街並みから外れた山間部。雄英生の個性を鍛えていてもご近所に迷惑がかからないようにと選び抜かれたワイプシの私有地だけあり、槍が降ろうが爆発しようがクレームどころかクレームを入れてくるご近所さんすらいやしない。
少し森の奥を探れば未だにあの日の痕跡が残る自然の中、あの日を軽く上回る地獄がそこにはあった。
「そらそらそらァ!!動きが鈍ってンぞ!?」
「当たり前だろバカウサギィ!!?」
「しかし超えにゃならんだろうが!」
「プルスウルトラなんだろ!?しろよウルトラァ……!!」
「……リカバリーガールが見たらお説教半日コースは確実ですね」
「ああ。ついさっき電話口で『覚悟しときな』と言われた」
「もう決まってるし!?」
ミルコの連続蹴りを迎撃しつつ、速度と柔軟性を併せ持ったグラントリノと虎の横槍を捌いていく。時折何も無いのに回避行動を取っているのは地面から現れるスパイクやナガンの狙撃を避ける為だ。
最低二人、最大五人。間飛の個性伸ばし……個性より別のものが伸びてる気がしなくもないが、組手の基本的なルールになっている。
間飛の探知範囲からほんの数メートルだけ離れた位置からピクシーボブかレディ・ナガンの遠距離攻撃が入り、近接ではスピードタイプのグラントリノかラッシュタイプの虎、両方とも高い次元で兼ね備えた上にパワーもあるミルコ。下手をせずともハイエンド脳無を五体くらい軽く捻ってしまいそうなメンバーだ。
そこに時折ミリオやバブルガール、センチピーダーも投げ込まれては間飛側に立って地獄を見ている。南無。
組手は長くても10分。組手そのものは一日に3~5回行われるだけで、それ以外は探知能力を展開しながらの生活を送っている。
機械的なアラーム音が組手のタイムリミットを告げ、やはりミルコは舌打ちをして足を止めた。
「ちっ、終わりかよ」
「あ、あと3分続いたら死んでた……っ!!」
「……何度も言うが普通なら2分も保たないからな?お前今の時点で結構ヤベエからな?」
非人道的にも程がある訓練内容だが、それを仕掛けているミルコですら戦慄する。10分も戦っていればミルコの加減は薄れていくし、ヒートアップすれば他のヒーロー達も全力になっていく。
開始から三日目の今では既に加減らしい加減はほとんどなく、強いて挙げるならば目や股間を狙わない以上の加減が出来なくなっている。*1
この時点で『もうコイツが未来のNo.1確定だろ』と思わなくもないが、サー・ナイトアイはこの状況を目にして一人頷いていた。
「……やはりこちらの方が鍛えられている、か」
「アレマジだったんですね……私とうとうサーがおかしくなっちゃったのかと」
「ほう?そんな風に思っていたのか」
「やべっ、やぶ蛇った!?」
サー・ナイトアイの目的は勿論間飛の【瞬間移動】の強化もあるのだが、それとは別にもう一つ狙いがあった。
それが『【フィジカルギフト】によるプロヒーローの強化』だ。
先に言っておくと別に【フィジカルギフト】が直接ヒーロー達に何かを与えたわけではない。
【フィジカルギフト】には経験値を引き継ぐ能力があるのだが、それとは別に極僅かにだが所有者のラーニング速度を早めてくれる効果がある。
普通は100かかるところを95で終わる程度の些細な変化だが、そこに間飛という化け物が重なった事でどえらい事になっているのだ。
間飛が彼らの動きをラーニングし、ラーニングされた側のヒーロー達はそれに対抗しようと更にギアを上げる。この繰り返しで間飛もだがそれ以上にヒーロー側が鍛えられている。
何も考えずに跳ね回っていたミルコがフェイントを挟んだり足だけではなく手も使ったりしているし、鈍っていたはずのグラントリノは最盛期の己を思い出しつつある。
虎のキャット・コンバットは更にキレを増し、ピクシーボブの【土流】の速度が上がり、レディ・ナガンの狙撃はより変則的な軌道を描くようになっている。
「ヒーローは強くなればなるほど孤立している事が多い。強者ならばそれに並び立つだけの相手がいなければ成長することも難しいだろうに」
「確かになあ……俊典の奴はオール・フォー・ワンとの戦いでグングン伸びていったし、あながち否定も出来ねえ」
「いっそ上層部に提案するか?『トッププロの下で模擬戦させよう』って」
「ナガン……それはアリだ」
それが意味するところはますますトレーニングの難易度が上がっていく事になるのだが、間飛はその事に気づく様子はない。元々がハードコアなのにそれがインフェルノになってもそりゃ気づくわけないよね。
本当ならこの休憩中に不意打ちしてやらなきゃいけないのに、間飛への奇襲そっちのけで『これ割と有用じゃね?』と話し合いを始める始末。尚、これを提案された公安委員会の胃は死んだ。スケジュール調整しろと?
一方訓練の当事者である間飛は虚ろな目をしたまま無心でマンダレイの奇襲を回避しつつ水分補給。水筒を口にあてたまま器用に身体を捻って回し蹴りを避けている。
「うーん……これ本当に効果あるのかな?君最初からこんな感じじゃなかった?」
「一応効果はあるっぽいです。今の蹴りもそれなりに余裕を持って避けられたんで」
「むっ、挑発か〜?」
「いやマジな話段違いです。探知能力での情報のフィードバックが早くなってきてます」
「ガチのヤツじゃん……」
間飛曰く、彼の探知能力はあらゆる索敵系の上位互換というわけでもないらしい。
彼の個性による探知はあくまでも3Dデータのみ。そこに誰かがいるとは分かってもそれが特定の人物であるとは分からないし、それが少し精巧なマネキンだったとしても少しの間気づくことは無いだろう。
探知能力で獲得した地形情報を元に『大体この辺りにいる』と判断するしかなく、正しく【瞬間移動】の延長線上にある副次効果と呼ぶべきものだった。
それが三日目の時点で改善されてきている。
間飛の『皆の裸体見えちゃう問題』を全員がまあしゃーないと受け入れてくれたので、遠慮なく半径500m内全ての情報を受け取り続けているのだけれど。
緑谷の時と同様に常に広げっぱなしにしていると次第に慣れてきたのか徐々により精密な3Dデータが手に入るようになってきた。
元から服の下の皮膚の皺まで分かるようなレベルだったが、それは半径20m内がやっとだった。今では500m内全てで同じ精度の探知を可能としている。
「……ちなみに聞くけど、今も?」
「ノーコメントで」*2
「ああうん、大体わかった。ごめんね?」
ということはナガンもミルコもバブルガールも、ワイプシの方々も軒並み裸体を見られているのと同じなわけだ。間飛そこ代われとどこからか聞こえてきた気がする。
ついでに言うとサー・ナイトアイもセンチピーダーもグラントリノも虎も見られてるぞ。よってプラマイゼロ……いややっぱりプラスが大きいわ。クソが。
「お陰様で服の下に偲ばせてる凶器暗器の類もまるっとお見通し出来るようになりましたがね……」
「ほ、ほら!私達気にしてないから!」
「……俺が悪いって分かってるんで本音で言っていいんですよ?」
「ごめん普通に恥ずかしいかも」
「それが普通ですよ……マジですんません」
いつも頼れるお姉さんな立ち振る舞いをしているマンダレイも間飛の前では身体を手で隠すようにしてモジモジしている。エッッッッ。
しかしそれもぶっちゃけ無意味だ。だってあくまでも3Dデータを獲得しているだけなので視界に入っているかどうかは問題では無い。ほぼ透視に近い感覚なので隠しても見えてしまう。
それどころかマンダレイの豊かな胸部装甲が腕によって変形して余計に視線を向けようとしてしまう。迂闊にそういうことをするから間飛も悶々としている。ある意味では生殺しのようになっていると言えなくもない。
……実際のところはそういう気分になる前に疲れ果てて撃沈しているのだが。
「坊主。今日は組手終いだとよ」
「……今日まだ2回しかしてませんが」
「コッチが保たねえんだよ、悪いな。それとナイトアイの奴が試して欲しい事があるとか……まあ、一回アイツの所に行ってこい」
「あーい……」
フラフラと疲れを隠せない足取りでナイトアイの所へ向かう。それでもグラントリノが後ろから蹴りを入れようとすれば最小限の動作で回避してみせるのだから驚きだ。
それを確認して満足気に頷くと、今度こそ間飛の背中を見送った。
「来てくれたか。というか……大丈夫か?」
「大丈夫ではないですが?……で、俺は何を試してみればいいんです?」
「あ、ああ。君なら出来るんじゃないかと思ってな……」
「武器を持ってみないか?」
「……はい?」
間飛「」
ミルコ「……おーい?」
間飛「」
ラグドール「燃え尽きてるにゃん」
虎「哀れな……」
ナガン「コイツこんな状態になる事あるのか」
マンダレイ「せめてベッドまで運んであげようか……」