどこにもなく、そこにいたのは不器用で口下手な男だった。
ヒーローの経歴的にも轟家的にも禁忌的な過去……轟燈矢の死を公表し、その原因が己にあることも明かしていた。
あまりにも勝手が過ぎる横暴な行いに夏雄の堪忍袋の緒はとっくのとうに限界を向かえ、親子の縁すら切ってもおかしくはなかった。
「……ろくに思い出もない、ほぼ他人感覚なんだ」
「夏……」
「この前の記者会見も正直に言うと今更何を、って感じで断るつもりだった」
エンデヴァーと彼以外の轟家の確執は根深い。謝罪や贖罪すらただの自己満足の為だろうと拒まれてしまっても文句は言えない、それだけの事をしてきたのだから。
「けど……土下座どころかヒーローを辞めても構わない、まで言われるとさすがに受け入れざるを得ないっていうか……」
「凄かったよねー……あのお父さんが『必要ならなんだってする』って言ってきたんだもん」
「あの人がそんな事を……」
「お母さんには何も無かったの?」
冷に対してはまだ面会は不安が多いということで電話での話し合いになったのだが、ヒーローとして活動している時は燃え盛る業火の如き強さと逞しさに満ちているのに、電話越しに聞いた声は燃え尽きる寸前のロウソクのような弱々しい声だった。
僅かに隠せなかった声の震えがエンデヴァーの本心を教えてくれたような気がして、冷はエンデヴァーが全てを語るまでもなく許可を出した。
スッと視線が横に動かされ、その先にあったのは花瓶に飾られたとある花。冬美と夏雄が持ってきたものでは無い、いつの間にかあった花。
「このお花……私が好きって言ったの」
「……?」
「初めてあった頃、たった一度」
「えっ!?お父さん来たの……?」
「何度か来てる
もう何年も前にたった一度口にしただけの好みをエンデヴァーは覚えていた。
……ただそれしか知らなかったのかもしれない。
ただ彼は彼なりに歩み寄ろうとはしているらしい。あれだけの事をして来て虫のいい話だとも自覚はしているだろう。それでも──
「過去の事にも血の事にも、向き合おうとしてることは確かだよ」
「……時間、かかるな」
「だね……」
──エンデヴァーはもう覚悟している。長い長い時間をかけてでも逃げないと。
◇
ビルの外に身を躍らせ、上半身全体と膝下から炎を吐くエンデヴァー。音を立てて噴出される炎は筋肉質な彼の身体を重力に逆らわせ、空中に留まらせる。
「エンデヴァーさん飛べるんですかぁ!?」
「落ちないだけだ!抜かるな!こいつはまだ動く!」
初めて知ったエンデヴァーの能力にギョッと目を剥いて驚くホークス。しかしそれは決して飛行とは程遠いもので、辛うじて落下せずにいられるだけ。ホークスのように自由自在に空を飛ぶことができる訳では無い。
【赫灼熱拳:ジェットバーン】を叩き込まれた脳無と思われる化け物から目を逸らさずにエンデヴァーは応える。肉が焼ける音と匂いが届いているのに、ソレが生命活動に支障をきたしているようには見えない。
ビクビクと気味悪く身体を震わせ、ソレは声を発する。
「こコんな火デ俺レをを……殺セるとと思っ、思っ思っ思っ……ったカ?」
「【再生】……やはり当然のように強個性を持っているか」
焼かれて消失したはずの腕が、胸板が【再生】する。煙を上げて熱に負けていた肉体が瞬く間に万全の状態へと戻り、何事も無かったように動いている。
「オ前は強いノか?」
「生け捕りにして少しでも情報を頂く!」
【再生】した化け物が動き出す。エンデヴァーは指先に炎を圧縮、そして放出。光線のように放たれた高温の炎が脳無を絡めとらんとするも、脳無の動きは想定よりもずっと速い。
攻撃の隙間を縫うようにしてエンデヴァーに接近し、筋繊維そのものにも見える触腕でビルへと思い切り叩きつけた。
室内のテーブルや椅子を薙ぎ倒し、何枚も壁をぶち抜いてとうとうビルを貫通してしまう。
「ぬぅっ……!!」
鬱陶しい、と炎を一気に放出。あっという間に脳無の触腕を炭化させてしまう。
空中でボロボロと崩れていく肉体……しかし崩れた端から新品の肉体が【再生】され、まるで堪えていない。
ビルを貫いた触腕が横薙ぎに振るわれる。長く伸びたソレはセメントもガラスも鉄骨も無意味とばかりに振り抜かれ──ビルを真っ二つに切り裂いた。
「逆噴射でも抵抗しきれなんだ……!スピードもパワーも俺より上か……!」
歪に破壊されたビルが落ち始める。轟音を立てて滑り出し、もし下にある大通りへと落ちればどれほどの被害が生まれるかなど考えたくもない。
周囲からも駆けつけたヒーロー達がその光景にどうすべきかと迷った瞬間、ビルからいくつもの人間が飛び出してきた。
まずい、と思ったのも束の間。彼らが放り出されたのではなく救出されている事に気がついた。
「悲鳴……呼吸……衣擦れ……人から生じる振動を感知しろ!」
ビル中を漂う羽根。ほんの少しでも人間がいる可能性を見逃さないソレはホークスの背中の翼より放たれている。
ホークスの個性【剛翼】。固くしなやかな羽を一枚一枚思いのままに操れる能力。その力でもってこのわずかな時間で被害部分から76名全員の避難を完了させた。
「エンデヴァーさん!!」
「……ッ!」
──【赫灼熱拳:ヘルスパイダー】!!!
一度は避けられた熱光線が今度こそ脳無を捉えた。手足を焼き切り、落ちかけていたビルの上部すらも一瞬にして細切れの瓦礫へと変えられる。
「それがハイライトですか!?」
「まさか!」
「……面モ白い……」
それでも怪物は不気味に笑っている。まだ不安は消えていない。
冷「……綺麗になった?」
零治「え、そう?」
冷「うん。可愛くなったっていうか……」
零治「可愛く……かあ……」
冷「それにニコニコしてる。幸せ、って感じが伝わってくるよ。何かいいことあった?」
零治「……心当たりがなくもないけど」
※この後滅茶苦茶恋バナさせられた